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6月号 2012年

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伊藤伊那男作品



綾取        伊藤伊那男

筒井筒てふ綾取の井戸覗く
春の鹿礎石に腹をあたたむる
鹿眠る修二会のほむら遠巻きに
鳥帰る何もなかったかのやうに
行く先はお伊勢さまとぞ修羅落し 
たくわんが卵に化けて春愉し
剪定の枝焼べ富士をけぶらせる
春障子母が聞き耳立ててゐる












今月の目次





 銀漢俳句会・6月号







   



銀漢の俳句 

伊藤伊那男 

 桜に寄せて

 俳句を始めようという人に私が必ず言う話‐‐「今まで毎年お花見をしてきたでしょうが、俳句を意識して桜を見るのは初めてですね。今、桜の季語はほとんど知らない筈です。桜に関する季語は副季語まで入れると50位あるのです。今年桜を見て句を作っても身に付く季語は五つか六つ。すぐに花が散って、梅雨に入ります。これもまた季語が多くて、あれこれ考えている内に夏が過ぎて秋になり、月が出ます。そして雪が降って……ということで、2年目の桜を見ることになります。すると不思議なことに、桜について去年の倍位の季語が身に付いていることに気が付く筈です。そのようにして季節が3回位巡ってくる頃には一通りの桜の季語が解ってくる。もちろん一所懸命に取り組むことが前提ですが。だから3年間は廊下掃除のつもりで、文句を言わずに先輩の話に耳を傾けて学んで下さい。万葉集以来千数百年、先人が血と涙と汗を流して磨きあげた詩歌の歴史は簡単に手に入るものではありません。謙虚な気持ちで先人の業績を学ぶ気持ちをもちましょう」と。
 さてその桜の話。万葉集の頃は花と言えば「梅」であった。国風文化が確立していくと共に「桜」が花の代表となった。西行といい、芭蕉といい、桜に命をかけた先人である。

『願はくば花のもとにて春死なむそのきさらぎの望月のころ 西行』
『命二つの中に生きたる桜かな』
『しばらくは花の上なる月夜かな』
『花の雲鐘は上野か浅草か』
『奈良七重七堂伽藍八重桜』
などの名句がある。なかでも
『さまざまの事思ひ出す桜かな』
という句、若い頃には何とも思わなかったのだが、年を経ると共にしきりに胸に入みるようになってきた。感銘を受ける句は年代と共に変わってくることもあるのだ。私ごとだが6年前に妻が死んだ。その年の桜の頃、妻の故郷京都東山の大谷祖廟に分骨し、里帰りをさせた。家族と共に見たその日の円山公園の枝垂桜、当夜泊った嵐山の夜桜、翌日の天竜寺と、桜に囲まれた分骨の旅であった。若い頃京都で暮したので、この地の桜はよく見ていたのだが、その年の桜ほど心に入みる桜はなかったように思う。
桜に触発される心、心に触発されて見る桜‐‐桜にまつわる客観と主観は、あざなえる縄のごとく絡み合う。桜はその作者の心境や立場によって毎年微妙に違うのだ。だから人生は悲しくまた楽しい。桜もまた悲しく美しいのだ。







 



  




盤水俳句・今月の一句

   
 鰻食ふカラーの固さもてあます    皆川盤水

 
 先生46歳の作。まだ「春耕」を創刊するよりも数年前、もちろんまだまだ現役の経営者として働き盛りの時代である。鰻屋に取引先と入ったのであろうか、ネクタイを緩めるわけにはいかない仲なのであろう。好物とはいえ、熱い鰻に、背広姿の正装をもてあましているのである。沢木欣一が「紺の背広にネクタイの標準サラリーマンの姿」で「カラーの固さがおかしく、かなしい」と、毎日・東京新聞に取り上げた。(昭和39年作『銀山』所収)

