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 2月号  2015年

伊藤伊那男作品  銀漢今月の目次 銀漢の俳句 盤水俳句・今月の一句
 彗星集作品抄   彗星集選評   銀河集・作品抄 綺羅星集・作品抄 
 銀河集・綺羅星今月の秀句  銀漢賞・銀漢新人賞   星雲集・作品抄 星雲集・今月の秀句 
伊那男・俳句を読む  銀漢の絵はがき 掲示板  鳥の歳時記  銀漢日録 今月の写真


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伊藤伊那男作品


寒林       伊藤伊那男

職歴は五指ほど勤労感謝の日
湯豆腐や嵯峨の篁鳴りづめに
驚きは跳ぬる高さに兎跳ぬ
冬めくや酔へばこのごろ泣き癖に
青畝忌の葛城に濃き冬夕焼
落日といふはなやぎを雪ばんば
三代のあとを小犬に毛布敷く
寒林に入り散策は思索へと


 


            






今月の目次








銀漢俳句会/2月号








   

銀漢の俳句 

伊藤伊那男 

◎連歌から俳諧へ

 一昨年秋に、20年に一度の伊勢神宮の遷宮があった。私も夏にお白石持行事に参加し、遷宮前の白木の匂う新御敷地に白石を敷いてきたので、感慨は一入であった。「雲の峰」主宰 朝妻力さんも誘ったのだが、その折、次の句を教えてもらった。
  
御座敷を見ればいづれも神無月   守武
一人時雨のふり烏帽子きて     宗鑑

 荒木田守武は室町時代末期の伊勢神宮の禰宜で、現在に続く伊勢俳諧の祖である。山崎宗鑑も同時代の俳諧師で、足利将軍家に仕えたが、後に剃髪して山城の国、山崎に住んだ。右の句はこの時代を代表する俳諧師の掛け合いである。守武が俳諧の席に来て見回すと、すべてが僧形であることに気付く。句の「神無月」には「髪(かみ」)が無い」という言葉が隠されている。守武が「見渡すと髪の無い人たちばかりですね」と呼びかける。すると山崎宗鑑が「一人だけ烏帽子をつけた有髪の人が来ましたね」と答える。「時雨のふり」には「降る」と「古い」が重ねられているのである。
 このように高度な俳諧味のある言葉の応酬があったのだが、この二人こそ、俳諧が連歌から独立する気運を醸成した立役者である。宗鑑が選したとされるものに『犬筑波集』がある。そもそも『古事記』以来、筑波の道という言葉がある。これは『古事記』の中の日本武尊の東征のくだりの下記のやりとりから名付けられたものである。
  
にひはり筑波を過ぎて幾夜か宿()つる  日本武尊

  日々並(かかな)べて夜には九夜日には十日を火焼(ひたき)の老人
 日本武尊が筑波を過ぎて何夜過ぎたのであろうか、と呟くと、甲斐の酒折宮の老人が答える。つまり一つの歌を二人で歌うという連歌──デュエット──の始まりである。この歌から連歌のことを「筑波の道」と呼ぶようになったのである。この筑波の道に対し「犬」を冠したのが宗鑑の『犬筑波集』であり、従来の連歌とは袂を分かち俳諧の道に分け入る決意が籠められているようである。
 さて今月の句に〈守武の忘れ沓とも鴛鴦の池 眞理子〉があった。古い季語に「鴛鴦の沓」がある。二羽並んだ鴛鴦が神官の履くぽっくりに似ていることからつけられた言葉である。右の句は「池の中に二羽並んだ鴛鴦はまるで伊勢神官荒木田守武が忘れていった沓のように見える」という意味である。実に高度な表現の句で、あっと驚いたのだが、この句から前述のような連歌から俳諧への変遷のことを思い出したのである。
 

     







 



  

盤水俳句・今月の一句


伊藤伊那男
    
伊那の田に井月の墓犬ふぐり     皆川盤水
俳句を始めた翌年か、父が井月の句集を送ってくれた。墓の写真を見て〈井月の墓どこからも雪解風〉を作り出句したところ、先生から随分褒められた。後の酒宴で皆から墓の様子を問われたが、実は行ったことが無く困惑したものだ。先生にこの句があることは後から知った。既に先生は井月の墓を訪ねていたのである。親しかった井本農一先生あたりから聞いておられたか……。雪解けの野にいち早く咲く犬ふぐりを配した挨拶句である。
                                                     (昭和55年作『山晴』所収)
                             






                 
 



  
 

彗星集作品抄

伊藤伊那男選

初猟の眴せで舟うごきけり       小野寺清人
軍服の冥婚絵馬や雪の堂        澤入 夏帆
校庭といふ真四角の冬日向       笠原 祐子
日短かや旅にしあればなほさらに    飯田眞理子
漁火が星となりたる竜飛岬       上村健太郎
数珠切れしやうに零余子の零れけり   鈴木てる緒
聖夜待つ樅は真つ直ぐ天界へ      大野 里詩
暮れがてに嬥歌の里の柿明り      吉沢美佐枝
トランジットのみの倫敦漱石忌     武田 花果
落葉焚くならぬ大志を放り込み     伊藤 庄平
そばがらを枕に足すも冬支度      杉本アツ子
麦の芽の畝真直ぐに甲斐駒へ      志村 昌也
まろぶ度ちいさくなりぬ毛糸玉     曽谷 晴子
三山を望む日溜り石蕗の花       末永理恵子
冬麗や一気に走る硝子切        塚本 一夫
懸崖の裏のさびしき菊花展       五十嵐京子
もらひ湯の後の長居を湯ざめして    北澤 一伯
一斉といふことのなき帰り花      杉坂 大和
天高し紙飛行機の距離延ばし      原田さがみ
猪狩の山越えてゆく犬の声       杉本アツ子
   


       







彗星集 選評 伊藤伊那男


初猟の眴せで舟うごきけり       小野寺清人
 猟期の緊張感が伝わる句だ。初猟であるからなおさらである。暁闇の中一切無言、船を出す合図も「眴(めくば)せ」だけである。湖は静まり返っていて水鳥たちも半ば夢の中である。初猟の最初の静かな動きを捉えて出色である。このあとの湖の修羅場も想像が及ぶのである。
 

軍服の冥婚絵馬や雪の堂        澤入 夏帆
 東北は山寺の頂上の堂内や恐山などを訪ねると若者の結婚記念の絵や合成写真のようなものが壁に掛けられているのを見ることができる。最初は意味がわからなかったが、例えば夭折した子息が指折りかぞえると二十歳になる頃とする。せめて絵馬の中だけでも結婚させてやろうと、花嫁の絵を添えて掲げるのである。「瞑婚」という言葉は今回初めて知ったが悲しい風習である。この句は戦死した子息に娶らせたのである。「雪の堂」に浄化させた思いが潜むか。
 

校庭といふ真四角の冬日向       笠原 祐子
一つに「真四角」という切り取った表現で成功した句である。校庭は、長方形も含めて四角形。冬日は遍く周辺を照らすのだが、なにもない校庭の冬日は特に目立つのである。ほとんど影というものを持たない冬の校庭を描いた見事な措辞である。


漁火が星となりたる竜飛岬       上村健太郎
 漁火が星となるーー何とも美しい句である。私は下北半島の下風呂温泉から見たことがあるが、意外な近さに黒々と北海道があり、点々とした漁火から地球の丸さまでが解るようであった。津軽半島北端の竜飛崎であればなおさらであろう。「星となりたる」の断定も悪くない。


数珠切れしやうに零余子の零れけり   鈴木てる緒
 この句のように零余子は零れ易いもの。少し蔓を引いただけでぱらぱらと落ちる。これを紐の切れた数珠にたとえたところが的確である。大きさも似ているようだ。思えば「零余子」という字は不思議だ。やはり「零れ」易いところからきているのであろうか。漢字の面白いところだ。

 
聖夜待つ樅は真つ直ぐ天界へ      大野 里詩
聖夜であるだけに「天界へ」の言葉の持つ意味が深い。 
 

暮れがてに嬥歌の里の柿明り      吉沢美佐枝
「柿明り」がいい。「暮れがての嬥歌の里や」とも。 
 

トランジットのみの倫敦漱石忌     武田 花果
トランジットと言う場面設定がいい。「倫敦」が動かない。 
 

落葉焚くならぬ大志を放り込み     伊藤 庄平
 手紙を焚くという句はあるが、大志を放り込むとは!


