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6月号  2023年



伊藤伊那男作品     銀漢今月の目次  銀漢の俳句 盤水俳句・今月の一句   
 彗星集作品抄    彗星集選評  銀漢賞銀河集・作品抄  綺羅星集・作品抄
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銀漢の絵はがき 掲示板   主宰日録  今月の写真   俳人協会四賞受賞式
銀漢季語別俳句集


伊藤伊那男作品


主宰の8句













        
             

                        

    

今月の目次









銀漢俳句会/2023/6月号














   


 











銀漢の俳句 

伊藤伊那男 

◎再び滋賀県のこと
 
 私が滋賀県を好きなことが伝わって、毎日新聞の「俳句てふてふ」担当の今井竜さんから声を掛けて頂き、日本橋のアンテナショップで「俳句てふてふ×ここ滋賀」句会を二ヶ月に一度開いている。
滋賀県との縁で思い出すのは信州の高校生の頃、友人の家に遊びに行った時、夕食の父上の膳の上に見慣れない一皿があり「食べてみろ」と言う。それは未知の味であったが「うまい」と思った。鮒鮓であった。父上は滋賀県生れの人だったのだ。十七歳の頃鮒鮓を通じて幽かに滋賀県との出合いが始まっていたのであった。
 最初に滋賀県に行ったのは学生時代、茶道会に入っていて夏の合宿で信楽焼の窯元に二日ほど泊まり込んで茶碗を作った時であった。聖武天皇の信楽宮(紫香楽宮)跡もその時訪ねている。大学を卒業して野村證券に入社、幸運なことに京都支店に配属された。当時滋賀県には支店がなく、京都支店の営業圏内であった。そんなことから仕事絡みで訪ねることがあったし、休日に遊びに行くこともあった。場所の記憶は無いが、海水浴ならぬ湖水浴に行ったこともあった。彦根城は社内旅行の途中の観光で寄った記憶がある。
二十五歳で京都生れの妻と結婚し、盆と正月は京都の妻の実家で過ごすことが多かった。まだ俳句を始めていなかったが、歴史が好きであったから滋賀県の渡来人の足跡を訪ねたりしたものである。それが昂じて韓国の慶州・扶余の歴史の旅などに出掛けたものである。歴史好きといっても全くの素人なので、行き当たりばったりで、全く実証的ではなく情緒的である。
三十代の初めに俳句を始め、しばらくして森澄雄の近江の俳句を知り懐かしさを覚えた。おおいに刺激を受け、今までとは違う目で滋賀県の風景を見るようにもなった。行けば飲食をする。鮒鮓、諸子、氷魚(ひお)、琵琶鱒、(いさざ)などの湖魚。赤蕪、赤蒟蒻。鯖そうめん。極め付きは鴨鍋ということになろうか。鴨はここ六、七年毎年長浜に食べに寄る。一冬に二度行くこともある。
 さて私は俳句を頭だけで作っていると、いつの日か、行き詰まるのではないかと思っている。見たものを詠め、感情は入れなくていい、と言われて育った。私にはそれが合っていたように思う。パスカルは「人間は考える葦である」と言ったが、私はそれをもじって「考える脚」と言っている。脚で俳句を作ることが私の基本である。そのように歩き廻っているが飽きることが無い。特にこの土地が日本史の各時代でいつも交差点に位置しているからかもしれない。近江は歴史がミルフィーユのように層を成しているのである。











 



  

盤水俳句・今月の一句

伊藤伊那男 


北京青空天秤棒の西瓜売          皆川 盤水


五月号で〈長城は天馬のごとし青胡桃〉を取り上げた。私も同じ頃中国を旅している。八達嶺にも登った。北京では掲出句のような風景を目にした。近郷の農家が早朝から荷車を曳いて街に入り、路傍に西瓜を山ほど積み上げて売る。街中が西瓜一色の風景であった。「天秤棒」というのもその頃の北京の一景である。あれから三十年ほどが経ったのだが、怒濤の経済成長を遂げた北京だから風景は一変していることであろう。(平成四年作『曉紅』所収)


  




 





彗星集作品抄
  伊藤伊那男・選

 何かしら失せし気のする雛納め        長谷川千何子
 貝寄風や灘より出でし下り酒         塚本 一夫
 けふの酒治聾酒と言ひ許さるる        北川 京子
 針供養足踏みミシン今も尚          田中  道
 涅槃会の雨や歎きを流すほど         渡辺 花穂
 三寒の小路四温の大通り           白井 飛露
 弁慶のごとき豆腐も針供養          絹田  稜
 初蝶や老境になほ志             池田 桐人
 出郷を(けしか)くる如春一番             坂下  昭
 春の鴨堰まで流れまた戻る          塩田佐喜子
 桃の花活けて女系の家守る          長谷川千何子
 亀鳴くや儲け話は水の泡           三井 康有
 梅若の涙雨なり桜餅             島谷 高水
 パイプ椅子軋み残して卒業す         上野 三歩
 釣銭は賽銭箱へ苗木市            山室 樹一
 涅槃図の裾は畳に曲がりけり         川島  紬
 国分寺跡を眼下に揚ひばり          杉阪 大和
 師を仰ぐ青き眉根や卒業歌          大野 里詩
 春風や母の両手に子の一歩          福原  紅
 余寒なほ軋みて膝の蝶番           岡城ひとみ


  






     









    
     

彗星集 選評 伊藤伊那男

伊藤伊那男・選

何かしら失せし気のする雛納め        長谷川千何子
時代の変化もあって今は内裏雛だけを飾ることが主流になったが、私の育った頃の旧家では三人官女、五人囃子、白丁や牛車まで揃えていたものだ。飾るのも大変、納めるのも一仕事であった。今でさえ冠や太刀、扇子その他細かな装具があり、どこかに紛れ込んでしまうことがある。かなり神経を使って納めてみたものの、何かを納め忘れているのではないかと心配になる。そんな心理が出ている句だ。古来家を守る主婦はそんな心配をし続けてきたのである。 

