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 8月号  2020年

伊藤伊那男作品    銀漢今月の目次  銀漢の俳句 盤水俳句・今月の一句  
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伊藤伊那男作品

主宰の8句








        
             

 
          
    

今月の目次





銀漢俳句会/2020/8月号






    



  




   



銀漢の俳句 

伊藤伊那男 

◎森は海の恋人───畠山重篤

 宮城県気仙沼市舞根(もうね)に牡蠣養殖業の畠山重篤(はたけやま)さんがいる。日本というより海外で名を知られた方である。赤潮で海が汚れていた頃、畠山さんはそれなら海に注ぐ川を綺麗にしよう。その為には水を供給する山林を整備しようと、植林を始めたのである。その飛躍した発想を人々は理解できなかったようだが、畠山さんはどんな困難なことでも決めたらやる人なのである。それから三十数年「森は海の恋人」と名付けた植林事業を延々と続け、植樹祭には千五百人ほどが集まる。畠山さんは東日本大震災に遭い養殖場は全壊した。沖に出ていた子息は舟から投げ出されたが津波の中を気仙沼大島に泳ぎ着き、そのまま島の火事の消火作業に従事したという。子息は自然保護活動家のC・W・ニコルに師事し身を守る術を身に付けていたのである。だが三日ほど消息を絶った子息をどれほど心配したことであろうか……。畠山さんは私情を入れることもなく淡々と話す。
 大震災より以前にフランスで牡蠣の稚貝が絶滅した折、宮城県から稚貝を送ったことがあったという。ルイ・ヴィトン家がそのことを憶えていて震災後、当主が気仙沼まで訪ねてきて畠山さんの養殖所に復興支援を申し出たという。美智子皇太后とも親交が深く、携帯電話でお話しされるようである。震災後、湾の奥の耕作放棄地が一メートル位陥没し汽水湖となった。そこに「どろぼうかっか(ちちぶ)」という鯊が大発生した。そのことを美智子様に話すと鯊の研究家である上皇より「お話をしたい。お茶を飲みにきませんか」との誘いを受けたという。極めて貴重な汽水域であることを直感されたのである。その後周辺の整備にも国土交通省が協力的で、私達が訪ねたときは海と通じるコンクリート製の土手を鰻などの巣ができるような自然の状態に戻す工事などが始まっていた。
 私と畠山さんとの縁は二つある。一つは私の娘婿が監督した映画『うみやまあひだ』に出演されたこと、もう一つは銀漢会員の清水旭峰さん(外科医)が畠山さんと親しく、畠山さんが上京された折、度々銀漢亭に案内して下さった縁である。お二人を見ると心の通じ合った武士同士といった趣きである。同人の小野寺清人さんも畠山さんと同郷の縁から植樹祭に合わせて「森は海の恋人俳句大会」の開催を提案している。コロナ禍の為、今年の植樹祭は中止となったが、ごく内輪で形だけ植樹したいとのことでお招き下さり、六月にお訪ねした。報道陣を入れて三十人余りで十本の苗木を植えた。来年は仲間を募って訪問したいと思う。
  
 森に礼海に礼して苗木植う   伊那男

 










 



  

盤水俳句・今月の一句

伊藤伊那男

脱ぎ捨てしもの風呂敷に草相撲        皆川 盤水

相撲の歴史を繙くと、出雲の国譲り神話の武甕槌神(タケミカゾチノカミ)建御名方神(タケミナカタカノカミ)の力競べが始まりともいい、野見宿禰(ノミノスクネ)当麻蹴速(タイッマノケハヤ)の取組が始めともいう。そうした故事が発展し、神社の境内に土俵を設え、神意を占い、豊凶を占う奉納相撲に発展していった。秋祭に行われることが多かったので秋の季語になった。句は「風呂敷に包む」と細部を詠んだことで風景が具体的になった。村の力自慢が集まり、家族が声援を送る様子までが目に浮かぶ。(平成六年作『暁紅』所収)









  

彗星集作品抄
  伊藤伊那男・選

傘雨忌の縺れの解けぬ仕付糸        谷岡 健彦
柵を越ゆる水嵩桜桃忌           戸矢 一斗
筍の皮に値を書き朝の市          小山 蓮子
やませ吹く恐山へはなほ遠く        保田 貴子
みちのくに賢治修司や青林檎        堀切 克洋
城攻めの紙魚の行跡江戸古地図       半田けい子
浮かび来て鮑の腕を高々と         小野寺清人
春愁の重さも加へ鐘を撞く         渡辺 花穂
ラムネ瓶ひと口ごとに日に翳す       谷岡 健彦
川挟む妹山背山人麻呂忌          島谷 高水
一列の香を置き去りに草刈機        武井まゆみ
海市より消印のなき葉書かな        森 羽久衣
柳絮舞ふシルクロードの果ての郷      永井 むつ
山焼きの匂ひ鎮める夜半の雨        福原  紅
蛞蝓と浸透圧を勉強す           辻本 芙紗
満州の白夜すべては幻に          伊藤 政三
観音の千手の一手春の塵          市川 半裂
遠蛙桂郎の畦見失ふ            鏡山千恵子
花時計の分から分へ春の蝶         鈴木てる緒
独り居の夕日も畳み更衣          矢野 安美


















    
     

彗星集 選評 伊藤伊那男

伊藤伊那男・選

傘雨忌の縺れの解けぬ仕付糸        谷岡 健彦
 久保田万太郎忌(傘雨忌)は五月六日。昭和三十八年のこの日、赤貝の紐の鮨が喉につかえて急逝。その小説、戯曲は東京下町の義理人情を主題とし、今 も繰り返し上演されている。余技と言いながら俳句も境涯性の深い味わいが愛されている。この句「縺れの解けぬ」が眼目で「仕付糸」と結びながら「人の世の縺れ」を暗示しているところが技倆である。忌日俳句は取って付けた取合せは駄目で、その人物が浮き彫りになるものでなくてはならない。

  
柵を越ゆる水嵩桜桃忌           戸矢 一斗
 太宰治忌(桜桃忌)は六月十三日。昭和二十三年のこの日、愛人と玉川上水に入水自殺した。こんな人が親戚にいたら実に迷惑だと思うが、人気は今も高い。かく言う私もファンの一人である。何故こんな人の道に外れるような小説家を好きになるのか?人間というものの矛盾である。さて「柵」(しがらみ)は水流を塞ぎ止めるための杭で、転じて「まといつくもの」の意味を持つ。常識の範囲を越えて流れ出る水――というところに太宰治という人の本質が描かれているのであろう。「水嵩」は「情念」と読み替えることができそうだ。

