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10月号 2024年
伊藤伊那男作品 銀漢今月の目次 銀漢の俳句 盤水俳句・今月の一句 彗星集作品抄 彗星集選評 銀河集・作品抄 綺羅星集・作品抄 銀河集・綺羅星今月の秀句 星雲集・作品抄 星雲集・今月の秀句 伊那男俳句 銀漢の絵はがき 掲示板 主宰日録 今月の写真 俳人協会四賞受賞式 銀漢季語別俳句集 |
伊藤伊那男作品主宰の8句 \ 今月の目次銀漢俳句会/2024/10月号
盤水俳句・今月の一句伊藤伊那男みちのくの噴湯を高く帰燕かな 皆川 盤水
彗星集作品抄伊藤伊那男・選 涙まだ知らぬハンカチ売られけり 深津 博
父と子の会話短き帰省かな 中山 桐里 おのおのの水音を腰に鮎を釣る たなかまさこ 蚊遣香一夜の夢を守るべし 大沼まり子 ハンモック羽化する前の深眠り 白井八十八 陶枕の胡蝶の誘ふ桃源郷 塚本 一夫 夏潮や簎の通電確かむる 小野寺清人 三伏や百草丸を十粒ほど 中山 中 出航へ手渡しで積む西瓜かな 小野寺清人 必衰といへど明るし沙羅の花 堀江 美州 真打のすぐ脱ぐための夏羽織 川島 紬 羅のひと夕闇の匂して 武井まゆみ 海原に月影を漉く十三夜 高橋 透水 瞑目のためのまなぶた夕端居 本庄 康代 争ひつづく鉄砲百合も咲きつづく 堀切 克洋 囚はれし絵島にも似て水中花 堀江 美州 壺に挿す鉄砲百合の我に向く 市川 蘆舟 拭き跡の残る眼鏡や朝曇 保田 貴子 歌垣の山を映して田水湧く 針田 達行 明星へ一歩身を寄せ夕端居 谷岡 健彦
銀河集作品抄伊藤伊那男・選禅院は遊山許さず五月闇 東京 飯田眞理子
一つ二つやがて歓喜の蛍狩 静岡 唐沢 静男 沙羅双樹散つてひと日の花と知る 群馬 柴山つぐ子 紅白の深空の山廬青梅に 東京 杉阪 大和 はんざきのなほ生くる身の独り言 東京 武田 花果 八十年の生命継ぎし敗戦忌 東京 武田 禪次 長湯の頭丸太にあづけ河鹿聞く 埼玉 多田 美記 父の日や遺影へならば言へる謝辞 東京 谷岡 健彦 川床に一過の雨も貴船なれ 神奈川 谷口いづみ 農小屋に油の臭ひ走り梅雨 長野 萩原 空木 雨音を秒針として時計草 東京 堀切 克洋 抱卵の鳰の浮巣に舟の波 東京 松川 洋酔 本抜きし書架のうつろや梅雨寒し 東京 三代川次郎 綺羅星集作品抄 伊藤伊那男・選 垂直に人の立ちたる鮎の川 東京 武井まゆみ
羅を透き通りたる幸不幸 東京 塚本 一夫 病歴は生きてる証花南天 東京 中込 精二 誰一人読めぬ掛物夏座敷 東京 中野 智子 奈良に来て柿の葉鮓を旅はじめ 東京 中村 孝哲 腹割いて寄り目となれる鰺を干す 埼玉 中村 宗男 炎昼の庭石がまん強きかな 東京 松代 展枝 無くなりし町名の文字古団扇 埼玉 森濱 直之 遠雷に戦く卓のグラスかな 東京 小林 美樹 青林檎ペンフレンドの住みし町 千葉 白井 飛露 大顔の昭和のスタア夏の月 愛知 荻野ゆ佑子 炎天やカフスボタンが重すぎる 愛知 山口 輝久 山国の神の小言か青山椒 東京 福永 新祇 喫茶店徐々に日除を伸ばす午後 ムンバイ 辻本 芙紗 短夜や滅びの章へ人類史 千葉 長井 哲 大利根の幅を見せたる出水かな 茨城 中村 湖童 山開神官沓に履きかへて 東京 大溝 妙子 天牛や裸電球吊る屋台 東京 飛鳥 蘭 濁流の爪痕のまま夏来り 東京 有澤 志峯 早苗饗や根曲り竹は鯖缶と 神奈川 有賀 理 絶え間なき行者の唱へ御戸開 東京 飯田 子貢 田植十日立ち直る苗起きぬ苗 山形 生田 武 泣き癖の風鈴の舌啄木歌 埼玉 池田 