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 10 月号  2020年



伊藤伊那男作品    銀漢今月の目次  銀漢の俳句 盤水俳句・今月の一句  
  彗星集作品抄    彗星集選評  
銀漢賞銀河集・作品抄  綺羅星集・作品抄  銀河集・綺羅星今月の秀句 
星雲集・作品抄  星雲集・今月の秀句    伊那男俳句  銀漢の絵はがき 掲示板  
 銀漢日録  今月の写真 俳人協会賞受賞  俳人協会四賞受賞式


伊藤伊那男作品

主宰の8句








        
             

 
          
    

今月の目次





銀漢俳句会/2020/10月号






            





    



  





   



銀漢の俳句 

伊藤伊那男 

◎半世紀前の伊那谷の夏  

 今年も気温三十度を越える日が当り前のように続いている。信州で育った私の身体もすっかり東京の気候に馴れてしまったようだ。
 高校三年生の時、東京で浪人生活を送っていた兄が、私の受験を心配して予備校の夏期講習に呼んでくれた。小学校の修学旅行以来の東京であった。初めて経験する東京の暑さには辟易した。信州より気温が高いのはもちろんだが、湿度の高さが全く違うのだ。信州も日中はそれなりに暑いし日差しも強い。だが湿度が低く、昼夜の気温の高低差が大きいので過ごし易い。それでもひと夏に三十度を越える日が一日か二日あり、そんな日は大人達は大騒ぎをしたものだ。
当時はクーラーを備えている家はほとんど無かった。高額商品ということもあるが、備えたところで年に何回か使う程度なので、必要が無かったのである。小学生の頃はまだ学校にプールが無く、学校の中を流れている川を塞いで泳げるようにしていた。木曽山脈(中央アルプス)の雪融け水が直接流れ込むその川は冷たくて、少し浸かっただけで唇が紫色になった。水着は六尺褌であった。隣村との境の少し大きな川にも箱眼鏡や(やす)などを持って行った。(はや))などは敏捷で捉えるのは難しく、石に張り付いた鰍を突く位が精一杯であった。川で冷やした塩漬けの茄子やトマト、胡瓜は実にうまいおやつであった。夏の食べものといえば玉蜀黍があった。今のスイートコーンより前のもので我々は「きび」と呼んでいた。一本の中に白黄紫などの粒が混在していて、主に干し上げて鶏の餌にするものであった。西瓜も今ほど甘くなく、塩を振ると不思議なことに甘さを感じるものであった。真桑瓜という、メロンの原型のような幽かな甘さの瓜もあった。
 山裾にある茅葺き屋根の祖父の家は夏蚕の飼育の真最中で寝床以外は全部蚕部屋になっていた。蚕が桑の葉を食べる音は潮騒のようであった。伊那谷は木曽山脈と赤石山脈(南アルプス)という三千メートル級の山々に囲まれている。更にその遥か上の高さにいつも入道雲があった。紫外線が強いせいか、花々は原色が強かったように思う。今でも信州に行くと、東京よりも花の色彩が鮮やかに見えるのだが、それは私の郷里贔屓のせいであろうか。農業が主体であった当時、学校は田植休み、稲刈り休み、寒中休み(正月休みとは別)があったため、その皺寄せとして夏休みは二十日間位しかなかったと思う。文字通り短い夏休みであった。
 もう半世紀も前の伊那谷の夏のことを東京のクーラーを効かせた部屋で思い出している。










 



  

盤水俳句・今月の一句

伊藤伊那男

とらへたる鮭が一瞬砂吐けり       皆川 盤水


 以前〈遡(のぼ)る鮭いよいよ向きを改めず〉を取りあげた。掲出句はその一年後に再び相馬の泉田川を訪ねた折の句。簗場は何千匹もの鮭が遡上を塞がれて犇き合い、男衆が舟から網に絡めたり、地獄棒と呼ぶ棍棒で鮭の頭を叩いて廻る。血生臭い風が渦巻いてまさに修羅場である。雌は採卵場に運ばれて卵を抜かれる。雄は川岸で売られるが一旦川の水を飲んでしまった鮭は味が落ちるといわれていて安い。簗場の修羅の一瞬を捉えた名吟。(昭和六十年作『曉紅』所収)










  

彗星集作品抄
  伊藤伊那男・選

巨大なる折紙としてたたむ蚊帳       田中 敬子
あきつには空の分去れ在るらしく      谷口いづみ
橋くぐるたびに納涼舟となる        森 羽久衣
夏痩のもつともしるきわが詩嚢       中村 孝哲
水を打つ路面電車の軋む午後        渡邊 憲二
地獄てふ水底見えず花蓮          大山かげもと
子別れに先づ父が泣く夏芝居        三井 康有
囮鮎に曳かれて下る吉野川         伊東  岬
前人の一歩を踏まへ登山靴         萩原 陽里
潮浴びて帰る青鳩森暮るる         小泉 良子
羅を纏ふ身ぬちの修羅透かし        宮本起代子
お台場の鉄砲百合の頼り無し        伊東  岬
阿夫利嶺の風が素通り夏座敷        大野 里詩
今宵はも星の喝采夏芝居          久重 凛子
霊木の袂の中にゐて涼し          中島 凌雲
万年の岩壁穿ち滴れり           針田 達行
短夜の夢の出口はうやむやに        渡辺 花穂
切れさうで切れぬ交り心太         小泉 良子
八重葎札所の標見え隠れ          山下 美佐
























    
     

彗星集 選評 伊藤伊那男

伊藤伊那男・選


巨大なる折紙としてたたむ蚊帳       田中 敬子
 信州の父の生家は外界との仕切りは障子戸だけで、網戸などはもちろん無かったので、蚊帳を吊っていた。その後もはや蚊帳は忘れられてゆく季語と思っていたのだが、ニューギニアのコテージに泊った時はベッドを蚊帳で被ってあり、翌朝は床は足の踏み場もないほどに虫の死骸があり、まだまだ生きている季語である、と実感したものだ。この句は折紙の比喩がいい。きちんと畳めば小さく収納できるのだ。巨大な折紙……実にうまい!