そばがらを枕に足すも冬支度      杉本アツ子
 冬支度に取り合わせるに、やや意外感があるところがいい。
 
麦の芽の畝真直ぐに甲斐駒へ      志村 昌也

 麦処の甲州だけに甲斐駒がいい。「真直ぐに」が効く。
 

まろぶ度ちいさくなりぬ毛糸      曽谷 晴子
当然のことなのだが・・・詩に昇華している。 


三山を望む日溜り石蕗の花       末永理恵子
 大和三山であろう。山の低さが感じられるのである。


冬麗や一気に走る硝子切り       塚本 一夫
 冬麗の中に響く異質な音。適度な離れ具合がいい。


懸崖の裏のさびしき菊花展       五十嵐京子
 裏と表の劇的な違いを詠み取った。


もらひ湯の後の長居を湯ざめして    北澤 一伯
 一昔前はこんなことがよくあった。地域共同体の良さ。


一斉といふことのなき帰り花      杉坂 大和
忘れた頃ぽつんぽつん咲く様子を捉えている。 


天高し紙飛行機の距離延ばし      原田さがみ
 空気が乾燥し始めた頃だけに、配合の良さである。


猪狩の山越えてゆく犬の声       杉本アツ子
 近く、遠く――――。猟犬の声だけで猪狩の様子を伝える。



            

         


 
        

銀河集品抄

伊藤伊那男選

守武の忘れ沓とも鴛鴦の池       東京  飯田眞理子
冬支度幾度回す洗濯機         静岡  池田 華風
螺子ひとつ余る修繕文化の日      静岡  唐沢 静男
紅を刷く鏡に映る枯野かな       群馬  柴山つぐ子
障子干すいつもの山河枠に入れ     東京  杉阪 大和
落ちさうな庁舎の熊手反りて見る    東京  武田 花果
富士晴れてけふ神々の旅立ちに     東京  武田 禪次
秋天へ行つたきりなりブーメラン    愛知  萩原 空木
日の筋の彼方まで見ゆ翁の忌      東京  久重 凜子
Gパンで通す日常木の葉髪       東京  松川 洋酔
木道に聞く末枯の風の音        東京  三代川次郎
みちのくの街の真中を鮭のぼる     埼玉  屋内 松山







     





綺羅星集作品抄


           伊藤伊那男選 

影にまだ重さの残る萩を刈る      東京  飯田 子貢
姥捨山へ老の先立つ茸狩        静岡  五十嵐京子
零余子蔓引かねば読めぬ一揆の碑    埼玉  伊藤 庄平
青空をたつぷり見たる捨て案山子    神奈川 大野 里詩
萩刈りてトンネルもとの青天井     東京  大溝 妙子
湯豆腐や津波を生きた者同士      埼玉  小野寺清人
残されし姉を見守る木守柿       神奈川 鏡山千恵子
引く度に二、三分戻る零余子取り    東京  川島秋葉男
高館に来て秋の蚊の猛攻に       神奈川 こしだまほ
秋渇き金平糖の角尖る         神奈川 權守 勝一
松手入れとは松の声聞くことと     大阪  末永理恵子
薦被り星まで積んで酉の市       東京  村田 重子
障子洗ふ糊の名残りは端々に      東京  森羽 久衣
白鳥の蕾となりて眠りたる       埼玉  森濱 直之
薄皮のつつむ熟柿の重さかな      東京  山元 正規

広重の猫の見下ろす酉の市       東京  相田 惠子
秋刀魚焼く昭和はいつも火の匂ひ    東京  有澤 志峯
野兎のいつも何かを嗅いでをり     東京  伊藤 政三
かはたれの風の伝言けさ冬と      埼玉  梅沢 フミ
朝顔の蕾に秘めし明日の色       東京  大西 酔馬
手の平に立冬の陽を掬ひ見ぬ      東京  大山かげもと
枯野みち人に出会へば人怖し      東京  小川 夏葉
見上げ行く人無き庭の柿たわわ     鹿児島 尾崎 尚子
風神の街をうろつく神の留守      東京  影山 風子
整然といふ静けさを菊花展       和歌山 笠原 祐子
かりがねの万葉仮名のやうに来る    愛媛  片山 一行
梟の眠りし檀林覚めはやし       東京  桂  信子
玉子掛けご飯搔き込む今朝の冬     長野  加藤 恵介
床高き芙美子の書斎鵙の声       東京  我部 敬子
家人やも立てし箒に冬日かな      高知  神村 睦代
色鳥の父母逝きし家にも来       長野  北澤 一伯
白鳥の水面を均し行く如く       東京  柊原 洋征
縁者にも知らぬ顔あり零余子飯     東京  朽木  直
野兎を逆さ吊りして巴里の市      東京  畔柳 海村
花嫁の裳裾はればれ鴛鴦啼ける     東京  小林 雅子
洗はれて御饌大根となりにけり     長崎  坂口 晴子
方言に座のなごみくる関東煮      千葉  佐々木節子
煙草屋の看板猫の日向ぼこ       山口  笹園 春雀
仏足石接がれし痕や鳥渡る       長野  三溝 恵子
繞道(にょうどう)の神鼓とよもす三輪の山      静岡  澤入 夏帆
鴛鴦の水脈二筋を湖心まで       東京  島  織布
鷹の目を残して鷹の鳩と化す      東京  島谷 高水
御火焚の祝詞に炎応へたり       兵庫  清水佳壽美
秋さびしガラシャ遺品を見ればなほ   東京  白濱 武子
木犀の二度咲き夫の戻る日や      東京  新谷 房子
合掌の日蓮立像天高し         静岡  杉本アツ子
竜淵に潜み遠野に河童棲む       東京  鈴木てる緒
加賀しぐれ紅殻格子匂やかに      東京  瀬戸 紀恵
なまなかに刈れぬ晩稲の湿りかな    神奈川 曽谷 晴子
子に電話用件とても無き夜長      愛媛  高橋アケミ
白鳥や力満ちくる村の空        東京  高橋 透水
秋思なほ踏絵版木の剝落に       東京  武井まゆみ
やや淵に潜みすぎたる龍鰐に      東京  多田 悦子
小豆干す秩父も奥の日にあへり     埼玉  多田 美記
松陰も塾生もゐず蚯蚓鳴く       東京  田中 敬子
萩刈られ十二神将怒気あらは      東京  谷岡 健彦
万燈やいざ出発のひとふるひ      東京  谷川佐和子
望郷の歌さわがしき椋鳥の群      神奈川 谷口いづみ
熊手にも表の顔と裏の顔        東京  塚本 一夫
笑み栗に今日の幸せもらひけり     東京  坪井 研治
末枯や小町の井戸の狐雨        神奈川 中川冬紫子
投げ出され十日の菊といふごとし    大阪  中島 凌雲
短日や万事およそという暮し      東京  中野 智子
賽銭の音の乾びも神無月        東京  中村 孝哲
椋鳥に追はれベンチを去ることに    茨城  中村 湖童
鷹を見る心ひろびろなる心地      東京  中村 貞代
乗り遅れ十日の菊とバスを待つ     愛知  中村 紘子
赤い月良寛さんの手鞠かも       東京  沼田 有希
鳥栖駅は分岐の路線芒の穂       福岡  藤井 綋一
蜜柑摘みどんどん風の軽くなる     東京  保谷 政孝
次々と降り白鳥の湖となる       東京  堀内 清瀬
行水の子を夕風が攫ひさう       岐阜  堀江 美州
柿簾までを遮るもののなく       パリ  堀切 克洋
日溜りを取り合ふやうに椋鳥の群    埼玉  夲庄 康代
針祭るつくろひものに終るとも     東京  松浦 宗克
黒き銃口山に向け冬に向け       長野  松崎  正
鴛鴦の並びて視線別々に        東京  松代 展枝
柿簾漆びかりの能登瓦         石川  松原八重子
黄菊白菊柩の窓を閉ぢ惜しむ      東京  宮内 孝子
熟柿剝き皮と種との堅さ知る      千葉  無聞  齋
活けてなほ供花の秋草日の匂ひ     東京  村上 文惠
蓑虫や風に揺るるを任せをり      東京  村田 郁子
羊雲斜めに渡る大花野         愛知  山口 輝久
萩刈るや語尾の優しき奈良ことば    東京  山下 美佐
吾が山居標高千百小鳥来る       群馬  山田  礁
草紅葉地蔵のほほを赤らしむ      群馬  山田 鯉公
大樟の胎内潜り抜けて秋        千葉  吉沢美佐枝
庭下駄の鼻緒ぬらせる雨月かな     神奈川 吉田千絵子
嚙むほどに味濃き祖谷の新豆腐     愛媛  脇  行雲
稜線のかがやきに湧く青鷹       東京  渡辺 花穂



