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2月号  2023年

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銀漢季語別俳句集


伊藤伊那男作品


主宰の8句















        
             

                        

    

今月の目次









銀漢俳句会/2023/2月号






   


 











銀漢の俳句 

伊藤伊那男 

◎時雨

 二十代の初めに二年間ほど京都に暮らしたが、証券業という金儲けに絡む生臭い仕事に従事していたことや、若気の至りで、まだ青い灯赤い灯の方に興味があったことから、寺社仏閣や歴史への思いは薄かった。当然京都特有の気象現象などに思いが及ぶこともなかった。その後東京へ戻ったが、妻が京都の人であったので、度々京都を訪ねることになった。俳句を始めてから四、五年後のことであったか、妻の祖母の葬儀があった。家は五条坂の近くの町家で三和土や坪庭のある古い商家であった。あれ、何だろうと庭を見ると雨のあとがある。ああ通り雨であったか……と部屋に戻るとしばらくしてまた音がする。そんなことが何回かあって「これが京都の時雨であったのか」とようやく気付いたのであった。傘が無くても凌げるほどの雨、町家の瓦を少し濡らすほどの通り雨である。
 万葉集にも〈もみちばを散らす時雨の降るなへに夜さへそ寒き独りし寝れば〉があり、古くから意識されていた気象現象である。加えて遷都後の京都盆地は時雨の現象が顕著であったことから歌人に親しまれ、美意識に育まれ、詠み継がれ、季語として定着していったのである。
気象学的にみると、大陸からの冷たい季節風が日本海を渡るとき、暖かい海流により水蒸気を含んだ雨雲となり、短い繰り返しで通り雨を降らせる現象である。日本海側の、特に山がちの地域で発生するものである。俳句では京都を舞台として詠まれることが圧倒的に多いが次のような名句もある。
  
しぐれふるみちのくに大き仏あり   水原秋櫻子
うつくしきあぎととあへり能登時雨  飴山  實
しぐるるや駅に西口東口       安住  敦

 二句目の「能登時雨」は、この句以降よく詠まれるようになった。能登出身の同人森羽久衣さんに聞くと、能登では「時雨」という表現は使った記憶が無いという。一年中「弁当を忘れても傘忘れるな」と言われるほど雨の多い土地柄であり、時雨の時期は冬虹が出たり、鰤起しと呼ばれる雷が絶えず鳴り、霰や霙が降って、区別する意識が持てないほど忙しい空模様のため時雨だけを取り上げることが無かったようである。三句目の安住句は東京の田園調布駅で詠んだものだが、本来関東地方ではほとんど見られない現象である。
 時雨には「朝時雨」「夕時雨」「小夜時雨」「村時雨」「片時雨」「初時雨」など副季語が多い。季節を違えて「春時雨」「秋時雨」もある。緑雨を「青時雨」と詠む例があるが私は好まない。















 



  

盤水俳句・今月の一句

伊藤伊那男 

残雪に大幣の舞ふ湯殿山           皆川 盤水
 
出羽三山は中世期は真言宗であったが、江戸期に羽黒山が天台宗に改宗したため、二つの宗派が混在することになった。湯殿山は修験、呪術の要素をより色濃く残していったようで、即身仏信仰も湯殿系が明治期まで残した。この句は「風」東北鍛練会での作句で、句集には中七が「大き幣とぶ」で掲載されているが、句碑建立に当たって改作された。出羽三山では三基目、第八句碑として平成九年湯殿山神社本宮登り口に建立された。(昭和五十三年作『山晴』所収)
    









 