  
貝寄風や灘より出でし下り酒         塚本 一夫
古来奈良諸白といって奈良が酒の主産地であったが、江戸期に船運に便利な灘が取って代った。吉野杉の樽に入れて江戸に送った酒は下り物と言って珍重されたのである。ちなみに江戸の地物は「下(くだ)らない」ということになる。貝寄風は涅槃会の頃浜辺へ貝を吹き寄せる西風。うまい取合せである。

 
 けふの酒治聾酒と言ひ許さるる       北川 京子
立春から第五の(つちのえ)の日を春社(しゅんしゃ)と呼ぶが、この日に酒を飲むと(つんぼ)が直るとされた。耳の悪かった村上鬼城の〈治聾酒の酔ふほどもなくさめにけり〉が知られている。掲出句は日頃酒を禁じられているか、制限されている作者が、今日ばかりは耳に効く薬なのだからと訴えて許されたという。ささやかな、少し苦味を伴った酒である。 
 
  
針供養足踏みミシン今も尚          田中  道
 これも時代の変遷ということになるが、一昔前はどこの家にも足踏みミシンがあって活躍していたものである。今、吾が家には無い。次女の家にも無い。衣類が綻びたら棄てて買い替える時代なのである。だが今の繁栄がずっと続くのかどうか……。「足踏みミシン今も尚」が健全な生活態度なのではないか、と思う。あの軽快な音が懐しい。

  
涅槃会の雨や歎きを流すほど         渡辺 花穂
涅槃会は釈迦入滅の日で、今は三月十五日に行われることが多い。涅槃図は衆生はおろか鳥獣虫魚までが歎きの涙の中にあるのだが、この句ではそれにも勝るほどの雨が降っていたという。天も泣いていたのであろうか。 

  
三寒の小路四温の大通り           白井 飛露
三日ほど寒い日が続くとその後四日ほど温かい日が続くという大陸性気候で、日本にもある気象現象。冬の季語である。この句では家が密集し道幅の狭い小路は「三寒」で、日当りのいい大通りは「四温」だという。大陸と違って日本ではさほど厳密ではない気象現象なので、このような心象的な季語の使い方があってもいいだろうと思う。 

  
弁慶のごとき豆腐も針供養          絹田  稜
弁慶の立往生のような針供養の台座。先ず先ずの比喩。 

  
初蝶や老境になほ志             池田 桐人
 年を取っても志、がいい。「初蝶」の取合せで決った。

  
出郷を(けしか)くる如春一番             坂下  昭
 私もそのようにして東京に出た。「嗾くる」が実感。

  
春の鴨堰まで流れまた戻る          塩田佐喜子
 残り鴨の生態である。帰りそびれて何を思うのか……。

  
桃の花活けて女系の家守る          長谷川千何子
何がなんでも男子の時代ではない。「桃の花」がいい。 

  
亀鳴くや儲け話は水の泡           三井 康有
 「亀鳴く」だから生き残った句。世の中はこんなもの。

  
梅若の涙雨なり桜餅             島谷 高水
隅田が舞台だからこその桜餅。「涙雨」が効いている。 

  
パイプ椅子軋み残して卒業す         上野 三歩
体育館が式場に仕立てられた卒業式。写生句の良さ。 

  
釣銭は賽銭箱へ苗木市            山室 樹一
 神社か寺の境内を借りた苗木市の様子が如実である。

涅槃図の裾は畳に曲がりけり         川島  紬
大きな涅槃図。「裾は畳に及びけり」位でもよいか。 

  
国分寺跡を眼下に揚ひばり          杉阪 大和
 国分寺跡の舞台設定がいい。歴史の情緒がうまく絡んだ。

  
師を仰ぐ青き眉根や卒業歌          大野 里詩
  「青き眉根」が清潔。瑞々しく描いた卒業式である。

  
春風や母の両手に子の一歩          福原  紅

 公園の芝生で遊ばせている一景か。子育ての大事な場面。

  
余寒なほ軋みて膝の蝶番           岡城ひとみ
 年を取ると春の寒さの方が身に入みるものだ。


 





 









銀河集作品抄

伊藤伊那男・選

花街の灯を恋ふ亀の鳴きたるか     東京 飯田眞理子
絵踏に生きてビードロを鳴らし売る   静岡 唐沢 静男
囀ややうやく窓を開け放つ       群馬 柴山つぐ子
元寇の遺跡も古りて黄砂来る      東京 杉阪 大和
闘病の日記で終はる梅見月       東京 武田 花果
忍性の仏の道ぞ風光る         東京 武田 禪次
ひと摑みにはとり小屋に豆を撒く    埼玉 多田 美記
投了のさまにペン置く大試験      東京 谷岡 健彦
うぐひす笛宿の夕餉を待ついとま    神奈川谷口いづみ
まだ果てぬ野火は血すぢに似たるもの  長野 萩原 空木
恋猫の闇の中より父帰る        東京 堀切 克洋
亀鳴くや三面鏡にゐる自分       東京 松川 洋酔
新たなる戦前かとや亀の鳴く      東京 三代川次郎












         





綺羅星集作品抄

伊藤伊那男・選

亀鳴くや富士の消えたる富士見坂    東京  柊原 洋征
大欠伸して亀鳴くを聞き逃す      東京  小山 蓮子
乙姫を太郎を恋うて亀鳴けり      東京  武井まゆみ
亀鳴くや何時止めやうか耳掃除     東京  生田  武
蒟蒻の受難の日なり針供養       東京  沼田 有希
黄砂降る消えし都のかけらとも     東京  山下 美佐
霞食ふ術の一つも古稀なれば      東京  朽木  直
魚は氷に上り人魚は銅像に       東京  今井  麦
青春の門のかの町霾ぐもり       埼玉  戸矢 一斗
家計簿は自分史に似て納税期      東京  鈴木てる緒
光待つ音の確かに種袋         東京  竹内 洋平
国生みの島の若布の届きけり      大阪  西田 鏡子
霾や神獣鏡にある曇り         大阪  中島 凌雲
虫穴を出でて不運の鶏舎かな      埼玉  池田 桐人
落し穴のごとき故郷の雪間かな     宮城  小田島 渚
御決りの式辞にも泣き卒業す      長野  坂下  昭
名も知らぬ遠き浜より浅蜊来る     長野  中山  中

