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 5月号  2015年

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伊藤伊那男作品

主宰の八句


囀        伊藤伊那男

悪相を買はれ追儺の鬼の役
葱坊主にも長幼のおのづから
谷戸(やつ)毎に囀をやや違へたる
満願の湯に立てかけて遍路杖
朝雀軒よりこぼれ仏生会
おほかたは夕べに萎れ花御堂
臍乾く間もなき一日甘茶仏
風船にすがりてこの身軽くなる


 







        
             


今月の目次








銀漢俳句会/5月号











   



銀漢の俳句 

伊藤伊那男 

◎朝妻力さんのこと

 3月初旬に俳人協会の年次総会と協会各賞の表彰式があった。気働きのある朝妻力さんは、地方から来る俳人協会賞の若井新一氏、評論新人賞の青木亮人氏が、当日は泊りながら、パーティーのあと所属結社の集まりなどもない様子だということで、銀漢亭に縁の俳人を集めて祝った。笑顔で座を盛り上げてくれたけれど、その頃奥様はかなり深刻な病症にあったようだ。奥様が以前から病気を抱えておられることは知ってはいたが、「雲の峰」3月号の主宰日録を拝見して、ここまでの状態であったか、としばし天を仰いだのであった。
 目録を少し引く。1月27日、家内昨日より何も食べていない。次女に応援を求める。30日、三女家内を済生会へ。そのまま入院。2月3日、家内退院。豆十粒ほど撒く。家内の部屋、浴室に緊急用ブザー設置。9日、家内浴槽から立ち上がれず。湯を抜いたので大事に到らず。12日、家内手洗いに向かう途中、膝をつき立ち上がれず。筋肉が極度に弱っている。14日、家内ベッドを降りようとして起き上がれず。15日、家内手洗いにて動けなくなる。家庭内介護限度か。三女に来て貰うが済生会行き拒む。(中略)説得して即入院………。その後逝去された3月12日までご夫妻は想像を越える苦悩の中にあったことと思う。その中で「雲の峰」誌の選句、発行業務、句会指導をこなし、2月4日には律儀にも僚誌主宰として「春耕」新年大会に日帰りで上京。私もお目に懸ったが、やはり笑顔を崩さなかった。
 3月号の朝妻さんの句
  春めくや自力で湯浴みせし妻も
  春の日を浴びさせに押す車椅子
  冴返る浴槽の妻抱き抱へ
  見舞ふたび痣濃きかひな春遅々と
日録の中には朝妻さん本人も「喉痛し」「喉猛烈に痛し」「疲れ易し」「疲れ少々」──などという記述が散見する。朝妻さんは私より3歳年上の69歳。そういえば1月号に
  とは言へどやはり老いたり年忘    力
の述懐がある。アクセルを踏みっぱなしの朝妻さん、今後は義理や気配りは少し横に置いて、のんびりいこうではありませんか。
 私の妻が死んだ九年前、次の弔句を戴いた。句集『伊吹嶺』に収録されている。
  大寒の握り拳を弔意とす       力
 謹んで故真知子夫人のご冥福をお祈りする。
  四温まで一日を待たず逝かれしと   伊那男


 
 

 




          

      





 



  

盤水俳句・今月の一句

伊藤伊那男
   
青甘蔗(あおかんしょ)風のゆたかな珊瑚垣      皆川盤水

  「甘蔗(さとうきび)は秋の、「甘蔗の花」は冬の季語。句の「青甘蔗」は歳時記には見当らず、先生の作った季語ということになろう。北方志向の先生だが、後年はしばしば沖縄を訪ねている。沢木欣一の沖縄詠の影響も胸にあったのかもしれない。年譜によるとこの年の3月中旬に石垣島、竹富島を訪ねている。甘蔗が青々と葉を伸ばした頃である。海風に煽られた葉音が珊瑚垣に囲まれた家にまで届くのであろう。駘蕩たる沖縄の春である。
                                (平成10年作『高幡』所収)
                                      
                              













  
 

彗星集作品抄

伊藤伊那男選

歌留多会わが手は世捨て人ばかり     谷岡 健彦
魞挿しの送る波かや浮御堂        唐沢 静男
にぎやかなその花種の音を買ふ      坂口 晴子
沈黙の博物館の板踏絵          中村 孝哲
一途とは時に疎まし久女の忌       堀内 清瀬
しんがりは足すべらせて巣立鳥      渡辺 文子
針供養針一本で子ら育つ         屋内 松山
畳紙に眠る春着を起こしけり       鈴木てる緒
大喝にみだるる燭や寒の寺        松原八重子
道問うてそこは此処ぞと万愚節      植竹 節子
磨硝子越しにも著き桜の芽        脇 行雲
回転寿司の皿重ねゆく合格子       中野 智子
奈良町の路地に春風くくり猿       清水佳壽美
あねいもと嬥歌の山に蓬摘む       高橋 透水
背に値札骨董市の雛かな         杉坂 大和
通り抜け出来ぬ路地裏鬼やらふ      森崎 森平
鳰浮くや己が残せし水輪より       脇 行雲
髪に針母の仕種よ針供養         柴山つぐ子
しがらみを抜け組み直す花筏       堀内 清瀬
代々を見て来し雛の衣冠直す       植竹 節子







        








彗星集 選評 伊藤伊那男



歌留多会わが手は世捨て人ばかり     谷岡 健彦
私の痛恨事の一つは百人一首を覚えなかったこと。歌留多を知らずに今日に到ったこと。百人一首の解説などは何冊も読みかけたが途中で挫折している。短歌が暗記できず苦手なのである。短歌に向く人、俳句に向く人の違いなのであろうか。さてこの句、作者が拾うのは世捨て人の札ばかり、一口に言えば坊さんの札ばかりということであろう。ここにも得手、不得手があるということか。歌留多の句はさんざん詠まれているが、この観点から詠んだ句はめずらしい。 