                                              伊藤伊那男













彗星集作品抄


伊藤伊那男選

咲く頃に会はんと分つ花の種      伊藤 庄平
春障子母のわがままひとつ増ゆ     相田 惠子
煙突の消えゆく街に初燕        塚本 一夫
竹篦ではがす明日香野かげろへる    屋内 松山
花種を単身赴任の荷の隅に       伊藤 庄平
日に少し酔ひて降りくる剪定師     高橋 透水
御神火の火をもて咲けり島椿      山元 正規
入学のリボンの服が吊るされて     三溝 恵子
惚けは隠れ蓑かも知れぬ花衣      大山かげもと
陵めぐる雀隠れの上ツ道        飯田眞理子
春祭秩父訛にまぎれこむ        多田 美記
身ほとりの正座遠のき利休の忌     鈴木てる緒
大口をあけて四月を笑ひをり      中島 凌雲
公魚の命もろとも透きにけり      三代川次郎
啓蟄や喉を這ひだす内視鏡       山田 康教
磨き込む雛の調度の耳盥        吉沢美佐枝
平城京の跡を見たくて雲雀たつ     渡辺 花穂
鼻息が砂を飛ばせる牛角力       小野寺清人
登校児見ゆる北窓開きけり       瀬戸 紀恵
初蝶とおもふ初蝶過ぎてより      隈本はるこ




 









彗星集 選評 伊藤伊那男



咲く頃に会はんと分つ花の種    伊藤 庄平
約束の再会は「この種が花を付ける頃」と、同じ花種を分かち合う。半年後の約束なのであろうか。男と女の約束なのか、病気の友達との約束なのか、それは読み手の各々の立場に委ねているのだ。種を持ち帰った者は庭に蒔き育てる。人の世のこととて必ず会えるとは限らないが、その約束が生きるよすがになることもある。洒落た約束だ。 

 
春障子母のわがままひとつ増ゆ   相田 惠子
私は団塊の世代だが、同期生達はほぼ仕事を終えたか終わる段階。子供達もおおよそ独立した。話題は病気と介護に絞られてきたようだ。人は年と共に丸くなるかというと、どうもそうでもないようで頑固になる人も多い。この句もそういう母を見ているのだ。「春障子」という季語が救いで、そのわがままを受け入れるオブラートのようだ。 


 

煙突の消えゆく街に初燕      塚本 一夫
私が最初に吟行に参加したのは三十年近く前の神田祭。
その時の誰かの句に<神田祭湯屋廃業の噂かな>があり、深く記憶に残った。その頃から次々に銭湯は町から消えていった。私の住む井の頭線沿線の小さな駅付近にも二軒あった銭湯は集合住宅に変った。町中の工場なども消えてゆく。そういう変化の中を今年も燕が飛来するのだ。変らぬ行動をする鳥と、日々変貌する町の対比。煙突が具体的。 



竹篦ではがす明日香野かげろへる  屋内 松山

「はがす」のは土なのだが、「明日香野」と繋いだことにより、飛鳥時代の歴史を少しずつ解明していくような錯覚を起させるのがこの句の眼目。「かげろへる」とくれば、まだまだ謎は深まるばかりだ。ちなみに「あすか」は朝鮮語の「安宿(アンスク・安息できる住処)」が語源だという。 

 

花種を単身赴任の荷の隅に     伊藤 庄平
作者名を聞くと、これも庄平さん。無記名の選句なので是も非もないところだ。季語も同じ「花種」。単身赴任が句になるのだからなかなかの発想だ。その荷に花種を入れたというところに、何やらほのぼのしたあたたかさが滲みでるのである。俳句は感情を抑えて「物」を詠むのだが、おのずから作者の人物像が浮かび出てくるものだ。


 
日に少し酔ひて降りくる剪定師   高橋 透水
 外が仕事場の庭師だが「日に少し酔ひ」という。春の陽差しであるから、それほど強くないのだが、冬から春への大きな季感の変化があるからこそ生きてくる措辞ということになろう。剪定作業の句は多いが、剪定師の句は珍しい。


 

御神火の火をもて咲けり島椿    山元 正規
伊豆大島の句か。噴火の焰の色を花に重ねた技倆の高さ。 



入学のリボンの服が吊るされて   三溝 恵子
可愛い句だ。子供の希望と親の喜びの象徴のリボン。 

 

惚けは隠れ蓑かも知れぬ花衣   大山かげもと
昨今の老人事情か。おかしいような怖いような異色の句。 



陵めぐる雀隠れの上ツ道      飯田眞理子
古代の幹線道路だが今は叢の中。歴史への郷愁が深い

 。

春祭秩父訛にまぎれこむ      多田 美記
「訛にまぎれ込む」——うまい!春祭の多い秩父もいい。 

 

身ほとりの正座遠のき利休の忌   鈴木てる緒
確かにそういう時代だ。利休忌にそのことに思い至る。 

 

大口をあけて四月を笑ひをり    中島 凌雲
年度替りの四月、万愚節の四月。四月が動かないようだ。 

 

公魚の命もろとも透きにけり    三代川次郎
「もろとも」は魚体という物と、命という心に掛かる。 

 

啓蟄や喉を這ひ出す内視鏡     山田 康教
二十四節気と文明の利器の異色の組合せ。柔軟性! 

