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4月号  2023年


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伊藤伊那男作品


主宰の8句













        
             

                        

    

今月の目次










銀漢俳句会/2023/4月号
















   


 











銀漢の俳句 

伊藤伊那男 

◎芭蕉の近江・森澄雄の近江

 森澄雄は昭和四十七年七月、師の加藤楸邨一行とシルクロードの旅をした。この時澄雄は一句も作ることができず、サマルカンドの砂漠の中で芭蕉の〈行春を近江の人とおしみける〉の一句ばかりが浮かび上がったという。日本に戻ってから澄雄の近江通いが始まるのであった。
 この芭蕉の句は『おくのほそ道』の旅の翌年、元禄三年三月に膳所で詠んだものである。澄雄はなぜこの句にこだわったのか。「芭蕉と近江」という文章に――子規の近代は芭蕉のもっていた無常も造化も切り捨てたが、それはそれでいいとしても、現代俳句は未だそれに代わる大きな思想も哲学ももちえていないのではないか。ことに戦後の俳句は自我の定着という方向にその新しさと鋭さを増したが、この「行春を」のもつ芭蕉のおおらかで豊かな呼吸を失ってきたこともまた事実であろう。(中略)ぼくは度重なる近江の旅の間、この行く春を惜しんだ芭蕉の一句を放さず持ち歩き、また『去来抄』の「湖水朦朧として春を惜しむに便有べし」の一句を呪文のように胸につぶやいていた。いわば、この芭蕉がもつ、やさしく、しかもはるかなものをかかえこんだその豊かな呼吸を、もう一度自分の作品の呼吸として呼び込んでみたかったからだ――とある。一口に言えば、子規以降、もっと言えば、戦後の社会性俳句をはじめとするイデオロギーや自我を全面に出した俳句からの脱却、芭蕉の風雅への回帰を目指すことを心に決めたのである。私の愛誦する澄雄の句を次に挙げる。
  
秋の淡海かすみ誰にも便りせず
田を植ゑて空も近江の水ぐもり
紅梅を近江に見たり義仲忌
淡海いまも信心の国かいつぶり
  
鴨食ふや(うみ)に生身の鴨のこゑ
身に入れて柿の冷えより湖の冷え
越瓜(しろうり)やここにし安土セミナリオ

余談だが「行春を」の句について次の逸話がある。
『去来抄』によると、一門の尚白がこの句の近江は丹波にも、行春は行く年にも置き替えることができると難じたという。去来は「尚白の非難は当っていない。朦朧とした湖水が春を惜しむよりどころとなり現実感がある。もし年の暮に近江にいたとしたら、どうしてこの感動が出てくるであろうか」と反論した。芭蕉は「去来、汝は共に風雅を語るべきものなり」と喜んだという。澄雄の近江狂いに触発されて小生も更に近江の旅に深入りしていくのであった。















 



  

盤水俳句・今月の一句

伊藤伊那男 

濡れしまま束ねてありぬ和布刈竿      皆川 盤水

若布を採取することを若布刈(めかり)という。若布刈竿は長い竿の先に鎌を付けて、箱眼鏡を覗きながら海中から刈り取る道具。それが番屋の前に積み上げてあったというのである。「濡れしまま」の描写に、たった今舟が戻ったこと、集落の舟が総出の漁であったことが解る。『皆川盤水全句集』には「若布・和布刈」の句が八句収録されている。〈和布刈海女ときどき雪を払ひけり〉〈若布刈海女乳房しめらせ戻りけり〉なども実感がある。           (平成十九年作『凌雲』所収)


 



 





彗星集作品抄
  伊藤伊那男・選

障子戸のその日その日の機嫌かな        清水佳壽美
蔵王一山ほどの雪掻き老い給ふ         伊藤 庄平
炉話に巴のその後義仲忌            坂下  昭
ぼろ市や昔の時を古時計            小山 蓮子
初席の紙より兎切り出さる           谷岡 健彦
末社はも縄一本の注連飾            山元 正規
着ぶくれて讃美歌の声なほ澄めり        池田 桐人
ふるさとは山墓のみぞ福寿草          有賀 稲香
噛みつくといふほどでなき若湯かな       中島 凌雲
初夢の中も詫び入ること多し          大野 里詩
初詣護摩の烟を全身に             渡辺 志水
書初の硯の陸がその始め            島谷 高水
立つたびに自づと窓へ春を待つ         小野寺清人
透き通るこゑ転がして初雀           堀江 美州
雪女郎夫を返してくれないか          坂口 晴子
北塞ぐ雨戸の閾つかへ癖            尼崎 沙羅
ポップコーン底つく映画春の昼         曽谷 晴子
財なすは使はぬことと初神籤          中野 智子
還幸の闇深くして御祭             川島  紬
凍滝の水の縺れてより始む           塚本 一夫
 








     









    
     

彗星集 選評 伊藤伊那男

伊藤伊那男・選

障子戸のその日その日の機嫌かな       清水佳壽美
障子という建具の登場は平安時代末期という。安徳天皇が障子に穴を開けたということが日記に書かれている。風を遮り、光をやわらげ、湿度の調整をする。一年中あるけれど冬が一番の活躍の場ということで、冬の季語となっている。この句は「機嫌」という擬人化表現を用いたところが独自の発想である。陽光の強弱、湿度による張りと撓み、隙間風、月明りなどなど毎日その表情は異なる。毎日見ている部屋の障子からこのような句が出たことが嬉しい。

  
蔵王一山ほどの雪掻き老い給ふ        伊藤 庄平
 大きく出たものである。この老人は若い時から雪を掻き続け、積み上げればざっと蔵王一山ほどになるのではないか、というのである。大袈裟だが、それを良しと諾いたくなる句だ。雪国の苛酷な生活と人々の忍耐力が偲ばれるのである。他の山の名前と入れ替えてみたが、蔵王が簡単には動かない。