  
魞挿しの送る波かや浮御堂        唐沢 静男
琵琶湖には「魞(えり)」という独特の漁がある。水中を竹簀で囲み魚を迷いこませるもの。「魞挿す」は春の季語である。浮御堂は湖西堅田港の横。魞を挿したり繕ったりする作業が浮御堂の岸辺まで寄せたのであろう。もちろん幽かな波の筈なので「波かや」の表現にとどめたのであろう。 

  
にぎやかなその花種の音を買ふ      坂口 晴子
人の心理は面白いもので、種を買う時に、その袋を振ってみる人が多い。この作者もそうしてみたのであろう。賑やかな音の種なら勢いもよく、きっと楽しませてくれるだろうと思いこむのである。この句は普通なら、音のする花種の袋を買うとするところを「音を買ふ」とすり替えたところがミソで、詩的昇華を果たしたのである。 
 
  
沈黙の博物館の板踏絵          中村 孝哲
 もう使われなくなって久しい絵踏板が博物館に展示されている。かつて厳しい取り締まりの探索に使われたその道具は、摩滅しくすんで置かれているのであろう。何も語らないが様々な哀史がその上に繰り広げられていたのであろう。そういえばこの句の「沈黙」は遠藤周作の同名の小説の連想なのかもしれない。「踏絵板」の方がいいのでは?
 
  
一途とは時に疎まし久女の忌       堀内 清瀬
高浜虚子が杉田久女を嫌った理由は今でも不明だが、私もこの句の言う「俳句への一途さ」のような気がしている。俳句は余技とは言わないが、各々が各々の仕事を持ちながら励む文芸であり、俳句しかない、という一途さや気迫を鬱陶しく思ったのではなかろうか。そんなことを思う。 
 
  
しんがりは足すべらせて巣立鳥      渡辺 文子
同じ巣で育った鳥たちにも成長の早いもの、遅れているものの差が生じる。強いものは餌をいち早く得るし、弱いものは後廻しで喰いっぱぐれもある。巣立つのも遅く、もたついているのである。そんな巣立ちをよく観察した句である。 
 
  
針供養針一本で子ら育つ         屋内 松山
「針一本」と言い切った単純化がいい。 

  
畳紙に眠る春着を起こしけり       鈴木てる緒
「たとうがみ」と読む。年に一度の一張羅。 

  
大喝にみだるる燭や寒の寺        松原八重子
靜溢は中、喝に燭までが揺れると見たのが眼目。 

  
道問うてそこは此処ぞと万愚節      植竹 節子
こんなことは度々あるが、万愚節だからこその一句。 

  
磨硝子越しにも著き桜の芽        脇 行雲
桜の芽の膨らみようを詠んで出色。花を待つ心を思う。 

  
回転寿司の皿重ねゆく合格子       中野 智子
回転寿司という句を初めて採った。この句なら合格だ。 

  
奈良町の路地に春風くくり猿       清水佳壽美
私も好きな場所だが夜などは怖い。「春風」の斡旋がいい。 

  
あねいもと嬥歌の山に蓬摘む       高橋 透水
筑波山麓。かつては嬥歌の地に蓬を摘む。抒情のよろしさ。 

  
背に値札骨董市の雛かな         杉坂 大和
遠流の公家の趣。値が付けられているのが悲しい。 

  
通り抜け出来ぬ路地裏鬼やらふ      森崎 森平
さて、鬼はどこに逃げるのであろうか? 

  
鳰浮くや己が残せし水輪より       脇 行雲
さて、どこから顔を出すのかと眺めると同じところから。滑稽味。 

  
髪に針母の仕種よ針供養         柴山つぐ子
母の思い出。「針髪に」とする方が中七に繋がるか。 

  
しがらみを抜け組み直す花筏       堀内 清瀬
花筏らしくなっていく様子をよく捉えた。 

  
代々を見て来し雛の衣冠直す       植竹 節子
いい所を詠んだ。下五は「冠」「衣を」で五音に納めたい。 





     
    
     
        







銀河集品抄

伊藤伊那男選

龍の背のうねりにも似て雪解川     東京   飯田眞理子
春浅し膏薬匂ふ祖母の部屋       静岡   池田 華風
鶴凍つる種火のやうな頭を埋め     静岡   唐沢 静男
子らと過ごす夫の忌日や春隣      群馬   柴山つぐ子
紙漉くや窓の日差しを簀に散らし    東京   杉阪 大和
かまくらの昨夜のぬくもり蠟涙に    東京   武田 花果
書屋よりのぞむ雪嶺茂吉の忌      東京   武田 禪次
襟巻の狐は失せて父母も        愛知   萩原 空木
初燕棲み古る軒の恙なし        東京   久重 凜子
残る鴨残らぬ鴨の時迫る        東京   松川 洋酔
風垣や手に出稼ぎの大荷物       東京   三代川次郎
啄木の流離の街や雪残る        埼玉   屋内 松山





     
   
   





綺羅星集作品抄

伊藤伊那男選 


白魚の水のかたちの一つとも      東京   飯田 子貢
夢につく母の手毬に音はなく      埼玉   伊藤 庄平
手の平にある幸の数年の豆       東京   大山かげもと
子雀を掬ふ手のひら巣のかたち     東京   影山 風子
追儺寺裏にはりぼての金棒       和歌山  笠原 祐子
二個ほどは当てありバレンタインデー  東京   柊原 洋征
己が足向くを恵方とする齢       東京   畔柳 海村
耐へかねて雁木の撓む越の軒      東京   小林 雅子
雪形の言はれてみればさう見ゆる    東京   島  織布
歳月を縫ひて短し針納め        東京   曽谷 晴子
針供養淡島堂への道聞かれ       東京   谷川佐和子
指跡が鶯餅の口となる         愛知   中村 紘子
ペンキ絵の富士つくづくと初湯かな   東京   坪井 研治
西行忌京への思ひ浅からず       東京   村田 重子
細腕の糧となりゐし針供養       群馬   山田 鯉公
明かるくも暗くもなくて雪明り     東京   山元 正規