    









銀河集・綺羅星今月の秀句

伊藤伊那男

螺子ひとつ余る修繕文化の日      唐沢 静男
文化の日とはもともと明治天皇の誕生日である明治節で、意義は異なるが戦後「文化の日」として国民の祝日となった。「自由と平和を愛し、文化をすすめるために国民がこぞって祝い、感謝し、記念する日」とある。私にはどうも意味があいまいな日で、誰の句であったか〈パチンコの玉がじやらじやら文化の日〉などという句が好きである。この句も同様にアイロニーを湛えているところがいい。文化の日の胡散臭さのようなものが読み取れるのである。 


障子干すいつもの山河枠に入れ     杉阪 大和
信州にいた頃は秋の一日、「衛生の日」というような名称で町全体が大掃除をする日と決っていて、畳を上げてDDTを撒いたり、障子を貼り替えたりした記憶がある。さてこの句、立て掛けた障子の枠から見慣れた山河が見える。額縁に入った山河である。障子紙の有る、無しのギャップが鮮明である。 


白鳥の蕾となりて眠りたる       森濱 直之
白鳥といえば〈白鳥という一巨花を水に置く 中村草田男〉を思い出す。この句はその本歌取りの句ともいえようか。活動中の白鳥を巨花とすれば、眠りに就くときの白鳥は蕾ということか。羽の中に首を埋めた様子を蕾と見た発想は見事である。 
姥捨山へ老の先立つ茸狩        五十嵐京子
 子供の頃見た「楢山節考」という映画が怖かったことを思い出す。口減らしのためにある年齢に達した老人は山に入る。さてこの句、老人が先達となって茸狩に入るというのである。その山の名は姥捨山。先の伝説の残っている山である。少し怖さを含んだ俳諧味といえようか。


青空をたつぷり見たる捨て案山子    大野 里詩
 いつも正面を向いている案山子である。仰向けに寝かせれば青空を見る。捨てられて、その後片付けられるまでの間ひたすらに青空を見ているのである。「たつぷり」にユーモアがある。擬人化表現の楽しさだ。


萩刈りてトンネルもとの青天井     大溝 妙子 
向島百花園などに萩のトンネルがある。私の好きな句に〈同窓会へ萩のトンネル抜けにけり 柚口満〉がある。萩は花期が終ると翌年の発芽を促すために根元から刈り取ってしまう。つい先日迄日陰を作っていた萩のトンネルが、今は青天井になった、とその変化に驚くのである。 


残されし姉を見守る木守柿       鏡山千恵子
 郷里に残り、家を守ってくれている姉を思うのである。もう木守柿の候であろうか、鳥の為にいくつか残す柿の実であるが、一人住まいの姉も見守ってくれているであろうか------と無事を願うのである。「守る」のリフレインの効果。


松手入れとは松の声聞くことと      末永理恵子
「松の声は松に聞け」とは俳諧の要諦。これを「松手入」に取り合わせたのが手柄である。確かに植木職人は木の性質を見ながら、つまり木の声を聞きながら剪定をしていくのであろう。対象物の本質を知らなければその対処方法も立てられないということであろう。 


  

障子洗ふ糊の名残りは端々に       森羽 久衣 
先に取り上げた杉阪句の障子洗ふは写生から抒情へ飛躍した句だが、こちらは細かくこの作業だけを観察した写生句。一旦洗ったもののよく点検するとまだ所々に糊が残っているというもの。読者を大きく頷せる説得力を持つ。それは皆が見逃していたことを詠み取った発見があるからだ。 


薄皮のつつむ熟柿の重さかな     山元 正規 
 熟柿をよくよく見た句である。手にもとったのであろう。同じ柿でも熟した方が重く感じられるのであろう。眠ってしまった子供が重く感じられるのと同様なのであろうか------。「薄皮のつつむ」の上五の導入もいい。

その他印象深かった句を次に
  

紅を刷く鏡に映る枯野かな      柴山つぐ子
みちのくの街の真中を鮭のぼる    屋内 松山
薦被り星まで積んで酉の市      村田 重子
高館に来て秋の蚊の猛攻に      こしだまほ
影にまだ重さの残る萩を刈る     飯田 子貢
零余子蔓引かねば読めぬ一揆の碑   伊藤 庄平
湯豆腐や津波を生きた者同士     小野寺清人
引く度に二、三分戻る零余子取り   川島秋葉男
秋渇き金平糖の角尖る        權守 勝一
行水の子を夕風が攫ひさう      堀江 美州
やや淵に潜みすぎたる龍鰐に     多田 悦子
熊手にも表の顔と裏の顔       塚本 一夫



       

    


 







第4回銀漢賞・銀漢新人賞


第4回銀漢賞

  月の遍歴
中村孝哲(なかむら こうてつ)
平成22年9月より銀漢句会に参加。22年「銀漢」創刊に同人参加。東京都在住。
去年今年二つをつなぐ歩み板
空耳にわが名呼ばるる四温かな
茂吉忌の二月の雨を写生せん
降る雪に天の消息読むごとし
春分の昼夜を荷に弥次郎兵衛
啓蟄の家を出てくる本の虫
四月馬鹿多羅葉に書く懸想文
潮引きて川のしりぞく養花天
旗持てばわれもはためく風五月
大空は太初の青へ更衣
梅雨晴間何なさむとて道にある
傘貸して見送る茅花流しかな
いちにちの呱呱の声する夏の朝
八月の光の中に猫葬り
星月夜図鑑に探す本の虫
秋分の夜昼を荷に驢馬の背
遺句集の句はみな遺影ちちろ鳴く
柿の秋染み一つなき甲斐の空
朴落葉天狗の下駄に踏まれをり
地下鉄の下に地下鉄十二月



第4回銀漢賞 
大和路にて
飯田眞理子(いいだ まりこ)
平成2年「春耕」入会。6年「春耕」同人。16年度「春耕」新人賞。23年「銀漢」創刊に同人参加。俳人協会会員。 

法会待つ良弁杉へ春の雪
修二会いま火の粉の滝となりにけり
連行衆紙衣にきざむ行のあと
発掘の手付かずの野や揚ひばり
伎芸天のすがた佐保姫かと思ふ
二上山のいたづらに吹く春の風
観音になりきることも練供養
落し文経巻のやう太子道
仏頭にのこる火の跡晩夏かな
さしのべる弥陀の光か観月会
秋草の古き名いまも明日香かな
三山の真中に花野なる宮址
猿石の寄り添ふ古墳秋しぐれ
夢殿に渡来の錦小鳥来る
小春日に買ふこの寺の陀羅尼助
遺跡守大冬野より戻りけり
煤逃のかくも遠くへ宇陀野かな
数へ日の一ト日餅屋となる菓子舗
奈良町に人生訓の古暦
神奈備の神を身近に年迎ふ


第4回銀漢賞 佳作
 祈りの島
坂口晴子(さかぐち はるこ)
昭和49年「沖」入会。59年「沖」退会。61年「西陲」入会。平成3年俳人協会会員。23年「銀漢」入会。