  
炉話に巴のその後義仲忌           坂下  昭
近江粟津で義仲と別れた巴御前のその後は明らかではない。膳所の義仲寺に残る話では、或る時ここに女人が訪ねてきて義仲の供養をしたのが巴御前のようであり、寺の歴史はそこから始まったという。また鎌倉幕府の侍所別当和田義盛の妻となった、という説もある。炉話でそんな話をしているというのも羨ましい設定だ。

  
ぼろ市や昔の時を古時計           小山 蓮子
世田谷のぼろ市に売られている古時計。螺子巻き式の振子時計なのであろうか。時報を聞いて昔の記憶にある音だなと思う。折畳み式の卓袱台を囲んでいた頃の家や家族のことが甦ったのであろう。「昔の時を」に思いが籠る。
 
 
 初席の紙より兎切り出さる         谷岡 健彦
「初席」とは新年の寄席。奇術、手品、漫才、落語など楽しませてくれる。この句は切絵の芸。一枚の紙と鋏だけでするすると客の希望するものを切り出していく。出てきたものは兎。今年の干支である。ということで取り上げた。十二支の中で三文字となるのは「兎」と「羊」の二つ。「羊」年にまたこの句を使えそうなのが弱味ではあるが。

  
末社はも縄一本の注連飾           山元 正規
日本には八百万神がいるのであり、到る所に神社や祠がある。各々の集落が守っており、祭を行う。正月には注連飾をする。この句では縄一本だけだという。だがこの慎ましさが味わいである。村人の心が籠められているようだ。

  
着ぶくれて讃美歌の声なほ澄めり       池田 桐人
着ぶくれと澄むの相反する感覚の違和感の醸す味わい。

  
ふるさとは山墓のみぞ福寿草         有賀 稲香
正月の墓参であろうか。福寿草は一族の象徴か。

  
噛みつくといふほどでなき若湯かな      中島 凌雲
 「噛みつく」は意表をつく表現。初湯の鮮烈さ。

  
初夢の中も詫び入ること多し         大野 里詩
少々情け無い初夢ではある。いずれ良い夢を見ることも。

  
初詣護摩の烟を全身に            渡辺 志水
新年の護摩焚の祈祷。「全身に」に新年の気が籠る。

  
書初の硯の陸がその始め           島谷 高水
書初に取り掛る直前の景。墨が匂い立つようだ。

  
立つたびに自づと窓へ春を待つ        小野寺清人
 いかにも待春の気に満ちている。「自づと窓へ」がいい。

  
透き通るこゑ転がして初雀          堀江 美州
 今日は常の日と違う雀。目出度さが声に出ている。

  
雪女郎夫を返してくれないか         坂口 晴子
夫は生きているのか死んでいるのか。おかし味がある。

  
北塞ぐ雨戸の閾つかへ癖           尼崎 沙羅
細かい所まで詠み込んで臨場感を出した。

  
ポップコーン底つく映画春の昼        曽谷 晴子
ポップコーンがいい味を出した句。楽しい映画であろう。
 
 
 財なすは使はぬことと初神籤        中野 智子
実に当り前の神託であることが句を面白くしている。

  
還幸の闇深くして御祭            川島  紬
春日大社若宮の祭。「闇深くして」で特徴を捉えている。

  
凍滝の水の縺れてより始む          塚本 一夫
いい場面。〈凍滝の始めは水の縺れより〉でどうか。










        


 






銀河集作品抄

伊藤伊那男・選

皇統の攻防の地や山眠る        東京  飯田眞理子
蔵の戸に日差しあまねし年用意     静岡  唐沢 静男
初釜の正客として妣招く        群馬  柴山つぐ子
北塞ぐ縁の日差しの衰へに       東京  杉阪 大和
欠けてゐるものは妻の座年新た     東京  武田 禪次
出羽よりの童話の色の冬りんご     埼玉  多田 美記
溜息となる時ことに息白し       東京  谷岡 健彦
吾も彼も枯野人なり目礼す       神奈川 谷口いづみ
日記買ふ嶺の白きと照り合はせ     長野  萩原 空木
富士運のよき人とゐて初景色      東京  堀切 克洋
木守柿鳥が来ないと腐つちまふ     東京  松川 洋酔
地球儀の傾ぎや十二月八日       東京  三代川次郎












         





綺羅星集作品抄

伊藤伊那男・選

ぼろ市の女衒めきたる古着売      東京  朽木  直
ぼろ市の羽織の鷲に睨まるる      神奈川 曽谷 晴子
ぼろ市の正しく刻む腕時計       東京  竹内 洋平
新聞に巻くボロ市の縁起物       東京  田家 正好
この辺り近つ飛鳥やしぐれ空      東京  大溝 妙子
ジッパーを一直線に上げて冬      東京  大住 光汪
明神へ背広ばかりの初詣        東京  川島秋葉男
キューポラの街の片隅独楽の音     東京  田中  道
珈琲に冬日さしこむから旨い      長野  髙橋 初風
手土産のこまごま女礼者かな      神奈川 宮本起代子
水銀のひかりを纏ひ鶴凍てぬ      宮城  小田島 渚
鉛筆をにぎればぬくし雪の宿      愛知  荻野ゆ佑子
終ひ湯となりたる柚子の重さかな    東京  清水 史恵
初電話昭和の母を知る人と       東京  辻  隆夫