押印のまたも傾く鳥曇         東京  飛鳥  蘭
暖かき部屋となりたる雛の段      宮城  有賀 稲香
草萌や大地讃ふる土踏まず       東京  有澤 志峯
陸奥の判官贔屓黄砂来る        神奈川 有賀  理
あさぢふの足跡ごとの春の水      東京  飯田 子貢
薄氷に残る昨夜の風の皺        東京  市川 蘆舟
土筆摘む勿来の関所破りして      埼玉  伊藤 庄平
まだ空地ありし谷中の初音かな     東京  伊藤  政
八景の霞に浮かぶ一帆かな       神奈川 伊東  岬
謡ひつつ五人囃子を納めけり      埼玉  今村 昌史
さへづりと鳩の小声も云ふべしや    東京  上田  裕
獣らの夜をかきまぜ遠雪崩       東京  宇志やまと
門灯におぼろの暗さありにけり     埼玉  大澤 静子
湧水の弧が弧を描き春きざす      東京  大住 光汪
ルーブルの名画は裸うららけし     神奈川 大田 勝行
まづ咲きしものより震へ花辛夷     東京  大沼まり子
老いてこそ見えて来るもの梅真白    神奈川 大野 里詩
潮騒にひと日を預け磯遊        埼玉  大野田井蛙
竜天にのぼるとみせて天井に      東京  大溝 妙子
犬ふぐり妻締め呉れぬ靴の紐      東京  大山かげもと
山焼の二番手が持つ火消棒       東京  岡城ひとみ
洞のある大樹なりけり桜咲く      東京  小川 夏葉
三寒の父と四温の母御座す       愛知  荻野ゆ佑子
磯着干す庭に目白の小昼かな      宮城  小野寺一砂
畳目を合はせ炬燵を塞ぎけり      埼玉  小野寺清人
南朝の末に祭られ内裏雛        和歌山 笠原 祐子
梅三分あるかなきかの香を探す     東京  梶山かおり
遠くからいくさのこゑが冴えかへる   愛媛  片山 一行
井戸水の桶より溢れ春兆す       静岡  金井 硯児
地球儀の北極海の春埃         東京  我部 敬子
じやれ来る子猫の爪の侮れず      東京  川島秋葉男
啓蟄や馬塞を補修の五寸釘       千葉  川島  紬
杉の花盛り煌めく東照宮        神奈川 河村  啓
幾万の馬酔木の壺に鳥の嘴       愛知  北浦 正弘
刈上げの頭より入る大試験       長野  北澤 一伯
鶯笛家に帰りてそつと吹く       東京  絹田 稜
胸中に小さき隠沼亀鳴くか       神奈川 久坂衣里子
赤貝の面子のやうに打たれけり     東京  畔柳 海村
髪重き市松人形冴返る         東京  小泉 良子
もののみな潤んで見ゆる春隣      神奈川 こしだまほ
龍天に登りひかりを宿す雨       東京  小林 美樹
春寒や脳裡に残る海の修羅       宮城  齊藤 克之
海へ出る力鎮めて雪解川        青森  榊 せい子
亀鳴くや追伸ほどの遺言書       長崎  坂口 晴子
三叉路に長話して卒業子        群馬  佐藤 栄子
ふたつ買ひひとつは母に桜餅      群馬  佐藤かずえ
校門は城の門なり卒業歌        長野  三溝 恵子
鷹鳩と化して楼門占めゐたり      広島  塩田佐喜子
連翹の黄の塊を目でほぐす       東京  島  織布
水温むスワンボートの並びゐし     東京  島谷 高水
声と声投げ合ひながら葺替す      兵庫  清水佳壽美
おとなしく膝を揃へて雛の客      東京  清水 史恵
あたたかや鴉の声のゆるびをり     東京  清水美保子
曇天を惜しむ河津の桜かな       埼玉  志村  昌
七回忌あとは曖昧辛夷咲く       千葉  白井 飛露
肩書の取れて撫で肩揚雲雀       神奈川 白井八十八
麟祥院・春日局
卵塔の大姉は春日まとひけり      東京  白濱 武子
草芽吹く雀の声の良く響き       東京  新谷 房子
鬼ごつこ時に春風加はりて       大阪  末永理恵子
早春の動き始めは水車から       東京  鈴木 淳子
球音のかん高くなり春動く       群馬  鈴木踏青子
あえかなる雛菓子の色手に受くる    東京  角 佐穂子
海峡の渦の高ぶり鳥帰る        東京  瀬戸 紀恵
草萌ゆるままごとの客正座して     神奈川 曽谷 晴子
目刺焼くめつきりと酒弱くなり     長野  髙橋 初風
春温し旅行鞄に羽生える        東京  高橋 透水
干さるるもさより光を失はず      神奈川 田嶋 壺中
蕗の薹水車はひかり湧くところ     東京  多田 悦子
飛び立てば春の光となる雀       東京  立崎ひかり
待ち人を待つ間慰む朧月        東京  田中 敬子
探梅や硬き切符も懐かしく       東京  田中  道
亀鳴くと聴けば確かにその気配     東京  田家 正好
亀鳴くやかつて本所に七不思議     東京  塚本 一夫
探しもの見つけたやうな梅日和     東京  辻  隆夫
霾ぐもり眼鏡のくもりやもしれぬ    東京  辻本 芙紗
薄氷の下に流るる水の影        東京  辻本 理恵
ちちははの旅行アルバム春炬燵     愛知  津田 卓
水占の魚氷に上る御籤かな       東京  坪井 研治
うららかや男の浸かる美人の湯     千葉  長井 哲
真魚始なれば尺余の桜鯛        神奈川 中野 堯司
二人居にそれぞれの春ともしけり    東京  中野 智子
初雷に外出をする本の虫        東京  中村 孝哲
雛人形嫁ぎたる子にどこか似て     茨城  中村 湖童
注ぎ足しの茶に暇乞ひ春の雪      埼玉  中村 宗男
大寺に未完の龍や春の雷        東京  中村 藍人
故郷まであと駅ふたつ辛夷咲く     千葉  中山 桐里