桐人 百合の香にむせて仏間を開け放つ 東京 市川 蘆舟 ジンに透く止り木の端の熱帯魚 埼玉 伊藤 庄平 どこからもよく見えてゐる金魚鉢 東京 伊藤 政 古書棚の真ん中撓ふ梅雨じめり 神奈川 伊東 岬 その壁に隠し金庫も夏館 東京 今井 麦 蜘蛛の囲や雨後の光を閉ぢこめて 埼玉 今村 昌史 鉄橋は高みを繫ぎ雲の峰 東京 上田 裕 山開巨石の神に触れながら 東京 宇志やまと 麦秋や一軒きりの秩父鍛冶 埼玉 大澤 静子 色褪せし火伏せの護符や登山宿 神奈川 大田 勝行 思ひ出を解いては畳み更衣 東京 大沼まり子 恋蛍あれは真砂女か寂聴か 神奈川 大野 里詩 井月句碑洗うて余す夕立かな 埼玉 大野田井蛙 地玉子の殻真二つ梅雨兆す 東京 大山かげもと 鶏鳴の慌てたるかに明易き 東京 岡城ひとみ 六月の紅茶の底の砂糖かな 宮城 小田島 渚 百日紅継ぐ者のなき島の寺 宮城 小野寺一砂 南風吹く千葉県民の日なりけり 埼玉 小野寺清人 頼りがひある樹に頼むハンモック 和歌山 笠原 祐子 白縮雪に耐へたる軽さかな 東京 梶山かおり あぢさゐと言ひて舌先嚙みにけり 愛媛 片山 一行 綿菓子はいつも夜店の入口に 静岡 金井 硯児 浴衣帯男結びに谷中かな 東京 我部 敬子 青梅の転がつてゐる吉良屋敷 東京 川島秋葉男 草を刈る一軒宿の湯守かな 千葉 川島 紬 大歌舞伎はねて銀座の炎昼へ 神奈川 河村 啓 蟷螂の大鎌むなし鳥の前 愛知 北浦 正弘 ひと匙をさらに加へる砂糖水 長野 北澤 一伯 明易し山の名の付く酒空けて 東京 絹田 稜 空梅雨や田毎日毎の罅の数 東京 柊原 洋征 あぢさゐの昨日は忘れ今日の色 東京 朽木 直 重き腰上ぐるためとて置く団扇 東京 畔柳 海村 降り出して葦の騒げる浮巣かな 東京 小泉 良子 遠雷にはじまる空の亀裂かな 神奈川 こしだまほ 居酒屋の音の大きな扇風機 千葉 小森みゆき 広重の雨は直線さみだるる 東京 小山 蓮子 「ゆ」の煙突消え虚ろなる遠花火 宮城 齊藤 克之 潮風に溺れてゐたる貝風鈴 青森 榊 せい子 山水に浸して歪むラムネ瓶 長崎 坂口 晴子 三伏の門にべたべた千社札 長野 坂下 昭 水中花ときどき泡の吐息らし 群馬 佐藤 栄子 いくつかの傷のありけり青林檎 群馬 佐藤かずえ 山巓の土零し解く登山靴 長野 三溝 恵子 片側は絶壁となるかき氷 東京 島 織布 富士塚の古老の並ぶ山開 東京 島谷 高水 夕立や仁王眼下の雨やどり 兵庫 清水佳壽美 首振れば高音となりぬ祭笛 東京 清水 史恵 日盛の己が影避けよろめきぬ 東京 清水美保子 青林檎千曲の川のさざれ石 埼玉 志村 昌 きぬぎぬの別れつれなき竹婦人 神奈川 白井八十八 祢宜の沓立て掛けてある梅雨晴間 東京 白濱 武子 下北沢 変貌に迷ひて訪ね新茶の香 東京 新谷 房子 祭太鼓雨の予報を吹き飛ばす 大阪 末永理恵子 暮れてなほ窓に都会の熱風来 東京 鈴木 淳子 代参の大山詣で梅雨晴間 東京 鈴木てる緒 梅雨の道竹ことごとく辞儀しをり 群馬 鈴木踏青子 大雨過ぎ鮎の川瀬の濁りなほ 東京 角 佐穂子 白玉や会話途切れて匙の上 千葉 園部あづき 日に干され軽くなりたる竹婦人 神奈川 曽谷 晴子 人見知りして五分咲きの水中花 長野 髙橋 初風 酒蔵の表通りや夏暖簾 東京 高橋 透水 彼のひとと同じ香水行き過ぎし 東京 竹内 洋平 冷蔵庫付箋の数は増え続け 神奈川 田嶋 壺中 羽搏きの揺れを残せる浮巣かな 東京 多田 悦子 玉虫の死んでも光る永久の色 東京 田中 敬子 銭亀の逃ぐる手足の早きこと 東京 田中 道 