今日よりは寒の鴉として啼けり     東京  飛鳥  蘭
初日記願ひの文字は力こめ       宮城  有賀 稲香
ぼろ市や叩いてみせる皿と皿      東京  有澤 志峯
吉兆の息吹鏤め七日粥         神奈川 有賀  理
風起し風の中なる喧嘩独楽       東京  飯田 子貢
メモ帳とペンは定位置炬燵板      東京  生田  武
知命以後馬齢重ねし漱石忌       埼玉  池田 桐人
組皿の今に息づく節料理        東京  市川 蘆舟
心なほ風の子にして着ぶくるる     埼玉  伊藤 庄平
明王に睨んでもらひ年送る       東京  伊藤  政
波音を眠り薬に冬木の芽        神奈川 伊東  岬
傾ぎつつ独楽なほ力失はず       東京  今井  麦
笑むやうな張子の犬や春隣       埼玉  今村 昌史
山鳩の藪踏む音も春隣         東京  上田  裕
糠雨を纏うて眠るほどの風邪      東京  宇志やまと
ペン皿に忘れし釦年つまる       埼玉  大澤 静子
初糶の籠より鯛が踊り出る       神奈川 太田 勝行
定めたる一花を去らず冬の蜂      東京  大沼まり子
仕事疵ひとつ見せ合ふ日向ぼこ     神奈川 大野 里詩
冬ざるる人棲む島の路地深し      埼玉  大野田井蛙
家の間に日の出をろがむ大旦      東京  大山かげもと
海鼠嚙むための奥歯の大事かな     東京  岡城ひとみ
平凡なたづきの一日大根煮る      東京  小川 夏葉
故郷の駅の目覚めの大嚏        宮城  小野寺一砂
風の出て冬田鴉に明け渡す       埼玉  小野寺清人
吊し柿日にも月にも影を濃く      和歌山 笠原 祐子
延長戦始まるまでと蜜柑剝く      東京  梶山かおり
あけがたの鍵穴にある冬もみぢ     愛媛  片山 一行
寒椿お朝事成す善光寺         静岡  金井 硯児
寒牡丹莟といへどもう大輪       東京  我部 敬子
四囲の山神明にして甲斐の冬      千葉  川島  紬
山笑ふ鳶の輪三百六十度        神奈川 河村  啓
開帳やころも煤ける観世音       愛知  北浦 正弘
銅板の腐食を流す寒の水        長野  北澤 一伯
歴戦の名残を端に喧嘩独楽       東京  絹田  稜
底冷や南朝の弦切れし琵琶       東京  柊原 洋征
七曜がまづ巡りだす松過ぎて      神奈川 久坂衣里子
大鍋の出番の減りしおでんかな     東京  畔柳 海村
寒柝の次の一打の遠ざかる       東京  小泉 良子
ことさらに富士を眺むる松の内     神奈川 こしだまほ
七種粥吹きこぼれたる草の息      東京  小林 美樹
ゆりかもめ国を守りし台場跡      東京  小山 蓮子
銭湯の更地の跡や寒雀         宮城  齊藤 克之
紅差指ありて淋しき雪女郎       青森  榊 せい子
初夢に号泣されし誰だつけ       長崎  坂口 晴子
神となる樅を見極め山始        長野  坂下  昭
受話器から声の溢れてお元日      群馬  佐藤 栄子
賜りし母の介護や実千両        群馬  佐藤かずえ
亡き人の表札今も煤払ふ        長野  三溝 恵子
賓頭盧を撫でまはしをり福詣      広島  塩田佐喜子
下京の雪の夜となる下駄の跡      東京  島  織布
どんど焼病める地球の灸とも      東京  島谷 高水
吾が名にも寿の字や福寿草       兵庫  清水佳壽美
数へ日の一日一日の日の重さ      東京  清水美保子
独楽回し昔取つたる杵柄と       埼玉  志村  昌
嚏してひとり見逃す名場面       千葉  白井 飛露
観音の裏面怖し雪女郎         神奈川 白井八十八
ぼろ市の代官餅の手にぬくし      東京  白濱 武子
繭玉の上手も下手も賑はしく      東京  新谷 房子
白鳥の水脈青空を波立たす       大阪  末永理恵子
僧の身を擲つて撞く除夜の鐘      東京  鈴木てる緒
盆栽の桜開花す入試の日        群馬  鈴木踏青子
マフラーや会ふこと稀となるに馴れ   東京  角 佐穂子
頰をさす筑紫野の風久女の忌      東京  瀬戸 紀恵
仮の世に日だまりとなり竜の玉     東京  高橋 透水
蓋取れば塞ぐはんぺんおでん鍋     東京  武井まゆみ
虎落笛民話の里の語部に        神奈川 田嶋 壺中
ぼろ市に李朝の真贋問はずとも     東京  多田 悦子
なまはげの遅れて来たる縄暖簾     東京  立崎ひかり
捨つるもの過去も捨てさる大掃除    東京  田中 敬子
北塞ぎ怒濤を沖へ遠ざけぬ       東京  塚本 一夫
毛先から足の先まで湯冷めかな     東京  辻本 芙紗
車座の漁師と猫や冬日向        東京  辻本 理恵
都鳥流れゆくもの置き去りに      愛知  津田  卓
真紅なる女人高野の冬芽かな      東京  坪井 研治
はんぺんに浮力ののこるおでん鍋    埼玉  戸矢 一斗
灯がひとつ母と炬燵の待つ生家     千葉  長井  哲
弘川寺
冬木はも願はくはまた花のころ     大阪  中島 凌雲
福招く渦幾重にも福寿草        神奈川 中野 堯司
退院の夫より給ふお年玉        東京  中野 智子
泥棒の侵入ふせぐ氷柱かな       東京  中村 孝哲
梟の首一回りしたやうな        茨城  中村 湖童
日に透いて切株に居り冬の蜂      埼玉  中村 宗男
マフラーに頤うづめ風の街       東京  中村 藍人
十州が境連ぬる初山河         長野  中山  中
天気図に故郷の雪を思ひけり      千葉  中山 桐里
昇降機師走の街が小さくなる      大阪  西田 鏡子
兄の青春嗚呼江田島の初桜       東京  沼田 有希
松過ぎのポストの口の闇の黙      埼玉  萩原 陽里
屈葬のごとくに囲む炬燵かな      東京  橋野 幸彦
初鏡どこへも行かぬ紅を引く      広島  長谷川明子
湯気ごしにさまざまの顔大根焚     東京  長谷川千何子
故郷へつゞく天竜川冬の水       神奈川 原田さがみ
人の世の母子のごとき暖鳥       兵庫  播广 義春
堂塔へ追はれし鳩や歳の市       東京  半田けい子
喪服脱ぐ外の寒さを負うたまま     埼玉  深津  博
寒鯉と化す直前のあばれぶり      東京  福永 新祇
省く事多くなりけり年用意       東京  福原  紅
ぼろ市の花とぞ咲きて針ばうず     東京  星野 淑子
父母遺す家の年月隙間風        岐阜  堀江 美州
目貼して(せん)()の干支を点睛に      埼玉  本庄 康代
真向ひに初日差しくる目玉焼      東京  松浦 宗克
ぼろ市のなかなか開かぬ小抽斗     神奈川 三井 康有
居据れる老いといふ客去年今年     東京  宮内 孝子
一瞬の影となりたる初鴉        東京  村田 郁子
父に聞きし我が名の由来筆始      東京  村田 重子
白鳥や遅れがちなる七尾線       東京  森 羽久衣
江戸古地図広げて真夜の大炬燵     千葉  森崎 森平
絨毯の地図へ積木の国広ぐ       埼玉  森濱 直之
双六の東海道中伸び縮み        長野  守屋  明
面とりの南瓜ほたほた煮て冬至     東京  矢野 安美
疎まるるものかは呵呵と寒鴉      愛知  山口 輝久
とりどりの菓子の集まる女正月     群馬  山﨑ちづ子
葉牡丹のうづ金剛のしづくもて     東京  山下 美佐
白息のなかにときをり溜息も      東京  山田  茜
時計屋のあまたの時間年惜しむ     東京  山元 正規
手にのせて宝珠とまがふ寒卵      東京  渡辺 花穂
山積みの御神酒手つかず神の留守    埼玉  渡辺 志水


