彗星集作品抄
  伊藤伊那男・選

 書くことが命の子規の忌なりけり       長谷川明子
 一枚の喪の便りより冬に入る         山田  茜
 顔見世の火照りに川の夜風かな        谷口いづみ
 長男は故郷に棲まず次郎柿          長谷川千何子
 故郷の新米先づは手触りで          北爪 鳥閑
 大根の抜かれし畑の遺跡めく         有賀  理
 心の荷ひとつ花野に捨てにけり        福原  紅
 しぐれ忌の詩囊を漱ぐ三井の鐘        武田 禪次
 風紋や神在月の神の跡            白井八十八
 荒縄の切り口匂ふ冬構            中野 堯司
 満蒙は死語となりしか鵙猛る         坂下  昭
 焼薯を割つて疎開のことなども        戸矢 一斗
 鉄塔は夜中に鳴きて虎落笛          萩原 陽里
 夜なべの母時をり鳴らす糸切歯        橋野 幸彦
 しぐるるや能登の瓦をまた濡らす       白濱 武子
 毛糸編む何も考へたくない日         北川 京子
 吊り橋を渡り紅葉の山揺らす         西田 鏡子
 泡ひとつ吐き寒鯉になりゆけり        大野 里詩
 熱熱のお手玉となるふかし藷         多田 美記
 海霧深し汽笛と鷗啼き交す          齋藤 克之



     









    
     

彗星集 選評 伊藤伊那男

伊藤伊那男・選

書くことが命の子規の忌なりけり       長谷川明子
 三十五歳という短い生涯の子規は、二十九歳の頃には病臥の不自由な生活に入ったのであるが、執筆意欲は全く衰えることなく縦横無尽に書き続けた。そのエネルギーは只事ではない。『墨汁一滴』『仰臥漫録』『病牀六尺』などは今も読み継がれる名作である。我々は俳句の面しか知らないが、短歌の世界にも大きな影響を与えているのである。「書くことが命」という措辞は納得のいくものだ。書き続け、書き続けた人生なのである。忌日は九月十九日。

一枚の喪の便りより冬に入る         山田  茜
十一月位から喪中の知らせが届く。忌中につき年賀の挨拶は失礼するというものだ。これを受けると、ああ年も詰まってきたのだな、と思う。作者は「冬に入る」ことを実感した、というのである。「冬に入る」の納め方は上々で詩情が醸されているようだ。 

顔見世の火照りに川の夜風かな        谷口いづみ
「顔見世」は江戸時代中期、正徳年間の記録に残っている。興行主が俳優を雇用するのは一年契約で、毎年十月(陰暦)に更改された。十一月は各座とも初めて新年度の顔ぶれで興行したので「顔見世」と称したのである。今の歌舞伎界には、前記のような契約形態は無いが、その名残を京都の南座が残して十二月(陽暦)に櫓飾りや出演者の紋と名前を書いた庵看板(まねき)を掲げるのである。説明が長くなったが、その顔見世を見た興奮を鴨川の夜風で冷ましたというのである。実感が深い。 

長男は故郷に棲まず次郎柿          長谷川千何子
一読面白い句である。現代はあちこちで発生している現象であり、故郷を棄てて都会に住む人が増えて、地方は過疎化が進んでいる。この句は長男は戻らず、では次男が残ったのかというとそうではなく「次郎柿」だけがたわわに稔っているという。長男、次郎と、言葉の綾が見事である。だが言葉遊びだけでは終っていないのである。次郎柿は静岡原産の晩生の甘柿である。 

故郷の新米先づは手触りで          北爪 鳥閑
手前味噌という言葉があるが、故郷の米となるとやはり一味違うものだ。懐しい風景が鮮やかに甦るのである。この作者は先ず新米の中に手を入れてみたというのだが、こういう確かめ方を面白く思う。触覚で故郷を確かめることで実感を深めている。 

大根の抜かれし畑の遺跡めく         有賀  理
大根を抜いた穴が、古代の建物の杭の穴のように見えたというのである。遺跡の発掘現場の風景と重ねたところが面白い。これが桜島大根であったら巨大な建物という連想も浮かぶし、楽しい句となった。 