湖(うみ)の黙田螺は蓋を開けて鳴く   埼玉  萩原 陽里
目を凝らす検眼表に春動く       東京  橋野 幸彦
春来る建て付け悪き戸を開けて     広島  長谷川鹿の子
ふるさとに縁者減りゆき白木蓮     東京  長谷川千何子
大椋の樹皮捲れたる二月かな      兵庫  播广 義春
どこよりも日永の似合ふ古本屋     埼玉  深津  博
梅が香を目で摑みきる仁王像      東京  福永 新祇
古書店に立ち寄りもして日永かな    東京  福原  紅
花樒仰ぐ寺領と言ふ暗さ        東京  星野 淑子
琴の音に初春の夢託しをり       東京  保谷 政孝
ふらここや伊吹の臍を蹴り上げて    岐阜  堀江 美州
竜天に登りて外す天気予報       埼玉  本庄 康代
映画館出て春日をまぶしめり      東京  松浦 宗克
つちふるや影絵の如き座礁船      東京  松代 展枝
春炬燵無聊を託つ昼下り        神奈川 三井 康有
沈丁や筋金入りの香を放つ       東京  宮内 孝子
紙雛とて毛氈に鎮座せり        神奈川 宮本 起代
会ひ難き人に会ひたる春の夢      東京  村田 郁子
鷹鳩と化して渋谷の雑踏に       東京  村田 重子
追伸にけふ初蝶を見しことを      東京  森 羽久衣
啓蟄や納屋に軋める蝶番        千葉  森崎 森平
北窓を開き切りとる蔵王かな      埼玉  森濱 直之
はるかなり天竜河畔の下駄の春     長野  守屋 明
乗込の鮒鎮まらず魚籠の中       東京  矢野 安美
警策の一打や堂宇冴返る        愛知  山口 輝久
浅間嶺を称ふる校歌卒業す       群馬  山﨑ちづ子
たらの芽やふるさと少し近くして    東京  山田 茜
連凧の空を撓むる重さかな       東京  山元 正規
梅仰ぐ余白のやうな青き空       愛媛  脇 行雲
竜天にのぼる徐福は紀の国に      東京  渡辺 花穂
撫牛の患部の光る梅日和        埼玉  渡辺 志水



















     





銀河集・綺羅星今月の秀句


伊藤伊那男・選

神の庭亀卜のがれし亀の鳴く         飯田眞理子
亀鳴くや富士の消えたる富士見坂       柊原 洋征
大欠伸して亀鳴くを聞き逃す         小山 蓮子
乙姫を太郎を恋うて亀鳴けり         武井まゆみ
亀鳴くや何時止めやうか耳掃除        生田  武
「亀鳴く」の面白い句が沢山あった。藤原為家の〈河越しのみちの長路の夕闇に何ぞときけば亀ぞ鳴くなる〉の遊び心からきた季語である。どれだけ想像力があるかを試される季語でもある。眞理子句は、本来なら亀卜に使われる筈であった亀が逃れて神域で鳴いているという。この断定的な言い切りが面白い。洋征句は建築物が建て込んで、もはや富士山を見ることのできない東京の富士見坂と、鳴かぬ筈の亀を対比させた発想。蓮子句は欠伸をしたために亀の鳴くのを聞き逃したと、亀は鳴くのだということを前提にした楽しさ。まゆみ句は、亀が鳴くのは浦島伝説の海亀が乙姫と浦島太郎を恋しくて鳴くという。武句は、耳搔きをしている、ごそごそとした音こそが亀の声で、それを止めれば鳴き止むのだが、もう少し聞こうか、と思っている。其々が個性と想像力、遊び心を駆使して楽しませてくれた。


蒟蒻の受難の日なり針供養          沼田 有希
珍しい視点の句である。針は供養されるが、その土台となる蒟蒻は逆に針の筵の受難の日だという。俳句の諧謔の面を十分に見せてくれた。同時出句の〈春眠より覚め永眠を恐れけり〉も同様のおかし味を持つ。豊かな発想力を称えたい。


黄砂降る消えし都のかけらとも        山下 美佐
黄砂はタクラマカン砂漠やゴビ砂漠から偏西風に乗って運ばれてくる。この句ではシルクロードで栄えた街や砦などが廃墟となり、風化して今黄砂として日本に飛来したのではないか、という。黄砂に壮大な歴史ロマンを見ているのである。同時出句の〈龍天へ登る構へもつながれて〉は秩父神社の左甚五郎作の竜は鎖で繋がれているので、とても天には上がれないだろう、と心配をしている可笑しさ。 


霞食ふ術の一つも古稀なれば         朽木  直
 亀の甲より年の功という諺があるが、人は年と共に経験を積んで賢くなっていくものだ。この句はそうした年寄りの生きる智恵を面白く描き出している。「霞食ふ術」と言っても人は霞を食って生きていけるものではなく、一種の目眩ましである。古稀ともなればそれ位のことは……と。良い年の取り方で人生を楽しんでいるのである。こういう句は若い人には作れない。「古稀なれば」こその句である。


魚は氷に上り人魚は銅像に          今井  麦
春になると魚が氷の上に躍り出すという七十二候の一つ。それに合わせて、それならば人魚はどうするのか、という発想が見事である。古来人魚伝説は各地にあるが、ここではアンデルセンの『人魚姫』が題材であろう。コペンハーゲンに銅像があるというが、まさに「人魚は銅像に」とうまく持ち込んだのである。鮮烈な発想であった。


青春の門のかの町霾ぐもり          戸矢 一斗
『青春の門』は五木寛之の大河小説で、舞台は筑豊。まさに黄砂の飛来地である。本は累計二千万部を超えるベストセラーであったが、今の若い世代は知らない。まさに「よなぐもり」の中である。