大鯉の吞みこんでゐる雲の峰 東京 田家 正好 泊火もけぶる湖北の走り梅雨 東京 辻 隆夫 千切れ雲虹のかけらを映しをり 東京 辻本 理恵 その底に静かな阿修羅蟻地獄 愛知 津田 卓 草書から楷書に違へ夏座敷 東京 坪井 研治 色ほどに味の違はぬ氷水 埼玉 戸矢 一斗 梅筵卒塔婆小町の茣蓙かとも 大阪 中島 凌雲 土用波舳先に富士を吊り上げて 神奈川 中野 堯司 梔子の白の衰へ夕さりぬ 東京 中村 藍人 三伏の煎餅布団焦げにけり 長野 中山 中 今年また桐咲き父の忌日の来 千葉 中山 桐里 葉擦れにも驚きやすき鹿の子かな 大阪 西田 鏡子 扇ぐたび蘇州の香る扇子かな 埼玉 萩原 陽里 揚舟に魚の跳ねたる出水あと 東京 橋野 幸彦 風鈴の夜風に鳴りぬ七七日 広島 長谷川明子 微笑みと一心同体さくらんぼ 東京 長谷川千何子 卯波越え渡船は沖の一文字へ 兵庫 播广 義春 入魂の一点一画形代書く 埼玉 半田けい子 懸命に形ありけり毛虫這ふ 埼玉 深津 博 まな板の傷干す梅雨の晴間かな 東京 福原 紅 夏休みテラスの椅子を車座に 東京 星野 淑子 連なれる比良山はるか鳰浮巣 岐阜 堀江 美州 旅ごころ風に託して夕端居 埼玉 本庄 康代 明易の夢に鬼籍の面々と 東京 松浦 宗克 長居詫び友帰りけり釣忍 神奈川 三井 康有 愛憎の薄つぺらなり立版古 神奈川 宮本起代子 遠花火郷愁と云ふ程でなし 東京 村田 郁子 夜店の灯鶴飛び立つか飴細工 東京 村田 重子 明易や一日はまだ下ろしたて 東京 森 羽久衣 じよんがらの撥の激しさ青林檎 千葉 森崎 森平 ひとまはり大きくなりて跣来る 長野 守屋 明 芦ノ湖に蓋をするかに朝曇 東京 保田 貴子 捨て切れぬ性と折り合ひ更衣 東京 矢野 安美 木道の足音に跳ぶ青蛙 群馬 山﨑ちづ子 日の本の祈りの形皐月富士 東京 山下 美佐 かき氷はや原色の舌の色 東京 山田 茜 父よりも叔父の面影サングラス 東京 山元 正規 蓮の葉に座せば仏よ雨蛙 東京 渡辺 花穂 茶摘女の一芯二葉一番茶 埼玉 渡辺 志水
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遠景の鮎の川である。「垂直に人の立ちたる」というそっけない表現がいい。岩魚釣りなどでは川幅も狭く動きも様々となる。この句はまさに鮎の川に他ならない表現。 |
羅なので身体の輪郭が見えるかというとそうではなく、「幸不幸」が透けて見えるという。この着想は見事である。羅の句として歳時記に載せてよい仕上がりではなかろうか。「物」を詠みながら人間の内面に食い込んでいる。 |
確かに病歴があるということはまだ生きている証だ。私の病歴はというと大腸癌、盲腸破裂、胆管癌で、いくつもの切り傷を持つ。この句、取合せの「花南天」が効いているかどうか。理屈が入ってしまうけれど、厄除けの南天(難転)というところから私は納得しているところである。 |
こんなことがよくある。問う機会を失って、わだかまりの消えないまま座敷を辞去する。開放的な夏座敷だからこそ面白く感じられるように思う。同時出句の〈夏来る回転ドアの向かうから〉は溌溂とした気持良い詠みぶりである。 |
柿の葉鮓は吉野の名物。塩漬の鯖や鮭を薄切りにして飯と共に柿の葉に包んだもので、熟れ鮓の名残がある。やはりこの地で食べるのが一番だ。「旅はじめ」がいい。昔は濃い塩漬だったので薄切りにしたのだろうが、今も包む魚が薄いことが私は残念である。 |
確かに鰺の開きは目と目の間が狭く感じられるようだ。この句を見て初めて気が付いたのであり、この作者が発見者である。こういう日常生活の中で新しい発見をする好奇心が俳句にとって最も必要なものである。 |