心の荷ひとつ花野に捨てにけり        福原  紅
 花野の開放感。重さと嵩はどれ位であったのか……。

しぐれ忌の詩囊を漱ぐ三井の鐘        武田 禪次
 芭蕉と近江の関係を思うと、三井寺の地名に必然性が。

風紋や神在月の神の跡            白井八十八
 風紋を神の足跡とみた。風紋は(・)と繫げた方がいいか。

荒縄の切り口匂ふ冬構            中野 堯司
 雪囲いや垣根の繕いなど縄の匂いが庭に満ちる。

満蒙は死語となりしか鵙猛る         坂下  昭
  かつての日本の傲慢と悲劇。鵙猛るの斡旋が効いている。

焼薯を割つて疎開のことなども        戸矢 一斗
 薩摩芋で腹を満たした時代を今も忘れないのだ。

鉄塔は夜中に鳴きて虎落笛          萩原 陽里
「夜泣きをする」という擬人化を交えた面白さ。 

夜なべの母時をり鳴らす糸切歯        橋野 幸彦
裁縫仕事も一時代前。糸切歯という言葉も。遠い回想。

しぐるるや能登の瓦をまた濡らす       白濱 武子
  「また濡らし(・)」として上五へ戻る方がよさそうだ。

毛糸編む何も考へたくない日         北川 京子
何も考えずに没頭するには毛糸編みは最適。 

吊り橋を渡り紅葉の山揺らす         西田 鏡子
吊り橋の揺れを、山の揺れに転換した面白さ。

泡ひとつ吐き寒鯉になりゆけり        大野 里詩
「泡ひとつ」に寒鯉の孤高な姿が捉えられている。 

熱熱のお手玉となるふかし藷         多田 美記
蒸し薯を受け取ったものの、熱くて両手を行き来する。

海霧深し汽笛と鷗啼き交す          齋藤 克之
海霧深しに北国の旅愁がある。
















          
 






銀河集作品抄

伊藤伊那男・選


卵かけごはんを今日も文化の日     東京  飯田眞理子
庭の妻紫蘇の実の風連れもどる     静岡  唐沢 静男
湯たんぽ入るる家族の数の昔かな    群馬  柴山つぐ子
三山のはじめはどこに竜田姫      東京  杉阪 大和
猪鍋や湯気が吉野の星つつむ      東京  武田 花果
しぐるるや落柿舎にある蓑と笠     東京  武田 禪次
山の神よりの風信一葉落つ       埼玉  多田 美記
夕食もひとり夜食もまたひとり     東京  谷岡 健彦
上京の宿にもれ聴く十夜鉦       神奈川 谷口いづみ
藁屑の散らばる庭も冬隣        長野  萩原 空木
泥葱の上のメモにも泥の跡       東京  堀切 克洋
湖の水に触れては秋惜しむ       東京  松川 洋酔
本陣の長押に槍やとろろ汁       東京  三代川次郎


















         





綺羅星集作品抄

伊藤伊那男・選

縁側に廻つてもらふ小春かな      東京  清水 史恵
浄瑠璃寺
冬の蝶彼岸此岸を行き交ひて      兵庫  清水佳壽美
鵙高音木遣歌めく諏訪大社       長野  坂下  昭
末枯のわけても雨の田原坂       長崎  坂口 晴子
背中には届かぬ湿布冬近し       東京  小山 蓮子 
頬杖の額へと移る秋思かな       東京  朽木  直
田を継ぐは神を継ぐこと里祭      東京  大住 光汪
暮早しぶぶ漬をとも云はぬ間に     大阪  中島 凌雲
とろろ汁五十三次半ばなる       茨城  中村 湖童
嘗め切れぬままに置かれて千歳飴    埼玉  戸矢 一斗
末枯へ鞄を置けば旅人に        東京  武井まゆみ
草田男の雪青邨の雪女郎        東京  沼田 有希
後の月未完の完と云ふことも      東京  山下 美佐
死ぬ力眼玉に残し枯蟷螂        東京  市川 蘆舟
福寿草見れば数への歳を取る      東京  伊藤 政三