家計簿は自分史に似て納税期         鈴木てる緒
一昔前は家計簿を付けている婦人が多かったものだ。家計の遣り繰りのために付けるものだが、何を買ったかを見ると当時の生活や趣味、嗜好も思い出す。つまりおのずから自分史にもなっているのである。「納税期」という季語を配したのが手柄である。出納記録が目的だが、自分史でもある、ということが強調されるのである。「似て」がいい。


光待つ音の確かに種袋            竹内 洋平
種袋という暗い袋の中に入っている種は開封され太陽の光に当たることを待っている。振れば鳴るその音は種の発する声のようでもある、という。「光待つ」は今まで詠まれていなかった表現。瑞々しい感覚の句となった。


国生みの島の若布の届きけり         西田 鏡子
国生み神話の「おのころ島」は淡路島であろうとされている。そこから届いた若布となれば霊験あらたかである。淡路島は鳴門海峡に面しているので若布の産地である。「国生みの島」の表現で生きた句。言葉の魔術である。


霾や神獣鏡にある曇り            中島 凌雲
取合せのうまさである。神獣鏡も大陸から渡来したもの。その鏡の曇りと黄砂を掛け合わせてぼんやりとした歴史の世界へ引き擦り込む巧みな仕掛けである。


 その他印象深かった句を次に

虫穴を出でて不運の鶏舎かな         池田 桐人
落し穴のごとき故郷の雪間かな        小田島 渚
御決りの式辞にも泣き卒業す         坂下  昭
名も知らぬ遠き浜より浅蜊来る        中山  中













                






 

星雲集作品抄
伊藤伊那男・選

秀逸
春の鯉身ぬちの影を擦り合ふ      東京  尼崎 沙羅
哲学堂公園
常識と哲理の境春の闇         神奈川 北爪 鳥閑
かはたれの雛の間少し異界めく     東京  島谷  操
晩学の成就願はん梅日和        埼玉  園部 恵夏
春炬燵座敷わらしも満足げ       東京  橋本  泰
かげろふも思ひ出も濃き生家跡      栃木  たなかまさこ
駄菓子屋に溢るる色や春の暮      神奈川 西本  萌
末つ子の母を離さぬ春の風邪      東京  中込 精二
風紋を砂丘に刻み春一番        長野  池内とほる
伊那谷を一掃するやに春一番      長野  馬場みち子
昂ぶりを叩いて鎮む野焼あと      千葉  園部あづき
川筋の沖まで伸びし雪解川       埼玉  渡辺 番茶
湯の町の射的に震ふ春ショール     神奈川 日山 典子
春来たる風乗り換へて丹沢に      神奈川 山田 丹晴
此の谺聞かな久女のほととぎす     大阪  杉島 久江

神域は縄で仕切られ植木市       静岡  小野 無道
握手する手にしめりあり卒業式     群馬  北川 京子
前かごにバゲット二本春の風      東京  田中 真美
川の嵩日に日に増ゆる猫柳       東京  井川  敏
大仰に袖をひろげし紙雛        東京  伊藤 真紀
龍天に登る途上や偏頭痛        東京  野口 光枝
雛納め広さ嬉しき六畳間        千葉  深澤 淡悠
沈丁の一分開けば匂ひけり       千葉  清水 礼子
霾るや弥勒菩薩の半跏思惟       東京  西田有希子







星雲集作品抄

            伊藤伊那男・選


中庭に目白二羽来る今年又       愛媛  安藤 向山
当てにせず馬酔木の頃の指切りは    東京  石倉 俊紀
肩車高く高くと風車          東京  一政 輪太
人麻呂の相聞の山鳥曇         広島  井上 幸三
鶯の初音うれしき葱畑         愛媛  岩本 青山
薄氷や見つけ次第に割る男の子     長野  上野 三歩
雪解田の一枚光る谷戸の朝       東京  上村健太郎
淡しともずしりと重き涅槃雪      長野  浦野 洋一
柳絮舞ひ十二神将待つ寺へ       東京  桂  説子
春雨に脳内の凝り溶けにけり      群馬  小野田静江
野良へ出る時を告げるや花辛夷     埼玉  加藤 且之
果実酒の甘さに甘へ春の宵       長野  唐沢 冬朱
プラグまで抜きつ放しの春炬燵     愛知  河畑 達雄
追ひ越しのバイク加速し逃水へ     東京  北原美枝子
垣手入れ猫の通ひ路残しけり      東京  久保園和美
戯れのやうに始まる春の雪       東京  熊木 光代
春炬燵決断つかぬ仕舞ひ時       東京  倉橋  茂
城跡の風もぬるむや桜餅        群馬  黒岩伊知朗
努力とは継続なりや卒業子       群馬  黒岩 清子
遠目にも斑雪の富士や天近し      三重  黒岩 宏行
春昼の客ひとりきり古本屋       東京  黒田イツ子
菜園は子育てに似て春めける      神奈川 小池 天牛
沈丁の手向け言葉のごと香る      東京  髙坂小太郎
雨水の日金のなる木の鉢を替ふ     東京  小寺 一凡
山焼くや山の形に焔立て        千葉  小森みゆき
彼岸過ぐいくたり友を送りしか     神奈川 阪井 忠太
蕨餅黄粉の口の忙しなく        長野  桜井美津江
恋猫の傷勲章に朝帰り         東京  佐々木終吉
菊の芽の育つ楽しみ一つ植ゑ      群馬  佐藤さゆり
ふくしまの休耕田の春田かな      東京  清水 旭峰
板塀の路地のかげろひ三輪車      東京  須﨑 武雄
石庭の石の大小斑雪哉         岐阜  鈴木 春水
蓴生ふ隠沼の闇深めけり        愛知  住山 春人
天窓に積もるでもなく春の雪      東京  関根 正義
朧夜や水面に揺らぐ天守閣       東京  髙城 愉楽
阿武隈の空へ消えゆく春の虹      福島  髙橋 双葉
卒業す母も通つた小学校        埼玉  武井 康弘
飾られて雛に命の宿るごと       東京  竹花美代惠
治聾酒と嘯いて酌むワインかな     広島  藤堂 暢子
伝へたき佳き箸遣ひ紀元節       埼玉  内藤  明
一人来て又一人来て雛の間       群馬  中島みつる
春光や潮目重なる相模湾        神奈川 長濱 泰子
逃げ水を追ふあなたとの距離もまた   東京  永山 憂仔
初節句一夜泊りの孫の顔        京都  仁井田麻利子
真宗の冥護に触るゝ彼岸寺       東京  西  照雄
明日咲くか梅の蕾のふくらみて     宮城  西岡 博子
白椿最後の一花雨に落つ        神奈川 花上 佐都
剪定の切口著き梨畑          千葉  針田 達行
朝空のかすかに春の二重虹       千葉  平野 梗華
シテの出に瓔珞揺れし春霞       千葉  平山 凛語
風と風の隙間にのぞく春隣       長野  藤井 法子
笑み絶えぬピアノの上の内裏雛     福岡  藤田 雅規
三日ほど美しきままなり落椿      東京  牧野 睦子
マラソンの波過ぐ街やこぶし咲く    東京  幕内美智子
春愁の気持宥めに雑踏へ        神奈川 松尾 守人
猫逝きてやうやく上ぐる春炬燵     愛知  箕浦甫佐子
廃線の小石突き分け土筆生ふ      東京  棟田 楽人
震災忌思ひ思ひの春北斗        宮城  村上セイ子
桃の花連山いまだ白きまま       東京  家治 祥夫
春寒し寺に数多の招き猫        東京  山口 一滴
月々の仕送りこれで卒業す       群馬  山﨑 伸次
たはむれに辞世の句など西行忌     静岡  山室 樹一
亡き妻の棹に残りし春ショール     群馬  横沢 宇内
一山に花のをちこち西行忌       神奈川 横地 三旦
木五倍子咲く古戦場へと続く道     神奈川 横山 渓泉
風光る投げ石跳ねて向かう岸      千葉  吉田 正克
最上川より始まりぬ春の虹       山形  我妻 一男
へうへうととんでいきたる冬のてふ   東京  若林 若干
老幹にまだある力梅白し        東京  渡辺 誠子


