  
筍の皮に値を書き朝の市          小山 蓮子
 小さな温泉地の一景といったところか。朝掘の筍が並べられ、大きさに合わせて値段が皮の上にマジックインキで書きなぐってある。只それを言っただけだが、読者の胸に景色が浮かび上がる。写生の強さである。

  
やませ吹く恐山へはなほ遠く        保田 貴子
 「やませ」は東北地方に吹く冷たい夏の風。「凶作風」とも「餓死風」とも言われた作物を枯らす風である。むつ市から延々と霊場への道が続く。その道の途中もやませの中だという。恐山の固有名詞が生きている句で、「なほ遠く」の措辞で霊山の雰囲気を際立たせている。

  
みちのくに賢治修司や青林檎        堀切 克洋
 宮沢賢治は岩手県花巻の人。寺山修司は青森県の人で、三沢に記念館がある。二人共多彩な才能を発揮した。東北人の誇りである。句は地名と人名を並べただけであるが、決め手は「青林檎」の季語。賢治は三十七歳、修司は四十八歳と早逝の人であったことも「青林檎」に重なるようだ。季語の力である。なお太宰治の本名も字は違うが「修治」。

  
城攻めの紙魚の行跡江戸古地図       半田けい子
 江戸城について言うと、由比正雪と丸橋忠弥の徳川転覆計画未遂事件以降、危難の話は聞かない。が、この句では地図の江戸城には易々と紙魚が侵略したというのである。なかなかのユーモアで知的興味を引く一句。

  
浮かび来て鮑の腕を高々と         小野寺清人
海女さんの所作か、鮑だけに「高々と」が生きる。

  
春愁の重さも加へ鐘を撞く         渡辺 花穂
 春愁の「重さ」がポイント。いい抒情味を醸し出した。

  
ラムネ瓶ひと口ごとに日に翳す       谷岡 健彦
ラムネの瓶だからこそ、この動作が解る。その度に鳴る。 

  
川挟む妹山背山人麻呂忌          島谷 高水
妹山は妻、背山は夫。妻恋いの歌を残した人物が浮かぶ。 

  
一列の香を置き去りに草刈機        武井まゆみ
バリカンを入れた直後の頭のような面白さ。 

  
海市より消印のなき葉書かな        森 羽久衣
 海市の幻想を更に掻き立てる。出来過ぎの感もあるが。

  
柳絮舞ふシルクロードの果ての郷      永井 むつ
 絹の道の終着点が日本。「柳絮」の季語で生きた。

  
山焼きの匂ひ鎮める夜半の雨        福原  紅
 動物や昆虫、人間の心も鎮める夜半の雨である。

  
蛞蝓と浸透圧を勉強す           辻本 芙紗
私も塩をかけたことがある。「勉強す」が極めて異色。 

  
満州の白夜すべては幻に          伊藤 政三
王道楽土と謳った満州国のうたかたの幻想。

  
観音の千手の一手春の塵          市川 半裂
 一手のみに焦点を絞って季語を生かしたのが手柄。
 
  
遠蛙桂郎の畦見失ふ            鏡山千恵子
町田市能ヶ谷の桂郎旧居に向かう畦道。「遠蛙」が鍵。 

  
花時計の分から分へ春の蝶         鈴木てる緒
花時計に纏わりつく蝶。「春の」を付けたのもいい。 
 
  
独り居の夕日も畳み更衣          矢野 安美
夕日を畳みと独り居が抒情を深める。更衣の座りがいい。













銀河集作品抄


伊藤伊那男・選

山鳥の羽音か妹背山ならば       東京  飯田眞理子
引水の絶えざる響き山女宿       静岡  唐沢 静男
きらきらと細波ごしやあめんぼう    群馬  柴山つぐ子
口にしてよりどつとくる花疲      東京  杉阪 大和
春雷や巫女の挿頭のふと揺れて     東京  武田 花果
風神も雷神も来る端午かな       東京  武田 禪次
田植機の励みの音の鳴り通し      埼玉  多田 美記
潦あればすぐ来る水馬         東京  谷岡 健彦
ゆふさめが冷ます一山仏生会      神奈川 谷口いづみ
笹舟について堰まで春惜しむ      愛知  萩原 空木
かにかくに八十路の坂の老い涼し    東京  久重 凜子
とこしへの一滴としてしたたれり    パリ  堀切 克洋
蒼天に攫はれてゆくいかのぼり     東京  松川 洋酔
馬の仔の母のまはりを跳ね通す     東京  三代川次郎















         





綺羅星集作品抄

伊藤藤伊那男・選

磯野家へ二枚のマスク万愚節      東京  多田 悦子
七月やボトルシップに海遠し      長崎  坂口 晴子
花は葉に花にこころを置かぬまま    東京  小泉 良子
突然にバカ殿が逝く四月馬鹿      東京  有澤 志峯
人丸忌挽歌のやうにちるさくら     東京  大溝 妙子
人麻呂忌一畑電車の折り返し      東京  島谷 高水
長命がならんで喰らふ桜餅       大阪  中島 凌雲
翡翠の声舌打ちと聞く夕べ       東京  星野 淑子
鍵盤の象牙の黄ばみ霾ぐもり      東京  桂  信子
亀鳴くを釈迦の耳には聞こゆるか    埼玉  渡辺 志水
日帰りを旅とは言はず葱の花      神奈川 宮本起代子
ほととぎす追うて久女の庇髪      神奈川 久坂依里子
下ろすにはあまりに惜しき百畳凧    東京  小山 蓮子
阿夫利嶺に神の降臨日雷        東京  竹内 洋平
ハーメルンの笛吹き過る町朧      東京  塚本 一夫
左岸に落ひばり右岸に揚ひばり     広島  長谷川明子
鱚十匹釣れば十分竿納む        愛媛  脇  行雲