露けしや一江に映る教会も
鰯雲ミサ告ぐ法螺の息ながし
露の世の吾もお弥撒に正座して
大漁旗うちふる島の運動会
教会に被爆の煉瓦鳥渡る
唱ふるも聴くも瞑るオラシヨ冴ゆ
雁渡し屋根に網のせ塩煮小屋
椿の実見せて椿の油売る
天の川黄ばむ黒ずむ踏絵帳
小鳥くるマリアとのみの童女墓



第4回銀漢賞 佳作
西陣   
朽木 直(くちき ちょく)
平成20年「銀漢句会」参加。22年「銀漢」創刊に同人参加。「宙句会」幹事。愛知県田原市出身。

地蔵盆子の手に合はす数珠廻し
機音の絶えし通りに秋の声
秋の日や渡来仏めく辻地蔵
釘錆びて釘抜地蔵秋暑し
秋燕織手募集の紙古りぬ
相槌を打つかのやうに秋扇
野仏に乱の焦げ痕鶏頭花
天神の鏡くもらす秋の雨
小流れの音の大きく水澄めり
ひぐらしや禁裏の門に弾の傷


第4回銀漢賞 入選
商ひ屋
有澤志峯(ありさわ しほう)
平成21年「春耕」入会。22年「銀漢」創刊に参加。24年同人。 

あたたかや触れて確かむ井戸の水
春暁や桶に目覚むる豆の嵩
仕込み豆浸りてをりぬ良夜かな
新大豆犇き合ひて踊り出づ
商ひ屋をつつむ白煙冬の朝

第4回銀漢賞 入選
黙といふ母の口伝
川島秋葉男(かわしま あきばお)
平成20年「湯島句会」設立時に作句開始。22年「銀漢」創刊に同人参加。 

母の手が陰を作れる炎暑かな
ひまわりが種を吐き出す別離かな
ここまでと黙する母の終戦忌
初蝶来ときをり母の遠目癖
銃創の右手で干せる浴衣かな


第4回銀漢賞 入選
 夜学
堀切克洋
ほりきり かつひろ
昭和58年生まれ。平成22年末より作句開始。23年「銀漢」入会、26年同人。

明るさも昏さもありて八重桜
しやぼん玉少し浮かびてこはれけり
七変化きのふの我に飽くべしと
神の留守中に調律しておかむ
歳晩の辞書の手垢を拭ひけり


 第4回「銀漢賞」「銀漢新人賞」選考経過報告  杉阪大和

 第四回「銀漢賞」は平成26年6月に募集案内が出され、同年、10月1日締切で募集が行われた。その結果、同人より44編、会員より18編の応募作品が寄せられた。
 10月20日付けで無記名の句稿が「銀漢賞」事務局の川島秋葉男氏より、選者の伊藤伊那男主宰、武田禪次編集長、杉阪大和の3名に送付された。約1ヶ月半の選考期間を経て12月7日、各選者が「銀漢賞」「銀漢新人賞」に相応しいと思う作品の予選会を開催。各選者は予め十編の作品を選び出して予選会に提出し、その中から2名以上の選の入った7編を予選通過作品とした。
 各選者は七編を改めて検討し、7点から1点までの順位を付け、12月14日に最終選考会を開催した。得点の多い順に一覧表を作成し、それを基に総合的に判断した。今回は1位が同点のため、1点に絞るかどうか検討したが、それぞれ個性のある作品であり、順位どおり2名の受賞となった。
 第4回「銀漢賞」は中村孝哲氏の「月の遍歴」と飯田眞理子氏の「大和路にて」に決まった。総合2位の坂口晴子氏の「祈りの島」と3位の朽木直氏の「西陣」を佳作、有澤志峯氏の「商ひ屋」と、川島秋葉男氏の「黙といふ母の口伝」、堀切克洋氏の「夜学」の三編を入選とした。
 「銀漢新人賞」は、予選通過作品の7編全てが同人作品であった為、残念ながら該当者なしとなったが、予選では会員の作品が3編選ばれており、その健闘を称えたい。
 今年は昨年より応募数が6編多かったことは喜ばしいことであり、意欲的な作品も見られた。第1回から比べれば、作品の内容や構成、旧仮名遣いや誤字などの基本的なことなどに留意した進歩の跡が見え、これまでの蓄積の上に応募されたことが、はっきりと作品に出ていた。しかし、選考の過程でまだ問題点や課題の指摘が多かったのも事実である。特に推敲不足は目立っていた。
20句に対し、何を詠むかという強い想いがないと、あれやこれやで五目飯のような作品になってしまう。手料理を振舞うのであればそれなりの心づくしが欲しいのである。
 「銀漢賞」は現在の結社「銀漢俳句会」全体の力を象徴するものである。次年度は創刊5周年を迎える年として一層の充実を期待したいと思う。

 尚、応募作品全編から主宰選の一句を掲載し、応募に敬意を表したい。

 第4回「銀漢賞」の選考を終えて

伊藤伊那男

 予選段階で上位三編に「月の遍歴」「大和路にて」「祈りの島」を入れていた。一馬身勝っていたのは「月の遍歴」であった。その構成は実に緻密である。一句目の季語「去年今年」で始まって20句目は「12月」と前後を固めて万遍なく季語を散らす。真中の10句目が「更衣」であるから折返し点である。前から5五句目と後から5句目に次の句がある。

  春分の昼夜を荷に弥次郎兵衛
  秋分の夜昼を荷に驢馬の背
 弥次郎兵衛と驢馬に荷を担がせて左右のバランスを取るのだが、20句全体に対しても春分・秋分で季節の変わり目の均衡を保つ仕組みである。しかも「昼夜・夜昼」と変えた点も繊細である。20句に破綻した句は無い。私の好みで言えば〈8月の光の中に猫葬り〉は入れる必要が無く、〈柿の秋染み一つなき甲斐の空〉は地名ではなく「峡の空」であった方がいいのではと思った。全体でみると抒情を排し、知的で硬質な句群である。この点作り過ぎという意見が出るかもしれないし、私の作風とも違うが、真似ようにも真似のできない見事な句群である。あとから作者名を聞いて、昨年「山口誓子の山河」を連載した方であり、殊の外猫好きの人であることを知って大きく頷いたところである。
 「大和路にて」は写生と抒情の調和の取れた句群であった。穏やかに温かく大和の山河をいとおしんでいる人の句である。観光客がスナップ写真や絵葉書で作った句ではなく、地下に眠る歴史にも思いを馳せているようだ。目に見えない地層も少し掘り起こした作り方を評価した。全体的には適温の湯に浸かっている感じだが、冷泉や熱い湯に読み手を引き摺り込む句が交っていたらと思うのである。
 「祈りの島」は五島列島の隠れ切支丹の地を訪ねた句群である。連作であるが一句一句を独立して読んでも立ち上がってくる句が多い作品集であった。〈教会に被爆の煉瓦島渡る〉〈天の川黄ばむ黒ずむ踏絵帳〉などは印象の深い句であった。但し平凡な句もあり全体にややむらがあったことが惜しまれる。
 その他高順位に挙げた句は「西陣」「夜学」であった。20句に挑戦するのは大変なエネルギーを要するものであるが、やり遂げれば必ず一段階成長しているものである。次回もたゆまぬ努力を期待してやまない。