星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男

春の鯉身ぬちの影を擦り合ふ        尼崎 沙羅
「身ぬちの影」は抽象的な表現だが、冬の間の動きの鈍い、鬱屈した日々を指すのであろう。孤高を保っていた鯉が春を迎えて池の仲間と動き始めた様子が伝わってくる。同時出句の〈春の昼小出しに使ふ己が刻〉も前の句の鯉が人と入れ替わったような面白さを持つ。「小出しに使う」が面白いところで、雑用に追われる主婦の様子が出ている。 


常識と哲理の境春の闇           北爪 鳥閑
中野の哲学堂公園の前書がある。日頃は考えなくともこんな所を訪ねると、学識と哲理の違いなどという問題提起に頭を巡らしたりするのであろう。解ったようで解らないその境界線。真暗闇ではなく「春の闇」位にとどめたところが俳諧的な面白さである。同時出句の〈幾重もの絵馬に始まる入試かな〉は下五の「入試かな」の納め方が旨い。 


かはたれの雛の間少し異界めく       島谷  操
「かはたれ」は一般的には明け方の薄暗さを言う。雛の闇は夜の闇よりも朝方の方が「異界めく」というのが独自の感覚である。王朝の時代の後朝(きぬぎぬ)などという言葉も想起させる感興を覚えた。 


春炬燵座敷わらしも満足げ         橋本  泰
東北であれば暦の上では春になっても余寒は続く。炬燵もなかなか上げることができずにいるようだ。これは幻の座敷童子にとってもきっと嬉しいことなのであろうという、想像を巡らせた楽しい仕上がりの句となった。


駄菓子屋に溢るる色や春の暮        西本  萌
 駄菓子屋に並ぶ商品にも季節の変化がある。人の出も増えるので商品の動きも良いのであろう。そんな街の一角の様子が出ている。「日脚伸ぶ」位の方がいいか?


末つ子の母を離さぬ春の風邪        中込 精二
 冬の風邪と違って、春の風邪はそれほど重くなくても、倦怠感や春愁を含むようだ。子供も苦しさよりも甘え心の方が出てくる。そんな末っ子の様子をうまく捉えている。


風紋を砂丘に刻み春一番          池内とほる
春一番というものを目に見える形にしたところがいい。こういう風に捉えた句は今までに無かったように思う。いつもとは違う風紋に春一番を知ったのだ。 


川筋の沖まで伸びし雪解川         渡辺 番茶
雪解川の勢いや水の色の違いを捉えた句である。海に突入してもすぐに海水に溶けるのではなく、沖まで雪解川の存在を明確に見せている。大景を捉えて観察の効いた句。 


湯の町の射的に震ふ春ショール       日山 典子
  温泉街に今も射的屋が残っているのは好ましい。湯治のつれづれの遊び。コルクの弾を撃つ度に動く春ショール、春愁のようなものを感じられる感覚の良い仕上がりである。


春来たる風乗り換へて丹沢に        山田 丹晴
 丹沢、特にその一角の大山は雨降山ともいい、古来神の山とされ、江戸人の尊崇を受けていた。「風乗り換へて」は冬風が春風に変わったということであろうが、擬人化にしたことで神の存在を思わせる。地名の効果である。


此の谺聞かな久女のほととぎす       杉島 久江
 久女の〈谺して山ほととぎすほしいまゝ〉を偲び、また称える句である。「聞かな」の「な」が決め手で、自分の意思としての「聞こう」、また人に対しても「聞いてほしい」と訴える二重の効果を発揮させているのである。


老幹にまだある力梅白し          渡辺 誠子
 梅の木の寿命は七十年から百年で、中には二百年を越すものもあるという。毎年花を咲かせ、果実を稔らせるのであるから力仕事である。「梅白し」と最後まできっぱりと白を保っているのも高潔である。


神域は縄で仕切られ植木市         小野 無道
 神社の境内を借りての植木市だが、自ら節度があるもので、神域は参拝者が優先。その結界のようなものが一本の縄で仕切られているというのである。神社の佇まいが偲ばれる句である。人の見ない所を見逃さない視点があった。