トマト捥ぐ明日の目星も二つ三つ    東京  相田 惠子
力まずに力抜かずに溝浚へ       神奈川 秋元 孝之
雲の峰まだ捨て切れぬ夢ひとつ     宮城  有賀 稲香
並び順尋ねてみたき蟻の列       神奈川 有賀  理
太薪の時なく爆ぜる時鳥        東京  飯田 子貢
産土神も来ませ子と張る幟綱      埼玉  池田 桐人
九十九折ひと折れごとにほととぎす   埼玉  伊藤 庄平
薫風の勿来関を思ふまま        東京  伊藤 政三
幾重にも吾が影畦に塗りつける     神奈川 伊東  岬
蜘蛛の囲やこれより先は神域と     東京  今井  麦
蕗の葉に包まれ蕗の束届く       東京  上田  裕
背の違ふ椅子を並べて星涼し      東京  宇志やまと
葛切や雨あがりゆく吉野口       埼玉  大澤 静子
畳屋の気骨の肘や風光る        東京  大住 光汪
蜘蛛の子のなかば透く身を風に乗せ   東京  大沼まり子
青大将出でて老人横つ飛び       神奈川 大野 里詩
爺婆で植う姨捨の田一枚        埼玉  大野田井蛙
荷が重き八十路の息の菖蒲笛      東京  大山かげもと
草原を走る鬣風光る          東京  小川 夏葉
ヴィーナスの美しき臍春の雨      宮城  小田島 渚
鮫の背を越ゆる因幡の卯波かな     埼玉  小野寺清人
風鈴を外して迎ふ調律師        神奈川 鏡山千恵子
天平の甍けぶらせ黄砂かな       和歌山 笠原 祐子
雨に尾を垂らししままの鯉幟      東京  梶山かおり
永き日に倒れしままの砂時計      愛媛  片山 一行
日を溶かす絵 具のやうな柿若葉    東京  我部 敬子
病室の明るすぎるもつつじどき     高知  神村むつ代
子規旧居玻璃戸越しなる柿若葉     東京  川島秋葉男
麦ごはん箸を短く持ちて食む      長野  北澤 一伯
桜蕊降る日の妻の忌日かな       東京  柊原 洋征
蟻の列蟻の屍を後送す         東京  朽木  直
朧夜のこゑかけてほしたれとなく    東京  畔柳 海村
大風に触手をのばす糸桜        神奈川 こしだまほ
髪を梳く鏡に映ゆる柿若葉       東京  小林 雅子
柿若葉照り返しつつ透きとほる     東京  小林 美樹
若葉風外輪山を越え来たる       神奈川 小林 好子
一枚のやがて千枚田水張る       長野  坂下  昭
暗雲へとどきさうなる花水木      千葉  佐々木節子
残雪の見頃と沙汰の浅間山       群馬  佐藤 栄子
美しく箸を使ひて木の芽和       長野  三溝 恵子
一芸の無くて二つ目柏餅        東京  島  織布
平安の時空へ駆くる競べ馬       兵庫  清水佳壽美
貼り紙に仔猫あげます写真付      埼玉  志村  昌
青芝に座して離れてこそばゆし     千葉  白井 飛露
遊び相手無き子と入る菖蒲風呂     東京  白濱 武子
植ゑて直ぐ風を呼び込む早苗かな    東京  新谷 房子
陽炎に踊る影あり石舞台        大阪  末永理恵子
麦飯のおひつをからに丸子宿      静岡  杉本アツ子
桜蘂降つて賑はひ納まりぬ       東京  鈴木 淳子
川風を孕む暖簾や桜餅         東京  鈴木てる緒
走る子の残しゆく香や夏来る      東京  角 佐穂子
産土の杜に置き去り蛇の衣       東京  瀬戸 紀恵
ゆづること近頃おほし豆の飯      東京  曽谷 晴子
いつよりか酒弱くなり初鰹       長野  高橋 初風
ふらここや漕ぎつつ過去を遠くする   東京  高橋 透水
のどけしや太公望は雲を釣り      東京  武井まゆみ
軒風鈴母に呼ばれてゐるやうな     東京  立崎ひかり
一羽から聞分けできぬ囀へ       東京  田中 敬子
大空にまづひとふりの捕虫網      東京  田家 正好
葉桜やまだ友達とよべぬ仲       東京  辻  隆夫
行く末の見ゆる写真や子どもの日    東京  辻本 芙紗
行く春や余白ばかりの日記帳      愛知  津田  卓
はうじ茶の燻る門前仏生会       東京  坪井 研治
汽笛過ぐ賢治のまちの月朧       埼玉  戸矢 一斗
ほととぎす谷戸から谷戸へ郵便夫    神奈川 中野 堯司
春の雷人体模型軋み初む        東京  中野 智子
塵労の巷に遠き座禅草         東京  中村 孝哲
犬吠のその突端の風光る        茨城  中村 湖童
雁帰る方位磁石の針の揺れ       埼玉  中村 宗男
母の日の花ふくらめる日数かな     東京  西原  舞
もう居らぬ洟垂れ小僧麦の秋      東京  沼田 有希
夕闇に山河青ざめ桐の花        埼玉  萩原 陽里
蹼の歩みのどけき池の端        東京  橋野 幸彦
春の雷雁の使ひの遥けくも       神奈川 原田さがみ
神木の筆柿に芽や人麻呂忌       兵庫  播广 義春
はらからに訪はれてをりし安居僧    東京  半田けい子
酒買ひて遠まはりする暮春かな     東京  福永 新祇
許すとは楽になる事新茶汲む      東京  福原  紅
火祭や心の憂さも空へ舞ふ       東京  保谷 政孝
葛桜万太郎忌も過ぎにけり       東京  堀内 清瀬
一軸は風に流れて白牡丹        岐阜  堀江 美州
棙花の左利きから右利きに       埼玉  夲庄 康代
風鈴のやつと一鳴り夕づきぬ      東京  松浦 宗克
一畝の影深くして葱の花        東京  松代 展枝
花桐や長女に生れし幸不幸       東京  宮内 孝子
ひとつぶの麦死してこそ穂をむすぶ   千葉  無聞  齋
親亀に子亀が乗りて法太鼓       東京  村上 文惠
星の数ほどの祈りや聖五月       東京  村田 郁子
亀鳴かずガリレオ裁き受けてより    東京  村田 重子
ふるさとのなまりは不意に葱の花    東京  森 羽久衣
犬吠埼けさは卯波が吠えかかる     千葉  森崎 森平
日本丸立夏の風を帆に受けて      埼玉  森濱 直之
母の日の母の背中をさするのみ     長野  守屋  明
蟻行くや山の高さを知らぬまま     東京  保田 貴子
微風を路地へ連れ行く石鹼玉      愛知  山口 輝久
源平の色それぞれに椿落つ       東京  山下 美佐
大粒の紅き苺の悪女めく        東京  山田  茜
職の香の変はらぬ一生更衣       群馬  山田  礁
買物は三日に一度夕薄暑        東京  山元 正規
吉野建の柱の長さ谿朧         東京  渡辺 花穂