  
あきつには空の分去れ在るらしく      谷口いづみ
分去れとは、たとえば中軽井沢、信濃追分宿のはずれに「分去れの碑」があるが、これはここを起点に中仙道と北国街道に分かれるという表示である。晩秋になると蜻蛉の群が低地に向って流れるように降りてくる現象がある。その一方向に飛ぶ様が、あたかも街道が分かれていくようだ、という趣向のある見立てである。 

  
橋くぐるたびに納涼舟となる        森 羽久衣
 東京でいえば墨田川に架かる橋は幾つあるのだろうか。その橋を潜るたびに納涼舟らしくなる……。これは納涼舟の客の意識がだんだん定まってくる、納涼舟の客らしくなってくる、という意味であろう。一幅の絵としてみてもなかなかいい構図が浮かび上がる。海からの風もだんだん潮の香を強めてくるのであろう。

  
夏痩のもつともしるきわが詩嚢       中村 孝哲
 夏痩という風貌と、精神上の有り様との対比が句の眼目。詩嚢という本来夏痩やら肥満などとは連動しないものを、断定するところにこの句の価値がある。自嘲、含羞である。それを夏痩という目に見える形に重ねたうまさである。

  
水を打つ路面電車の軋む午後        渡邊 憲二
この句で私が思い出すのはもう五十年前の京都。職場の前の四条通りにもまだ路面電車が走っていた。それから数年後に廃線になった記憶である。京都の夏は暑かった。打水の盛んな町であった。家の前の道を毎朝掃除をし、水を撒く、そのようなことが日常生活にごく自然に組み込まれている町であった。もちろんこれを東京の荒川線沿線の風景とみてもいい。松山や熊本の風景とみてもいい。「路面電車の軋む」がいい。「軋む町」とする手もあるかな。 

  
地獄てふ水底見えず花蓮          大山かげもと
泥中を出て極楽に咲くという蓮の花。蓮池の水はたいがい濁っている印象だ。その底は地獄であろうか、と覗いても見えるわけではない。あまりにも美しく気品のある花とのギャップが如実。 

  
子別れに先づ父が泣く夏芝居        三井 康有
安易な演技にもつい泣いてしまう父。いい人である。 

  
囮鮎に曳かれて下る吉野川         伊東  岬
 「囮鮎に曳かれて」の大袈裟な表現がうまい。 

  
前人の一歩を踏まへ登山靴         萩原 陽里
登山は先達が大事。その足跡を後続が辿っていく。 

  
潮浴びて帰る青鳩森暮るる         小泉 良子
 海水を飲みに来るという青鳩。あとは深い森へ帰る。

  
羅を纏ふ身ぬちの修羅透かし        宮本起代子
 絽や紗の着物は透けているが、魂の在り所まで見えると。

  
お台場の鉄砲百合の頼り無し        伊東  岬
「鉄砲」を掛けた言葉遊びだが、これはこれでいいか。 

  
阿夫利嶺の風が素通り夏座敷        大野 里詩
相撲の国大山。昔講宿で賑わったことなどが彷彿する。 

  
今宵はも星の喝采夏芝居          久重 凛子
芝居が撥ねたあと、星々も称えているようだと。 

  
霊木の袂の中にゐて涼し          中島 凌雲
 霊木はおおむね巨木。袂に入ったという表現がいい。

  
万年の岩壁穿ち滴れり           針田 達行
 一滴の雫が万年の時間で岩をも穿つ。自然の偉大な力。

  短夜の夢の出口はうやむやに      渡辺 花穂
 短夜の夢は短編か中途半端か、結論が解らぬまま。

  
切れさうで切れぬ交り心太         小泉 良子
 人の交わりも淡く、また心太もすぐに切れてしまいそう。

  
八重葎札所の標見え隠れ          山下 美佐
 遍路の案内の標も葎の猛威には勝てない。


















銀河集作品抄


伊藤伊那男・選

高館にかの勧進か落し文        東京  飯田眞理子
騒ぎ立つ黴や青春詩歌集        静岡  唐沢 静男
串ざしの鮎の四、五本花のやう     群馬  柴山つぐ子
水打つて悲鳴の石を黙らせる      東京  杉阪 大和
白鳳仏へ噴井は永久に鎮もれる     東京  武田 花果
石鎚山の夕影重く秋遍路        東京  武田 禪次
あめつちを繫ぐ幹とし那智の滝     埼玉  多田 美記
窓に明日登る峰ある夏炉かな      東京  谷岡 健彦
山国の雨の黙聴く洗ひ鯉        神奈川 谷口いづみ
早乙女のあぎとを照らす伊勢の水    愛知  萩原 空木
熊彫りの無心や夏炉尽きしまま     東京  久重 凜子
軍艦のごとく水羊羹来たる       パリ  堀切 克洋
夏雲の湧きに湧きたる羽田沖      東京  松川 洋酔
透き通る炎鰹を包みけり        東京  三代川次郎















         





綺羅星集作品抄

伊藤藤伊那男・選

海の日の海が見たしと信濃の子      群馬  佐藤 栄子
田疲れを湯治の宿へかんこ鳥       東京  堀内 清瀬
水やりの大方流れ釣忍          東京  島  織布
座敷童当たりに来よと夏炉焚く      東京  鈴木てる緒
狼の護符をいぶして夏炉燃ゆ       東京  半田けい子
訪ひし川訪ひたき川も梅雨出水      神奈川 久坂衣里子
箱庭にむかしむかしが箱詰めに      長野  北澤 一伯
黴の香の吾が青春の同人誌        東京  朽木  直
紙魚の跡昔齧りし哲学書         長野  坂下  昭
鋭角の多き体や子かまきり        東京  小林 美樹
煮え滾る浜の松脂日の盛         神奈川 伊東  岬
くづし字の江戸に迷ひし紙魚の跡     長野  三溝 恵子
鑿痕の苦役を今に滴れり         神奈川 中野 堯司
夏館長押に掛かる長手槍         埼玉  中村 宗男
黒黴の厚き戦記に宿営す         岐阜  堀江 美州
形代を郵送にして身を払ふ        東京  瀬戸 紀恵
黴の中減りゆく母の形見かな       東京  小山 蓮子
どことなく位置定まらぬ籠枕       東京  辻本 芙紗