     





銀河集・綺羅星今月の秀句


伊藤伊那男・選

地球儀の傾ぎや十二月八日         三代川次郎
十二月八日は太平洋戦争の真珠湾攻撃の日。この日から四年近く戦争が続くこととなった。戦地に赴き、生き残った人も今やほとんどが亡くなっている。今若者に七十八年前に日米の戦争があったことを言うと「どっちが勝ったの?」という質問が出たりするという。「地球儀の傾ぎ」には単に物理的な軸の傾ぎだけではなく、歴史の傾ぎ、教育の傾ぎ、心の傾ぎまでが詠み込まれているようである。


出羽よりの童話の色の冬りんご       多田 美記
「童話の林檎」といえば『白雪姫』の毒林檎、『三匹の仔豚』、『ウィリアム・テル』など。 日本に林檎が入ったのは明治からであるから日本には物語は無い。この句は「童話の色の」がいい。真赤な林檎であろう。冬の枯れ枯れた色の中で際立つのだ。


日記買ふ嶺の白きと照り合はせ       萩原 空木
色彩感が鮮烈である。新しい日記であるから真白。山々も雪をいただいて真白。二つの白が照り合うという。何も書いていない日々、誰も踏み込むことのできない白嶺。この取合せは見事な二物衝撃である。


ぼろ市の女衒めきたる古着売        朽木  直
ぼろ市の羽織の鷲に睨まるる        曽谷 晴子
ぼろ市の正しく刻む腕時計         竹内 洋平
新聞に巻くボロ市の縁起物         田家 正好
世田谷のボロ市は十二月と一月の各々十五日、十六日に開かれ、七百軒ほどの露店が出る。直句の女衒は江戸時代に女を女郎屋に売ることを業とした人。句では古着売りであるが扱うのが和服であるから、どこが通じるものがあるようだ。そんな一癖も二癖もありそうな人物像が面白い。晴子句は男物の羽織の裏生地に鷲の絵が描いてあったのであろう。鷲が見えるように吊るしてあるようだ。目の付けどころがいい。洋平句はボロ市の中古品なので止まっているかと思っていたら、正確に動いているという意外性。正好句は縁起物なのに新聞紙に包むという雑な扱いをするところを捉えた面白さである。


この辺り近つ飛鳥やしぐれ空        大溝 妙子
年末の煤逃吟行で河内を訪ねた。行政上大阪に属するので、奈良好きの人も観光案内書には載っていないので盲点の土地である。奈良の飛鳥は遠つ飛鳥、河内側が近つ飛鳥である。履中天皇時代の名称だが、天皇は仁徳天皇の子なので大阪側(堺)から見ると近い飛鳥となる。「この辺り」には用明天皇、推古天皇、聖徳太子の陵墓が含まれる。


ジッパーを一直線に上げて冬        大住 光汪
絵画的にきっぱりと詠み切ったところがいい。防寒具なのであろうか、一直線にジッパーを上げる表現に、冬に立ち向かう覚悟が窺われる。下五の「冬」の止めがいい。


明神へ背広ばかりの初詣          川島秋葉男
「背広ばかり」で神田明神であることが解る。都心に立地していることもあるが、平将門の威光は大きく、企業戦士が押し掛ける。神社の特徴を明確に打ち出した面白い句。


キューポラの街の片隅独楽の音       田中  道
キューポラは小さな熔鉱炉。川口市の鋳物工場の象徴であった。吉永小百合の『キューポラのある町』の舞台であった。子供の多い街であったし、鋳物の町なので独楽の生産もしていたのであろう。そんな町の様子が偲ばれる。


珈琲に冬日さしこむから旨い        髙橋 初風
「冬日さしこむから旨い」は楽しい表現である。他の季節でなく「冬日」だからこそ句が成立するようである。空気が澄んでいることや乾燥していることが伝わるのだ。