武田禪次

 今年も62編の力作を鑑賞させて頂き、その選考過程で感じたことを少々述べたい。
理屈を言えば、物理現象的にインプットのないものにアウトプットはない。俳句の世もその例外ではないが、ただDNAにインプットされたもの、幼児期に潜在意識にインプットされたものが、大きく作用することがある。古人は「三つ子の魂」と言ってこの現象を表している。本人の意識しないままに突然脳の鍵が開いて言葉や行動に結びつく。言語中枢形成期に外国で暮らした子供が、思春期になるとその言葉が突然理解できるようになったりすることなどが見られる。
 今回の作品集を読んでいて、脳の引き出しから溢れ出てきた、言いかえれば「降りてきた俳句」と、脳の引き出しを整理して「引っ張り出してきた俳句」に分けられるのだということをつくづく感じた。選考に当っては、この二つの世界のせめぎ合いの中で改めて俳句とは何かを勉強させてもらった。
 私が一番に推したのは川島秋葉男さんの「黙と云う母の口伝」であった。およそ俳句作品らしからぬ表題に戸惑ったが、大正生れの母上の過酷な人生が作者に慿り移ったような句が並び、まさに「降りてきた俳句」であった。また西原舞さんの「童」は、若い母親の子供への愛しみが、自ずから言葉となって「降りてきた」ように感じた。
 銀漢賞となった中村孝哲さんの「月の遍歴」は、理路整然と思索家が隙なく練り上げた作品集で、俳句の文学作品であることに異論はなく上位で推した。ただ言葉を理解出来るものとこころを動かされるものとは別物であることは言っておきたい。また表題は説明的で推敲を要すると思った。飯田眞理子さんの「大和路にて」は、表題と固有名詞のコラボレーションで読ませるものであるが、惜しむらく作品の抑揚として大きくこころを動かす句が二、三欲しかった。
佳作作品では、坂口晴子さんの「祈りの島」は読み応えがあった。残念ながら四、五句が安易に流れていることが否めなかった。朽木直さんの「西陣」は好く出来ていたが、京都に親しみがあるかないかで難しい作品。入選の堀切克洋さんの「夜学」は、「も」の多用が読み手に「理屈っぽさ」と「押しつけ」を感じさせるように思えた。有澤志峯さんの「商ひ屋」は、暮しに密着した新鮮な視点に惹かれた。ただいずれも20句を整えることの難しさを改めて感じた。
 日本の詩歌は、縄文、弥生人たちの神との交感の言葉が「祝詞」として脈々と流れてきたものであることを信条としている筆者としては、どうしても「降りてきた俳句」に惹かれるのである。


杉阪大和

 選に当たっては基本的なことはもちろんだが、自身の志を問うという作者の姿勢や賞に挑戦する意識の高さが見えてくるかどうか、を大切にした。
 1位には飯田眞理子氏の「大和路にて」を推した。氏は常に候補に挙がる実力者であるが、得意分野の神話や歴史のこれまでの作品はやや専門すぎる嫌いがあったが、今回は同じ視点でありながら平明で親しみが持てる作品であった。
 2位には朽木直氏の「西陣」。西陣の地蔵盆を中心にその地の特色を丹念に見た吟行句の強さが随所に出ていた。
 3位は中村孝哲氏の「月の遍歴」。個々には良い句があったが、作為、技に走り過ぎた感が作品全体から出ていたように思う。
 4位に推した有澤志峯氏の「商ひ屋」は、日々の生活の中季節に添う詠み方に体験者としての力強さがあった。題のつけ方には工夫が欲しかったように思う。
 その他予選では、山元正規氏の「伊根の舟屋」、山下美佐氏の「五月富士」に注目した。特に「伊根の舟屋」は骨法がしっかりしていて、地に足のついた詠み方は現在の「銀漢俳句会」の流れの中で評価したい作品である。
 20句を投稿される前に、若干の時間を置き、自らの作品をもう一度客観化して眺め、句の並べ方なども含めて再検討することが大切である。次回もさらに多くの参加を期待したい。

伊藤伊那男主宰選 応募作品より一句(応募受付順)

鳴く構へして鳴かぬなり羽抜鳥   松川 洋酔  「羽抜鶏」
風神の袋破れて春一番       堀内 清瀬  「春一番」
鈴懸の花咲く母校いとしけり    保谷 政孝  「花に恋して」
大南瓜切りし包丁何処かな     曽谷 晴子  「秋桜」
万緑のぐらりと傾ぐ先は海     吉沢美佐枝  「磐州」
万緑を引き摺るやうに幟揚ぐ    大溝 妙子  「江戸川の幟祭」
潮傷みしるき簾の二階かな     山元 正規  「伊根の舟屋」
しぶときは母が育てし百日紅    宮内 孝子  「回想」
卒業写真穢れなき眼の吾もあり   大山かげもと 「母校」
初鰹市電の軋む街にゐる      片山一行   「四国」
神の山仏の里の夏木立       秋元孝之   「山辺の道」
炎帝の滑り台なる大甍       鈴木てる緒  「三夏」
濃あぢさゐ水を含んで水零す    堀江 美州  「清流の國」
鳥雲に叩いてあけるジャムの蓋   杉本アツ子  「をりをりに」
初島の浮きては沈む大卯波     五十嵐京子  「薪能」
春日傘たたみて観世音のまへ    瀬戸 恵   「帰郷の賦」
飛梅の古りたる幹や秋黴雨     畔 柳村   「筑紫行」
笛の音の青田の闇を流れけり    小林 雅子 「記憶の中の夏祭」
白桃の欣持薄皮いちまいに     土井 弘道  「曼珠沙華」
浦賀みち途切れて時雨れ今昔    河村 啓   「追浜一人吟行」
ふる里の空たぐり寄せ凧を揚ぐ   須崎 武雄  「蕎麦の花」
梶の葉の墨消えがちに思ひまで   松浦 宗克  「風炉名残」
画廊出て画廊に入る秋日傘     中野 智子  「晩夏」
雨上がる虫の大国てふ古墳     柊原 洋征  「古墳の里」
虫なくや地を擦るやうにゆく都電  金井 硯児「荒川線 秋の散歩」
豆撒きや廊下に父の強き声     相田 惠子  「北の国から」
木耳を闇の歯ごたへかとおもふ   戸矢 一斗  「夏蛙」
床屋出て角刈り撫づる祭顔     高橋 透水  「東京の祭と踊」
木の実踏み法悦の里めぐりけり   久重 凜子  「深閑として」
落人の恋歌優し合歓の花      清水佳壽美  「平家谷」
鉾町の閨まで届く鉦の音      こしだまほ  「梅雨明」
満面の笑みを湛へし福寿草     鈴木 淳子  「花明り」
亡びたる城の裾野に葡萄熟る    影山 風子  「チロルの秋」
身ほとりを網鬼灯に透かしけり   渡辺 花穂  「伊那谷に立つ」
朝霧のなか万物の鼓動かな     森濱 直之  「武蔵野」
国つ姫祀る山宮花は葉に      山下 美佐  「五月富士」
二代目の継がぬ醫院に燕来る    森 羽久衣  「参道前の醫院」
円墳のひとかたまりの虫時雨    武井まゆみ  「秋の雷」
振袖を交互に絞り風の盆      島谷 高水「八尾おわら風の盆」
街中がスイングしてゐる春日和   島 織布 「ニューオーリンズ」
消えさうな虹美しや消えてなほ   伊藤 庄平  「虹」
蟇の声鑑真和上の墓守る      大野田好記  「大和路紀行」
ばあさまのなまりほとほと烏賊を買ふ 津田 卓  「青森」
江戸つ子の親子三代走り蕎麦    坪井 研治  「茗溪散策」
足指の力ですくふ金魚かな     島谷 操   「夏の果」
機織りの唄口の端に栗を干す    我部 敬子  「秩父巡礼地」
銅剣に長の貫録秋深し       武田 花果  「まほろば」
山道に岐路のあまたや秋遍路    飯田 子貢  「秩父遍路」
棒立ちの子も拍手受け聖夜劇    宮本起代子  「聖夜」
昼寝覚め子の目の中に母として   西原 舞   「童」
卯の花やいよよぬた場の水暗く   萩原 空木 「熊野古道を行く」
水着干す二段ベッドのはしごかな  福田 泉   「青」
伏兵のゐるなら此処ぞ霧襖     伊藤 政三  「奥州藤原四代」
白檀の扇の風とすれ違ふ      多田 美記  「日々好日」
頬杖の秋思支へてをりにけり    松代 展枝  「秋はじめ」 