夜濯の背筋伸ばして終りけり       東京  相田 惠子
雲海に雲海が乗り尾根を越ゆ       神奈川 秋元 孝之
戦中記綴る余生や梅雨深し        宮城  有賀 稲香
陶枕のごつんと夢の固さかな       東京  有澤 志峯
俯きは実りの予祝茄子の花        神奈川 有賀  理
父の日や譲らぬ気性父譲り        東京  飯田 子貢
雲中へ張る注連縄や滝の上        埼玉  池田 桐人
父の日の父となりたる子に一献      埼玉  伊藤 庄平
形代の満遍に濡れ沈みゆく        東京  伊藤 政三
隙間より何やら聞こゆ籠枕        東京  今井  麦
銀漢亭閉店と聞き
浮巣なほ浮世の務め果たし了へ      東京  上田  裕
ポスターの画鋲浮きをり油照       東京  宇志やまと
朴葉寿司山の色濃き父郷なる       埼玉  大澤 静子
男気が糊の浴衣に収まりぬ        東京  大住 光汪
貝殻に置くイヤリング夏館        東京  大沼まり子
ひとり居のふたりに余る涼み台      神奈川 大野 里詩
滴りは涙のごとき磨崖仏         埼玉  大野田井蛙
梅雨晴間なれど武甲嶺かくすまま     東京  大溝 妙子
飛び入りて疎開児も曳く御柱       東京  大山かげもと
夕立の来る気配なり騒めけり       東京  小川 夏葉
かくれんぼの鬼のままなり大夕焼     宮城  小田島 渚
だらしなく着てこそ朝の宿浴衣      埼玉  小野寺清人
通り雨過ぎて浮葉の平らかに       神奈川 鏡山千恵子
朝刊の嵩に加はる梅雨湿り        和歌山 笠原 祐子
水底を順に見に行き鴨涼し        東京  梶山かおり
白靴を鞄に入れて渚かな         愛媛  片山 一行
捨墓に盆僧なれば立ち止まり       東京  桂  信子
潮風にもつれにもつれ灸花        東京  我部 敬子
源氏物語うつし身に蚊遣香        高知  神村むつ代
浴衣着て合せ鏡で綺麗かと        東京  川島秋葉男
紫陽花や水豊かなる深大寺        東京  柊原 洋征
日盛やそばだつて来る両の耳       東京  畔柳 海村
橋の名を覚えきれずに船遊        東京  小泉 良子
一斉に泣き止むやうに百合ひらく     神奈川 こしだまほ
押鮓や客なる吾に手を貸せと       東京  小林 雅子
鮎茶屋の瀬音も味に座を選ぶ       神奈川 小林 好子
夏料理飛石つたひに運びくる       長崎  坂口 晴子
髭剃の切れ味鈍き梅雨寒し        東京  島谷 高水
あめんぼう水摑むたび流さるる      兵庫  清水佳壽美
忍野訪ふこの心太喰ひたくて       埼玉  志村 昌
鱧卸すジッパー開くやうな音       千葉  白井 飛露
点と線はかなく結ぶ夕蛍         東京  白濱 武子
屈託の無き頃のあり麦こがし       東京  新谷 房子
父の日の巨人連勝卵焼          大阪  末永理恵子
駐在は留守のうぜんの咲きのぼり     静岡  杉本アツ子
読めぬやう巻き方固き落し文       東京  鈴木 淳子
ソーダ水互ひに触れぬいたはりに     東京  角 佐穂子
一部屋に一つづつの灯夜の秋       東京  曽谷 晴子
三叉路に火の見の聳え朝曇        長野  高橋 初風
山背受けいななきもなき岬馬       東京  高橋 透水
ほの浮かぶ十一面や梅雨深し       東京  武井まゆみ
尺取の測りはじめし塔の丈        東京  竹内 洋平
四島の話もときに夏炉焚く        東京  多田 悦子
桐咲けばありあり見ゆる母校かな     東京  立崎ひかり
柿の花渋か甘かを知らぬふり       東京  田中 敬子
武甲嶺の茫々として梅雨青し       東京  田家 正好
棄てきれぬ黴の八ミリフィルムが     東京  塚本 一夫
父の日の遺影聞きたきことばかり     東京  辻  隆夫
目高増えあちこち分けてまた増ゆる    愛知  津田  卓
岳樺音させ燻る夏炉の火         東京  坪井 研治
封筒の膨らんで着く日の盛        埼玉  戸矢 一斗
住吉や松籟かはた初蟬か         大阪  中島 凌雲
翅たたむごと羅をたたみけり       東京  中野 智子
女将以下客送り出し含羞草        東京  中村 孝哲
簾吊るタイ製なればシャムの夢      茨城  中村 湖童
天領を我がものとして稲雀        東京  沼田 有希
炎昼やどこへも行けぬ力石        埼玉  萩原 陽里
しばらくは櫓臍しづまる蓮浄土      東京  橋野 幸彦
おほでまり散るや大きな毬のまま     広島  長谷川明子
十薬や江ノ電通る庭の先         神奈川 原田さがみ
時刻む添水に気づく詩仙の間       兵庫  播广 義春
栗の花重く垂れをり雨催ひ        東京  福永 新祇
今朝の富士藍一色に夏来たる       東京  福原  紅
蜻蛉生る田の字一字の学習田       東京  星野 淑子
渡し場の歴史を語る鮎の宿        東京  保谷 政孝
老杉の天突く高野夏に入る        埼玉  夲庄 康代
近江路に暮れて湖岸の芦火かな      東京  松浦 宗克
籠枕水平線に船ひとつ          東京  松代 展枝
走馬灯父を看取りし奥座敷        東京  宮内 孝子
縁側に並ぶ笑顔や西瓜切る        神奈川 宮本起代子
ひとつぶの麦死してこそ実をむすぶ    千葉  無聞  齋
風落ちて夜釣りの鈴に当たりくる     東京  村上 文惠
胡瓜もみ世情疎きを託ちつつ       東京  村田 郁子
白靴や地球病めるを未だ知らず      東京  村田 重子
干せるだけ干してシーツを白南風に    東京  森 羽久衣
寸足らずなれど形見の藍浴衣       千葉  森崎 森平
木洩れ日を産毛に捕へ梅熟るる      埼玉  森濱 直之
つぎつぎと風を乗り換へ夏の蝶      長野  守屋  明
山小屋の一会を結ぶ夏炉かな       東京  保田 貴子
青林檎齧る帰郷の心地して        愛知  山口 輝久
桑垣の低き茂りも秩父ぶり        東京  山下 美佐
糠床の天地返せば夜の秋         東京  山田  茜
お逮夜の夕焼雲の黒ずめり        群馬  山田  礁
黴拭ふ捨つると決めし革鞄        東京  山元 正規
夏潮の彼方よきことありぬべし      愛媛  脇  行雲
在りし日の家族のくらし黴畳       東京  渡辺 花穂
まづは手で山を固めてかき氷       埼玉  渡辺 志水