実に面白い句だ。自由な発想がいい。「がまん(我慢)」という言葉は人間の世界で通用するものだが、それを庭石に持ち込んで、しかも読み手を納得させてしまうのだから、手腕の高さと言ってよかろう。炎昼の庭石を見る度に思い出す句になるだろう、と思う。 |
少子化の影響もあり市町村合併などで古い町名が消えていく。少し前の団扇に残る町名はもう存在しないという。古団扇からそんなことが読み取れるのが面白い。ちなみに明治五年の日本の人口は約三千万であるから、その後百五十年の間に四倍に増えているのである。 |
子供の頃、怖いものといえば「地震・雷・火事・親父」と言った。親父の権威は地に堕ちたが、他は依然として怖い。テーブルのグラスががたがたと鳴って戦慄しているようだと擬人化しているが、実は作者自身が一番戦いている。 |
ここ数十年の間の林檎の品種改良は著しく、昔の青林檎の存在はすっかり薄れてしまったようだ。子供の頃、夏に出荷される青林檎は酸っぱくて瑞々しく鮮烈で、青春の象徴のようであった。この句のペンフレンドなどというのもすっかり過去のものである。行ったことも会ったこともない友人を想像して手紙を書いたことを懐かしく思い出した。 |
確かに昭和の映画界には大顔で輪郭がはっきりとした名優がいたことを思い出す。市川右太衛門、長谷川一夫、三船敏郎、勝新太郎、石原裕次郎……。時代によって好みに変化が出るものだ。「夏の月」のあっけらかんとした影の無さがぴったりと合っている。 |
我々の世代は真夏にも長袖のワイシャツにネクタイをしていたものだ。その頃にも夏の気温は異常な兆しがあったが、世の中の慣行を破ることは難しかったものだ。句にあるカフスボタンは決して重いものではないが、重く感じるというところが非凡な感覚の冴えである。 |
小粒なのに辛さと痺れを伴う青山椒を「神の小言」と捉えたのは出色の表現である。本意の把握が的確であった。 |
その他印象深かった句を次に
伊藤伊那男・選
「風の音」が主語。目には見えないけれど風鈴にぶつかることによって音を生じ、その存在が人に伝わる。「散らばる」の措辞によって居合わせた全員にその音が認識された、ということになる。写生俳句の骨法を遵守している。 |
極めてきな臭い国際情勢が続いている。俳句は自然や個人生活を詠む文芸形式なので、政治経済を詠むことには向いていない。このため夏炉冬扇の文芸のように見えるのだが、実は確実に世情の影響は受けている。この句などはそうした影響下の句といえよう。鉄砲百合という名を持っているのだから戦争へではなく、平和への号砲として咲いてほしい、という願いである。直喩ではなく花に仮託した隠喩法を取ったので人の心を打つのである。 |
子供の頃、縁日で売られるラムネやサイダーに目が行ったものだ。父や母は買ってはくれたが一緒に飲んだ記憶は薄い。自分が親になってみるとやはり同じことをしているのである。そうした世代の繰返しを捉えた所が面白い。 |
この句の妻は生きている妻か、死んでいる妻か、それによって味わいも違ってくるようだ。私の場合は、妻が死んでいるので黄泉国から呼ばれたのかな、という解釈に傾く。一方、生きている妻だとまた日常の小競り合いが始まるのかな、という別の面白さも生じるのである。 |
尺蠖がついに木の枝の天辺に来て、行き場に戸惑っているのである。立ち上がって思案をする。尺蠖の生態をきちんと捉えているのである。このように一物仕立で捉えると、人間の行動にも重なって、人にもこのようなことがある、という暗喩が生じるものである。 |