背の子にも追儺の豆の降りにけり    東京   相田 惠子
影向のごとくどんどの火の柱      東京   有澤 志峯
酒樽の菰に日当たる初不動       静岡   五十嵐京子
雪折の竹敗残の象かな         東京   伊藤 政三
門付けは加賀万歳の訛かな       東京   大西 酔馬
手品師の種の散らかる春隣       神奈川  大野 里詩
豆撒けば明るき修羅となる境内     東京   大溝 妙子
初神籤努力たりぬを結びけり      東京   小川 夏葉
マフラーを厚目に巻いて語り合ふ    鹿児島  尾崎 尚子
松過ぎの着けて冷めたき腕時計     埼玉   小野寺清人
一碧の虚空ひろぐる蒼鷹        神奈川  鏡山千恵子
紙を漉く始めは水のままであり     愛媛   片山 一行
かかる世のなにかが貧し啄木忌     東京   桂  信子
渦を巻く読経の波や節分会       長野   加藤 恵介
水音のひそと聞こえし薄氷       東京   我部 敬子
遠からぬ竹や竿竹冬木の芽       高知   神村むつ代
霜の夜の文机にある手暗がり      東京   川島秋葉男
仏間より打たれ始めの追儺豆      長野   北澤 一伯
白魚火や八雲にも末裔のゐて      東京   朽木  直
ねむり仏離さぬままに山眠る      神奈川  こしだまほ
紙を干す外輪山の日を集め       長崎   坂口 晴子
山峡の午後の日を欲る冬菜畑      千葉   佐々木節子
春ショール城下の土塀に遠ざかる    山口   笹園 春雀
売り声に訛のあるや達磨市       長野   三溝 恵子
川の面に白きが霏霏と送水会      静岡   澤入 夏帆
家人戻るシチューの人参煮ゆる頃    東京   島谷 高水
宝物のよりどりみどり戎笹       兵庫   清水佳壽美
手打蕎麦待てば初音の日和なり     東京   白濱 武子
乗り継ぐもお大師さまへ恵方道     東京   新谷 房子
悴めるままの手合はす弥陀の前     大阪   末永理恵子
どうにもこうにも首重き浮寝鳥     静岡   杉本アツ子
代参や春待つ母は家に置き       東京   鈴木てる緒
忽然と蒼天に舞ふ鷹一点        東京   瀬戸 紀恵
一連の正月神事果たし臥す       愛媛   高橋アケミ
山焼の一揆の径を舐め尽す       東京   高橋 透水
太郎が見次郎も見しと雪女郎      東京   武井まゆみ
異次元を行つたり来たり絵双六     東京   多田 悦子
寒餅のひと日の罅の深さかな      埼玉   多田 美記
魁の梅一輪に力あり          東京   田中 敬子
業平を弾き飛ばして歌留多会      東京   谷岡 健彦
初富士のつむりの見ゆるわが家かな   神奈川  谷口いづみ
他人めく成人の日の子の晴着      東京   塚本 一夫
春の鴨御所の暮しも板に付き      神奈川  中川冬紫子
風花や塔高ければ塔に舞ふ       大阪   中島 凌雲
初湯して母の齢に歩み寄る       東京   中野 智子
燕来る岬めぐりのバスの頃       東京   中村 孝哲
大寒のむざむざとある喉仏       茨城   中村 湖童
薄氷を踏めば花びら散るやうに     東京   中村 貞代
光芒を歌に遺して実朝忌        東京   沼田 有希
この土地の余寒にも慣れ十年目     福岡   藤井 綋一
色紙の散るとは不遜冬の火事      東京   保谷 政孝
忍ぶ恋など見当らず春の猫       東京   堀内 清瀬
蜂蜜の瓶の白濁寒の底         岐阜   堀江 美州
親不知疼き出したる余寒かな      パリ   堀切 克洋
姿見を明るき方へ春隣         埼玉   夲庄 康代
火を熾し筍掘を待つてゐし       東京   松浦 宗克
山姥がつまづいたらし遠雪崩      長野   松崎  正
良寛忌お寺の鳩に囲まるる       東京   松代 展枝
夜すがらの雪に火点し漆刷く      石川   松原八重子
群るること先づ身に付きぬ雀の子    東京   宮内 孝子
児等あそぶこゑこそ建国記念の日    千葉   無聞  齋
五体投地春を間近の二月堂       東京   村上 文惠
人形焼買うて初春大歌舞伎       東京   村田 郁子
立春大吉初診の患者ひとりのみ     東京   森 羽久衣
引鳥のさざ波のみを残しけり      埼玉   森濱 直之
祈る如諸手で包む寒卵         愛知   山口 輝久
夫婦坂上りて鷽を替へにけり      東京   山下 美佐
雪解水ゆたかな音の始まりぬ      群馬   山田  礁
ふた峰に日のやはらかし初筑波     千葉   吉沢美佐枝
裁板は母の形見や女正月        神奈川  吉田千絵子
今一つ息の続かぬ初音かな       愛媛   脇  行雲
替へしうそ手のひらにのせ寧からむ   東京   渡辺 花穂






      



 










銀河集・綺羅星今月の秀句

伊藤伊那男
    

鶴凍つる種火のやうな頭を埋め     唐沢 静男
 丹頂鶴の赤い部分を「種火」と見立てたのがこの句の眼目である。動かない凍鶴だけに種火の感じが生きるのである。鶴の身体全体がマッチの軸のようにも見えてくる。 


  

かまくらの昨夜のぬくもり蠟涙に    武田 花果
秋田県横手地方の小正月の行事「かまくら」。句は翌朝にも何かしら暖かみが残っているという。雪のかたまりの中なのだが、子供達の団欒の様子などが偲ばれるのであろう。点していた「蠟涙」に焦点を当てたところが具体的でいい。 