 

磨き込む雛の調度の耳盥      吉沢美佐枝
こんな雛道具があったとは。発見を称えたい。

 

平城京の跡を見たくて雲雀たつ   渡辺 花穂
雲雀の目で見る平城京。もっと上位で評価すべきだった。 

 

鼻息が砂を飛ばせる牛角力     小野寺清人
牛角力の風格、迫力を臨場感をもって捉えた。 

 

登校児見ゆる北窓開きけり     瀬戸 紀恵
登校児がいい。子供の姿から貰う春の息吹を思う。 

 

初蝶とおもふ初蝶過ぎてより    隈本はるこ
初蝶のリフレインに無駄がない。上質の抒情句。 

 


        











銀河集品抄


伊藤伊那男選

あやふさの綺羅と言ふべき薄氷     飯田眞理子
春雪に思はぬ深さありにけり      池田 華風
五加木摘む細枝を弓と引きしぼり    唐沢 静男
堂守のあたつて行けと春炉搔く     柴山つぐ子
紅梅の空に緩びの兆しかな       杉阪 大和
一匹の動きて目高同じ向き       武田 花果
火の島の煙もろとも春夕焼       武田 禪次
立て掛けし竿の真青もお松明      萩原 空木
旅帽子かぶりみもして二月尽      久重 凛子
地虫出てすぐさま鳥にさらはるる    松川 洋酔
春の川にごりもろとも海に出づ     三代川次郎
陣立てを記す古地図や野火走る     屋内 松山

















綺羅星集作品抄

伊藤伊那男選 



あるだけの窓を開きて豆撒けり     有澤 志峯
足裏に地震の記憶や春の泥       飯田 子貢
余寒なほ竹百幹の葉擦れにも      五十嵐京子
野遊びのただそれだけの帰郷かな    伊藤 庄平
風紋の如くにありぬ蜷の道       伊藤 政三
春障子母校に残る作法室        梅沢 フミ
そこここに雪解しづくの帰郷かな    大河内 史
鳥帰る大観覧車横切つて        大溝 妙子
わが祝ぎを皹の手に握らるる      大山かげもと
正装は喪服の多し残る雪        小川 夏葉
草々に春の力よ留守の庭        尾﨑 尚子
紙雛ことあるごとに転びけり      小野寺清人
生きてゐる証の手指寒卵        片山 一行
蕗味噌やいとけなかりし母の酔     加藤 恵介
朱雀門の影をのこして夕霞       我部 敬子
春灯写真に残る昭和かな        神村 睦代
盆梅をまづ褒め家賃の交渉に      川島秋葉男
福豆の伏せ置かれたる書にあたる    北澤 一伯
スカイツリー望む窓辺のクロッカス   朽木  直
山茱萸の空に浮きたる如く咲く     畔柳 海村
どんど焼燻されてゐるわが身かな    こしだまほ
その先は声とならざる卒業歌      小滝  肇
二月尽く閏奇しくも占魚の忌      權守 勝一
山茱萸の日差しに話ほぐれけり     佐々木節子
薔薇映る鏡の中の異空間        笹園 春雀
くぐり来し戦火もありし雛かな     筱田  文
地虫出づ妻騒がしくなつて来し     島谷 高水
潮騒の聞こゆる町の吊し雛       新谷 房子
雛飾るいつしか顔の似てきたり     末永理恵子
紙風船たたむ我が息そつと抜き     鈴木てる緒
春時雨竜馬駆けたる坂の町       瀬戸 紀恵
そばだてて次の一声待つ初音      高橋アケミ
光ごと落ちて上向く椿かな       高橋 透水
薄氷の曖昧模糊といふ硬さ       武井まゆみ
町に蔵わづかに残り雛まつり      竹内 松音
花冷えや旅のごとくに入院す      武田 千津
麦踏の歩幅のごとき余生過ぐ      多田 悦子
木灰にむせて馬鈴薯植ゑ終る      多田 美記
野焼きあと燻る煙追うてくる      田中 敬子
毛繕ひして恋猫となるところ      谷岡 健彦
障子開けずとも春雪の降る気配     谷川佐和子
おほどかに鯉の貌浮く春の水      谷口いづみ
麦踏の膝まで暮れて了りけり      塚本 一夫
春泥の靴揃へある島のミサ       中野 智子
薄氷を踏み青空をこなごなに      中村 孝哲
春泥の草鞋乾かす修行僧        藤井 綋一
瓔珞のもつれを正し雛飾る       堀内 清瀬
手にとれば鴬餅の啼きさうな      堀江 美州
草庵のいよいよ古りぬ今年竹      松浦 宗克
吊橋を左右に揺らし春よ来い      松崎 逍遊
をちこちに巣藁の垂れる蔵の町     松崎  正
傷にまた傷を重ねて猫の恋       松代 展枝
タンゴショー雷雨が天井叩きをり    無聞  齋
尼寺の二た間を通し雛祭        村上 文惠
山笑ふ遺影は常と変らざる       村田 郁子
のどけしや枕辺に積む童話本      村田 重子
野を焼きて昂ぶるこころ寝つくまで   山田 康教
見てゐても見てゐなくても鳥帰る    山元 正規
干し網の連なる浜や鳥帰る       吉沢美佐枝
裏町と言ふ町名あり木の芽和      吉田千絵子
剪定の梯子支ふる妻の声        脇  行雲
