「西日」という季語をよく理解している句である。潮だまりへの投影だけを捉えているのだが、やり切れない暑さや、一抹の淋しさが窺われるのである。 |
手鏡に映る浴衣という構図の面白い句である。夕日とあるから、宵祭にでも出掛ける直前の髪を直している場面なのであろうか。そんな生き生きとした一景である。 |
「妣」(ひ・はは)は死んだ母のこと。ちなみに死んだ父は「考」。「あっぱっぱ」は大正末期から主に関西で広まった簡単服。結局自分も死んだ母と同じ年を迎えて、同じようにあっぱっぱを着ている。少しおかし味を持って母を偲ぶ味わい。 |
シベリア抑留の人の体験談を聞いたことがある。それは悲惨な内容であった。その生活を懐かしむことがあるのか?昨年大阪で居酒屋に入ったがその店名は「クラスノ」といい、店主が抑留されていたヤルスクラスノという土地の名だという。それ以上の艱難はないということで店名に付けたそうだ。そのように体験を梃子に生き抜いた人々もいたのだ。戦争にまつわる思い出は複雑なものである。 |
ほほえましい風景である。幼少期に通った甘味店で旧友と待ち合わせる。話が弾むことであろう。 |
虎が雨は曾我兄弟の兄十郎の恋人虎御前が五月二十八日の命日に流す涙が雨になった、というもの。「打明け話」の取合せに事件の真相などを想像させる仕掛けがある |
「かわらけ投げ」は戦国時代、武将が戦勝を祈願して酒盃を地に投げて出陣したことが起源だという。万緑の季語が景色を大きくしており「気合」の納め方が決まっている。 |
夏の蝶をよく観察している。羽搏くというのはすなわち自らに風を送ることだという。力を蓄え、加熱を防ぐことだという。夏蝶の気力の源泉に迫った表現である。 |
伊那男俳句 自句自解(105) 学成り難し聖堂の楷芽吹く
「楷書」という点画を崩さない書き方があるが、中国では楷は「模範の木」といわれ、儒学の精神を象徴する樹木である。御茶の水の湯島聖堂には孔子像の傍に楷樹が植えられている。もともと湯島聖堂は徳川五代将軍綱吉によって建てられた孔子廟で、のちに林羅山の私邸にあった学問所が移転して幕府直轄の教育機関になったものである。日本の学校教育発祥の地とされる。この「昌平坂学問所」は今の東京医科歯科大学のキャンパスになっている。湯島聖堂は娘達の受験の折に祈願し、鉛筆を手に入れた思い出がある。幕末に伊那谷を漂泊した井上井月は当代一の硯学佐藤一斎の教えを受けたと言うが、学問所の名簿にはその名は残っていない。私塾で接したのであろうか……。振り返ってみると私などは勉学に対して本気で闘った記憶が無い。今頃になって向学心が湧いてきているが、七十五であるからあまりに遅すぎる。楷は芽吹き時であるが、光陰人を待たずである。 鷹鳩と化し浅草に豆拾ふ
「鷹化して鳩となる」は中国・宣明暦の七十二候の一つで、今の暦の三月十六日から二十日頃に当たる。猛禽類の鷹も春の穏やかな気候になると温和な鳩に変身してしまうという空想的な季語である。七十二候には他にも「田鼠化して鶉となる」「腐草蛍となる」「雀蛤となる」など、変身する季語があり、俳句に少し馴染むと詠んでみたくなる文人好みの季語である。こういう空想的な季語は思い切り現実的な「物」を取り合わせるのが効果的である。私は浅草が好きで暇があると出掛けたものだ。昼から酒を飲んでも全く罪悪感を感じることのない町なのである。行けばやはり浅草寺をお参りするし、嫌でも境内を横切ることとなる。人馴れのした鳩が屯している。そんな風景を組み合わせてこの句を思い付いたのであった。「浅草に豆拾ふ」……これはいい閃きではないか! と神谷バーで電気ブランのグラスを並べて頬を緩めたのであった。若い頃からの休日の一景である。 |