     







銀河集・綺羅星今月の秀句

伊藤伊那男

磯野家へ二枚のマスク万愚節       多田 悦子
七月やボトルシップに海遠し       坂口 晴子
花は葉に花にこころを置かぬまま     小泉 良子
 新型コロナ禍の収束の見通しがまだ立たない状態が続いている。投句の中には「コロナ」とか「疫病」という言葉を使った句が多数見られた。ただしそれらは底が浅い嘆きが中心で、詩情を伴うものは少なかった。その中で「コロナ」とか「疫病」というような言葉を直接使わずに唸らせてくれたのが右の句群であった。悦子句は安倍総理の配ったマスクを『サザエさん』の磯野家を舞台に置き替えたのが痛烈な俳諧味である。それも決して批判はしていないところが大人である。くすぐったい笑いにしているところが出色である。これが俳句の技倆というものである。晴子句はボトルシップを詠むが、当然海水浴も今年はままならない世相であることを暗示しているし、豪華客船から始まった今回の顚末も読み手に想起させる仕掛けである。良子句は花見もできぬまま葉桜になってしまったという抒情。各々作者の作風が明確に出ているようだ。時事問題はこのように詠むものだということを知ってもらいたい。


突然にバカ殿が逝く四月馬鹿       有澤 志峯
志村けんの不慮の死を詠んだ句である。普通なら採らない句だが、志峯句であると知れば採らないわけにはいかない。何故ならば作者志峯さんは東村山の小中学生時代、志村さんと同期で、新聞配達仲間であったと聞いている。志峯氏はテレビ局の舞台制作の仕事をしていて、そこで「8時だョ! 全員集合」の志村と再会したのだという。俳句には作者の名前という前書がある、というのが私の持論である。この作者だから、この句が残るのだ。思いの深さが違う。


人丸忌挽歌のやうにちるさくら      大溝 妙子
人麻呂忌一畑電車の折り返し       島谷 高水
「人丸忌」は旧暦三月十八日とされる。その死には謎が多く、梅原猛の『水底の歌』などには私は驚嘆した思い出がある。梅原は石見国に軟禁され、益田沖の鴨島で水死刑にされたと推測するのである。実は官位も高く、藤原不比等の政敵であったのが原因だという。歌格の高さに加えてそのような伝承が絡んで、今も愛しまれる歌人である。妙子句の「挽歌のやうに」はそうした想いが凝縮した抒情味の高い作品。高水句は隣国ではあるが出雲を走る一畑電鉄を配して雰囲気を盛り上げている。神話の続きのような仕立てである。 


長命がならんで喰らふ桜餅        中島 凌雲
 古来日本の詩歌は「掛詞」が重要な役割を果たしていた。近時はそうしたことを古臭いと見る俳人も多いようだが、私は断固として好きである。良き伝統であると思っている。この句は「長命」が眼目。東京の桜餅は向島長命寺の境内で売り出されたのが始まりで、今もある。それを踏まえて、本来の意味の「長命」を重ねて二つの意味を含めているのである。同時出句にも出色のものがあった。〈草萌えて若草山の嵩増せり〉は絶妙な俳諧味。〈蝌蚪どもが蓬萊島を押し上ぐる〉も、実際は有り得ないことなのだが、「蓬萊島」という架空の島だからこそ成立する妙味である。


翡翠の声舌打ちと聞く夕べ        星野 淑子
 「舌打ち」がいい。翡翠の狙いが外れて、戻った枝の上で舌打ちをしているようだ、という。俳句にはこのようなユーモアも大事である。翡翠の動きを正確に見た上でこのような私感を加えたところを称えたい。


鍵盤の象牙の黄ばみ霾ぐもり       桂  信子
 今は保護の為、象牙を使うことは無いので、古いピアノかオルガンであろう。年月を経て黄ばみが出ている。大陸の黄砂が飛来する季節である。微妙な色彩の重なりがこの句の持ち味だ。歳月の重みの表出である。


亀鳴くを釈迦の耳には聞こゆるか     渡辺 志水
 「亀鳴く」は想像上の季語。誰にも聞こえない筈である。この句はお釈迦様であれば聞こえるかもしれぬ、と言う。さて『与話情浮名横櫛』に「死んだと思ったお富たぁお釈迦さまでも気がつくめぇ」の台詞がある。聞こえたかどうか……そんな俳諧味も含まれているようだ。


日帰りを旅とは言はず葱の花       宮本起代子
 俳句を論理的に評価するのはなかなか難しいことだ。特に取合せの句は各々の読者の共感に掛かってくるものであり、絶対と断言する根拠が薄いのである。読み手の感性として語るしか無いのである。掲出句について言うと私の心に響く取合せなのである。何故いいか、と問われたら、他のどの季語を入れ替えてみても「葱の花」に叶うものは無いと思うから……と答えるしかない。


 その他印象深かった句を次に

ほととぎす追うて久女の庇髪       久坂衣里子
下ろすにはあまりに惜しき百畳凧     小山 蓮子
阿夫利嶺に神の降臨日雷         竹内 洋平
ハーメルンの笛吹き過る町朧       塚本 一夫
左岸に落ひばり右岸に揚ひばり      長谷川明子
鱚十匹釣れば十分竿納む         脇  行雲







               






 

星雲集作品抄
伊藤伊那男・選
秀逸

のどけしや飴の兎は棒に飛ぶ      大阪  辻本 理恵
釣堀の雲にひねもす糸垂らす      千葉  中山 桐里
更衣そのまま進む老備へ        埼玉  小野 岩雄
尾鰭からたたまれてゐる鯉幟      群馬  佐藤かずえ
畦塗られ水の中なる峡の村       千葉  長井  哲
古へつづく奈良坂春日傘        大阪  西田 鏡子
絵葉書に切手の小窓囀れり       青森  榊 せい子
朝寝する身は大海のまんばうと     宮城  小野寺一砂
おそらくは信念で立つ松の芯      東京  髙坂小太郎
春愉し亀は甲羅を脱ぐかとも      静岡  金井 硯児
切凧や遠州灘は今日も風        神奈川 田嶋 壺中
海豚捕る町の寂けさ卯波立つ      東京  田中  道
うたがひの色は眼に無き仔猫かな    東京  生田  武
脱ぎし靴裏返りをり花筵        長野  宝 絵馬定
耳よりも背筋で聴いて春の雷      東京  岡城ひとみ