銀河集・綺羅星今月の秀句

伊藤伊那男




五加木摘む細枝を弓と引きしぼり  唐沢 静男
作者と私は同郷。伊那谷では食糧の一端として五加木を垣根にしたものだ。「おこげ」と呼んでいた。高遠藩が転封した会津でも同様に食すという。それこそご飯に混ぜ込むなどというのではなく、茹でて山盛りのおしたしにして食べるのである。その採取の様子がよく捉えられた句で臨場感がある。よく撓う枝先なのである。写生のよさ。
 


 
一匹の動きて目高同じ向き     武田 花果
対象物をよく観察している句だ。同じように見えるが、リーダーがいるのであろうか、群れている中にある一定の秩序を詠み取っているのである。「一匹の動きて」が発見である。俳句の基本は観察!物の本質を摑み取ることだ。
 


 
野遊びのただそれだけの帰郷かな   伊藤庄平
若い頃の帰郷は父母、親族、友人と会うためだったが、この年になると係累も減り、思い出の風景に会うための旅となる。そういう郷愁が詰っている句だ。野遊びの足下には尽きない思い出が層をなしているのだ。同時出句の<炉塞や成らぬ大志を焼べ尽くし>も心の内面を詠んで、深い。


 

正装は喪服の多し残る雪      小川 夏葉
 やはりこの年になると実感のある句だ。子供や姪、甥などの結婚式も一通りすぎて、あとは葬式ばかりになっていく。ネクタイは黒を締めるばかり・・・・。「正装は喪服が多し」は皆が感じていていながら言えなかった措辞。


 

地虫出づ妻騒がしくなつて来し   島谷 高水
一読破顔の句。啓蟄の頃妻も騒がしくなってくると・・・。
長い冬を終えて、行楽だの、服はどうするか、部屋の模様替えは、などなどうるさくなってきたのであろう。地虫の世界と人間界を同じ視線で見たところが楽しい。


 

薄氷の曖昧模糊といふ硬さ     武井まゆみ
良いところを詠んだなと思う。飯田眞理子さんに∧あやふさの綺羅と言ふべき薄氷∨があり、色を詠んで非凡であったが、こちらはその硬さ。柔らかいような、硬いようなあの薄氷の不確かな厚味を捉えて的確である。 

 

花冷えや旅のごとくに入院す    武田 千津
入院もまた旅――うーむ、言われてみれば確かにひと時家を離れるのであるから旅か––––。そのように詠むところが俳句の感性。自分を客観視する目、ということであろうか。「花冷え」の季語の斡旋に心象の投影を思う 


 