     









銀河集・綺羅星今月の秀句

伊藤伊那男

海の日の海が見たしと信濃の子      佐藤 栄子
 まさに幼少時の私を詠んでくれたような句だ。諏訪湖が一番広いと思っていた私は、潮干狩に行った豊橋で太平洋を見て驚嘆したものである。小学校六年生の修学旅行で江の島の前の片瀬海岸に泊り、夜中に潮騒の音に何事が起ったのか!と目を覚ましたものだ。私は感動した句だが、さて他の方が共感するかは解らない……。同時出句の〈高だかと積みある薪や蛇の衣〉はいかにも蛇の衣のあり処を詠んだ句で実感が深い。

 

田疲れを湯治の宿へかんこ鳥       堀内 清瀬
先般同郷の友人と話したら、農閑期になると父上は仲間と語らって米や味噌を担いで白骨温泉へ湯治に行き、一週間か十日間か自炊して骨休めをしていたようだという。高々半世紀ほど前のことだが、今、白骨温泉で自炊の宿などは皆無である。この句は田植のあと位の頃か。この作者も私と同郷の先輩。湯治を体験しているのか? 


水やりの大方流れ釣忍          島  織布
ああ、私が詠みたかった句だな……。下町の軒先に吊るした釣忍。夜店などで買ってきたもので、涼気を誘うものだ。朝に夕に水を遣るが、受け皿も無いので大方は流れ落ちてしまう。こんな、何ということも無いところを詠むのが俳句、こんなところが面白いと思うのが俳句である。 


座敷童当たりに来よと夏炉焚く      鈴木てる緒
座敷童は東北の旧家に住むという童形の家神。居なくなると家運が傾くという。東北は夏にも凶作風といわれるやませが吹く。そんな日は夏炉を焚いて、座敷童も暖を取る。民話を借りたおおらかな句。 


狼の護符をいぶして夏炉燃ゆ       半田けい子
 日本狼は絶滅してしまったが、奥多摩や吉野には狼伝説があり高麗犬の替りに狼が据えられていたり、狼が護符に刷られたりしている。その護符が夏炉の煙に燻されている。古い講宿の景が浮かぶ。

 
 

訪ひし川訪ひたき川も梅雨出水      久坂衣里子
 昨今の異常気象で各地で想定を越える氾濫が起こっている。こういう時事問題を俳句で詠むのは極めて難しいものであるが、掲句は見事な解答事例。まだ行ったことの無い川までも詠み込んでいるのが巧みである。


箱庭にむかしむかしが箱詰めに      北澤 一伯
箱庭を作るとなればやはり思い出の風景に近くなるのであろう。里山や畑、家、父祖に似た人物――まさに思い出の箱詰めである。 


黴の香の吾が青春の同人誌        朽木  直
私も学生時代、同人誌を出した。三号で終わったけれど……。今も本棚の隅に三冊の薄い冊子がある。あちこちに染みが目立つが、あれは黴の跡なのであろうか。青春の残滓ということであろうか。 

 

紙魚の跡昔齧りし哲学書         坂下  昭
「齧りし」の使い方がうまい句だ。この齧りしは、作者が若年の頃読んだ、手を付けたという意味である。ただし季語に紙魚があるので、紙魚が齧ったという連想に繫がり、そこが言葉の妙で、俳味を醸し出しているところである。もし「昔馴染みし」であれば平凡な句として終わったことであろう。俳句は一言が大切、という例である。 


鋭角の多き体や子かまきり        小林 美樹
「鋭角の多き」が発見である。確かにかまきりを表現するのに最適の表現である。この感性が大切で、人の詠めなかったところを注目したことを称えたい。このあとはどのように仕立てていくのか。たとえば「子かまきり」でいいのか、「体」でいいのか、の推敲に入っていく。一つの添削例としては〈鋭角の多き仕種や枯蟷螂or子蟷螂も〉というような形も考えられるが、ともかく今は「鋭角の多き」の発見があったことで十分である。 


煮え滾る浜の松脂日の盛         伊東  岬
 浜辺の松林の松脂も溶けるほどの盛夏の様子がよく捉えられている。作者は気仙沼大島の出身だが、戦争末期には燃料用に松根油を採取していたと聞いた。先日聞いた話しだが、富士山麓に赤松が多いのは戦争中動員をかけて松根油を取るための植林をしたためだという。使われないままに巨木になっているが、これでは勝てる筈が無かった、と思う。


 その他印象深かった句を次に
  

くづし字の江戸に迷ひし紙魚の跡     三溝 恵子
鑿痕の苦役を今に滴れり         中野 堯司
夏館長押に掛かる長手槍         中村 宗男
黒黴の厚き戦記に宿営す         堀江 美州
形代を郵送にして身を払ふ        瀬戸 紀恵
黴の中減りゆく母の形見かな       小山 蓮子
どことなく位置定まらぬ籠枕       辻本 芙紗


               








 

星雲集作品抄
伊藤伊那男・選
秀逸
揺り返す舟をちからに昆布刈る      東京  岡城ひとみ
浴衣着の子規に道後で会へさうな     千葉  長井  哲
古浴衣父より老いて袖通す        東京  田中  道
蜻蛉つり母の呼び声遠く聞き       神奈川 堀  備中
ぢりぢりと退りて進む田植かな      大阪  西田 鏡子
水を打つ火山灰降り残る蘇鉄にも     埼玉  今村 昌史
思ふこと一つになりし夏祓        東京  辻本 理恵
釣り自慢聞く真ん中の鮎の焦げ      千葉  園部あづき
夏館風をとどめる部屋はなく       神奈川 田嶋 壺中
銀漢や花巻駅に買ふ切符         岩手  永井 むつ
達磨図の剽げて迎ふ梅雨の寺       埼玉  秋津  結
燕の子かつてにぎやかなりし家      愛知  住山 春人
潮騒の遠くにありて茄子の花       静岡  金井 硯児
梔子の香や夕闇の濃く迫り        東京  生田  武
更衣昨日と違ふ風通る          神奈川 大田 勝行