百円の日々草の花期長し        京都  小沢 銈三
裏も又光満ちたる若葉かな       東京  渡辺 誠子
朝寝して二度寝三度寝じき夜に     静岡  山室 樹一
桜餅礼の苦手な人からの        千葉  平山 凛語
手土産の箱に湿りや桜餅        東京  中村  弘
藤の花真すぐに地軸指してをり     神奈川 河村  啓
鳥帰る日本列島なぞりつつ       愛知  北浦 正弘
義貞の剣は何処に卯月波        神奈川 北爪 鳥閑






星雲集作品抄

            伊藤伊那男・選


公園の時計の遅れ春の暮        東京  秋田 正美
薬味買ふ産寧坂や若葉風        埼玉  秋津  結
裏山に木々のざわめき夏は来ぬ     京都  秋保 櫻子
物体として横たはる朝寝かな      東京  朝戸 る津
夏の日を摑んで落とす水車かな     東京  浅見 雅江
山吹の一重おもたし伎芸天       東京  尼崎 沙羅
棚田風青田の丈を整へる        愛媛  安藤 向山
飛花落花寺の静寂呼びもどす      東京  井川  敏
若葉影熊野古道の石畳         長野  池内とほる
微かなり令和二年の花疲        東京  石倉 俊紀
山鳥やむらさき色の秩父峰       東京  伊藤 真紀
花筏水の流れの筋見せて        東京  市川 半裂
ぬかるみを通るあやふさ菖蒲園     高知  市原 黄梅
かぎろひてひとかたまりの漁師村    広島  井上 幸三
空を得て五月の水田漲れり       埼玉  今村 昌史
一歩づつ人生のごと耕せり       愛媛  岩本 青山
大事のあるかの如く蟻走る       東京  上村健太郎
大鼓小鼓躍る花うたげ         愛媛  内田 釣月
安曇野に麦秋の波打ち寄せる      長野  浦野 洋一
しやぼん玉弾けて雀とび散りぬ     埼玉  大木 邦絵
音たてて剝く蚕豆の青さかな      東京  大島雪花菜
押入れの茶箱重たき更衣        神奈川 大田 勝行
八十路迎ふ目覚めのすがし初つばめ   東京  岡田 久男 
花冷や肌掛け一枚掛け加へ       群馬  岡村妃呂子
お茶筒の底にお茶の香五月来ぬ     東京  荻野友佑子
九品仏椿のあはひにおはします     神奈川 小坂 誠子
さあ捥げと首を差し出し夏蜜柑     静岡  小野 無道
新緑を映して深き湯壺かな       東京  桂  説子
実胡桃の満てる後山に蛇笏の気     長野  唐沢 冬朱
子らは皆翼あるかに聖五月       東京  北原美枝子
なかなかの悪相であり夏蜜柑      東京  絹田  稜
竹皮を脱ぎしあたりかかぐや姫     東京  久保園和美
青芝の初陣飾る新馬かな        東京  倉橋  茂
落葉松の芽吹きは遅し嬬恋路      群馬  黒岩伊知朗
隣家より筋の通つた蕗十本       群馬  黒岩 清子
息の合ふ娘と父のしやぼん玉      三重  黒岩 宏行
竜天に登り黒雲膨れゆく        東京  黒田イツ子
朝凪や午後の風読む海人の裔      神奈川 小池 天牛  
七転び八起き半ばか啄木忌       東京  小寺 一凡
四十年経し記念樹の花吹雪       群馬  小林 尊子
まだ出来ぬ蜘蛛の囲にはや掛かるもの  千葉  小森みゆき
吾に寄りて一瞥し去る寒鴉       宮城  齊藤 克之
古傷のことは語らず菖蒲風呂      神奈川 阪井 忠太
武具飾る幼は膝にこぶし置く      長野  桜井美津江
天空に王冠めきて朴の花        東京  佐々木終吉
鯉幟竿しなるほど尾を振れり      群馬  佐藤さゆり
家ぢゆうを風吹き抜けて五月くる    広島  塩田佐喜子
うつつとのさかひあいまいなる朝寝   東京  島谷  操
家々に見合ふ大きさ鯉幟        東京  清水美保子
啄木忌今日は立ち寄る古本屋      東京  上巳  浩
山門の仁王に谺不如帰         神奈川 白井八十八
八十路なほ前に進むや蝸牛       東京  須﨑 武雄
飛石で休みのあつた昭和の日      岐阜  鈴木 春水
岩魚焼く炭火を煽る谷の風       群馬  鈴木踏青子
水切りの終の一跳ね春の暮       愛知  住山 春人
航跡の白を引き連れ夏来る       千葉  園部あづき
櫂の雫光に溶けて夏立つ日       埼玉  園部 恵夏
目前に揺れる枝あり鳥の恋       東京  田岡美也子
功名のなき来し方や端午の日      東京  髙城 愉楽
母の日やどら焼買うて来る息子     福島  髙橋 双葉
母の日や偲ぶ写真の色褪せて      埼玉  武井 康弘
明易し信濃の宿の青畳         東京  竹花美代惠
夢に逢ふ母のゑくぼや明易し      神奈川 多丸 朝子
剪定の樹にたつぷりと日と風と     愛知  塚田 寛子
休日のクレソンのある厨かな      東京  手嶋 惠子
嚙み口を葉で隠し置く柏餅       埼玉  内藤  明
白藤の余燼残れり夜更けなほ      岩手  永井 むつ
垣越しに草取り話弾みけり       神奈川 長濱 泰子
新緑やこれが木曾へと続く道      長野  中山  中
余花にふと聞かれてをりぬひとりごと  東京  永山 憂仔
新緑といふ衣重ね比叡座す       京都  仁井田麻利子
長閑なる夫唱婦随の理髪店       東京  西  照雄
校章は星と知りたる復活祭       宮城  西岡 博子
泳げずに風を待ちたる鯉幟       静岡  橋本 光子
高みより順に弾けし石鹼玉       東京  橋本  泰
好日や新茶に寄せて一往信       東京  長谷川千何子
春嵐花粉溜まりを吹き上げる      神奈川 花上 佐都
巻物を拡げゆくやに谷若葉       長野  馬場みち子
八十八夜筑波山麓雨模様        千葉  針田 達行
白魚の命大事に舌の先         長野  樋本 霧帆
のどけしや羽衣めける富士の裾     神奈川 日山 典子
灯台の先はるかなり卯波立つ      千葉  深澤 淡悠
裏道を抜けて湯宿へ初音かな      長野  藤井 法子
絵すだれの奥仏間あり祖父母あり    神奈川 堀  備中
風入れの樟脳匂ふ母の部屋       東京  牧野 睦子
故郷へ飛行雲なしこの初夏は      神奈川 松尾 守人
せつかちに生まれて消ゆる石鹼玉    愛知  松下美代子
春日野の土柔らかや孕鹿        京都  三井 康有
狭井宮へ病葉疾駆くすり道       奈良  三村  一
二種類の香水つける日もありて     埼玉  宮内 市子
相合傘ぬれて明るき七変化       東京  三好 恵子
古時計の鳩に目覚むる仔猫かな     東京  棟田 楽人
つつじ咲く友禅のごと濃く淡く     東京  八木 八龍
夏草に足とらるるや老の旅       東京  家治 祥夫
十薬の慈悲深き花十字なる       東京  矢野 安美
蜘蛛の囲の下で繕ふ投網かな      東京  山口 一滴
天目指し競ひ合ひしか多羅の芽は    群馬  山﨑 伸次
湖の光を貰ふあめんぼう        群馬  山﨑ちづ子
髪を切る鏡に映るシクラメン      神奈川 山田 丹晴
もて余す足長蜂や足長し        高知  山本 吉兆
釣糸をたらし青峰を眺めゐる      群馬  横沢 宇内
順々に水満つる田やほととぎす     神奈川 横地 三旦
今年又五日を待てず柏餅        神奈川 横山 渓泉
兵の駆けし街道鯖が行く        千葉  吉田 正克
それぞれの願ふ神あり水芭蕉      山形  我妻 一男
土曜日の戸越銀座の夕薄暑       神奈川 渡邊 憲二