啄木の流離の街や雪残る        屋内 松山
石川啄木は二十六歳で死んだ。新聞記者として小樽、釧路などに赴任していたので、この句はそのあたりの嘱目ということになろう。啄木は志が得られず、不満を抱えて生きた。「流離」の措辞が生きているのはその人生を象徴する言葉だからであろう。「雪残る」に啄木の悲しさがある。 


指跡が鶯餅の口となる         中村 紘子
ずっしりと重い鶯餅を摑めば凹む。その凹んだ部分が嘴の形に見えたという。そんな楽しみがこの菓子にはある。一つの菓子からこうした遊び心が生れるところがいい。 


明かるくも暗くもなくて雪明り     山元 正規
積った雪の反射であたりが薄明るくみえるのが「雪明り」。あのぼんやりとしたあたたかみのある明りだけを一物仕立てにして出色である。確かに「明るくも」なく「暗くもなく」――誰もが詠めなかったところを詠んだ。   


 

白魚の水のかたちの一つとも      飯田 子貢
 
透明な身体を持つこの魚の特徴をよく捉えた句である。その魚体そのものが「水のかたちの一つ」のようでもあるという。若干の疑義を持ちながらも諾わざるを得ない説得力を持つ。 


夢につく母の手毬に音はなく      伊藤 庄平
抒情の濃い句である。初夢に見た母親が手毬をついている。だが現実ではないためにつく音はない。もちろん手毬唄もない。恐らく色もない映像であろう。七十歳を超えた作者が今もなほ母の夢を見る。泣かされる句である。 


手の平にある幸の数年の豆       大山かげもと
節分の豆を年の数だけ食べると良い事があるという。子供の頃はよかったが、年を重ねるとそういう訳にはいかない。ましてこの作者は八十粒以上になるであろう。掌にのせて見るだけだ。だがこの一粒一粒が来し方の思い出の数。生きていればこその「幸の数」である。 


 

子雀を掬ふ手のひら巣のかたち     影山 風子 
巣から落ちてしまった雀の子を助ける。おのずからその掌は「巣のかたち」になる。それは労りと愛情の形である。あたたかさが子雀にも伝わり、子雀の命の鼓動が作者に伝わるのだ。 


二個ほどは当てありバレンタインデー  柊原 洋征
思わず笑ってしまった。正直である。技法的にも、この季語の句は字余りになることが多いが、句またがりでうまく折り込みすっきりとまとめているのである。さてこの二個は娘さんと------もう一つはお孫さん?いやいや------。 

   

細腕の糧となりゐし針供養       山田 鯉公
歳月を縫ひて短し針納め        曽谷 晴子
針供養淡島堂への道聞かれ       谷川佐和子
針供養の句を三句。一句目は針仕事で生活を支えてきた人の針、と具体的。二句目は一本の玻璃に絡む家族の歴史。三句目は浅草寺の淡島堂への道を問われたという。教える事ができるのは自分も針供養をしたことがあるからでそこに物語が潜む。それぞれの針供養である。 


  

雪形のいはれてみればさう見ゆる    島織 布
私の郷里の木曾駒ヶ岳には種播き爺、島田娘などという雪形が出る。私達でもようやく解る位であるから、他の人には理解不能であろう。この句、旅人の句で、よく解らないまま頷く様子が面白い。上質のユーモアである。 

その他印象深かった句を次に

西行忌京への思ひ浅からず       村田 重子
追儺寺裏にはりぼての金棒       笠原 祐子
己が足向くを恵方とする齢       畔柳 海村
耐へかねて雁木の撓む越の軒      小林 雅子
ペンキ絵の富士つくづくと初湯かな   坪井 研治




         



      
      


 
 



 



星雲集作品抄

伊藤伊那男・選


菜の花や加波も筑波も丈の中     東京    上田  裕
歌かるた予備札白きままに古る    埼玉    戸矢 一斗
読みさしにしをり探して冬ごもり  ニューヨーク 武田真理子
北国の歓喜たとへば雪解かな     東京    中西 恒雄
寒卵地球わづかに歪みをり      愛知    松下美代子
万歳の賑はひ遠く鄙の家       神奈川   宮本起代子
子雀の窯の煙に追はれたり      愛知    穴田ひろし
雛の灯のこぼれて久し古畳      宮城    有賀 稲香
明朗も豁達もあり牡丹の芽      京都    小沢 銈三
節分も女所帯はそれなりに      神奈川   上條 雅代
お下がりの制服合はす春立つ日    神奈川   有賀 理
残雪や身の巾ほどは搔き寄せて    神奈川   久坂衣里子
針供養それぞれの布潜り来て     和歌山   熊取美智子
良寛忌家事の間合ひに手毬唄     東京    鈴木 淳子
金銀の鈴の音籠めて破魔矢受く    埼玉    中村 宗男
地吹雪の仔を風下に寒立馬      東京    釜萢 達夫
探梅の川ばかり見て戻りけり     東京    小泉 良子
薬喰写真の夫に目礼し        福島    髙橋 双葉
気がねなき一人のあくび春隣     神奈川   多丸 朝子
湖面より比良駆け上がる春一番    愛知    津田  卓
海鼠酢を箸で追ひかけつつ話す    神奈川   福田  泉
鎌研げば鎌の形の初つばめ      千葉    森崎 森平