手土産のこまごま女礼者かな        宮本起代子
いかにも女礼者である。「手土産をこまごま」の気配りは女性ならではのこと。俳句のコツはこうした細かい仕草に目が行くかどうかである。一歩踏み込んで対象物の特徴に迫れるかどうかである。


水銀のひかりを纏ひ鶴凍てぬ        小田島 渚
凍鶴の色を「水銀のひかり」と捉えたところに説得力がある。白ではなく銀ではなく、あの照りを持った水銀の色。冷たさと鶴の姿態の神々しさが伝わってくる。


 その他印象深かった句を次に

初電話昭和の母を知る人と         辻  隆夫
鉛筆をにぎればぬくし雪の宿        荻野ゆ佑子
終ひ湯となりたる柚子の重さかな      清水 史恵



















                






 

星雲集作品抄
伊藤伊那男・選

秀逸
一葉の散りて正しく裸木に       東京  北原美枝子
ぼろ市へ世田谷線の新車両       神奈川 北爪 鳥閑
竜の玉摘みて作らむ瑠璃の数珠     埼玉  園部 恵夏
臘梅の香を押し戻す谷戸の風      東京  上村健太郎
風合は羽二重めきて冬牡丹       千葉  針田 達行
風邪薬オレンジ色の効き目かな     群馬  北川 京子
独楽の紐なめ舌先に鉄の味       東京  山口 一滴
人日の鴉に人のしぐさかな       神奈川 日山 典子
悴みて点す目薬の苦さかな       東京  桂  説子
悴める廊下の暗き母の家        東京  西田有希子
神酒の香をまとひて来たり門万歳    東京  伊藤 真紀
鴨の群スワンボートに蹴散らされ    東京  髙坂小太郎
大嚏千一体の眼がひらく        埼玉  加藤 且之
儘ならぬ浮世突きつ鮟鱇鍋       千葉  小森みゆき
もう父に誉めてもらへず冬銀河     東京  中込 精二

悪人や只ひたすらに大根焚く      東京  小寺 一凡
肝心な身体の除染若布喰ふ       東京  清水 旭峰
背のびして記す背丈や初笑       長野  馬場みち子
故郷の味は一生雑煮喰ふ        東京  倉橋  茂
おでん種溢るるほどに膨れたり     千葉  園部あづき
日脚伸ぶあつさり老いて悔いもなし   東京  竹花美代惠






星雲集作品抄

            伊藤伊那男・選

古備前のざらつく陶土落椿       東京  尼崎 沙羅
保母さんの手を掴みあふ冬日向     東京  井川  敏
薄皮を脱ぎたる心地初昔        長野  池内とほる
節分の百人町を行く百鬼        東京  石倉 俊紀
山中湖富士より白き大白鳥       東京  一政 輪太
落葉降るかつて終着駅在りし      広島  井上 幸三
除夜の鐘聞きつつ我も八十路入り    愛媛  岩本 青山
初星や視力落ちたるこの目にも     長野  上野 三歩
安曇野を火の粉の渦にどんど焼き    長野  浦野 洋一
熟れ柿の押して戻らぬ指のあと     静岡  大西 老林
摘みては臘梅と聞く花得たり      静岡  小野 無道
参道を清めてゐたる初松籟       群馬  小野田静江
飯を食ふ我に言ひ寄る寒鴉       愛知  河畑 達雄
理科室の模型に日差し春隣       東京  久保園和美
寒鴉鉄路いよいよ錆深し        東京  熊木 光代
師も友もこの郷に居て初浅間      群馬  黒岩伊知朗
筒粥や商売繁盛米十つぶ        群馬  黒岩 清子
初詣皆善き人になるやうな       愛知  黒岩 宏行
人の声遠のいてゆく日向ぼこ      東京  黒田イツ子
揚げたるは出世間際の鰤ならむ     神奈川 小池 天牛
肩組みて未来の切符成人式       神奈川 阪井 忠太
初山河来世の扉ありさうな       長野  桜井美津江
飛び立つも残るも乱る鴨の陣      東京  佐々木終吉
早朝の寒さ凌ぐに早歩き        群馬  佐藤さゆり
記すとは残すこととも日記買ふ     東京  島谷  操
産土神の注連縄吹かる松の風      千葉  清水 礼子
新年の祝砲響く山間に         群馬  白石 欽二
単線の乗り継ぎ駅や日向ぼこ      東京  須﨑 武雄
馬小屋の光発する聖夜劇        岐阜  鈴木 春水
大釜の湯気かきわくる大根焚      愛知  住山 春人
縄跳の波に少女は乗り切れず      東京  関根 正義
片割れの手袋いくつ引出しに      東京  田岡美也子
凍滝や落下の響き閉ぢ込めて      東京  髙城 愉楽
人の世は危ふく続く去年今年      福島  髙橋 双葉
なまはげや隣の部屋に子が隠る     埼玉  武井 康弘
数の子食む長寿の系を賜りて      栃木  たなかまさこ
着ぶくれて硝子戸に見るわが背中    広島  藤堂 暢子
連峰の鉄の結束大旦          長野  戸田 円三
屠蘇終へて常の胡座のコップ酒     埼玉  内藤  明
けふ生きて湯町に雪と暮しけり     群馬  中島みつる
駅前を椋鳥(むく)の黒雲旋回す        神奈川 長濱 泰子
羽子板の顔おだやかに幾年月      京都  仁井田麻利子
義士会の戒名に入る刃の字       東京  西  照雄
古語辞典開けばくさめ出でにけり    宮城  西岡 博子
米撒けば米の数ほど寒雀        神奈川 西本  萌
深酒の身に染み入りし蜆汁       東京  野口 光枝
塗り残し無き真青なる初御空      静岡  橋本 光子
おでん屋の蒟蒻揺るるガード下     東京  橋本  泰
目を入れて納め達磨やどんど焼     神奈川 花上 佐都
真つ新なホワイトボード大旦      千葉  平野 梗華
仏壇に冬日差し込み今日始む      千葉  深澤 淡悠
嫌ひとは言つて居られぬ冬帽子     長野  藤井 法子
蓬莱や徐福の墓を見に行かむ      福岡  藤田 雅規
数の子の歯ごたえ楽し音もよし     東京  牧野 睦子
悴む手ため息さへも温かし       東京  幕内美智子
息白し通勤電車着くたびに       神奈川 松尾 守人
喰積を食ぶる父祖父富士額       東京  丸山真理子
枯蓮の鋭角に刺す泥の池        愛知  箕浦甫佐子
富くじの列に並びて年惜しむ      東京  棟田 楽人
嫁してより此処がふるさと雑煮椀    宮城  村上セイ子
その人の顔浮びくる賀状かな      東京  家治 祥夫
三度目も凶に落ち込む初みくじ     群馬  山﨑 伸次
ごつごつの冬至南瓜の夕餉かな     神奈川 山田 丹晴
薺打つ呪文めきたる祖母の唄      静岡  山室 樹一
浅間嶺にあたる朝日や賀状書く     群馬  横沢 宇内
淑気降る阿夫利山より我が里へ     神奈川 横地 三旦
眠る前の葛湯作りは儀式めく      神奈川 横山 渓泉
遠山の斑際やか春近し         千葉  吉田 正克
香を放つ杉の切口寒に入る       山形  我妻 一男
玉砂利の覚束無さも初詣        東京  若林 若干
祖母の声聞こえて来さう歌留多函    神奈川 渡邊 憲二
軒に来て雀の御慶ひとしきり      東京  渡辺 誠子
