     













星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男

のどけしや飴の兎は棒に飛ぶ        辻本 理恵
縁日などの屋台の飴細工師の技には舌を巻くばかりである。指先と小さな鋏で様々なものを創出する。注文を聞いてあっという間に兎を作り、紅で赤い目を入れて客に渡される。「棒に飛ぶ」に臨場感がある。「のどけしや」の切れで待ちわびた春の一日を哀惜を持って描き出している。同時出句の〈春雷を夢違へへの糸口に〉は取合せの妙。「春雷」であるところがいい。〈触角にはやも力みの子かまきり〉〈亀の子の次を待てずにすべり入る〉はそれぞれの対象物の特徴を丁寧に詠み取っている。 

釣堀の雲にひねもす糸垂らす        中山 桐里
 釣れない釣人なのであろう。いやいや釣る気もなく退屈しのぎに糸を垂れているだけかもしれない。浮子よりも水面の雲の流れを見ているようだ。必死にならず、そのように過ごすのが、釣堀の通人なのかもしれない。同時出句の〈かもめ吞む犬吠埼の卯波かな〉は迫力のある場面で「犬吠埼」の地名も臨場感を増幅させているようだ。〈溝浚へ妻に随ふ夫かな〉は今日的風景か。ほのかな滑稽感。

更衣そのまま進む老備へ          小野 岩雄
 更衣も単に薄着になっていくというだけではなく、年相応の服装になっていく、というのがこの句の眼目。珍しい視点で高齢化社会の一景を描いている。

尾鰭からたたまれてゐる鯉幟        佐藤かずえ
 俳人は人とは違う角度から物を見る、描くことが大切である。五月鯉を畳むという行為を「尾鰭から」と詠むことで、一歩深入りしているのである。口から空気を吐かせながら畳む様子が如実である。同時出句の〈這ひ上がる数多のつぼみ鉄線花〉も物をしっかりと見詰めた成果である。「這ひ上がる」で蔓性植物の様子を捉えたのである。

古へつづく奈良坂春日傘          西田 鏡子
 この奈良坂は東大寺転害門あたりから始まる般若坂であろうか。京に続く坂。上るにしても下るにしても「古代」へ続くのである。実際の風景でもあり、歴史を遡った幻想の風景として鑑賞してもいい。同時出句の〈のどけしや長鳴き鶏の布留の宮〉も同じような味わいを持つ。

朝寝する身は大海のまんばうと       小野寺一砂
 まんぼう(翻車魚)は不思議な魚で、のんびりした身体つきで海面に浮くという。作者は気仙沼の方で、私もこの地を訪ねるとたいがい食す、親しい魚である。朝寝の心地良さの比喩として面白い。同時出句の〈勿忘草軍属多き島の墓〉〈口きかぬこけしに遠く春の雷〉なども郷里にしっかりと腰を据えた詠み方で好感を持った。

春愉し亀は甲羅を脱ぐかとも        金井 硯児
 まさに春風駘蕩たる句である。あの寡黙な亀でも楽しくて甲羅を脱いでしまうかもしれない、という。「春愉し」の季語であればこれ位の想像を絡ませてもよいだろうと思う。同時出句の〈老鶯のむしろ騒がし山の畑〉は、風流という概念を捨てた詠み方に意外性があってこれも面白い。

脱ぎし靴裏返りをり花筵          宝 絵馬定
 花見の嘱目で面白いところに焦点を当てている。恐らく最初のうちは揃えていた靴も酔いが進むと共に脱ぎ方も乱れてくる。当然のように宴席も杯盤狼藉、放歌高吟の状態になっていくのである。その予兆のように靴の乱れを詠んだ目配りがよいのである。

耳よりも背筋で聴いて春の雷        岡城ひとみ
 夏の雷と比べてやや大人しい感じの春雷を微妙な皮膚感覚で捉えている。間をおいて二つ三つ鳴って終る春雷の様子が描き取られているようだ。同時出句の〈なかなかに散り収まらず八重桜〉〈垣越しの卯の花噎せるほど盛ん〉は各々の対象物である「花」の生態をよく摑んでいる。