冬鳥の来て流木の虚つつく       東京  飛鳥  蘭   
汀女忌や小皿に転ぶ五色豆       宮城  有賀 稲香
けんけんの臘石あとや冬隣       東京  有澤 志峯
束縛と云ふ温もりも冬囲        神奈川 有賀   理
芋虫の音なくうがつ太き顎       東京  飯田 子貢
有難き梵字は読めず大根焚       東京  生田   武 
何もなき日々の幸せ草の花       埼玉  池田 桐人
干されゐる鮭の目なほも川上へ     埼玉  伊藤 庄平
大藪を突き刺す朝日笹子鳴く      神奈川 伊東  岬
猪鍋を囲み兜太の話など        東京  今井  麦
箱罠の隙より荒き猪の息        埼玉  今村 昌史
その影も冬の蝶へと揮発せり      東京  上田  裕
着膨れておほかたのことぼんやりと   東京  宇志やまと
板敷の大き焦げ跡牡丹鍋        埼玉  大澤 静子
冬ざるる灯る一戸の大間崎       神奈川 太田 勝行
残る鴨やや念入りに羽づくろひ     東京  大沼まり子
色鳥来若冲の絵を観てをれば      神奈川 大野 里詩
淡海に百済の風か荻の声        埼玉  大野田井蛙
花色の付箋を揃へ種を採る       東京  大溝 妙子
貼り替へし雪見障子に庭覗く      東京  大山かげもと
蟷螂の脚の先まで殺気立つ       東京  岡城ひとみ
肩車の子の眼の高さ赤とんぼ      東京  小川 夏葉
非力なる力まかせで擂る林檎      愛知  荻野ゆ佑子
流星や鳩時計の鳩ひきこもる      宮城  小田島 渚
島に住み鰯雲見て海を見て       宮城  小野寺一砂
船の出ぬ風の一日青みかん       埼玉  小野寺清人
銀漢がかぶさつてくる尾根泊り     和歌山 笠原 祐子
青空へ腕を伸ばして林檎捥ぐ      東京  梶山かおり
秋の雲野に咲く花の欠片へと      愛媛  片山 一行
鎖罠千切り逃れし手負猪        静岡  金井 硯児
冬に入る母の杖の音近々と       東京  我部 敬子
秋蝶の躓くやうに近寄れり       東京  川島秋葉男
迷ひなき庭師の鋏律の風        千葉  川島  紬
白砂の掃き目の深し神還る       神奈川 河村  啓
田の焚火煙ばかりの大きくて      愛知  北浦 正弘
梟啼く姥捨山を下りけり        長野  北澤 一伯
柄違へ晴着の双子七五三        東京  絹田  稜
行く秋の入江一つに駅一つ       東京  柊原 洋征
河豚雑炊土鍋の耳のてらてらと     神奈川 久坂衣里子
その先に鱗を残し鮭打棒        東京  畔柳 海村
全長を横たへて売る山の芋       東京  小泉 良子
それぞれに秩序のありぬおでん種    神奈川 こしだまほ
ひとかどの面構へする寒鴉       宮城  齊藤 克之
マルメロやみちのくの空いびつにす   青森  榊 せい子
甲冑のかたかた鳴りて里祭       群馬  佐藤 栄子
コーヒーとみそ汁の朝文化の日     群馬  佐藤かずえ
町内に赤子生るる小春の日       長野  三溝 恵子
雁字搦めほどかぬままに茨の実     広島  塩田佐喜子
この頃は紅も引かずや一葉忌      東京  島  織布
寝転んで畳のひかる後の月       東京  島谷 高水
もの音に驚きやすし秋深む       東京  清水美保子
重ね来る喪中はがきや雪催       埼玉  志村  昌
仁丹の香ごと遺され冬帽子       千葉  白井 飛露
追伸に真意一行帰り花         神奈川 白井八十八
鹿鳴館辺りさまよふ秋の蝶       東京  白濱 武子
ラガーらの勝利の握手荒々し      東京  新谷 房子
芭蕉忌の夜の明るさ御堂筋       大阪  末永理恵子
鳴子縄仕掛けし足が鳴らしをり     東京  鈴木 淳子
出郷のはや古稀となり鳥渡る      東京  鈴木てる緒
耕人の逝きし畑の烏瓜         群馬  鈴木踏青子
大粒の雨とどめたる秋の庭       東京  角 佐穂子