星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男

一葉の散りて正しく裸木に         北原美枝子
最後の一葉が散って正真正銘の裸木になった、という。季の葉の八、九割が散ればもう裸木だと思っていたのだが、この句では全部が散って初めて正しく「裸木」なのだと言う。こうした一般の概念を裏切る発想が新鮮である。同時出句の〈予定なき清々しさや初暦〉もやはり何もないことの清潔感を詠んでいて印象深いものがあった。


ぼろ市へ世田谷線の新車両         北爪 鳥閑
東急世田谷線は三軒茶屋駅と下高井戸駅間の十駅を結ぶ全長五㎞ほどの路線。よく広告などを外装したラッピング車両が運行されているので、新車両であったかどうかは不確かながら、ぼろ市という再生品を商う会場へ、新しい車両で乗り付けるという発想の面白さである。


竜の玉摘みて作らむ瑠璃の数珠       園部 恵夏
竜の玉は美しい。冬の最中のものであること、髭の中に秘蔵されているようにも見えるのも奥床しさがあっていい。これを集めて数珠にしたらどんなに素晴しいだろうか、と言うのである。瑠璃は「妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五」に衆生が欲しがる宝石として挙げられる七宝の一つ。美しい仕上がりの句となった。


臘梅の香を押し戻す谷戸の風        上村健太郎
鎌倉あたりの嘱目であろうか。うすうすと香りを放っているのだが、その香りを谷戸の中から逃がさないように遮断しているという。谷戸という独特の地形と風の特徴をうまく描いている。


風合は羽二重めきて冬牡丹         針田 達行
冬牡丹といえば奈良当麻の石光寺を思い出す。底冷えの盆地に咲くその花は実に可憐で艶やかである。この句はその花だけを詠み切った一物仕立てで、花片を光沢のある羽二重に譬えたのが具体的である。「風合は」という打ち出しもよく、春と違うこの季節の様子をよく捉えている。


風邪薬オレンジ色の効き目かな       北川 京子
薬にも様々な色がある。この作者は風邪薬ならオレンジ色が一番効能がありそうだと言う。言われてみれば誰もがそうだと納得する。今まで誰も言わなかった発見である。


独楽の紐なめ舌先に鉄の味         山口 一滴
一読して往古を思い出した。子供の頃鉄でできたべーごまをぶっつけ合って勝負をしたものだ。独楽を巻く紐を唾で湿らせることが大事なのだが、紐は鉄の匂いがする。舌先でそれを知る、というところに臨場感がある。


人日の鴉に人のしぐさかな         日山 典子
元日は鶏日、二日は狗日、三日は猪日、四日は羊日、五日は牛日、六日は馬日、七日は人日とし、人の運勢を占う日とされた。空想的な作句を求められる季語である。この句、鴉に人の仕草を見た、というのが面白い。人との係り合いの深い鴉の生態と合わせているのが妙味だ。


悴みて点す目薬の苦さかな         桂  説子
目薬をうまく点すのは難しく、流れて口に入ったりする。特に手が悴んでいれば尚更である。唇に触れて苦さを感じたというところに実感があった。


悴める廊下の暗き母の家          西田有希子
一人母だけが残った生家であろうか。使われなくなった部屋もあり、どことなく暗く寒い。故郷の母への深い思いが滲む句である。同時出句の〈七草や揃ひの椀の洗ひたて〉は晴れの日に出す特別な椀であろうか、「洗ひたて」の表現に清冽な淑気が出ているようだ。


神酒の香をまとひて来たり門万歳      伊藤 真紀
正月の門付け万歳が振舞い酒に微醺を帯びていたようだ。神の酒であるから目出度いことで、咎め立てることではない。おおらかな正月の一景である。


鴨の群スワンボートに蹴散らされ      髙坂小太郎
確かに陣を組んだ鴨もスワンボートにはかなわない。白鳥(スワン)という名のあの足漕ぎボートを配したところが何とも面白い。


その他印象深かった句を次に


大嚏千一体の眼がひらく          加藤且之
儘ならぬ浮世突きつ鮟鱇鍋         小森みゆき
もう父に誉めてもらへず冬銀河       中込 精二
悪人や只ひたすらに大根焚く        小寺 一凡
肝心な身体の除染若布喰ふ         清水 旭峰
背のびして記す背丈や初笑         馬場みち子
故郷の味は一生雑煮喰ふ          倉橋  茂
おでん種溢るるほどに膨れたり       園部あづき
日脚伸ぶあつさり老いて悔いもなし     竹花美代惠





