二三度は火の入りたる夏炉かな      東京  島谷  操
半夏生漁師提げ来し懸魚         神奈川 小池 天牛  
夏帽のせり上がり来る太鼓橋       京都  三井 康有
妹背山釣り合ふ辺り鮎の竿        神奈川 水木 浩生
包丁の長さの足りぬ西瓜かな       長野  樋本 霧帆
盆の月客のほとんど黄泉に居て      東京  手嶋 惠子
夕焼に下駄投げ上げし頃のこと      神奈川 多丸 朝子
御嶽の煙かすかに星鴉          愛知  北浦 正弘
流木の立ち上がりたる旱川        長野  桜井美津江








星雲集作品抄

            伊藤伊那男・選

青葦や余呉の風切る手漕ぎ舟       東京  秋田 正美
残業に二階囃子のきこえをり       京都  秋保 櫻子
夕づきてほほづき市の下駄の音      東京  浅見 雅江
見かけより惚け貌なる山椒魚       東京  尼崎 沙羅
菜園の一日見ぬ間に大胡瓜        愛媛  安藤 向山
四阿の葦簀より見る縞の景        東京  井川  敏
雨降れば愈々高し今年竹         長野  池内とほる
叢雲を挟み日を追ふ嵯峨の月       東京  石倉 俊紀
今日をもて雑巾となる古浴衣       東京  市川 蘆舟
雨脚をはかる駅頭夕立かな        高知  市原 黄梅
ややあまる高さに眠る籠枕        東京  伊藤 真紀
青春の御茶の水駅夾竹桃         広島  井上 幸三
牙剝きて五月雨峡をかけ下る       愛媛  岩本 青山
奈良坂の閑散として百日紅        東京  上村健太郎
風鈴に想ひ出深し齢重ね         愛媛  内田 釣月
寝床まで耳に残りし蟬時雨        長野  浦野 洋一
老鶯をきけよと箱根より電話       埼玉  大木 邦絵
蟬のこゑ湧く山寺は開けはなち      東京  大島雪花菜
梅漬ける夜干し三晩にこだはりつつ    東京  岡田 久男
梔子の路地より強き香をとばす      群馬  岡村妃呂子
氷店ただ一文字を大書して        東京  荻野友佑子
御施餓鬼の知らせが届く郷里より     神奈川 小坂 誠子
死ぬまいぞ九十八歳わが裸身       京都  小沢 銈三
夏の闇X線に胸の影           埼玉  小野 岩雄
吾が家系細るばかりや雲の峰       静岡  小野 無道
ふるさとの海に浮寝や雲の峰       宮城  小野寺一砂
かたすぎず柔らかすぎぬ藍浴衣      東京  桂  説子
筋骨を通せしごとく立葵         埼玉  加藤 且之
南洋の浜風連れて貝風鈴         東京  釜萢 達夫
腕時計はづし日焼の程を知る       長野  唐沢 冬朱
足指が下駄持て余す浴衣の子       千葉  川島  紬
百合の花欠伸するごと開き切る      神奈川 河村  啓
葛水を試す酒毒に効くと聞き       神奈川 北爪 鳥閑
ひと匙目どこに入れようかき氷      東京  北原美枝子
水馬水嫌ふかに長き足          東京  絹田  稜
小さく裾めくり素早く蚊帳の中      東京  久保園和美
熱き故暑さ忘るる一夜酒         東京  倉橋  茂
夏つばめ地を這ふごとし山の朝      群馬  黒岩伊知朗
空蟬にまなこの跡の残りをり       群馬  黒岩 清子
截ち割れる半身を下げて鰹売り      三重  黒岩 宏行
空席は兄の定位置初盆会         東京  黒田イツ子
あら凉し帝釈天は象に乗り        東京  髙坂小太郎
峠越え拡げし地図に青葉風        東京  小寺 一凡
馬鈴薯の花いろいろに雨の中       群馬  小林 尊子
手花火や明日都会に帰る児と       宮城  齊藤 克之
歌麿の遊女に惚れし夏扇         神奈川 阪井 忠太
山の気や青葉若葉を目薬に        青森  榊 せい子
ラムネ玉突けば青春溢れをり       東京  佐々木終吉
半夏雨観音様は溶岩の上         群馬  佐藤かずえ
出荷せるキャベツの積荷夜明前      群馬  佐藤さゆり
くちなしの銹びて香りのありにけり    広島  塩田佐喜子
昼顔の危ふいほどの薄さかな       東京  清水美保子
突堤の釣人焦がす大夕焼         神奈川 白井八十八
竹柄杓臥せる手水舎半夏生        東京  須﨑 武雄
黴臭し初版を包むパラフィン紙      岐阜  鈴木 春水
山の湯に村史読みつつ夕涼み       群馬  鈴木踏青子
群青に埋もる墓標額の花         埼玉  園部 恵夏
声小さく輪も小さくして線香花火     東京  田岡美也子
もう待てぬひとり飛び出す夕立なか    東京  髙城 愉楽
紅の花一束にして干されけり       福島  髙橋 双葉
売れ残る墓地や脛打つ夏蕨        長野  宝 絵馬定
梅雨晴間浅間の峰に光さす        埼玉  武井 康弘
遠山の虹つかみたや風となり       東京  竹花美代惠
故里の小暗き土間の渋団扇        愛知  塚田 寛子
この本は以前読んだか夏の風邪      埼玉  内藤  明
打ち寄せる波音絶えて海霧の濃し     神奈川 長濱 泰子
夕日影蠛蠓太く立ち上がる        東京  中村 藍人
俯きて蕊は見せじと茄子の花       長野  中山  中
添ひ寝して下半分の花火かな       千葉  中山 桐里
おほでまり重くないかと枝に問ふ     京都  仁井田麻利子
弧を描きすばやく鮎をたぐり寄す     東京  西  照雄
羽抜鳥ベートーベンの羽ペンか      宮城  西岡 博子
夕焼を映す海有り港町          静岡  橋本 光子
夏布団程なく床に追ひ落とす       東京  橋本  泰
遠き日の井戸端にある西瓜かな      東京  長谷川千何子
憂き目覚め雷鳴つづく未明まで      神奈川 花上 佐都
大東亜戦記なる書のきららかな      長野  馬場みち子
蝙蝠やそろそろ潜る縄暖簾        千葉  針田 達行
青山椒摘む指先に風青し         神奈川 日山 典子
祭果て雪駄の足はゆつくりと       千葉  深澤 淡悠
さゝやぶに小鳥の気配すいかづら     長野  藤井 法子
梅雨晴や窓開け放ち深呼吸        東京  牧野 睦子
また伸びし浴衣延ばしも今年まで     神奈川 松尾 守人
早乙女と化して媼の良き手つき      愛知  松下美代子
打水の二度また三度人を待つ       東京  三好 恵子
林間にピアノの調べ夏館         東京  棟田 楽人
万緑を二人で分かつ山暮し        東京  八木 八龍
名月に体寄せ合ふ野猿かな        東京  家治 祥夫
母の膝子が分け合ひて蛍籠        東京  矢野 安美
湯の底に海砂のこす夏館         東京  山口 一滴
嬬恋のキャベツの畝の浅間まで      群馬  山﨑 伸次
会へばすぐ涙ぐむ母水やうかん      群馬  山﨑ちづ子
父の日の花束に添へ感謝状        神奈川 山田 丹晴
梅雨晴間亀は甲羅を干しにけり      静岡  山室 樹一
住所録急ぎ捜すや水見舞         高知  山本 吉兆
雨樋を詰まらすほどの梅雨出水      群馬  横沢 宇内
鰻裂く手際の良さも供養とか       神奈川 横地 三旦
梔子の花濃い白と言ふべきか       神奈川 横山 渓泉
塩任せ海風任せ梅を干す         千葉  吉田 正克
初咲に風のふれあふ秋桜         山形  我妻 一男
不忍の朝のときめき蓮開花        神奈川 渡邊 憲二
水中花泡吹き上げて花となる       東京  渡辺 誠子