蛇笏忌の山傾ぐかに木の実降る     東京  瀬戸 紀恵
今朝の冬つかみて放つ太極拳      神奈川 曽谷 晴子
啄木鳥の穴四阿の柱にも        長野  髙橋 初風
枯蓮の池の底まで枯尽くす       東京  高橋 透水
一日を都大路の秋の声         東京  竹内 洋平
父逝きて茸の在り処知らぬまま     神奈川 田嶋 壺中
栗剝くやまた夕暮に急かされて     東京  多田 悦子
あす去ればいつ来る家郷十三夜     東京  立崎ひかり
毛糸編む今日の調子を知る網目     東京  田中 敬子
七五三父の柏手良く響き        東京  田中  道
この墓に我もいつかは日なたぼこ    東京  田家 正好
電球の温もり親し零余子飯       東京  塚本 一夫
散歩靴履き慣れてきて菊日和      東京  辻  隆夫
伸びすれば釣瓶落しの只中に      東京  辻本 芙紗
行く秋や木々の間をさざめかせ     東京  辻本 理恵
猪を吊りて吊橋渡りけり        愛知  津田  卓
木の実降る奉納殿や薦被り       東京  坪井 研治
ひとつ打つ柱の時計毛糸編む      千葉  長井  哲
潮汐の時を知るかに浜千鳥       神奈川 中野 堯司
山寺の水を汲み足す芋煮鍋       東京  中野 智子
お針子の打つ手もなしに破芭蕉     東京  中村 孝哲
山風をうねり返せる竹の春       埼玉  中村 宗男
老人の吹けば淋しき瓢の笛       東京  中村 藍人
短日や()(よし)の里はことさらに      長野  中山  中
寒流の育てし腹や鱈捌く        千葉  中山 桐里
そよぐほど伸びて穭田峡日和      大阪  西田 鏡子
勝ち負けは関係なくて木の実独楽    埼玉  萩原 陽里
けむり茸踏んで山路を違へけり     東京  橋野 幸彦
ゐのこづち剝がして終はる畑仕舞    広島  長谷川明子
秋の暮街裏見せて神田川        東京  長谷川千何子
夜道来て叔父の歳暮の雉子一羽     神奈川 原田さがみ
綿虫の舞ひゐる道を有馬へと      兵庫  播广 義春
十夜声明波寄するごと引くごとく    東京  半田けい子
文化の日画鋲錆びつく掲示板      埼玉  深津  博
みはるかす本牧沖の冬の凪       東京  福永 新祇
蟷螂の涸れても闘志失はず       東京  福原  紅
健やかたれ軒に二連の吊し柿      東京  星野 淑子
秋祭鼻に汗する猿田彦         東京  保谷 政孝
寄す波に走る千鳥の早さかな      神奈川 堀  備中
棟上げの音急く釣瓶落しかな      岐阜  堀江 美州
雨傘に隠す恋情べたら市        埼玉  本庄 康代
空也忌の空也最中や並び買ふ      東京  松浦 宗克
悪役の方が活き活き菊人形       東京  松代 展枝
実る頃柿褒めに来る薬売り       神奈川 三井 康有
ひよんの笛鳴らしふるさと手繰りけり  東京  宮内 孝子
全集が家具のごとくに文化の日     神奈川 宮本起代子
懐かしむもののひとつに菊膾      東京  村田 郁子
城壁に火矢放ちたる蔦紅葉       東京  村田 重子
饅頭は菊のかたちに文化の日      東京  森 羽久衣
毛糸編む車窓まぢかに日本海      千葉  森崎 森平
御仏の指の曲りの爽やかに       埼玉  森濱 直之
挑発をするごと爆ぜて石榴の実     長野  守屋  明
秋天の碧を吸ひとる忘れ潮       東京  矢野 安美
息災との便りさながら新米来      愛知  山口 輝久
畑すみに白煙あがる冬立つ日      群馬  山﨑ちづ子
在宅をつねの勤労感謝の日       東京  山田  茜
何処からも塔見えてゐる柿の里     東京  山元 正規
海も空もいよいよ青し蜜柑照る     愛媛  脇  行雲
水仕てふ言葉我にも一葉忌       東京  渡辺 花穂
秋郊の武蔵と名乗る駅数多       埼玉  渡辺 志水