その他印象深かった句を次に


握手する手にしめりあり卒業式       北川 京子
前かごにバゲット二本春の風        田中 真美
川の嵩日に日に増ゆる猫柳         井川  敏
大仰に袖をひろげし紙雛          伊藤 真紀
龍天に登る途上や偏頭痛          野口 光枝
雛納め広さ嬉しき六畳間          深澤 淡悠
沈丁の一分開けば匂ひけり         清水 礼子
霾や弥勒菩薩の半跏思惟          西田有希子





















伊那男俳句


伊那男俳句 自句自解(89)          
  
長崎に降り立つすでに絵踏めき

 長崎には一度だけ行っている。それも二十二歳の時で、主な目的は五島列島であったから、長崎は一泊か二泊かの観光であった。五島列島は家庭教師の教え子の父上の故郷で、度々話を聞いていたので、教え子と一緒に訪ねることにしたのである。父上は網元の家の出で東大医学部を出た医者であった。髭に赤毛が混じっていて「何代か前に欧州の血がはいったのだよ」と。また「確か李鴻章に金を貸した証文が残っている筈だ」とも言っていた。世界に窓が開いていたのである。島に似合わぬ立派な教会が幾つもあって驚いた。さて江戸初期のキリスト教禁教令の頃の「絵踏」が季語として今も俳句に詠み継がれているのは不思議なことである。様々な想像を掻き立てる言葉だからであろうか。人生には主義や思想、立場を試される場面が度々あることもこの季語が身近に感じられる要因であろうか。吉村昭や司馬遼太郎の小説に馴染んだせいか長崎は旧知の町のように感じられるのである。

狂ひ凧とはなりきれず還暦に

 子供の頃、凧を揚げるのは正月の遊びであったから、正月の季語だと思い込んで使い、春の季語と知って驚いた。「凧」という字は風の略字の「几」と「巾」(ぬの)を組み合わせた和製の漢字である。ただし「たこ」と読み「いか(・・)のぼり」とも読むのが不思議であった。もともと「いかのぼり」であったが、江戸時代に盛んになり、喧嘩の元になったり、江戸城内に落ちたりしたことがあり、禁止令が出たという。だが江戸っ子はこれは「いか」でなく「たこ」だと言って揚げ続けたのだという。さて私の場合普通のサラリーマンで終わらず、二つの会社に勤め、三つ目は仲間と会社を経営して倒産した。あとは居酒屋を始めたりと厄介な人生を歩んだ。厳しい場面にも直面したが自暴自棄にはならなかった。「狂ひ凧とはなりきれず」と詠んだが、ならずに幸いであった、という反語である。苦境を乗り切れたのは俳句とその仲間がいたこと、俳句という精神安定剤があったことだ。






     


 



俳人協会四賞・受賞式





更新で5秒後、再度スライドします。全14枚。







リンクします。

aishi etc
        












銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

ごあいさつにご利用下さい。





        










掲示板
















               
 
     

「銀漢」季語別俳句集


26

拡大します。
銀漢季語別俳句集
待望の『季語別俳句集』が3月に刊行されました。

















主宰日録  

  

3月
 
3月21日(火)
10時過ぎ、東武線武蔵嵐山駅集合。伊那北会。バスにて杉山城へ。あと歩いて鎌形八幡神社、木曽義仲の産湯の清水。川沿いの桜並木を歩いて畠山重忠の菅谷館跡。その中の「埼玉県立嵐山史跡の博物館」を見学。17、8キロは歩いたか……。この駅には酒場が無く、川越に出て駅近くの酒場。静岡おでんや焼き鳥屋、佳。あと「築地銀だこ」の居酒屋と2軒。

 3月22日(水)
WBC戦決勝戦を見る。終日、「銀漢」5月号の選句。夜、久々、家族揃う。明日葉のおひたし、春菊の胡麻和え、武蔵嵐山の農協で買ったあわび茸と豚バラのオイスターソース炒め。大根葉と油揚のさっと煮、鯛のカルパッチョなど。

3月24日(金)
選句続く。夕方、ヘアメイクの中川さんに思いっきり短く切って貰う。豚肉のソテー、葱と油揚げのぬた。百合根の卵とじ。切り干し大根煮付など。

  3月26日(日)
10時、大宮駅中央改札口。「彩の国句会」と「大倉句会」の合同吟行会に参加。バスにて見沼たんぼの取水口へ。伊藤庄平さんの案内で用水べりの桜並木を散策。ただし、終日、冷たい雨の中。14時過ぎ、庄平さんが教会長を務める「カトリック北浦和教会」へ。集会場にて五句出し句会。18人。あと、駅近くの「あじめん北浦和店」にて親睦会。多田美記さん森濱直之さんとは3年振りの対面であるか。

 3月27日(月)
「銀漢」5月号の選評など、全部終了。ずっと机にしがみついている。夜、昨日の見沼で買ったエシャレット。のらぼうの胡麻和えなど。雨降り続く。

3月28日(火)
小田島渚さんの句集『羽化の街』の書評に取り掛かる。夜、「雪月花」。羽久衣、文子、まほさん。そこへ水内慶太、パリ在住のサキソフォン奏者仲野麻紀さんなど。終電。

3月29日(水)
買い物など。小田島渚句集評を秋葉男さんに送る。2,500百字位か。森羽久衣さん句集、2回目の点検、返却す。芋茎を入れた豚汁、人参とするめの郡山風浅漬など。

 3月30日(木)
12時、熱海駅待ち合わせ。井蛙、清人さん。唐沢静男さんの車の迎えを得て、網代の唐沢家へ。烏賊、鰤の刺身、頼んでおいた干物類(鯵、鰯味醂、室鯵のくさや、鰯丸干)他。洋子夫人お元気。結局3人で升空けて焼酎に移る。19時辞す。実に楽しい酒盛り。