7月 7月23日(火) 6時起。昨夜もトイレに起きること無く。1時間入浴。朝食後、1時間半入浴。11時、宿を出る。猛暑! 身延線で富士宮駅に出て、富士山本宮浅間神社、湧玉池を拝す。「静岡県富士山世界遺産センター」を見学。富士駅、小田原駅経由で19時、帰宅。昼食食べそびれて車中、ハーゲンダッツのアイスクリームとオロナミンC。さすがに湯疲れあり。2泊3日で計8回、12時間半の入浴であった。 7月24日(水) 旅先で考えていたエッセイ一本まとめる。8句会ほどの選句。梅干を干し始める。土用干し。到来の巾着茄子10数個を焼茄子に。10個ほどを塩漬に。 7月25日(木) 終日家。「銀漢」誌の選句、なかなか進まず。少し気怠い1日。 7月26日(金) 実に久々、農家の野菜を買いに。自転車で。モロヘイヤ、いんげん、甘辛唐辛子。戻って下処理。「NHK俳句」8月号の巻頭名句に拙句〈阿弖流為を内から照らし大ねぶた〉があり、カラー頁で実に贅沢! 井上弘美さんに感謝。莉子、韓国旅行から戻り、月末はパリへ。幼稚園からの仲間、尾崎野乃香さん、レスリング68キロ級でオリンピック出場の応援と。 7月27日(土) 11時、日本橋の「日本料理 吉」にて「纏句会」。9人。戻って「銀漢」選句。 7月28日(日) 猛暑のためか選句、遅々として進まず。ついつい昼寝など。梅の土用干し、終える。3キロ。色合いもよく上々の仕上がり。 7月29日(月) 朝、農家で、甘唐辛子、モロヘイヤ、茄子、トマトなどを買い出し。茄子は丸のまま炒めて煮浸しに。高橋透水句集『水の音』上梓(「北辰社」)。 7月30日(火) 萩原空木さんより、小学校の恩師、新井先生逝去の知らせあり。97歳と。「銀漢」9月号の選句選評始める。西瓜、桃、トマトなどが食事の中心。ヘアメイクの中川さんに髪、短く切って貰う。 7月31日(水) 今日も家籠り。彗星集の選句、選評を終えて投函。今月の仕事全て終了。少しぐすぐずしたけれど。 8月 8月1日(木) 今日で抗癌剤服用11回目終了。手が空いたので井上井月句集の分析。10時、加々美先生の整体。信州の従兄より電話あり。 8月2日(金) 数句会の選句。松川洋酔さんより電話あり。このところ、西瓜、桃、素麵など。井月俳句の地名句の分類作業。 8月5日(月) 10日ほど家に籠っていたが、今日は銀行、郵便局、証券会社など。日経平均4,000円の急落。思いついて特別展「神護寺―空海と真言密教のはじまり」を見ようと上野の東京国立博物館に行くと月曜日で休館日。実に迂闊。女子レスリングの尾崎野乃香さん、残念ながら2回戦で敗退。 8月6日(火) 「銀漢」9月号の校正作業終日。 8月7日(水) 夜中、敗者復活戦で勝った女子レスリングの尾崎野乃香さん、3位決定戦で銅メダル獲得! 応援席に莉子が居て、度々テレビに映っている。愛育幼稚園、成城学園と中学までの同期生。「銀漢」10月号のエッセイ等、担当者宛て投函。農家へ野菜の仕入れ。 8月8日(木) 作句。茄子と甘唐辛子の炊合せ。ジャガ芋とベーコン炒めなど。黄金桃というのが旨い。西瓜も。 8月9日(金) 今日から20回目の抗癌剤服用へ。午後、北村皆雄監督の事務所。平沢、大野田さんも集合。来年からの、井上井月俳句大会の運営について伊那市の意向の確認を受け、事務についての打合せ。あと新宿の「珈穂音(かぽね)」。帰路、厚木あたり震源の地震あったとて、小田急線が経堂駅で停車。