          













銀河集・綺羅星今月の秀句


伊藤伊那男・選

庭の妻紫蘇の実の風連れもどる       唐沢 静男
   庭隅の紫蘇の実をしごき採ったのであろう。その仄かな匂が伝わってくる。田舎育ちの者にとっては懐かしい香である。塩漬や醬油漬その他にして冬中食卓に上るものであった。句は一瞬の香の通過を摑んで切れ味のいい感覚。


山の神よりの風信一葉落つ         多田 美記
 「一葉」とは桐の葉のこと。大きな葉であるから存在感がある。山の神からの託宣とも思われてくるというのである。同時出句の〈色変へぬ松の語れる栄枯かな〉は、季節が変わっても色の変わらぬ松に歴史の栄枯を洞察する目差に抒情の深みがある。


縁側に廻つてもらふ小春かな        清水 史恵
気のおけない友人であれば、裏に廻ってもらう。そんな付合いであるところがいい。小春日の縁側で四方山話でもしようというのである。小春の季語が生きている。〈同郷といふも縁やおでん酒〉は、たまたま隣席となった客が同郷の人であった、という酒場の風景で、「おでん」の配合がその興趣を深めている。


冬の蝶彼岸此岸を行き交ひて        清水佳壽美
「浄瑠璃寺」の前書があった。奈良にあると思っている人が多いが、行政的に言うと京都府に属する。綺麗に整えられた浄土式庭園である。句にあるように彼岸の極楽浄土を具現しているのである。冬の蝶が作者の目の前と彼岸との間を行き来する。ただし儚さを伴った「冬の蝶」を配したことで、諸行無常を読後に漂わせるのである。 


鵙高音木遣歌めく諏訪大社         坂下  昭
御柱祭で歌われる木遣の声は甲高く、よほど訓練をしないと歌えない。鳥の声の中でも鵙の声は高く「鵙高音」の季語となっているのだが、これを木遣の高さと比喩にしたところが非凡である。諏訪を囲む山々が目に浮かぶようである。同時出句の〈翁忌や曾良の墓にも初時雨〉は『奥の細道』に随行した曾良に焦点を当てた面白さである。「初時雨」にくどさを感じない。曾良の墓は諏訪正願寺にある。 


末枯のわけても雨の田原坂         坂口 晴子
西南戦争の田原坂の戦いは凄惨であった。攻防の末、新政府軍の近代兵器や通信網に西郷軍は屈服する。〈雨は降る降る人馬は濡れる越すに越されぬ田原坂〉の歌がある。作者は末枯の時期に訪ね、雨に会ったのであろう。時を違えた雨の中で戦いを回顧しているのである。「末枯」に西郷軍への哀惜が籠められているのだろう。 


背中には届かぬ湿布冬近し         小山 蓮子
年を取ると尚更であろうが、背中になかなか手が届かない。湿布を一人で貼るなどというのは無理である。そんなもどかしさが可笑しさを伴って詠まれている。 


頰杖の額へと移る秋思かな         朽木  直
秋思の様子を丁寧に詠んでいる。机の前で頰杖を突いて物思いに耽っているのだが、それが額に移る。秋思が深まったのであろうか、いや居眠りに入ってしまったのであろうか。その解らないところが俳句の妙である。


田を継ぐは神を継ぐこと里祭        大住 光汪
 都会への人口集中や少子化で、地方の祭や行事を継続、維持することが大変になっていると聞く。農業というものは天地の恵みや、人の結束で保たれているもので、その象徴として神社がある。農業が廃れると神社が荒廃する相関関係にある。こういう句が詠まれるようになったのは濃厚にその兆しが出ているということであろう。警鐘の句か。


暮早しぶぶ漬をとも云はぬ間に       中島 凌雲
 「京のぶぶ漬」の諺があるが、これを基にした面白い句である。「ぶぶ漬でも……」と言い出す前に日暮時が来たと。機知の効いた、技倆のある表現。


とろろ汁五十三次半ばなる         中村 湖童
 東海道五十三次の鞠子宿(丸子)は江戸から二十番目にあるから、ほぼ半ば、とみてよかろう。広重にその茶店の浮世絵がある。自然薯掘が茶店に納めながらついでに酒を飲んでいる雰囲気の絵だ。こういう詠み方も一興である。