潮騒の聞こゆる町の吊し雛     新谷 房子
一読気持ちのよい句だ。伊豆半島は稲取の雛祭なのであろう。せめて手作りの雛を、また場所をとらない–––などの理由からあの形になったのであろうが、今や観光資源となった。「潮騒」で、その場所が鮮明に詠み取られている。 


 

麦踏の膝まで暮れて了りけり    塚本 一夫
「膝まで暮れて」がうまい。俳句は具体的に「物」を提示することが要である。その「物」に作者の心情を託す。麦踏のひと日の充実感、心地よい疲労が読み手に伝わってくるのである。「膝」が語っているのである。作者の余分な感想や説明は何も入れなくても、いや入れないからこそ、麦踏の姿が夕暮の中に刻印されるのだ。


 

傷にまた傷を重ねて猫の恋     松代 展枝
なかなかに激しい恋である。こうした一物仕立で対象物を詠み切ると、おのづから人間模様への暗喩のようなものが生まれてくるのである。こんな人確かにいる!その二重性が句の幅を広げ、深めるのである。自画像であるか? 


 

尼寺の二た間を通し雛祭      村上 文恵
丁寧に詠んで好感の持てる句だ。日頃静かな尼寺のその一日の賑わいを「二間を通し」という措辞だけで表現したのである。多くを語らず淡々と状況を描写しただけなのだが、めったにない尼寺の一日の華やぎを見事に切り取った。 
 その他印象深かった句を次に

堂守のあたつて行けと春炉掻    柴山つぐ子
地虫出てすぐさま鳥にさらはるる  松川 洋酔
余寒なほ竹百幹の葉擦れにも    五十嵐京子
蕗味噌やいとけなかりし母の酔ひ  加藤 恵介
二月尽く閏奇しくも占魚の忌    權守 勝一
麦踏の歩幅のごとき余生過ぐ    多田 悦子
野焼あと燻る煙追うてくる     田中 敬子
薄氷を踏み青空をこなごなに    中村 孝哲
手に取れば鴬餠の鳴きさうな    堀江 美州









      











星雲集作品抄

伊藤伊那男・選





雪塊も耕してをり北の里        相田 惠子
ちゑの輪のほどけぬままに二月尽    中村 貞代
一島のかくるる長さ若布刈る      隈本はるこ
かくれんぼの鬼が見付けし蕗の薹    保谷 政孝
鐘ひびく殉教の島よなぐもり      坪井 研治
豆撒きて大正遠し父母遠し       滝沢 咲秀
くり返すトランプ占ひ春の雪      島  織布
駅弁はすでに売り切れ鳥帰る      加藤  修
鳥の恋ひかりを紡ぎては放ち      大野 里詩
逃げぬやう鶯餅に指の跡        柊原 洋征
初桜朝礼の声響きけり         秋元 孝之
寒明や軽くなりたる旅鞄        白濱 武子
一山の耳そばだてる初音かな      中島 凌雲
長女二女三女と小さくなる雛      小坂 誠子
剪定の背なに昼餉を呼びかける     影山 風子