豆まきや人気力士の大銀杏      東京    秋田 正美
残雪に遭難事故の碑が覗く      神奈川   秋元 孝之
天の川卒寿の山をふはと越え     東京    浅見 雅江
念仏を朝夕申す喜寿の春       愛媛    安藤 政隆
納豆の押し返すまで捏ねにけり    東京    飯田 康酔
下萌や遠野も淡き光満つ       東京    井川 敏夫
種袋振れば土恋ひ水を恋ふ      埼玉    池田 桐人
水際に羽毛を残し鳥雲に       東京    市毛 唯朗
名にし負ふ雪の頂皇海山       群馬    伊藤 菅乃
満開の梅ごと畑借り受くる      神奈川   伊東  岬
立てし耳微調整する兎かな      東京    今井  麦
陽だまりへ確かめに行く蕗のたう   愛媛    岩本 昭三
読みさしの本に夕日や春隣      千葉    植竹 節子
畦道の初の息吹や蕗の薹       神奈川   上村健太郎
大利根の水の豊かに揚雲雀      埼玉    大木 邦絵
蝶生れて風に抗ふ日となりぬ     東京    大沼まり子
叱られて榾の灯遠き村はづれ     埼玉    大野田好記
吹越に負けじと栗鼠の木々渡る    群馬    岡村妃呂子
塗り箸にからめとられぬ寒卵     神奈川   小坂 誠子
春の雨傾いで見ゆる摩天楼      東京    梶山かおり
豆まきや福は内だけ大声に      東京    桂  説子
落椿華やぎの時そのままに      静岡    金井 硯児
まんさくの花の捩れのいとほしき   東京    亀田 正則
枯野道犬引きていく影のあり     長野    唐沢 冬朱
喪支度に鞄一つの春の旅       神奈川   河村  啓
蝶生まれうつつの寺を舞ひ巡る    愛知    北浦 正弘
初日の出障子に雀影写し       埼玉    黒岩  章
春風や京には京の匂ひあり      群馬    黒岩 清女
皸の掌の銭温もりて         愛知    黒岩 宏行
目標にゆるゆる生きる今年こそ    愛媛    来嶋 清子
雪原にほつりほつりと拓魂灯     群馬    小林 尊子
椿咲きこぼるる花も静かなり     東京    斉藤 君子
様々な過去を残して残る雪      神奈川   阪井 忠太
白梅や開花の行方風に問ふ      東京    佐々木終吉
立願の無心に縋る湯島梅       東京    佐藤 栄子
背負籠おろす辺りや草萌えす     群馬    佐藤 かずえ
寒晴や白衣観音見上ぐれば      群馬    佐藤 さゆり
のれそれの重なる白さ春浅し     東京    島谷  操
厨より妻の鼻歌水温む        埼玉    志村 昌也
火伏札貼つて豆腐屋春を待つ     東京    須﨑 武雄
鶏どもに囲まれて飲む寒卵      群馬    鈴木踏青子
かけ声も入りてはじけてしやぼん玉  東京    角 佐穂子
誰からかおしくら饅頭始まれり    愛知    住山 春人
冴返るいつも喪の旅京都駅      神奈川   関口 昌代
豆撒くや隣家の声に煽られて     東京    田岡 美也子
ぬかるみに来て立ち止る春着かな   長野    髙橋 初風
老いてなほ幼き頃の雛恋し      東京    髙橋 華子
春寒や紅茶へ入れる苺ジャム     埼玉    武井 康弘
冬薔薇の重さうにして色褪せず    広島    竹本 治美
寒鴉目のあひてなほたぢろがず    三重    竹本 吉弘
来し方の記憶確かめ賀状読む     東京    田中 寿徳
たしかなる命を繫ぐ寒卵       東京    手嶋 惠子
残雪に箒目のあり神楽坂       千葉    土井 弘道
水菜食む良き音なれば美味なりと   東京    徳永 和美
ひとつ目を採れば次々ふきのたう   東京    豊田 知子

片瀬常立寺)
枝垂れ梅咲きて弔ふ元の使者     神奈川   長濱 泰子
打ち豆の年の数とは食べきれぬ    群馬    鳴釜 和子
焼海苔の日に透かしたる波模様    東京    西原  舞
板の間に塵一つなき寒稽古      東京    萩野 清司
老幹にゆるびもみせぬ臥竜梅     東京    長谷川千何子
初午や薄味に煮る油揚げ       神奈川   花上 佐都
初鴉縁ありげに近々と        神奈川   原田さがみ
天覧の中日となれる初相撲      兵庫    播广 義春
虎落笛座敷童を呼ぶやうな      東京    福永 新祇
入院し錦織圭と冬籠る        東京    福原 紀子
年波のどこかに匂ふ賀状増す     愛媛    藤田 孝俊
春立つ日けやき通りをパン屋まで   大阪    星野かづよ
着膨れて体操の手を遠くせり     東京    星野 淑子
店閉めて奥の賑はひ女正月      東京    牧野 睦子
職を辞し五月雨を聴く朝寝かな    東京    松田  茂
如月の一歩一歩の光かな       神奈川   松村 郁子
温室といふ箱舟に吾もゐて      神奈川   水木 浩生
貨車一両ありて足尾の山眠る     東京    宮﨑晋之介
ほとばしる勢ありて百合開く     東京    家治 祥夫
歌かるた母へ譲りし「これやこの」  東京    結城  爽
冬芽越し仙丈岳の大構へ       長野    守屋  明
指先に触るる真珠の余寒かな     神奈川   山口 健一
桃色の花の干菓子や春めけり     群馬    山崎ちづ子
麦の芽や一つ一つに強き影      静岡    山室 樹一
寒雷の一喝に醒む朝まだき      神奈川   和歌山要子
禅寺や喝を受けしか椿落つ      埼玉    渡辺 志水
水仙の茎窓辺より凛として      東京    渡辺 誠子
風光る孔雀は羽根を全開に      東京    渡辺 文子









     





星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男

菜の花や加波も筑波も丈の中      上田  裕 
 広重の富嶽三十六景などに手前の景物などが思い切り大きく描かれた極端な遠近法がある。この句もそうした手法の句である。菜の花畑の向う側に加波山や筑波山が見えるのだが、それらの山は菜の花よりも丈が低いというのである。常陸に浮かぶ、「波」の付く二つの単独峰を並べて調べがいい。同時出句の〈手のひらに受けて不惑の年の豆〉も「不惑(惑わず)」と言いながら、どこかに戸惑いが感じられる微妙な心理状態が滲んでいて面白い。