嘗め切れぬままに置かれて千歳飴      戸矢 一斗
 目配りの効いた句だ。嘗めてはみたものの持て余してしまったのであろうが、ぽつんと残った千歳飴というものに焦点を当てたところが俳句的である。



 その他印象深かった句を次に

木枯へ鞄を置けば旅人に          武井まゆみ
草田男の雪青邨の雪女郎          沼田 有希
後の月未完の完と云ふことも        山下 美佐
死ぬ力眼玉に残し枯蟷螂          市川 蘆舟
福寿草見れば数への歳を取る        伊藤 政三













                






 

星雲集作品抄
伊藤伊那男・選

秀逸

摩り切れし鞄の紐や神の旅       東京  尼崎 沙羅
唐辛子真紅の熱を放つごと       長野  池内とほる
食べ頃を鴉に聞きて柿を捥ぐ      岐阜  鈴木 春水
ロボットが料理運ぶや文化の日     東京  北原美枝子
日蓮の杖の伝説水澄めり        神奈川 北爪 鳥閑
焼栗の匂の残る巴里の地図       東京  山口 一滴
川霧の千曲のなりに曲がりけり     長野  上野 三歩
久久の背広は喪服冬日影        東京  久保園和美
漱石忌尺寸の手も貸さぬ猫       大阪  杉島 久江
積む薪の三角四角雪催         千葉  園部あづき
碧空のがさと剝がれし朴落葉      栃木  たなかまさこ
山茶花を歌ひし道に焚火なし      東京  田中 真美
勲章は母の笑顔に文化の日       東京  中込 精二
魔女の子を背負ひて帰るハロウィーン  埼玉  内藤  明
江の島も十一月の波しぶき       東京  桂  説子