     













星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男

揺り返す舟をちからに昆布刈る       岡城ひとみ
体験したことが無いけれど、漁師さんたちの昆布を採る感じに間違いはないだろうと思う。長大でかつ重量のある昆布であるから、舟の反動をうまく利用しないと引き揚げられないであろうと思う。これを私は「作意のある写生」だと思っているのだが、物理的にも理に適っており、多くの読者を納得させる筈である。同時出句に〈降る雨が色を欲しがる濃紫陽花〉があった。紫陽花と雨の組合せは類形の山として嫌というほど見てきたが「雨が色を欲しがる」は妙手。類形を脱していると見た。〈籐椅子に遠く見てゐる波頭〉は余裕のある作り方でさらりとした抒情味。


浴衣着の子規に道後で会へさうな     長井  哲
子規と漱石と言う歴史に残る文人が、松山愚陀仏庵に五十日間ほど同居していたというのは偶然とも必然ともとれる。不思議な出来事であった。道後温泉に浸った作者は休憩室でか、あるいは商店街でか、時空を超えて浴衣姿の子規に会えるかも知れないと思う。漱石にも会えるかも知れないと思う。文学に遊ぶとはそのようなことである。同時出句の〈寂れゆく村を見てゐる茅の輪かな〉は今日的風景を詠んでいるが、茅の輪が主人公であるところが面白い。 


古浴衣父より老いて袖通す        田中  道
同じ体験を持つ人は多いことであろう。帰省の折などに私にも憶えがある。ただこの句では父上は既にこの世にはなく作者は父の享年を越えている。形見の浴衣ということになる。「父より老いて」に抗うことのできない寿命を持つ生き物の摂理、輪廻といったことが偲ばれる。同時出句の〈山国を出ることの無く心太〉は心太の斡旋がいい。心太の替りに、洗ひ鯉とかとろろ汁とか色々な季語を入れてもそれなりの句になるが、「心太」で一歩抜け出している。心太は海草が原料であり、乾燥品が山国に持ち込まれて寒天となる。そのような来歴を合わせると、一段と味わいが深まるのである。 


蜻蛉つり母の呼び声遠く聞き       堀  備中
加賀千代女に〈とんぼつり今日はどこまで行つたやら〉がある。どうやら亡くした子供を偲んでの句のようである。掲出句は趣を異にするが、夕暮れ時母が子供を呼ぶ。子は母の声と知りながら、まだ蜻蛉捕りに夢中である。我々の世代の心に響く句だ。同時出句の〈囃舟連ね港の盆踊〉は海国の盆行事の様子を的確に描写して破綻が無い。 


水を打つ火山灰降り残る蘇鉄にも     今村 昌史
 作者は鹿児島出身の方。桜島の火山灰(よな)が降る町である。水を打つのも只暑さを凌ぐというばかりではなく、火山灰を流す意味も含まれているのであろう。蘇鉄の斡旋がいかにも南国である。確か島津公の庭園にも大きな蘇鉄があったように思う。


釣り自慢聞く真ん中の鮎の焦げ      園部あづき
釣人の話は釣果がだんだん大きくなっていくという。囲炉裏の真中で焼く鮎も話に夢中で焦げ始めている。そんな鮎宿の一景を活写しているようだ。同時出句の〈門前の金太郎飴葦簀越し〉は真夏の参道の嘱目。葦簀の隙間から金太郎飴が見える、というところに実感と俳味がある。 


銀漢や花巻駅に買ふ切符         永井 むつ
 「花巻駅」が大きな役割を果たしている句である。当然宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』が連想されるからである。この切符は一体どこへ行く為のものであるのか。行き先は銀漢‥‥そんな童話的楽しさと広がりのある句である。


燕の子かつてにぎやかなりし家      住山 春人
日本は今急速に人口減少が進んでいる。燕が毎年営巣さるこの家も家族の数が減ってきているようだ。三代が二代になり一代になる。やがて人が住まなくなると燕も巣を作らなくなるという。そんな今日的風景である。 


二三度は火の入りたる夏炉かな      島谷  操
 夏炉というものの本意を良く捉えているようだ。不慮の寒さの為の備えなので、ああ、今年は二三度焚いたかな、と指を折って数える。そんな夏もあったのであろう。