百円の日々草の花期長し          小沢 銈三
一読楽しい作品だ。日々草は西インド原産。その名の通り、晩夏から仲秋にかけて毎日咲き替っていく。百円で買ったその花の花もちの良さを喜ぶ庶民感覚が楽しい。同時出句の〈向日葵を活けて信用金庫かな〉も明るく好もしい作品だ。信用金庫が一句を成す面白さだが、向日葵の斡旋が盤石だからこそである。訪ねてくる客に正面から向き合っているのである。 

その他印象深かった句を次に

 
裏も又光満ちたる若葉かな         渡辺 誠子
朝寝して二度寝三度寝じき夜に       山室 樹一
桜餅礼の苦手な人からの          平山 凛語
手土産の箱に湿りや桜餅          中村  弘
藤の花真すぐに地軸指してをり       河村  啓
鳥帰る日本列島なぞりつつ         北浦 正弘
義貞の剣は何処に卯月波          北爪 鳥閑

      












伊那男俳句  


伊那男俳句 自句自解(55)        
 
 鎌倉の公暁の忌なり悴めり

 鎌倉時代はざっと百五十年ほど続いたが、源氏三代はというと実は三十年前後と極めて短い。初代源頼朝は怨霊に取りつかれて落馬して死んだという。享年五十二歳。二代頼家は伊豆修禅寺に幽閉され、謀殺された。享年二十二歳。三代実朝は頼家の息子公暁に鶴岡八幡宮境内で暗殺された。享年二十七歳。公暁はその日の内に謀殺。陰暦一月二十七日。享年十九歳。事件の真相は闇の中であるが、ともかく源氏の血筋は絶えた。さて三代の墓はどこにあるのか。頼家の墓は白旗八幡宮にあるが、今我々が目にするのは江戸時代に薩摩藩島津家が建てた供養塔である。頼家の墓は修禅寺の近くに伝頼家墓とされる一画がある。実朝の墓は寿福寺の奥に伝実朝墓とされる矢倉がある。大山の麓、秦野に実朝の首塚と伝えられる森がある。この方が信憑性があると私は思っている。つまり教科書にも残る将軍達なのに墓は不明瞭なのである。鎌倉の闇は深い。まして公暁の墓ということになると……。

世を落ちて青空市の男雛

 私の四十代は変化の多い時代であった。三十代の終りの頃バブル期に突入。私はオリックスで住宅ローンや不動産ローンの貸付を担当し、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで業績を伸ばした。当時は銀行ではない金融会社(ノンバンク)が続々と設立された時期で、某不動産会社が金融会社を作ることになり、私にも誘いが来たのである。一口に言うと倍の年収を出すという提示に目が眩んで参加した。高額の支度金もあった。その会社は好調なスタートで、数年間で融資額が四千億円を越え、株式上場の用意も具体的に進めていた。そこにバブル崩壊が直撃し、真逆さまに転落したのであった。加えて若い頃からの暴飲暴食と多分心労が祟ったのであろうか、私は大腸癌、妻は乳癌を発症した。結局最後の社長を務めて会社の自己破産を申請し失業者となった。半年ほどで近所の寺の草毟りや読経などで過した。そのような右肩下りの我が身の姿を男雛に託したのが、この句である。






     


 

伊藤伊那男  俳人協会賞受賞










 去る3月5日、平成30年度の俳人協会四賞の授与式が京王プラザホテルで行われました。
ご存じの通り、伊藤伊那男主宰が句集『然々と』で第58回俳人協会賞を、同人の堀切克洋さんが『尺蠖の道』で第42回俳人協会新人賞を受賞四、銀漢俳句会から4賞の内二賞を頂くという快挙となりました。2019/4/30/更新














俳人協会四賞・受賞式









更新で5秒後、再度スライドします。全14枚。


 二次会・店内に入りきれない人数でしたが,日曜日とあって店の前の通りも通行が少なく,穏やかな天候の下、外に溢れる受賞者の二人や他結社の方々と交流するなど、思い思いにお酒を楽しみながr懇談を深め,何時までも祝賀会の熱気は冷めることがありませんでした。









 受賞 祝賀会

 伊藤伊那男 俳人協会賞
堀切 克洋  俳人協会新人賞
2019/3/17 学士会館
銀漢亭(二次会)


 月刊「俳句四季」に受賞の記事が掲載されました。
月刊「俳句四季」に受賞の記事掲載は
5月号(4/20発売)か6月号(5/20発売)のどちらかを予定しています。


然々と   伊藤伊那男

リンクします。

句集 「然々と」 伊藤伊那男

 
句集「尺蠖の道」
拡大します。

尺蠖の道  堀切克洋




linkします。



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拡大します。


受賞祝賀会 3月17日 日時 12時 
会場 学士会館 東京神田 





haishi etc
↑link



         








銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

ごあいさつにご利用下さい。




















掲示板














               
 
     

銀漢亭日録

 
5月

 5月16日(土)
「銀漢亭」閉店の報があちこちに流れ、惜しむ声をいただく。来国の青柳飛さん(米国俳句協会会長)からも。前会長のリー・ガーガ氏他のメッセージも届く。唐沢静男句集第二草稿点検。序文を数項加えて、五千字ほど書く。雨。

5月17日(日)
快晴。今日は散歩、1人にて、はけを下って野川沿いに多摩川の土手まで往復2時間ほど。青柳飛さん経由でニューオリンズの比較文学者で一茶研究者デイビッド・ラヌーさんからのメッセージも届く。NYの月野ぽぽなさんからも労いのメール。「彩の国句会」選句。15時くらいから、庭で遅い昼食兼夕食。

 5月18日(月)
9時、「銀漢亭」。まほさん出勤前に寄ってくれる。「こんな日は雨が降るのです」と。10時より解体作業。「銀漢俳句会」の資金移動などで郵便局、銀行など。馴染みの「居酒屋なごみ」は張り紙も無く、連絡取れず。夜逃げ? 老舗の「酔の助」は「ありがとうござんしたおさらばゑ」の張り紙。「大金星」は親しかった元店長井上さん、3月末で退職したと。皆、人生激変。昼、毎日新聞の今井竜さん(「俳句てふてふ」担当)と「咸亨酒店」で昼食。打ち合わせ。「極句会」選句。

 5月19日(火)
雨空にて桃子に車出して貰い農家の野菜買う。おかみさんと話すと、24代続いているという。「金星句会」選句。今日は料理、家族に任す。岬さんからの蚕豆!