星雲集作品抄

福耳の福で支ふる大マスク       埼玉    戸矢 一斗
腕通し運ぶ梯子や冬構         東京   西原  舞
一の橋二の橋三の紅葉橋        東京   結城  爽
離れては寄りては菊の向き正す     東京   上田  裕
鉄棒を一回転して兎見に        神奈川  久坂衣里子
椋鳥や夕になりても白熱す       東京   豊田 知子
白鳥の重たき夢を眠りをり       千葉   土井 弘道
天楽を聴くべく秋の山廬訪ふ      東京   中西 恒雄
綿虫を追ひて日暮るる二月堂      愛知   津田  卓
鎌先を暮色に染めて晩稲刈       埼玉   中村 宗男
露草の瑠璃に余命の引き締まる     東京   橋本  泰
残照をひとりじめして木守柿      千葉   植竹 節子
缶蹴りやねんねこいつも鬼ばかり    埼玉   池田 桐人
朝顔垣紺一色に定まれり        神奈川  和歌山要子
五十六も組みし相撲場ちちろ鳴く    埼玉   大野田好記
毛見の人ここにも来しか千枚田     東京   今井  麦
まるめろはめろの分だけ歪かな     神奈川  上条 雅代
背中ごしそぞろ神ゐるそぞろ寒     東京   島谷  操
二時四十六分ふつと静まる牡蠣剝き場  埼玉   志村 昌也
伐採の決まりし柿の実のたわわ     神奈川  花上 佐都
ふるさとは柿のすだれの粉噴く頃    神奈川  原田さがみ

尾を天に鮭翻る水車簗         東京   秋田 正美
湯豆腐や南部鉄器の黒光り       神奈川  秋元 孝之
新涼や波の音する耳飾り        東京   浅見 雅江
水澄むや母のたまねぎ植うる頃     愛知   穴田ひろし
炉火恋し衣縫ふ夜の膝頭        宮城   有賀 稲香
犬吠の満つる沢筋手負ひ猪       神奈川  有賀  理
来島の渦を眼下に鳥渡る        愛媛   安藤 政隆
秋深し見上ぐることの多かりき     東京   飯田 康酔
家光の生地を祝ふ小江戸祭       東京   井川 敏夫
一湾を影絵となせり野分雲       東京   市毛 唯朗
木枯の吹きくる果に浅間山       群馬   伊藤 菅乃
屋根石に朝露光る漁師小屋       神奈川  伊東  岬
チェーホフの芝居の語り秋深む     神奈川  上村健太郎
盆栽のもみぢ掃くより拾ひけり     埼玉   大木 邦絵
吊されてなほ鮟鱇の不敵なり      東京   大住 光汪
冬木立木々の合間に星光る       群馬   岡村妃呂子
落葉松の黄落針の降る如く       神奈川  小坂 誠子
奔放な空となりけり凧         京都   小沢 銈三
夕映えの桟の細かき障子かな      静岡   小野 無道
ふはふはの子兎三匹四匹かな      東京   梶山かおり
奥社へと落葉が紡ぐ九十九折      東京   桂  説子
切干の笊によく日の当たる午後     静岡   金井 硯児
鴛鴦を飽かず眺むる至福かな      東京   亀田 正則
とき満ちて蕎麦刈を待つ風のあり    長野   唐沢 冬朱
湯豆腐に男の愚痴の果てしかな     神奈川  河村  啓
緋連雀円空仏のごとくなり       愛知   北浦 正弘
さらさらと陽に透かされて秋の蝶    和歌山  熊取美智子
年一度昭和忘れぬ零余子飯       愛媛   来嶋 清子
峰目指す小道いづこも草紅葉      埼玉   黒岩  章
風囲父の背丸くなりにけり       群馬   黒岩 清女
うち解けて宴たけなはの温め酒     愛知   黒岩 宏行
元帥も眺めし川面冬の宿        群馬   小林 尊子
秋耕の遠くにひとり鍬を打つ      東京   斉藤 君子
体操はこの世のけじめ冬温し      神奈川  阪井 忠太
柿紅葉一雨ごとに色深む        東京   佐々木終吉
かれこれと気ばかりせいて冬支度    東京   佐藤 栄子
鯛焼の温み伝はる紙袋         群馬   佐藤かずえ
酒蔵の中庭に群る秋明菊        群馬   佐藤さゆり
風鐸を幽かに聴きて花八手       東京   須﨑 武雄
いくつかのためらひ跡や兎道      東京   鈴木 淳子
叙勲の日陽を照りかへす烏瓜      群馬   鈴木踏青子
薄紅葉夢のつづきにある如し      東京   角 佐穂子
置き去りの子らの自転車銀杏散る    愛知   住山 春人
鷹渡るひとりでいたしこんな日は    東京   田岡美也子
冬紅葉日ざし柔らぐ神の杜       東京   髙橋 華子
卒然と夫逝きませり神の留守      福島   髙橋 双葉
ストーブを背に優しき大浅間      埼玉   武井 康弘
一雨ではや穭田になりにけり      広島   竹本 治美
近づけば恥ぢらひ見せて山粧ふ     三重   竹本 吉弘
車椅子の高さに揃ふ菊花展      ヒューストン 田中沙波子
野分あと何ごともなき富士の山     東京   田中 寿徳
眠りへと羊数ふる夜長かな       神奈川  多丸 朝子
虫売のゆうべの道に同じ顔       神奈川  民永 君子
蟷螂の振り上げし斧どうしやう     東京   手嶋  惠
隣り家に灯火親しむ窓の影       神奈川  長濱 泰子
山里に色とりどりのとうがらし     群馬   鳴釜 和子
秋深し妻の遺品に赤珊瑚        東京   萩野 清司
墨堤に橋のかずかず秋深し       東京長  谷川千何子
参道の真中に冴ゆる千度石       兵庫   播广 義春
落葉踏む小脇に文庫本差して      東京   福田  泉
やや黒く夕暮色の吊し柿        東京   福永 新祇
立て直す人生設計冬に入る       東京   福原 紀子
屋根替への槌音高し里は秋       愛媛   藤田 孝俊
色変へぬ瑞龍松の帝釈天        東京   牧野 睦子
山粧ふひとつも同じ色はなく      愛知   松下美代子
凍解や農機具小屋に風入るる      東京   松田  茂
コラージュに山茶花の舞ふ小道かな   神奈川  松村 郁子
石積みて無名のピーク冬近し      神奈川  水木 浩生
復職の日の青空や鷹渡る        神奈川  宮本起代子
腰痛をなだめなだめて紅葉狩      愛知   村上喜代治
湯豆腐や別けても太き父の箸      千葉   森崎 森平
吊し柿竿しなはせて吊られをり     長野   守屋  明
深川の朝まだ暗きあさり汁       東京   家治 祥夫
枯蔓に残る力や引ききれず       群馬   山﨑ちづ子
桐一葉そのまま土に帰りけり      埼玉   渡辺 志水
今朝の冬色なき雨に始まりて      東京   渡辺 誠子
長火鉢程よき燗に帰り待つ       東京   渡辺 文子















星雲集 今月の秀句


福耳の福で支ふる大マスク       戸谷 一斗
大きなマスクをしている人を見たのであろう。よく見ると耳も大きい。福耳である。その福耳で支えられたマスク。美しい場面というわけではないが、人が気付かない、人が詠んでいない特異な観点である。「福で支ふる」の表現の飛躍で、その人物像にも想像が及ぶ。同時出句の〈ひかがみに分かるる流れ障子洗ふ〉の写生力、〈燐(マッ)寸(チ)擦る顔のかげりや秋行けり〉の抒情、と技倆を高めているようだ。


腕通し運ぶ梯子や冬構         西原 舞
冬構の作業をよく観察した句である。一人で運ぶ梯子であるから梯子の中心点の枠に腕を入れてバランスを取る。作者の感情など一切消去している。すべて見たままである。この素直な目が読み手の感動を呼ぶのである。「冬構」の季語との取合せが見事である。同時出句の〈新海苔の緑こぼして断ちにけり〉も「緑こぼして」がいい。 