半夏生漁師提げ来し懸魚         小池 天牛
 半夏生の季節は雨も多く、身を慎む時期とされる。この句では漁師が神社に魚を奉納したという。古代には木の枝に掛けたことからその名がある。土地に伝わる風習と思われるが、半夏生という一般には想像でしか作れなくなった季語を地に足の着いた詠み方で提示してくれた貴重な句。

その他印象深かった句を次に

夏帽のせり上がり来る太鼓橋       三井 康有
妹背山釣り合ふ辺り鮎の竿        水木 浩生
包丁の長さの足りぬ西瓜かな       樋本 霧帆
盆の月客のほとんど黄泉に居て      手嶋 惠子
夕焼に下駄投げ上げし頃のこと      多丸 朝子
流木の立ち上がりたる旱川        桜井美津江
御嶽の煙かすかに星鴉          北浦 正弘



















伊那男俳句  


 伊那男俳句 自句自解(57)
            
木曾仔馬脚の太きを褒めらるる

 古代、信濃は馬の生産地として知られ、私の郷里の伊那谷にも大和朝廷の直轄する「牧」が幾つもあった。当時馬は最大の動力であったから私は信州は今のトヨタ自動車の工場のようなものだったのだと自慢している。調べてみると木曾谷の馬の生産は遅れて、中世からになるようだ。木曾馬は体格は小さいが、その分四肢が強力で粗食にも耐えて持久力があり、しかも従順で、山坂の多い木曾谷に合っていたという。荷馬、耕作馬として全国的にもその名が知られていた。西洋馬が輸入され、日本の馬体は一変したが、奇跡的に木曾馬は固有種が残って現在にその血脈が繋がっている。源義経の一谷合戦の鵯越えの場面で、畠山重忠が怯む馬を担いで降りたという逸話が残っているが、木曾馬位の馬体ならそういうことも有るのかなと思う。戦国時代の映画やテレビドラマには競走馬のような大形の馬が出てくるが、当時の馬ははるかに小さかった筈で、木曾馬を想像した方が正しそうだ。

筍飯父は寡黙に音立てて
玄関に父立つてゐる帰省かな
口重き父の八月十五日

 父は実に寡黙な人であった。父の生い立ちや青春時代のこと、また何を考え何を思って過してきたのか、ほとんど聞き出すことも無いままであった。父から直接聞いた話は、学生時代に数え切れないほどのアルバイトをしたこと、戦時中は軍医として千葉県市川市の国府台病院にいたこと、終戦は金沢の病院で迎えたということ……思えばそれ位の話しか聞いていないのである。私が帰省するとニヤッと笑う位の反応しか見せなかったが、喜んでいるのだということは解った。食べ物についても特に何を食べたいといった話は聞いたことが無い。出されたものを静かに食べていた。もともと勉強の好きな人で六十歳位から英会話の教室に通っていた。日本人とも話す機会の少ない寡黙な人が英会話を憶えたところで一体どうするんだろうと不思議に思ったものだ。






     


 

伊藤伊那男  俳人協会賞受賞










 去る3月5日、平成30年度の俳人協会四賞の授与式が京王プラザホテルで行われました。
ご存じの通り、伊藤伊那男主宰が句集『然々と』で第58回俳人協会賞を、同人の堀切克洋さんが『尺蠖の道』で第42回俳人協会新人賞を受賞四、銀漢俳句会から4賞の内二賞を頂くという快挙となりました。2019/4/30/更新














俳人協会四賞・受賞式









更新で5秒後、再度スライドします。全14枚。


 二次会・店内に入りきれない人数でしたが,日曜日とあって店の前の通りも通行が少なく,穏やかな天候の下、外に溢れる受賞者の二人や他結社の方々と交流するなど、思い思いにお酒を楽しみながr懇談を深め,何時までも祝賀会の熱気は冷めることがありませんでした。









 受賞 祝賀会

 伊藤伊那男 俳人協会賞
堀切 克洋  俳人協会新人賞
2019/3/17 学士会館
銀漢亭(二次会)


 月刊「俳句四季」に受賞の記事が掲載されました。
月刊「俳句四季」に受賞の記事掲載は
5月号(4/20発売)か6月号(5/20発売)のどちらかを予定しています。


然々と   伊藤伊那男

リンクします。

句集 「然々と」 伊藤伊那男

 
句集「尺蠖の道」
拡大します。

尺蠖の道  堀切克洋




linkします。



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受賞祝賀会 3月17日 日時 12時 
会場 学士会館 東京神田 





haishi etc
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銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

ごあいさつにご利用下さい。




















掲示板















               
 
     

銀漢亭日録

 
7月

7月3日(金)
「春耕」の石鍋みさ代さんが、ご主人の形見の着物を仕立て直したとて、一式、送って下さる。秋には、結城紬も送って下さると。

7月4日(土)
8時30分発、レッドアロー号にて秩父へ。横瀬で下車。「芝句会」武田夫妻以下11人。明智寺~法長寺~語歌堂~秩父神社と10キロほど吟行。「割烹かつら」にて句会。天麩羅、鰻丼で親睦会。18時前帰宅。

7月5日(日)
昨日今日は家で撮影会。ヘアメイクの中川さんも来ていて、カットして貰い、私も写して貰う。毎日新聞の「俳句てふてふ」歳時記の例句選びの作業に入る。膨大な作業。引き受けなければよかったと……。

7月6日(月
蟇目良雨句集『九曲』評、800字、「俳句四季」(9月号)へ送る。

7月7日(火)
誕生日。71歳。昼、発行所。武田編集長、志水さん、井蛙さん、引っ越しの梱包。13時、武田さんと神田土地建物を訪問し、新発行所の賃貸契約。孫が手作りの抹茶味のチョコレートケーキを作ってくれる。

 7月8日(水)
雨の合間を縫って農家の野菜買いに。あと買い物をかねて祖師谷大蔵へ散歩。焼茄子10本ほど作る。竹内洋平さんから来年の調布市文化事業の講師の打診あり。「銀漢」8月号の校正。