空気入れちよつと拝借春の風      榎本 陽子
通学の路は野焼の煙の中        大西 真一
千本の椿の落とす万の紅        笠原 祐子
見はるかす寝仏浅間春霞        黒岩 清女
花種を買ひ足してゐる夕間暮れ     三溝 恵子
今朝それの不在に気づく鳥雲に     島谷  操
本尊に顔近づける四温光        鈴木 廣美
菱餅の色失はず膨めり         西原  舞
畦踏んで田に水廻す端午かな      藤森 英雄
たんぽぽの花占ひは限り無く      森濱 直之
田楽や祖母の四方山話など       渡辺 花穂
お彼岸の母の歩幅の確かさよ      穴田ひろし
涅槃像離るるほどに宙に在り      荒木 万寿
貝ひいな磯の風音抱きけり       有賀 稲香
銭湯の桶の音聞く朧の夜        飯田 康酔
床上げの妻に香し土佐文旦       今村八十吉
抽斗に春風一つ仕舞ひけり       上田  裕
花貝母ゆれて愁ひを深くせり      大木 邦絵
白き雲キャンバスに湧く立夏かな    大野田好記
ふいに来てどかと居座る春の雪     岡村妃呂子
鳥帰る池の鏡に影映し         尾崎  幹
いへづとの京の和菓子に春きざす    鏡山千恵子
ひとつづつ花をさらひて東風去れり   上條 雅代
北の国なほ北目指し鳥帰る       亀田 正則
沸点を報せる薬缶目借時        唐沢 冬朱
山茶花の夜半の雨に散り紛ふ      来嶋 清子
水無月の低き雲居の吐息めく      小池 百人
ひそひそと風と語らふ風車       小林 沙織
遠近に影のにぎはふ田打人       小林 雅子
梅盛り壺中の天を垣間見せ       阪井 忠太
紅梅や透かして淡き遠浅間       佐々木終吉
彼岸参り花を持つ子に菓子持つ子    佐藤かずえ
卒業式子の成長の姿追ふ        佐藤さゆり
うかれ猫丑三つ時を縦横に       清水佳壽美
鳥の巣に孵らぬ卵今もなほ       白鳥はくとう
ほほづゑの如意輪菩薩鳥雲に      杉本アツ子
山笑ふ飴玉廻る待合室         鈴木 淳子
枯山に一軒宿の湯のけむり       鈴木踏青子
寺小ぶり磴も小ぶりに梅香る      角 佐穂子
砂団子食む真似かさね春日和      住山 春人
傘立てにすみれ色なる春日傘      曽谷 晴子
うららかに砂場行きかふ玩具かな    武田真理子
故郷で子供にかへり青き踏む      竹本 治美
春めくと病床よりの手紙受く      田中 寿徳
赤松の木肌鮮やか冴返る        多丸 朝子
乗手なきふらここ二つ冴返る      民永 君子
生きて来し道ふり返る雛の部屋     近松 光栄
東京でつがひになりて鳥帰る      津田  卓
山旅の話ふくらむ山葵漬        徳永 和美
直ぐそこが行けども着かぬ遍路道    富岡 霧中
休日の誰か待つてる春コート      中村 湖童
春風や湖の皺たぐり寄す        中村 紘子
別名は暴れ川なる雪濁         南藤 和義
絵馬吊るす手元吹き抜く春一番     萩野 清司
春一番混声合唱初舞台         橋本 行雄
春の闇歩幅ゆるりとなりにけり     長谷川千何子
耐へるのが美徳はむかし黄水仙     花上 佐都
思ひ切り飛んで瀬に乗る春の鴨     原田さがみ
春田打終へたる夜を酌み交はす     播广 義春
初音いま空をひと針縫ふほどに     福田  泉
喘ぎ来し墓所の里山初音かな      藤田 孝俊
納めんと思ふ雛に客絶えず       藤原 近子
紅梅のやうな花丸もらひけり      堀切 克洋
強東風や野辺の草木を従者とし     本庄 康代
小梅漬け手の相性と母は言ふ      松田  茂
道たづねらるも縁か犬ふぐり      松村 郁子
引き鴨の先頭決まる高さかな      宮内 孝子
亡き父の墨跡残る雛の箱        宮本 龍子
ぼんぼりを点けてとせがむひな祭    家治 祥夫
薄氷の押し寄せてやや盛り上がる    安田 芳雄
復興の声とも聞こゆ春一番       矢野春行士
病みてゐることふと忘れ春の宵     山口 輝久
はしやぐ子の靴の中まで春の泥     山下 美佐
天心の土墳に青む名なし草       山田  礁
針金のハンガー掠め烏の巣       山田 鯉公
ひなの宴一歩二歩出て初歩き      吉田 葉子
風評の膨らむ早さ冴返る        和歌山要子










星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男


雪塊も耕してをり北の里      相田 惠子
 「耕し」の句として異色である。京都の生活を基本とした季語だが、南北に長い日本列島のこと、季節の遅速の幅は大きい。作者は北海道で育った方。この地では残雪もろともに耕しに入るのであろう。都会生活者には解らない風景だ。当然大型の耕耘機が活躍するのであろうが、春の息吹を感じさせる、大景を捉えた句だ。

 

ちゑの輪のほどけぬままに二月尽  中村 貞代
ここで言う知恵の輪は、あの玩具を指すのであろう。理論的に解明できる筈だが、私は駄目。我慢できなくて放り投げてしまう。句には冬のつれづれの気怠さが出ているようだ。さて少し深読みをすると作者の心が投影しているともいえる。生活の中の、なかなか出口の見えない問題を抱えたまま二月が尽きるとも。その二重性が味わい。
 