3月31日(金)
『神保町に銀漢亭があったころ』ついに出版成る。「栴檀」俳句大会の募集句の選句(760句)。青葱と焼油揚のぬた、蓮根の胡麻和。華子土産の金沢の麩と鶏鍋。家族7人久々食卓を囲む。皆川丈弘さんから到来のチューリップの球根が花開く。

4月

4月1日(土)
奈良の深川知子さんより句集出版の運びと。出版記念会の案内あり。慶祝。快晴。自転車で成城界隈の桜を見に。桜並木はバザーの屋台が出て、3年前の賑わいを取り戻している。仙川沿いの並木もいい。筍を買い、公園の山椒の芽を少し貰う。筍と若布の炊合せ、韮のおひたし、鮪と芹の和物、鮪の胡麻和え。

3月2日(日)
「全国俳誌協会第29回俳句コンクール」の選句(応募九30句)、「銀漢」6月号のエッセイ他。華子、成城学園大学へ進学。入学式で答辞を読んだと。龍正、誕生日と、祝い事二つ有り、ビーフステーキ焼く。莉子がブルスケッタ。蒸しジャガ芋とバター添えなど。

3月3日(月)
「第17回角川全国俳句大賞」の選句に入る。予選通過は、自由題848句、題詠530句。一昨日、安く買った鯛のカルパッチョ、牛蒡と炊合せ、春キャベツ。

3月4日(火)
11時、発行所。『神保町に銀漢亭があったころ』の1回目の発送作業日。10人程が既に作業に入っていて下さる。有難いこと。

3月6日(木)
自転車で農家に野菜買いに。祖師谷大蔵にも。「あ・ん・ど・うクリニック」、郵便局、薬局……。角川に選句稿、選評発送。夜、菜の花の胡麻和え、車麩、丁子麩と筍の甘皮、絹莢の精進鍋。「三丁目の夕日」の「昭和歳時記」エッセイ一本。数句会の選句。

3月7日(金)
7時半、小田急永山駅に五日市夫妻と待合せ。車で信州に向かう。雨。11時、伊那の「産直市場グリーンファーム」で買い物をして兄夫婦と合流。「行者そば梅庵」という蕎麦店へ。田舎蕎麦、鴨汁、佳。酒少々。近くの鳩吹公園の桜見事。高遠へ向かう。雨のせいか人出少なく、一番上の駐車場へ入れる。昨日が一番の見頃だったとのことだが、十分楽しむ。絵島の囲み屋敷に回る。駒ヶ根に出て光前寺の枝垂れ桜。「駒ヶ根プレモントホテル」に荷を解き、母の実家「角十綿屋商店」池上家へ。従兄弟夫婦と会い乾杯。18時、「よし乃」にて7人で宴会。馬刺、ざざ虫、蜂の子なども出してくれる。料理佳。酒は「夜明け前」「今錦」。生家跡を見てあと、このメンバーで初めてのカラオケ。

3月8日(土)
晴。6時半、中央アルプス(木曾山脈)の雲が取れる。五日市夫妻にはこの山の風景を見てもらわないと! ホテルの朝食佳。光前寺の枝垂れ桜を再び。見事。これは誇ってもいい。寺へ続く無数の水仙も凄い。木曾奈良井宿を散策。岡谷の釜口水門に出て鯉料理屋を捜すが無く「あら川」の鰻重。蒸さない焼き方。諏訪大社上社の「神長官守矢史料館」、前宮、上社と巡り、旅はここまでとする。

 3月9日(日)
「銀漢」5月号の校正。数句会の選句。京都の和田ちゃんから筍到来。若布と炊合せ。焼き筍に柚子味噌添。山椒の芽は公園から頂く。旅で入手したほうとう鍋。アスパラガスのバターソテー、楤の芽の天ぷら。

  3月10日(月)
『神保町に銀漢亭があったころ』を贈呈した大学時代の先輩、職場の友人、妻の友人等からの連絡あり、嬉しい事。「銀漢」六月号の選句に入る。五加木のおひたし、糸コンニャク、明太子和、孫が餃子。

 3月11日(火)
14時から、『神保町に銀漢亭があったころ』出版の収支についての会議。頁数の多さやカラー写真入ったことなどなどでクラウドファンディングと一般売上では収支マイナスの結果。夜、「火の会」12人。あと6人ほどで餃子店。

3月13日(木)
ずっと「銀漢」6月号の選句続く。近所の植松さんから筍(烏山の別宅の竹林のもの)到来。今年はずい分筍を食べている。

3月14日(金)
昼、滋賀県の長浜。井蛙、いづみ、まほ、政、有賀さんと合流。長浜曳山まつり。今年は異例の12基勢揃いとのこと。子供歌舞伎が良く、山車も間近。味噌田楽で酒を飲みつつ、山車を追って長浜八幡宮へ。「茂美志や」で小鮎串焼、諸子、小鮎天ぷら、のっぺいうどん。18時からの「夕渡り」を見る。彦根に出て「だいみょうかもん」で小酌。「コンフォートホテル彦根」泊。













         
    






今月の季節の写真/花の歳時記



2023/6/29撮影   凌霄花   HCHIOJI






    
花言葉   「名声・名誉」「豊富な愛情」「華のある人生」


△凌霄花
日本には、平安時代に渡来し、当初は「ノセウ」「ノウセウ」と呼ばれていたのだとか。それが後になまって「ノウゼン」となりました。古来より寺社などに植えられ、現在でも庭園樹として親しまれています。。
和名は、漢名の「凌霄(りょうしょう)」という名前が「ノウセウ」となまり、その後ノウゼンになったといわれています。
英名は、ラッパに似た花の形から「トランペットヴァイン(Trumpet vine)」や「トランペットクリーパー(Trumpet creeper)」と呼ばれます。
ノウゼンカズラ(凌霄花)は色々な仕立て方を楽しめる花


翼果 早苗 サイハイラン 夏椿 栗の花
ジャカランダ アメリカディゴ ハウチワカエデ ビョウヤナギ スイートピー
柏葉紫陽花 カンゾウ 紫陽花 凌霄花









写真は4~5日間隔で掲載しています。 


20223/6/30








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