 7月9日(木)
NHK俳句の「俳人発、俳人着」の堀切君とのコラボ。俳句略歴、写真など送る。10月号は堀切君が私の事を。11月号は私が堀切君のことを。

 7月10日(金)
夜中、2時位に目が覚めてしまい、「銀漢」9月号のエッセイ、自句自解、盤水今月の1句など荒書きをする。目を上げると五時。夜が明けていく。10時、発行所の引っ越し。新発行所で荷を待つ。編集部の方々総出。早速、皆川文弘氏から転居祝いに酒が届く。

 7月11日(土)
農家の野菜買いに行く。モロヘイヤのおひたし、ポテトサラダ、キュウリとニンジンの浅漬けなどを作る。古市文子さんより鱸一尾到来。捌き、刺し身、昆布締、あら煮など用意。「俳句てふてふ」に「俳句万華鏡④」(エッセイ)を送る。

 7月12日(日)
晴。蒸し暑い。農家の野菜を買いに散歩。「銀漢」9月号自句自解を飛露さんへ、エッセイを政三さんに送る。「春耕」九月号へ投句。夕方、杏一家来て、私の71歳の誕生祝いをしてくれる。一家12人。有難いこと。昨日用意の鱸料理。

 7月13日(月)
「俳句界」10月用、30句とエッセイなど。14時、毎日新聞本社「生活の窓口」というカルチャーでの講演の打ち合わせ。9月の予定。15時、旧発行所の退去立ち会い。武田さんと。鍵返却。なじみの酒場に寄り、話すと、昼夜共に売り上げ半分の状態と。家賃補助8割が半年間出るので何とか頑張っている、と。

7月16日(木)
「銀漢 夏の全国俳句大会」参加者223名、投句数669句と盛況。選句。

 7月17日(金)
伊那北会(井蛙、光汪、伊那男)で今回は群馬県の古墳巡りに。11時、高崎駅。レンタカーで大室古墳(前二子、中二子、後二子)続けてかみつけの里博物館と保渡田古墳(二子山、八幡塚)。高崎駅ビルの「おぎのや」で酒盛りをして解散

    7月19日(日)
久々の晴。和泉多摩川方面まで散歩、バスで戻る。「俳句界」10月号に俳句とエッセイ。角川「俳句」9月号に小島健句集『山河健在』書評。2頁。「俳句αあるふぁ」秋号へ俳句とエッセイ。各々発送。日曜日でもあり、15時から飲もう、という娘の提案に乗り、昼からの酒盛り。

7月21日(火)
農家の野菜買う。あと1時間ほど散歩。久々、超結社句会「火の会」をしようということになり、新発行所で最初の句会となる。広渡敬雄、竹内宗一郎、峯尾文世、阪西敦子、天野小石、幹事・太田うさぎの7人。3月以来のこと。帰路、神保町駅プラットホームのガードマン中村さんと久々に会う。私を見かけなくなったので、心配していたと。有難いこと。色々な方に支えられていた……。

7月22日(水)
久々の2日酔い。「第29回信州伊那井月俳句大会」の投句の選。応募句1,318句ありヘトヘト。

7月24日(金)
17時半、川口駅で慶大茶道会時代の友人奧ノ木和雄君と会う。近くの割烹「和食 おかむら」でご馳走になる。刺身、鮎塩焼、他。最後、帆立とトウモロコシのご飯。喫茶店で話の続きをして別れる。帰宅23時過ぎ。

7月27日(月)
「銀漢」9月号の選句終了。大溝、朽木、花果さんに発送。店の客だった高部務さん(最近は小説家に転身)より連絡あり、山梨の別荘に来ないかと。

7月29日(水)
彗星集の選句、選評を書き、芙紗さんに送る。これで9月号の原稿全部終了。

7月31日(金)
伊那北会(井蛙、光汪)で小田原城の古城郭巡り。10時、小田原駅西口集合。北条早雲の火牛の像を見て、小田原高校周辺の土塁などを見学。八幡山の小峯大堀切などは圧巻。あと、今の天守閣の城へ。天守閣の資料館で、後北条五代の歴史展示を見る。「ちん里う」で梅干し。向かいの店でういろうを買う。かまぼこ通りに入り、「小田原 かまぼこ発祥の店 うろこき」でビール、酒、おでん、練り物など一服。駅前の「山安」で、干物、「守谷」のあんぱんなどを求め、魚料理店で刺身、煮魚などで酒盛り。

8月

8月1日(土)
2日酔い。娘の車で農家の野菜買い、茹でたり、焼いたり下ごしらえ。朝妻力さんより今年の「雲の峰」はネット総会になるが、誌上講演会の講演資料を欲しいとの依頼。原稿6枚ほど書く。近所のN家、ヘアメイクの中川さん来たので9時過ぎから酒宴。料理は即興で焼茄子、伏見唐辛子の直火焼。空心菜のオイスターソース炒め。インゲンの和え物、湯剥きトマトのオリーブオイルと塩だけのサラダ、昨日の小田原城で仕入れた烏賊焼きなど。

8月2日(日)
昨日で梅雨明けらしい。NHK俳句「俳人発、俳人着」に堀切克洋君について1,600字ほど送る。昼、二子玉川まで散歩。帰りはバス。夜、成城仲間2家族ほど来たので余り物で供応。

8月3日(月)
昨夜の酒残る。昼、散歩。砧公園往復13,000歩位。炎天下でなかなかキツイ。戸矢一斗さんが纏めてくれている銀漢の「季語別句集」の私の句、310句のリスト着。200句ほどに削り返送。手間のかかる作業に頭が下がる。角川「俳句」の立木編集長より電話あり、来年1年間「合評鼎談」の依頼あり。受ける。

8月6日(木)
「玉藻」(星野家)90周年祝賀会(9月4日)延期のお知らせ。「銀漢」9月号の校正稿武田氏へ投函。「高遠句会」の守屋明さんに便り。「街」同人評竹内宗一郎編集長に送る。鮎10本焼く。














         
    






今月の季節の写真/花の歳時記



2020年10月21日撮影    烏瓜  from hachioji





花言葉 
 「よき便り」「誠実」「男ぎらい」

烏瓜
和名の烏瓜(カラスウリ)は、熟した赤い実をカラスが好んで食べることにちなむともいわれます。しかし、特にカラスの好物という観察例はほとんどないようです。

曼珠沙華 曼珠沙華 金木犀 夏水仙 背高泡立草
 
唐辛子   稲藁  冬桜 烏瓜   

2020/10/22更新