結局、新宿から2時間かかって帰宅となる。読書の時間とはなったが……。 8月10日(土) 井上井月に 鰈、西瓜、黄金桃。 8月11日(日) 莉子パリから戻る。冬瓜汁。胡瓜と人参の浅漬。 8月12日(月) 農家。モロヘイヤ沢山。他に甘唐、ネギ、玉葱、ジャガ芋、茗荷など入手。 8月13日(火) 今日も家居。数句会の選句。茹蒟蒻がうまい。雑誌の切抜き、エッセイ本など読みつつ、転寝。このところやや自堕落に過す。娘は「それでいいのよ、もうのんびり暮らしていい年なのよ」と言うが……。 8月14日(水) 久々、仏壇の清掃。「銀漢」10月号の選句。台風7号接近にて、16日の東海道新幹線は終日休止と。8人で動く予定だったので幹事のいづみさん大変。 8月15日(木) 朝、新宿駅に行き、今夜発の新幹線に買い替え。京都行きの仲間、井蛙、清人、まほ、政、小石さんは今日の内に京都へ。西田さんは山口からなので問題なし。私といづみさんが「銀漢句会」の選句だけして追うことに。宿も河原町に取れたと。18時、麴町会館の「銀漢句会」に寄り、皆さんの顔を見て、20時前の新幹線にて京都へ。22時半、「R&Bホテル四条河原町」に投宿。仲間は祇園に繰り出しているというが、私は部屋でくつろぐ。 8月16日(金) 五時起。朝の散歩。四条大橋のたもとの「ドトール」でレタスドックとミルクティーの朝食。歩いて大谷墓地の妻の実家の墓参。妻の分骨先の大谷祖廟墓参。10時前、「ハートンホテル京都」。清人、政、まほ、大阪の理恵、鏡子さん合流。「出町桝形商店街」にある「満寿形屋」に少々並び、「鯖寿しきつねうどんセット」の昼食。あと近くの織田信長の首塚があると言われている阿弥陀寺へ。最近は知られるようになったようで、ついに拝観料500円を取るようになった。とにかく暑い。墓石も熱い。少々の距離ながら梨木神社までの炎暑で皆へとへと。神社の休み処で畳の間に寝転んでしまう。御所の中でもすぐベンチへ座り込む。17時半、浄土宗大本山清浄華院に入る。私の幼馴染みの飯田実雄氏が法主。中島凌雲、西田有希子さん合流。18時から、シンガーソングライター・左合井マリ子さんのコンサート。19時から大施餓鬼の法要。20時から大文字を拝見。火灯窓からの眺めが実に佳し。しみじみと拝す。あと夷川通りの「夷川燕楽」にて親睦会。「ハートンホテル京都」泊。 8月17日(土) 10時、8人乗のレンタカーにて近江に向かう。清人さんの運転。高島町の白髭神社。鵜川四十八石仏、安曇川沿いに朽木へ入る。鯖寿司、うどんなどの昼食を取り、鯖街道沿いの興聖寺参詣。住職からねんごろな説明を受ける。私は40数年振りの再訪。足利義晴が戦火を逃れて3年程幕府を移した地。 大原経由で京都へ戻り、「相鉄フレッサイン京都四条烏丸」に荷を置いて壬生の「京・寿司おおきに」。清人さんの兄上、仙台で弁護士をしている信一さんの御子息の奥様の実家。2階を借りる。御子息は「銀漢」会員の小野寺凱風さん。氏のギター伴奏で全員1曲ずつ歌う。5句出し句会も。 |
△藤袴 フジバカマはキク科フジバカナ属の多年草で、秋に紫やピンクの小さな花を咲かせます。 日本の秋の七草の一つとして知られ、その名前は「藤の袴を着たような花」という意味から由来しています。日本各地の野原や山地に自生し、秋の風物詩として親しまれています。 奈良時代に中国から日本に渡来し、野生化したといわれています。今では河原や池のほとりなどの水辺を好んで自生します。 しかし、フジバカマは現在では国のレッドデータブックで準絶滅危惧種(NT)、京都では絶滅寸前種にも指定されています。 |