鉄棒を一回転して兎見に        久坂衣里子
自分もそうであったが、子供は意味もなく動き回るものだ。鉄棒を一回転したと思ったらもう兎小屋の前。幼稚園か小学校の庭の様子を活写している。同時出句の〈きな臭き人寰(じんかん)の空白鳥来〉も白鳥と人の世を重ねて異色である。 


白鳥の重たき夢を眠りをり       土井 弘道
 こう言われてしまうと、うーむ、納得してしまう。鳥の中で確かに白鳥は重量級である。その分白鳥の夢は「重い」だろうというのである。これは一つの感性である。同時出句の〈蔦枯れて定まる影を持ちにけり〉は堅牢な写生句。〈冬隣中空つぽの五重の塔〉は読後におかしみを醸し出す。各々の句の独特の味わいを称えたい。


天楽を聴くべく秋の山廬訪ふ      中西 恒雄
「天(てん)楽(がく)」とは天上界の音楽。「山廬」は飯田蛇笏・龍太の旧居。訪ねて風の声、山の音、その中から二人の句を聞こうというのである。俳人の至福の一時である。「山廬」を詠んで類例の無い句である。


残照をひとりじめして木守柿      植竹 節子
 同時出句に〈木守柿沈む夕日をはなさずと〉がある。冒頭句は高枝に残った柿の一果が残照をひとり占めしていると誇張して焦点を絞り込んだもの。もう一句も「はなさずと」と擬人化表現を用いたもの。物を見る目を養っているところを評価したい。


五十六も組みし相撲場ちちろ鳴く    大野田好記
山本五十六のことであろう。育ったのは越後長岡。戊辰の役で壊滅した長岡は米百俵を元に教育に力を入れた。文武両道の教育で育った英傑が海軍大将山本五十六である。その身体を鍛えた土俵に今、ちちろが鳴くという。読後に歴史への感興を憶える句であった。 
 

ふるさとは柿のすだれの粉噴く頃    原田さがみ
この頃は柿の地位が下ってしまったのであろうか。収穫されることもなく木に実ったままだ。私が子供の頃は各家の縁側にはたいてい干柿が吊るされていたものだ。故郷を離れた作者がこの季節になると思い出されるのが柿簾なのであろう。「粉噴く頃」に経験した人でないと詠めない実感が籠っているようだ。鼻の奥がつんとくる風景だ。 


毛見の人ここにも来しか千枚田     今井 麦
今の世にはなくなった「毛見」。この題で句を作るのは難しいのだが、なるほどこんな作り方があったか、と感心した句である。「千枚田のこんな所まで調べに来たのであろうか?」と。「ここにも来しか」の過去形がいい。 

 
まるめろはめろの分だけ歪かな     上條 雅代
一読破顔の句である。「まるめろ」は榠樝の近似種。榠樝より丸みを帯びている。この句「丸のあとのめろの分が歪みだ」と。この遊び心がいい。最後の「かな」も切字ではなく疑問詞の「かな?」のように思えてくるのも楽しい。


二時四十六分ふつと静まる牡蠣剝き場  志村 昌也
東日本大震災を回想した句である。震災の起ったこの時間、賑やかな作業場がふいに静まる。近親を失った方も多い筈だ。ぶ厚いゴム手袋を脱いで合掌しているのであろう。時間をきっちり詠み込んで不動の句となった。    
  その他印象深かった句を次に

椋鳥や夕になりても白熱す       豊田 知子
鎌先を暮色に染めて晩稲刈       中村 宗男
綿虫を追ひて日暮るる二月堂      津田 卓
露草の瑠璃に余命の引き締まる     橋本 泰
背中ごしそぞろ神ゐるそぞろ寒     島谷 操
伐採の決まりし柿の実のたわわ     花上 佐都




      











新連載 【伊那男俳句を読む】

 伊那男俳句を読む       伊藤伊那男
  
  
回想―句集『知命なほ』の時代(9)    伊藤伊那男

仲間で設立した金融会社が、バブル経済崩壊と共に見事に倒産したことは既に書いた。会社の清算業務を済ませ52歳の時に失業者となった。退職金はもちろん無い。ただ幸いにも長女は結婚しており、次女も製薬会社に勤めていた。他の仲間にはまだ子育て中の人もいたことを思うと、私などは恵まれていたのである。住宅ローンの返済も終わっており、他の借金もなかった。前ほどの収入はなくても妻と二人の生活費があればよい状態であった。半年ほど寺に通ったりしたが、一銭の収入もない生活というものは少しの期間であっても不安の募るもので、仲違いの原因にもなる。しかしどこかに勤めるとしても、古い金融知識しかないし、大負債を抱えて倒産した会社の元社長ということになると、どう考えても採用される見込みはない。それにもともと金融業には違和感を持ち続けており、もう携わりたくなかった。
昔から飲食に興味があり、高校時代、大学受験に落ちたら料理の道に入りたいと思っていたこともあったし、一度の人生、この際居酒屋をやってみようと思った。その決心を固めるために毎朝寺へ通っていたともいえるのだ。料理が好きと言っても系統立って料理を習ったことのない私は、丸の内のビルの中で寿司屋を営んでいる友人に、仕事を知るために手伝わせてもらうことにした。無償である。父の代からの寿司店であったが旧態依然とした寿司店であり、経営は危機的状況にあり、今後について相談を受けていたのである。数ヶ月手伝ったが資金繰りは益々逼迫してきており、高利の金にも手を出していた。ついに夜逃げ状態で閉店したい、との相談を受けた。私は閉店するのはいい、夜逃げをしてもいい、だが従業員である板前2人、アルバイトの女性5人の給与支払いと、少なくとも一月分の退職金は支払うのがけじめだと主張した。当然店主に金は無い。それなら数日前に支払った数か月分の家賃を取り戻してこい、と迫った。そうでなければ従業員が立て籠もるし、筵旗を立ててビルの中で騒ぐと家主に泣きつけ、と言った。家主は農林省管轄の法人なので騒ぐ理由は解る筈だし、脅しは効くと読んだのである。果してそのようになり、従業員は私に感謝してくれた。
数日後店を閉める時、出向いてみると板前さんとアルバイトの女性達が、ダンボール10箱ほどに使えそうな皿・小鉢・調理器具などを私のために用意してくれていた。放っておけば家主が一括してゴミとして処分するものであった。その皿・小鉢は12年経った今もその一部を銀漢亭で使っている。

  平成十四年
やや寒の幻住庵の厠かな
みづうみの芯まで澄みて信濃かな
十六夜の妻と影踏み遊びかな
書割に夕日差し込む村芝居
地芝居の馬お捻りを集めけり
鳴き竜を鳴かせてゐたる芋の秋
人攫ひくるぞ綿虫飛ぶころは
剥がされしごとくに吹かれ冬の蝶
木屋町の一盞の間を時雨かな
雪折をくぐりて熊野詣かな

  平成十四年―十五年
久女の墓ならば狐火点るやも
酢茎売比叡の雲を脊負ひ来る

  平成十五年
しばらくは湯気吐いてゐる海鼠餅
左義長の灰浴びてきし睫毛かな
くれなゐの喉見せたる寒鴉
棒鱈の汐木のごとく積まれけり
肝煎が寄付取りに来る春祭
接木してすぐ風音の生れけり
こもりくの霞立ちたる観世音

  酒場開業     
知命なほ草莽(さうまう)(さうなう)の徒や麦青む

                    
     



 

        


 





銀漢の絵はがき


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8枚一組 1,000円

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銀漢亭日録

伊藤伊那男
10月

10月14日(火)
宮澤サイパンへ出張。「俳句・平成俳壇」選句、1日遅れで発送。この12月号をもって私の選は終了とさせてもらう。

 10月15日(水)
「三水会」3人と、淋しい。店は仲間が最後に残ってカラオケ大会の様相に。

10月16日(木)
「銀漢句会」あと16人。「週刊金曜日」伊達さん2人。大西酔馬さん、洋酔さん出版記念会あと転倒、骨折と。4軒はしごの末と……やってしまった……。私は3軒目で退散している。酒を飲むのも命がけ……。