 5月20日(水)
「春耕」への投句を忘れ、升本栄子さんより連絡あり。蟇目編集長にFAX。昼、「銀漢亭」。だいぶ片付いている。業者と打ち合わせ。郵便局他廻る。15時帰宅。柴山さんより放し飼いの地鶏の卵到来。

 5月21日(木)
9時半、「銀漢亭」。まほさんが来てくれたところで、解体作業の大将に「銀漢亭」の看板を下ろして貰う。10時半、仲介業者と家主に来て貰い取り壊しの最終確認。今日の夕方で工事は終了の予定。17年、風雪に晒された看板の清掃、取り壊しの時壊れた額を補修。武田さんの「残しておこう」との助言で。と、武田夫妻が発行所に来て、少々打ち合わせ。「ひまわり句会」選句。

 5月22日(金)
10時、神保町。ガスの栓ストップに立ち会う。丁度「銀漢」6月号発送日にて、久々、編集の方々と会う。大野田さんも夏の俳句大会の差込用紙を持ってきてくれる。太田勝彦さんから美瑛のアスパラガス到来。

 5月23日(土)
孫二人と散歩。農家の野菜を買う。「武蔵野探勝会」「雛句会」の選句。角川「俳句」8月号「コロナ時代の俳人たち」2ページ分書く。

5月24日(日)
「銀漢句会」の選句と短文をてる緒さんに送る。散歩。今日は喜多見駅周辺。駅前の教会跡……あっ、村田脩先生の葬儀で……。ただし木造の教会は無し。角さんにメールで確認すると、協会は成城に移転したと。もう11年近く前だ。午後、次女、杏一家来宅。庭でバーベキューパーティー。杏さん明日で40歳。

5月25日(月)
散歩。農家の野菜買ったあと、もう一度、散歩。喜多見、狛江方面。今日は16,000歩で、今までで一番歩いたか。須崎武雄さんより青山椒到来。茹でて保存。

  5月26日(火)
祖師谷大蔵方面散歩。「オオゼキ」で買い物。7月号の選句。法政大学高柳先生他、「銀漢亭」閉店を惜しむメールや電話。夕食は成城仲間で自由が丘のテツ君の店「イタリアンレストラン Bar UGO」から取り寄せ。

5月27日(水)
12時、水道橋駅に、大和、禪次、秋葉男、井蛙、志水さんと待ち合わせ。周辺の空き事務所、三箇所ほど不動産会社の案内を受ける。広い発行所に移るか模索中。発行所に戻って1時間ほど打ち合わせ。こしだまほさんに日録送る。

 5月28日(木)
孫と散歩。7月号の選句、追い込み。「春星句会」選句。夕方かた成城仲間のN氏邸。三家族で食事会。バーベキュー。私は三品ほど用意。21時ごろ退出するが、家族は午前1時ごろまでいたと。NHK俳句より、私と堀切君の師弟コラボの執筆打診あり。

 5月29日(金)
散歩。農家の野菜買う。快晴。久し振りにやや二日酔い。清人さんより、気仙沼、畠山さんの植樹祭、ごく内輪でやるのでどうかと誘いあり。

 5月30日(土)
「童夢句会」選句。今日は京王線仙川駅まで散歩。7月号の千句稿、大溝、朽木、花果さんへ郵送。夕食は早い時間から庭で。

 5月31日(日)
同人集、会員集の選評書き上げ、朽木、大溝さんに郵送。散歩。あちこち歩いてまた仙川駅。帰宅直後に夕立。あちこち紫陽花が色を深めつつあり。

6月

 6月1日(月)
「彗星集」選句評書き、芙紗さんに投函。これで7月号の執筆、選句など全部終了。銀行、郵便局他。銀漢亭の保証金返却ありこれにて銀漢亭の業務一切終了。坂口さんより茂木の枇杷。

 6月2日(火)
多摩に住む兄が銀漢亭閉店の慰労会をしてくれるというので訪問。医師を辞めた兄は畑を借り、庭にも様々な花や野菜を育て、蜜蜂を飼い、鶏を飼う生活。全部自作の野菜でもてなしてくれる。昼から、庭を眺めながらの酒宴。

 6月3日(水)
慶大丘の会の原稿、エッセイなど執筆発送。散歩。野菜買う。あと仙川を下流に沿って岡本八幡神社周辺へ。今日は16,000歩。昨日兄から貰った野菜をつかって夕食用意。

6月4日(木)
「鎌倉句会」選句。孫と散歩。「宙句会」選句。「若葉」伊東編集長より鈴木貞夫主宰の句集『うたの祷り』の評、依頼あり。

 6月5日(金)
散歩。久々、「オオゼキ」で買い物。仕込み。「十六夜句会」の選句。井川さんより四国の酒「梅錦」。「きさらぎ句会」選句。

6月6日(土)
8時前の新幹線乗車。一ノ関乗り換え、気仙沼11時半着。小野寺清人さんの迎えを受け、竣工成った気仙沼大橋を渡って和人さんの家へ。父上の法事で兄上信一さんも仙台から来ておられ、早速庭でバーベキューパーティー。海のもののセット、信一さんからの仙台牛舌など。友人の光明寺住職千田雅寛氏、鮪漁師だった村上正治さん、元ニチレイの桜田恒善さん。そこへ外科医の清水旭先生、牡蠣養殖の畠山重篤さん合流。時鳥の声聞こえる。あと、家の中で飲み直し。和人さんから数々の料理。夕方「旅館 黒潮」へ入る。が、夕食がほとんど食べることできず。早々に就寝。









さよなら・銀漢亭











         
    






今月の季節の写真/花の歳時記


2020年8月23日撮影   ムラサキゴテン   from hachioji




花言葉  優しい愛情、誠実、変わらぬ愛。


△ ムラサキゴテン・紫御殿
花の名は、葉や茎、萼(がく)が全て紫色であることから名づけられました。
葉色が帯白緑から紫紅色まであり、最も多く栽培されるのは、葉が紫紅色で濃いピンク色の花を咲かせるパープルハートです。
ボタンクサギ カヤツリグサ タマスダレ エンジュ 山路の杜鵑草 
シュロソウ
ブラシの木 ムラサキゴテン

写真は4~5日間隔で掲載しています。 

2020/8/15 更新







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