歌かるた予備札白きままに古る     戸矢 一斗
「歌留多」の句は沢山見てきたが、予備札を詠んだ句は初見である。よくこんなものに目が届いたものだ、と感心した。結局一度も使ったことがないままなのだが、白いままながら全部の札と同じように古びていくというのである。着眼点を称えたい。同時出句の〈家計簿の目次に挟む初写真〉も家計簿を介して家族の絆が描かれている。初写真がいいのだ。〈紙漉女胸に火照りのありぬべし〉は言い過ぎか・・。 


北国の歓喜たとへば雪解かな      中西 恒雄
春到来の嬉しさのよく出ている句である。「歓喜たとへば」の表現がなかなかいい。そのたとえばの「雪解」には、雪解川、雪解風、雪解光、雪解雫、雪解野などの季語が全部包括されているのである。 


万歳の賑はひ遠く鄙の家        宮本起代子
すっかり見なくなったが「万歳」は獅子舞などと同じように正月の門付けである。その万歳も来ないような「鄙の家」だという。古典的題材で、しかも古典的な作り方だが、今どきこのような句があることも楽しい。古き良き時代の正月の一景である。 


明朗も豁達もあり牡丹の芽       小沢 銈三
牡丹の芽に面白い比喩を付けたものである。明朗は噓やごまかしが無く、明るく朗らかなこと。豁達は度量がひろく物事にこだわらず、こせこせしていないことである。いずれも前向き。花の女王といわれる牡丹だけにそれぞれの芽も明るいのである。同時出句の〈揚雲雀これより上は乱気流〉も「乱気流」の意外性がいい。 


節分も女所帯はそれなりに       上條 雅代
ここで言う節分は「豆撒き」行事を言うのであろう。だいたいは家長の男が先頭に立って大声で唱えるものなのだが、さて女所帯ともなると‥‥近隣をはばかって声も小さめ、豆なども置くように撒くのであろう。「それなりに」にそうした様子が如実である。同時出句の〈旧正に律儀に来てはくだを巻く〉も、ああ、こんな人を知っている、と共感を持つ。各々に含まれる俳諧味に味わいがある。 


針供養それぞれの布潜り来て      熊取美智子
 確かに一本の針ながら生活を支えてきたかもしれないし、家族の衣類を繕ってきたものであろう。そうしたことを「それぞれの布」と一言に纏めた省略がいい。同時出句の〈紙風船残し薬屋跡絶えしか〉もほとんど見なくなった薬売りを偲んで出色である。薬の匂いの染みこんだ紙風船だけが残っているのだ。


海鼠酢を箸で追ひかけつつ話す     福田  泉
 ぬめりのある海鼠は摑み難いものだ。塗箸などであればなおさら。しかも話しながらであるから気もそぞろで、箸はさ迷うばかりである


鎌研げば鎌の形の初つばめ       森崎 森平
 確かに燕は鎌の形。かって津山に行った折、鍛冶屋が残っていて燕が出入りしていた。夜も出入りできるようにしてある。鞴の火の上を燕が飛翔する風景を思い出した。


地吹雪の仔を風下に寒立馬       釜范 達夫
「寒立馬」は季語ではなく、下北半島の野生馬。よくぞあの酷寒の地に棲息しているものである。「仔を風下に」の把握がいい。同時出句〈芹青む心の鎧脱ぎしとき〉〈吊されし鮟鱇天を喰はむとす〉も出色。 
その他印象深かった句を次に
寒卵地球わづかに歪みをり       松下美代子
残雪や身の巾ほどは搔き寄せて     久坂衣里子
探検の川ばかり見て戻りけり      小泉 良子
薬喰写真の夫に目礼し         髙橋 双葉
読みさしにしをり探して冬ごもり    武田真理子
金銀の鈴の音籠めて破魔矢受く     中村 宗男
湖面より比良駆け上がる春一番     津田  卓
気がねなき一人のあくび春隣      多丸 朝子





   

 











新連載 【伊那男俳句を読む】

 伊那男俳句を読む       伊藤伊那男
  
  

回想―句集『知命なほ』の時代(12)    伊藤伊那男

伊那谷での幼友達に丸山明君がいた。「いた」と過去形にしたのは五十三歳で亡くなってしまったからである。その名前の通り、小さい頃から丸々と太っていて、また朗らかで周囲を笑わせていた。高校三年生の時、進学先別に、国立理科系コース、国立文科系コースにクラス分けの選択があり、一クラスだけそのどちらにも入らないクラスが設けられていた。数学が数2Bまでで止まるクラスで、進学についての期待もないし、期待もされていない一群を集めたクラスであった。私は極端に数学が弱かったので躊躇なくそのクラスを選んだ。そこに集まったのは野球部をはじめとする運動部の猛者で、しかもその中の落ちこぼれ、あるいは美術系志望者などのおたく組、それと私などのようにはじめから国立大学の受験など諦めた、私立大学志望の者達であった。運動部員は朝から弁当を食べているし、私達は鞄の中にウィスキーのポケット瓶が入っていたりであった。丸山明君もそのクラスにいて、私よりも数学は少しできたので試験の時は後ろから解答のサインを送って貰い、危機を脱したことがあった。
丸山明君は私立大学を出て家業のガソリンスタンドを継いだ。五十歳の頃市議会議員に当選した。その選挙の折には私も帰郷して最後の一日、選挙事務所に入り、選挙カーについて歩いた。
丸山君は東京に度々来ていたようだ。そんな時には電話があり、「マキシム・ド・パリを予約してあるんだけど」とか「オテル・ドゥ・ミクニはどう」とか「藪蕎麦へ行かない?」などと連絡が入った。東京に住んでいる私もほとんど行かない店へ堂々と入る美食家であった。私が帰郷する時は酒を飲まないのに何があっても付き合ってくれたし、本人は全く興味がないのに、伊那谷の祭見物などにも私のために車を出してくれた。
そんな丸山君はいずれ市長になるだろうと目されていたが、二期目の選挙戦の前に心臓バイパス手術の点検に入ったが、その途中意識不明となった。病床を訪ねたが、声を掛けても反応はなく、そのまま亡くなってしまった。妻と二人で葬儀に参列し、私が友人代表として弔辞を捧げた。癌の転移が進んでいた私の妻はその二年後に死んだ。もう十年ほど前のこととなるが『知命なほ』の時代―五十歳台―は人との別れが始まっていく時期であった。丸山君の墓は同じく同級生が住職を務める寺にある。墓石は上部が大きな円形で、一目でその体型、風貌を想起させる作りである。
丸山君の柩の上にそっと置いた句がある。
 西へ行く冬雲を君落ちるなよ    伊那男
確かそのような句であったと思う。句集には載せていない。