伊那男俳句


伊那男俳句 自句自解(87)            

父の墓俗名のまま小鳥来る

 開業医であった父は実に勤勉な人であった。随分町の人に慕われていた。兄も私もそろそろ引退してのんびり暮らしたらどうか、と言っていたが取り合わなかった。八十四歳の時、夜急患が来て診察の最中に脳梗塞で倒れた。結局半身不随の生活となり、母も世話ができなくなったのを機に、八王子の兄の近くの療養施設に入居し、九十二歳で死んだ。我々子供三人が伊那谷を離れていることもあり、信州に用意していた墓は返納して、多摩動物公園駅近くの霊園に埋葬することになった。父は生前から宗教というものには一切関心を持たない人でもあったので、戒名は受けず、俗名のままで見送ることとなった。俗名伊藤正木。信州伊那谷の天竜川東岸、東春近の小農の長男に生まれた。学費が無かったことから旧制高校への進学は諦めて、アルバイトに明け暮れながら医学専門学校を卒業した。尊敬する父であった。今異郷の地で小鳥と親しんでいるのである。

妻と会ふためのまなぶた日向ぼこ

 第二句集『知命なほ』の棹尾に置いた句である。この句集は金融会社の倒産と失業、居酒屋の開業、父の死、妻の死などに直面した、私にとっては激動の歳月の記録であった。勢い主観の強い句集であったとも思う。妻が死んだ翌日が父の納骨というのもなかなかの体験であった。その翌日が俳句総合誌の合評鼎談の日で、私だけ欠けるわけには行かず出席した。妻は四十代前半に乳癌が発症した。当時珍しかった温存療法を選び、経過観察期間十年の直前に肺への転移が判明した。十二月二十八日が誕生日で、その翌月一月二十一日に死んだので、五十五歳といっても一月無かったのであった。居酒屋の仕事を持っていたので気が紛れたが、残された犬と暮らす日々であった。掲出句はそんな一年が過ぎた頃の句である。句集中の印象深い句として取り上げて下さる方が多く、私の代表句の一つのようになっている。この句が代表句というのは悲しいけれど、供養ということになろうか。





     


 



俳人協会四賞・受賞式





更新で5秒後、再度スライドします。全14枚。







リンクします。

aishi etc
        













銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

ごあいさつにご利用下さい。





        










掲示板













               
 
     

「銀漢」季語別俳句集


26

拡大します。
銀漢季語別俳句集
待望の『季語別俳句集』が3月に刊行されました。


















主宰日録  

  

1月
 1月2日(月)
食べ過ぎにつき朝食、昼食を抜く。「銀漢新年俳句大会」の選句。西本願寺で手に入れた『漫画歎異抄』を読初とする。夜、中川家から到来の蟹。鯛の半身は皮を焙って刺身。

1月3日(火)
今日は白味噌雑煮とする。紅白なます好評にて2回目作る。年末捌いた鰤の照焼。

1月4日(水)
天気上々。ひと段落付いたので、浅草寺初詣。あまりの人の多さに、巣鴨へ。陀羅尼助丸を買うついでに「巣鴨 ときわ食堂」にて小酌。巨大海老フライ。鯖の味噌煮など実に佳し! 「銀漢」2月号校正。

1月5日(木)
校正原稿を禪次氏へ投函。花果さん、かなり復調の様子にて少し安堵。このあとリハビリ入院と。禪次さん前立腺不調の由にて心配。塩を打っておいたアラで鰤大根。夜、鶏鍋。近江麩が旨い。

 1月6日(金)
13時、深大寺境内、「伊那北会」。参拝あと、波郷の墓、国宝白鳳仏を巡り、深大寺城跡を散策。天気上々。「深大寺そば きよし」にて蕎麦豆腐、田楽、だし巻玉子で新年の祝杯。吉祥寺に出て「いせや総本店」で焼鳥。煙に巻かれる。あとハーモニカ横丁で酒場2軒、「みんみん」の餃子。最後にカラオケに行ってしまう……。

1月7日(土)
七種粥。「三丁目の夕日」の「昭和歳時記」エッセイ一本。何人かに新年の挨拶状。夜、柚味噌大根。酒は抜く。

1月8日(日)
「俳人協会賞」予選通過作品11編を読み始める。

1月10日(火)
発行所にて「火の会」。11人。あと角の餃子屋久々。

1月13日(金)、14日(土)、15日(日)
句集読み続ける。作句。選句。調布の講話用、金子兜太についての調べ物。レジメ作成など。中世の関東地方についての本を2冊ほど読む。

1月18日(水)
17時、日暮里「夕焼け酒場」にて高校同期の「三水会」。後輩の有賀理君も来てくれて8人。伊那谷ファンのこしだまほさんも参加。22時まで、だいぶ飲む……。

1月20日(金)
14時から調布の俳句講話。「金子兜太」二時間。あと竹内洋平夫妻と喫茶店。仙川の「きくや」で小酌。鮪刺身、煮込、丸干。作句。

1月21日(土)
亡妻の18回忌の命日。羽黒の三光院から粕谷容子様、12月30日ご逝去の報。享年93歳と。

1月22日(日)
13時半から亡妻光代さんを偲ぶ会。兄、義妹夫婦(五日市)杏子一家。15人。気仙沼から取り寄せた牡蠣。生牡蠣、バターソテー、土手鍋、雑炊。紅白なます、牛蒡・蓮根の胡麻まぶし、干柿とブルーチーズなど。

 1月23日(月)
数句会の選句。毎日新聞「俳句てふてふ」の「俳句万華鏡」「俳人の風景⑥阿波野青畝」について執筆。夜、寄せ鍋。蓮根のキンピラ、すぐき。

1月25日(水)
11時、発行所。2月号の発送日にて編集部の方々の顔を見に。武田編集長と打合せ。「三多軒」にて短冊、たとうなど購入。京王百貨店にて数家にお悔みの線香など送る手配。