10月18日(土)
12時、本郷の「鳳明館・森川別館」。42名集合、「鍛練句会」。

 10月19日(日
12時半、近くの「随一望」にて30数名で昼食を兼ねた懇親会.昼酒に酔う。

10月20日(月)
「演劇人句会」7人。角川「俳句」座談会あとの橋本榮治、横澤放川、津川絵理子、鈴木忍編集長。来月、店で「写真とコトノハ展」を開く幹事、倉田有希さん他。皆川文弘さん。

10月21日(火)
井月本ゲラ校正。店、超閑散。宮澤、サイパンから戻った翌朝から伊勢の撮影だったので久々会う。

10月22日(水)
店、対島康子さん久々。誕生日! シャンパンで乾杯、3本ほど。「北軽井沢句会」から「全国俳誌協会編集賞」受賞祝いの花束届く。三輪初子さんと長さん夫妻。


10月23日(木)
11時より、「シェ松尾青山サロン」にて「第5回全国俳誌協会編集賞授賞式・祝賀会」。受賞の言葉、やや緊張する。北澤一伯君、松本から来てくれる。デザインの馬場龍吉さんも。編集部の方々、8人と喜びを分かち合う。編集部は戻って11月号発送。店、広渡敬雄さん、鈴木忍さんら、登山の打ち上げ。

10月26日(土)
午後、「纏句会」あと風呂吹大根、題に出た鮭の酒蒸し、鮭と野菜の汁、握り。17時過ぎの上越新幹線に乗り、井月の故郷・長岡へ。昼から行っていた大野田君と合流。駅前の「松本」にて魚料理。長岡は駅そのものが城の中。あと、「たこの壷」という店。刺身、朴葉片肉、その他。最後は蛸めしまで食べて……もういけません。長岡グランドホテル泊。

10月21日(日)
今日も快晴。たっぷり睡眠、九時、行動開始。千手観音寺へ。井月の生家跡と言われる地。戻って二の丸跡お祭広場で牛スジうどん。長岡藩主・牧野家史料館を訪ね、長岡市科学博物館歴史研究室学芸係長の広井造さんに質問など。その足で中央図書館に行き、2時間ほど調べもの。14時過ぎから、駅ビルの蕎麦屋「小嶋屋」あと「あさひ山」昨夜寄った「松本」と3軒飲み歩いてしまう。大野田君はよく飲む人である。釣られて、ああ……。新幹線熟睡。

10月29日(水)
「雛句会」10数名。「銀漢」12月号選句、少し遅れて編集長へ渡す。これから文章の部へ。妻の従姉妹、川村悦子さん清水六兵衛と松坂屋名古屋店でコラボ展の案内。

 10月31日(木)

悦子さんにメールを入れると今日、東京にいるとて夜、店に来る。年末、京都で飲む約束。天野小石さん、本日で木曜日のアルバイト引退とて、ファイナルデー。聞きつけて30数名ほど集まる。歌と踊り!

10月31日(金)
松川洋酔さん、句集『水ゑくぼ』出版祝賀会のおつかれさま会、20人。

11月

11月1日(土)
9時、吉祥寺駅北口集合。武田車、秋葉男車に分乗して蓼科へ。坪井車は前日から。昼、ほうとう鍋。武田山荘に荷をおろし、「滝の湯」へ。17時より、馬肉の刺身、馬肉すき焼き、鹿肉のウィンナシュニッツェル、煮イカ、鮑酒蒸しなどの宴会。恒例の会ながら、全国俳誌協会編集賞の受賞記念をかねて。12人。5句出し句会。私は坪井山荘へ泊。

11月2日(日)
8時、武田山荘で朝食。北八ヶ岳ロープウエイ駅にて3句出し句会。あと2400Mの坪庭を一周。諏訪大社神長官守矢史料館へ。諏訪大社の歴史を学ぶ。感動。16時半帰宅。家族で食事。

11月3日(月)
9時、成城学園文化祭へ。仮装行列の出し物や展示品。餅搗きなどを見る。昼寝。16時くらいに成城仲間5家族が来宅。計20人ほど。バーベキュー、ちゃんこ鍋、うどんすきなどで大騒ぎ。私もすっかりこの仲間に馴染んでしまって……また……。

 11月4日(火)
「銀漢」12月号の原稿終了。いつもより少し遅れ、編集部に迷惑かけてしまう。角川から井月本、ゲラ校正の催促受ける。「春耕」の朱鷺の一句の選。「一茶・山頭火俳句大会」事前投句の選。「春耕賞」63編の選は2日後が締め切り。なかなか厳しい時間配分。ヘアメイクの中川さん来て散髪。

 11月6日(木)
長女・桃子誕生日。今日から、家族、学校の受験休みを利用して伊勢・鳥羽〜大阪USJへ5泊の旅と。店、「十六夜句会」。本日より月1回、田所ゆきさん入店にて、日下野由季さん他来店。賑やか。

11月8日(土)
10時、運営委員会。昼、大野田さんと伊那行きの打ち合わせ。14時、「銀漢本部句会」。17時、退席し、ホテルオークラ東京・平安の間。「未来図」30周年祝賀会。ロビーで有馬先生と目が合うと「うちの者が世話になってますね」と飲む仕草。若狭男、中西夕紀さんと隣席。あと、行方、放川、忍、節子、光雄、土肥、未知子、小あくつ、高士、本井、真砂年さんと新橋へ出て「和民」で2次会。

 11月10日(月)
「写真とコトノハ展」VOL.9(倉田有希さん代表)15時から展示作業。20数人が出展。中に、角川賞作家三人いると。初日とて大勢。発行所は「かさ〻ぎ俳句勉強会」あと12人。皆川文弘さん来店。米のお土産。

11月11日(火)
初子さん4人。清人さん「鮪と牡蠣の会」、出版関係者30人ほど。焼きそばも。

11月15日(土)
8時半、あずさ号にて茅野。大野田君迎えてくれて杖突峠から伊那へ。快晴。富士の白嶺を遠望す。高遠「ますや」にて高遠そば3種盛り。名店。井月の墓を詣で出版の報告。ベルシャイン伊那店文化ホールの「春日愚良子俳句展」。愚良子先生と面談す。15時半、ニシザワいなっせ店にて、竹入弘元先生と面談。お2人に出版のご報告をすると共に、いくつかの質問を。17時、小池百人さんと駅前「桜や」にて酒盛り。馬刺ほか。あと大野田君友人のラーメン店。ホテルに戻り2人で最終校正の調整。

11月16日(日)
朝、零下2度だったと。さすがに信州は寒い。昼過ぎに戻り。愚良子・竹入両先生の質問点などを加えてゲラ最終校正。

11月18日(火)
「三水会」5人。市毛唯朗さん4人。朝日新聞文化グループ・宇佐美貴子さんと望月周さん夫妻。「慶應茶道会」先輩・枡田さん夫妻。母上は行方克己さんの弟子。

11月21日(木)
「爽樹」環さん女子会7人。「港」編集部・折原さん5人。入れ替わりに「銀漢句会」あとの16人。その他賑わう。帰宅すると娘夫婦起きていたので一緒に飲む。

 11月21日(金
「蔦句会」あと6人。「写真とコトノハ展」最終日。12人打ち上げ会。清人さんの弟・和人さん夫妻、気仙沼から。歓迎の集い、30人ほど集まる。牡蠣、しゅうり貝、ムール貝など山ほど届く。兄上・信一さんから京都の鯖鮓・穴子鮓など。贅沢な宴となる。



角川俳句ライブラリー 漂泊の俳人 井上井月
幕末の伊那に現れた出自不詳の俳人井月。その後家も持たずに約30年の半生を酒を糧に過ごした。俳句・書・高い学識を身につけながら、なぜ漂泊の生涯を送ったのか。知られざる素顔を探る唯一の入門書! ネットから抜粋しました。
伊藤 伊那男 (著)
    


   






     銀漢亭・壁の写真をモチーフに・・・。
    





今月の季節の写真



2015年2月22日撮影     仏の座    TOKYO/HATIOJI







紅梅   「調和」



写真は4~5日間隔で掲載しています。
 
2015/2/23更新


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