 
一島のかくるる長さ若布刈る    隈本はるこ
壮大な風景句。安藤広重の富岳三六景などに近景の桶や凧などを思い切り大きく描く、極端な遠近法があるが、同様の手法である。若布刈の舟の向うに島がある。刈り取った若布を揚げると、その島が隠れてしまった、という。小さな若布の中に消えてしまった島。強調された若布だ。 

 

かくれんぼの鬼が見付けし蕗の薹  保谷 政孝
今の子供達は野原でこんな遊びをする機会があるだろうか。逆に言えば団塊の世代の田舎育ちの私などには、そうした遊びしかなかった、ということだが・・。隠れてしまった仲間を見付けることができない鬼が蕗の薹を見付けた。採って帰ったら母が喜ぶかな、などと鬼ごっこはそっちのけで探す。懐しい風景だ。

 

鐘ひびく殉教の島よなぐもり    坪井 研治
若い頃、五島列島を旅したことがあるが、淋しい漁村のあちこちに驚くほど立派な教会があって目を瞠ったものだ。「よなぐもり」の季語の配合がいい。同時出句に〈霾るや耶蘇聖鐘の刀傷〉があったが、これもまた深みのある句
だ。作者はクリスチャンだと自称するが、生活態度からは頷けないでいる。だが、このような句がコンスタントに出てきたら本物だ。 

 

鳥の恋ひかりを紡ぎては放ち    大野 里詩
枝から枝へ移る春の鳥。光に撚りをかけてまとめ、今度は解き放つ。鳥の求愛活動を美しく捉えた句だ。春の陽光と、それを受け取った諸鳥。自然を十分に謳歌しているのだ。その光を追う作者の浮き立つ気分も滲み出ている。

 
逃げぬやう鶯餅に指の跡      柊原 洋征
鶯餅を詠むとき、擬人化ならぬ、擬鶯化をしたくなるものだ。私も〈鶯餅鳴くとき黄粉こぼすらむ〉などと作ったことがある。この句、飛ばないように押えたという。その指の跡が残っているという愉快な句だ。同時出句の〈妻居らず花種を蒔く人居らず〉には切々たる男の哀傷を感じた。 



空気入れちよつと拝借春の風    榎本 陽子
自転車のタイヤの空気入れを黙って借りてしまった。まっいいか、空気なんだし・・といういたずらっぽい気分が出ていていい。「春の風」のようにさわやかな句柄。

 

今朝それの不在に気づく鳥雲に   島谷  操
追いかける目線の動きを句にしたところが面白い。昨日までいた、例えば水鳥がいない。さて・・帰ったのか、と視線は池面から空へ、更に遠い空へ移る。一抹の淋しさ。 

 

菱餅の色失はず膨めり       西原  舞
雛祭に飾った菱餅を焼く。白、緑、赤――膨んでも同じ色。うまいな、形状が変っても失わない色、これが発見である。腰を据えて「物」を観察する訓練の成果。 

 

たんぽぽの花占ひは限り無く    森濱 直之
この句を見たあとの散歩の途中、たんぽぽの花を見た。数え切れないほど沢山の花弁を持っているのだ。これは大変、占いの結論は出そうもない数だ。読後に残るおかしさ。
その他印象深かった句を次に

くり返すトランプ占ひ春の雪    島  織布
千本の椿の落とす万の紅      笠原 祐子
通学の路は野焼の煙の中      大西 真一
花種を買ひ足してゐる夕間暮れ   三溝 恵子
畦踏んで田に水廻す端午かな    藤森 英雄
田楽や祖母の四方山話など     渡辺 花穂
見はるかす寝仏浅間春霞      黒岩 清女
本尊に顔近づける四温光      鈴木 廣美













挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円










第2回 銀漢賞作品募集




















今月の季節の写真



2012年6月17日撮影   カンパニュラ   TOKYO





花言葉 『感謝  誠実』


(カンパニュラ・プンクタータ・チェリーベル)「花園の小人の禿かくしの帽子」

2008年10月期のドラマ・フジTV「風のガーデン」登場の倉本聰氏による創作花言葉 



2012年6月7日撮影 珍しい八重の十薬草が咲いていました。  TOKYO












  


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