 1月26日(木)
3月号、選句稿送る。同人集は、花果さん担当分を大溝さんへ。大溝さん担当の会員集分は有賀理さんに変更。独活のキンピラ、蓮根の胡麻まぶし、生牡蠣。

1月27日(金)
「俳人協会賞」候補11冊もう一度読み直す。夜、鶏と葱の鍋。

1月28日(土)
15時半より俳句文学館。「第62回俳人協会賞」の選考会。西村和子委員長、小澤實、小川軽舟、野中亮介氏。私以外はリモート参加。森賀まりさんに決定。

1月29日(日)
11時、御茶ノ水の「ホテル東京ガーデンパレス」。屋内修一氏の「天穹」創立25周年記念大会で講演。堀切君は同人評執筆しておりゲストで同席。

 1月30日(月)
彗星集選評を送り、3月号の執筆終了。雑用いろいろ。夜、仙台油麩、近江丁子麩、新潟車麩の3種を使った鍋。

1月31日(火)
15時から板橋の印刷会社コーシン。武田、馬場龍吉、堀切さんと。『神保町に銀漢亭があったころ』の最終打合せ。夕方「スナック雪月花」。太田うさぎさんの誕生会の集まり。10数名。清人さん手配の気仙沼の牡蠣を調理。生で、バターソテーで。

2月

2月1月(水)
「第62回俳人協会賞」の選評送る。調布アカデミー愛とぴあの俳句講座、来季の予定表送る。「新年俳句大会」用の短冊十枚染筆。孫3人は各々スキー。1人は大阪のUSJへ。

2月4日(土)
昼、「鎌倉句会」の中野さんと成城学園前駅で待ち合わせ。「藤」にて昼食。あと喫茶店にて打合せ。「銀漢」4月号のエッセイ一本。

 2月5日(日)
12時過ぎ、神保町「学士会館」。「銀漢俳句会総会・新年会」、3年ぶりの開催。80名参加。同じ会館で「馬酔木」の新年会もあり、徳田千鶴子主宰、水原夫人に挨拶。九州の野中亮介氏来ていて、挨拶に来て下さる。16時終了。「秋」という中華店にて2次会。なんと40人。あと長崎の坂口晴子さん、半田けい子さん他10名ほどでカラオケ。

2月8日(水)
14時、御茶ノ水の「東京都水道歴史館」を見学。淡路町に廻り、金融会社時代の本社ビル(今は白水社)や連雀町などを巡る。思い出多し。17時半、「神田いるさ」。毎日新聞の今井竜さんに「俳句てふてふ」の添削教室担当として堀切克洋君を紹介。鯖の幽庵焼、スッポンの唐揚、寒鰤等料理佳し。鰯の炊込みご飯、デザートのきんつばも手が掛かっている。あとは堀切君と「魚勝」。

 2月10日(金)
朝から雪。馬場龍吉句集『ナイアガラ』につき「銀漢」誌用に句集評2.000千字余書く。

2月12日(日)
10時、新宿の北村皆雄氏の事務所。平澤事務局長、井蛙さんと「井月忌俳句大会」の打合せ。宮下さんリモート参加。昼に終了。井蛙さんと「珈穂音」。ロールキャベツ、白子ポン酢、うるいのおひたし、鯵フライなど。「田酒」あり。あと思い出横丁の「岐阜屋」で餃子、ニラ玉でビール。あと「埼玉屋」でホッピー。すっかり勢い付いて西口「ばがぼんど」でウイスキー。

 2月13日(月)
10時半、大宮、「伊那北会」。光汪さんが「鉄道博物館」の入場券あり、とて。ざっと3時間ほど楽しく見学。あと寿能城跡を巡り、大野田家へ。奥様の料理で酒宴。「ヴーヴクリコ」「田酒」など楽しみ、あっという間に22時を過ぎる。2日続きの深酒となる。夫人の厚い接待に感謝。

2月14日(火)
数句会の選句、選評。確定申告書類を藤井事務所へ送る。夜、発行所にて「火の会」。13人揃うのは久々。あと今井肖子、天野小石、阪西敦子さんと中華店。

2月15日(水)
極寒の一日。「銀漢」4月号の選句。紅白なます、ほうれん草胡麻和え、芽キャベツとマッシュルームの舞茸ソース和えなど。

 2 月18日(土)
9時半の特急ラビュー号で秩父の横瀬駅20人。禪次さんの肝入りで「猪鍋吟行会」。快晴。羊山公園から秩父神社へ散策。「武甲山資料館」に入る。14時、「かつら」にて五句出し句会。猪鍋、実に旨し! 3年振り。芹と卵を持ち込んでおじや。解散後、禅次さん他五名ほどで「駅前」という店。茸汁、わかさぎ、蕗の薹の天婦羅など。戻って新宿で2軒。これがいけない……。

2月19日(日)
2日酔いで午前中身動きならず。数句会の選句。夜、孫達にステーキを焼く。










         
    






今月の季節の写真/花の歳時記



2023/4/20撮影   葱坊主    HACHIOJI 





花言葉  「笑顔」「ほほえみ」「愛嬌」「挫けない心」。

△葱坊主
春になり暖かくなってくると顔を出すネギ坊主。
ネギ坊主の正体は「花」。球状の花を坊主頭に見立ててそう呼ばれるようになりました。
ネギ坊主ができることを「とう立ち(薹立ち)」、または「抽苔(ちゅうだい)」といいます。

ミスミソウ 水芭蕉 キブシ ハナズオウ バイモ
ハナダイコン 姫蔓蕎麦 御衣黄桜 郁子 葱坊主







写真は4~5日間隔で掲載しています。 


20223/4/20







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