  平成十六年
足早な龍馬の国の夕立かな
蝉生れ出て七曜のまたたく間
将門の塚訪ふ日雷のなか
恐山乾びきつたる蓮の飯
わが死後は銀漢に骨撒くとせむ
鶏頭のくろぐろとある夕べかな
ときをりは遡りつつ鮎錆ぶる
蛇穴へ入り松籟の募り初む
吾亦紅活く枯るるとも枯れぬとも
ある朝付け火のごとく曼珠沙華

色鳥の枝移るたび色散らす
男にも泣きどき鰯雲のころ
秋蝶の影ばかり濃くありにけり
ぐづる子をとんぼの空へ肩車
自然薯を掘りたる穴に夕日かな
東大寺風呂桶ほどの落葉籠
てのひらを逃げてのひらへ雪ばんば
足袋ついでノラのことなど知らぬ母
炭はぜて遠野物語は佳境
虎落笛座敷童の消えてより


 


       

  
   


 


銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

ごあいさつにご利用下さい。



    














掲示板

















 




鳥の歳時記

   




四十雀








白鷺










  



             
 
  



井上井月/漂白の俳人

『漂白の俳人・井上井月』伊藤伊那男著

 伊藤伊那男主宰の近著『漂白の俳人・井上井月』が平成26年12月25日に(株)KADOKAWAから刊行されました。近年俳人としての井上井月に対する位置づけの見直しが進む中で、伊藤主宰は井月の俳句を通して謎の多い実像に迫る試みをされます。井月の人となりを知る一書として、また井月俳句への入門書として高い評価を得ております。著名な文人、俳人の方々が、いろいろな機会にこの著書を取り上げて紹介されております。是非、読んで頂ければ存じます。

 読売新聞夕刊版・井上井月の記事(2015/4/4)
そのまま忘れられておかしくない男が今、なぜか熱い。北村皆雄さん(72)の映画『ほかいびと伊那の井月』(2011年)の公開後、復本一郎編『井月句集』(岩波文庫)が出版され、作品を味わいやすくなった。伊藤伊邦男『漂泊の俳人井上井月』(角川学芸出版)、北村さんの『俳人井月』(岩波現代全書)など初学者向きの本も相次ぐ。記事から抜粋。
△PDFへリンクします。



記事全体画像。拡大画像に。


△『漂白の俳人・井上井月』伊藤伊那男著

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 帯の紹介文から・・・
ひたすら芭蕉を慕い、山頭火に影響を与え芥川龍之介を唸らせた明治初期の俳人・井上井月。だがその正体は長い謎だった。酒好きで、家も財産も持たず、伊那を約30年放浪した男の知られざる素顔を、近年発見された日記、資料、俳句から探る。唯一の入門書。


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 ひたすら芭蕉を慕い,山頭火に影響を与え、芥川龍之介を瞠目させた。その謎多き生涯を俳句と資料でたどる。井月の素顔が分かる唯一の入門書。135句の名句鑑賞付き。
KADOKAWA HAIKU 『俳句
広告文より・・・。








シグネチャー 4月号 
SIGNATURE April 2015 Number 580
△旅先でこころに残った言葉
第81回
文 伊集院 靜氏の素敵なエッセイです。
春の日の一日、小さな旅にでた。から始まる・・。
伊藤伊那男主宰との関わりから井上井月の地、伊那谷への
旅の素晴らしいエッセイが掲載されています。


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銀漢亭日録

伊藤伊那男

2月

2月11日(水)
11時、如水会館にて「かびれ」1,000号祝賀会。かびれは盤水先生が若き日に学んだ結社。二次会も声を掛けて下さり、スピーチ。駒ヶ根市の会員9人が参加していて、1人は私と同じ町内の雑貨店、桜屋のおばちゃん(竹入さん)。あと渋谷に出てまたふらふら、ああ……。

 2月12日(木
池田のりをさん「銀化」「慶大俳句丘の会」の毬矢まりえさんと。山崎祐子さん、画家の宮瞳子さんと。オリックス時代の中野さん、井月本のサインを、と来店。有り難し。

2月13日(金)
店、「大倉句会」14人。石寒太氏より電話。7月の隠岐島の俳句大会の選者でと依頼。嬉しいが、店を休むかどうか……。

 2月14日(土)
10時 発行所にて銀漢運営委員会。来年の5周年新年会のことなど。昼「いもや」の海老天。「銀漢本部句会」は麹町区民会館の和室。54人でギュウギュウ詰め。あと「はなの舞」にて親睦会。帰路の電車にて「秋麗」主宰・藤田直子さんとばったり会う。家族は早朝から苗場へスキー。

 2月15日(日)
隠岐島行き決定し、寒太氏に連絡。14時 丸の内「KITTE」6階「十六夜句会」の東京駅吟行に誘われる。14人。新装ドーム、5・6番線ホームに残る開業当時からの鉄柱の飾り、首相遭難碑、北町奉行所跡の碑など。ギャラリーも見応えあり。あと八重洲の料理店「初藤」にて句会と酒盛り。

 2月16日(月)
阪西敦子さん誕生日の集い。今井聖、望月周、日下野由季、村上鞆彦さんなど来て20人程で祝う。発行所「演劇人句会」8人程。国会議員のT先生、井月本読んだ! と。皆川文弘さん「ビッグコミックオリジナル」に俳句の漫画あると。

 2月17日(火)
雪。発行所、鳥居真里子さんの超結社句会「駿の会」。あと店へ6人。店、「俳句」3月号用「俳句で夜遊び、はじめました」で超結社「火の会」の取材で岸本葉子さんと角川のスタッフ。卓田謙一、佐怒賀直美、広渡敬雄、齋藤朝比古、峯尾文世、太田うさぎ、天野小石、阪西敦子さんの面々。

 2月18日(水)
高校同期「三水会」7人。毎月集まっているが、話は尽きない。水内慶太氏より庄内の寒風干しの鮭一本到来。御本人も見える。スライスして皆でいただく。大野田さんと事業部、「井月忌の集い」の打合せ。こしだまほさんの手配で読売新聞3月3日の夕刊にもイベント案内に載ると。「俳壇」3月号の俳壇時評に「秋」主宰・佐怒賀正美さんが2頁にわたり井月本紹介して下さる。

2月19日(木)
「銀漢句会」あと16人。村上鞆彦さんと「俳句界」の山口亜希子、青木美佐子さん。

 2月21日(土)・22日(日)
ヘアメイクの中川さん来宅。カット。4月号の選句。杏、孫、久々来宅。杏、4月出産にて大きなお腹。「白魚火」名誉主宰 仁尾正文氏逝去の報。昨年700号祝賀会にお招き戴いた。

2月23日(月)
金井さんの台湾旅行の土産からすみ。先週は眞理子さんも台湾旅行でからすみの土産。各々特上品! からすみ長者である。「炎環」主宰 石寒太、三輪初子さんなど「毎日俳句大賞受賞式」の帰路寄って下さる。

 2月25日(水)
朝から原稿書き。雑務。店「雛句会」12人。活気あり。今日、「銀漢」へ2名入会。「月の匣」水内慶太、水香さん。5周年記念あと「銀漢亭」で二次会の予約いただく。22時、閉めてまた「ふくの鳥」。

2月28日(土)
「纏句会」つくづく、日本橋界隈の変貌に驚嘆。「与志喜」のビルだけが再開発に入らないと。烏賊のぬた、かますの酒盗焼。鯛の葉桜巻と若筍とあんかけ(桜鯛の題にちなむ)、握り。昔、勤めた会社周辺を歩いてみる。帰宅すると孫の学校仲間の親4家族が来て酒盛りの最中。参加して22時過ぎまで。……ああ、また……

3月

3月1日(日)
4月号の執筆完了!午後、「春耕同人句会」で中野。あと「炙谷」似て親睦会。あと、池内、柚口氏らと「赤ひょうたん」を覗き、「未来図」の守屋、新海、石地、冬馬、央子さんらと合流。

3月2日(月)
郷里の従兄弟、4月の駒ヶ根市議会議員選挙に立候補すると。店、「かささぎ俳句勉強会」あと10人。望月周夫妻。「俳句四季」五月号「一枚の絵」のエッセイ送る。

3月3日(火)
俳人協会賞授賞式あと、受賞者の若井新一、青木亮人さんを朝妻力さんが店へ案内。山田真砂年、佐怒賀直美、しなだしん、櫂未知子、阪西敦子、橋本直、亀割潔、広渡敬雄、池内けい吾、柚口満、松川洋酔さんなど……。帰路、成城駅下車時、足がつる。

3月4日(水)
北村監督、平澤、大野田さん、「井月忌の集い」の打ち合わせ。毎日新聞の鈴木琢磨さん久々。「きさらぎ句会」あと八人。「宙句会」あと七人。終って、大野田、一斗、礼奈と一軒。

 3月7日(土)
島谷高水句集のチェック。18時過ぎ、谷岡さんと下北沢に待ち合わせ。同人・大山かげもとさんの茶苑訪問。お元気!茶師十段の御子息とも。茶の話などお聞きする。近くの甥の宝飾店も覗き挨拶。19時、ザ・スズナリにて会員・田岡美也子さんの出演する劇「バリカンとダイヤ」を観る。あと、洋酔さん他、銀漢メンバーで田岡さん囲み親睦会。23時くらいまで。

3月8日(日)
スクワール麹町にて「井月忌の集い」。200名ほど。あと、近くの居酒屋。あともう一軒。ああ、また……。

3月9日(月)
望月周さんの俳人協会新人賞受賞を祝う会。高木加津子、阪西敦子さん幹事で十四人。

3月10日(火)
島谷高水句集の選句、序文送る。店「火の会」8人。新潟日報の大日方氏、宮通信社長、本井英、土肥あき子さん。

3月11日(水)
発行所、「梶の葉句会」あと、編集部、校正作業。

 3月12日(木)
16時過ぎ、蟇目さんより電話あり、朝妻力さんの奥様逝去と。何と!先日届いた「雲の峰」日録で厳しい状況を知ってはいたが……。店、毎日新聞の鈴木琢磨氏。「天為俳句会」対馬さん他。新海あぐりさん。……閑散。

3月14日(土)
10時、運営委員会。昼、「いもや」の海老天。この頃、胸焼けなし。「銀漢本部句会」52人。あと、「随一望」にて親睦会。

3月15日(日)
終日家。エッセイ二本書く。久々、家族と夕食。春野菜を食べる会とする。独活のキンピラ、山葵の花のおしたし、菜の花のおしたし。うるい、島らっきょ。桜海老、春野菜の天ぷら、鯨のステーキなどなど。












           

          
  
    






今月の季節の写真



2015年5月26日撮影    麦秋     TOKYO/HACHIOJI







花言葉  「富」 「裕福」



写真は4~5日間隔で掲載しています。 
2015/5/28更新


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