押せば出る桐の引出し冬籠       山形  我妻 一男






星雲集作品抄

            伊藤伊那男・選


案山子寝る次の出番の来る日まで    京都  秋保 櫻子
山の端に名残の雲や秋惜しむ      愛媛  安藤 向山
形あるものみな染むる秋夕焼      東京  井川  敏
三日月の影を編み込む欅森       東京  石倉 俊紀
大漁旗はためく氷見や雪催       東京  一政 輪太
山茶花の白きに朱のやや滲む      東京  伊藤 真紀
新宿のロールキャベツや夜学生     広島  井上 幸三
正面に富士を見つめて冬の旅      愛媛  岩本 青山
菊愛でて庄内の酒良かりけり      東京  上村健太郎
風向きを読み取つてより落葉搔     長野  浦野 洋一
転生の始まりとなす落葉かな      静岡  大槻  望
義仲寺の軒へ駆け込む初時雨      神奈川 小坂 誠子
座布団を縁に干しをり神の留守     静岡  小野 無道
蓮の実の飛んで水面の暮れにけり    群馬  小野田静江
荒天に鰤が押し寄す氷見の海      埼玉  加藤 且之
古希の身に湯ざめするなと母の文    東京  釜萢 達夫
土寄せをまめに今年の葱をぬく     長野  唐沢 冬朱
縄で持つ煉瓦のごとき新豆腐      愛知  河畑 達雄
柿の木の一本分の柿簾         群馬  北川 京子
作業帽に火花噴き上ぐ夜業かな     東京  熊木 光代
古書街のいつも通りの文化の日     東京  倉橋  茂
又一人会へぬ友増え賀状書く      群馬  黒岩伊知朗
ふくれ面宥めすかして七五三      群馬  黒岩 清子
掌の上高々と雪蛍           愛知  黒岩 宏行
境内の鳥の騒めき神の留守       東京  黒田イツ子
今日鳴けば今日より汝は冬の鳥     神奈川 小池 天牛
月赤しだれか狐火呼びに行け      東京  髙坂小太郎
黒葡萄押し競饅頭する如し       東京  小寺 一凡
愉しげに毛糸編みをり身重妻      千葉  小森みゆき
歳時記の手垢の光る秋灯下       神奈川 阪井 忠太
絆創膏ねぎの匂の指に巻く       長野  桜井美津江
終電の急かす家路や冬銀河       東京  佐々木終吉
歓声は谺となれり冬花火        群馬  佐藤さゆり
どこまでも歩ける心地秋高し      東京  島谷  操
棲むために水鳥まづは諍ひぬ      東京  清水 旭峰
赤のまま幼なじみも老いにけり     千葉  清水 礼子
山小屋の灯火消えて冬銀河       群馬  白石 欽二
人生の旅を旅して神の留守       東京  須﨑 武雄
手のひらに湿る落穂の重さかな     愛知  住山 春人
酒蔵の煉瓦煙突松手入         東京  関根 正義
タンカーも空も鈍色冬の海       埼玉  園部 恵夏
文化の日馴染の薬並べたり       東京  田岡美也子
小春日や五百羅漢の輪の中に      東京  髙城 愉楽
句敵が勿来越え来る紅葉狩       福島  髙橋 双葉
山間の湖面に写る冬銀河        埼玉  武井 康弘
まだ少し力残して破芭蕉        東京  竹花美代惠
きりもなき落葉と掃く日はじまりぬ   神奈川 多丸 朝子
両足で向きを変へゐる行火かな     広島  藤堂 暢子
鰯雲夕日に鱗煌めきぬ         神奈川 長濱 泰子
思ひ出の窓に色なき風の入る      東京  永山 憂仔
芋煮会湯気立つ先に父の顔       京都  仁井田麻利子
天草に潜伏と言ふ隙間風        東京  西  照雄
星降る夜誰か指揮者がゐるやうな    宮城  西岡 博子
文化の日向ひ隣に子規不折       東京  西田有希子
木犀の香に誘はる坂の道        神奈川 西本  萌
土手鍋や手練の父が土手つくる     東京  野口 光枝
新海苔を翳せば海の青さかな      静岡  橋本 光子
温め酒気付けばもはやその時分     東京  橋本  泰
帰り道芋掘るを見てうちは明日     神奈川 花上 佐都
闇汁の始めの五分静かなり       長野  馬場みち子
指先の力加減や種を採る        千葉  針田 達行
灯火親し古き文庫の油紙        神奈川 日山 典子
能面の銘は面影十三夜         千葉  平野 梗華
今朝よりは金木犀の世に目覚む     千葉  平山 凛語
波高く漁師が吠ゆる鱈場かな      千葉  深澤 淡悠
留守の間に蕾擡げて石蕗の花      長野  藤井 法子
寒星や新聞受けの音響き        福岡  藤田 雅規
毛糸玉みつけし猫に遊ばるる      東京  牧野 睦子
刻刻と色変はりゆく夕紅葉       東京  幕内美智子
落し蓋押す大根の息づかひ       東京  丸山真理子
裏側を霧吹く菊師鋏おく        愛知  箕浦甫佐子
末枯の外野に消ゆる本塁打       東京  棟田 楽人
半世紀添うて夫婦の菊日和       宮城  村上セイ子
飾り窓ポインセチアの置きどころ    東京  家治 祥夫
迫りくる山影長し秋の風        群馬  山﨑 伸次
帰り着く単身寮の夜寒かな       神奈川 山田 丹晴
青蜜柑山に海にも日の光        静岡  山室 樹一
冬晴れの要害のごと八ッ場ダム     群馬  横沢 宇内
来し方と行く方見ゆる枯野中      神奈川 横地 三旦
烏瓜一樹にゆるる燈となりぬ      神奈川 横山 渓泉
風吹かば擦れて騒がし朴落葉      千葉  吉田 正克
菰巻の松の迎へる今日の宿       東京  若林 若干
秋灯や厨を主婦の書斎とし       東京  渡辺 誠子














星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男

摩り切れし鞄の紐や神の旅         尼崎 沙羅
「神の旅」は八百万神の国だからこその面白い季語である。神話の世界では滅んでしまった出雲の国へ神が集まるというのも不思議で、そこが様々な想像を誘うところである。句は神の旅と、古い旅鞄を持ち歩く自分の旅とを合わせている。そうなると神の旅には荷物があるのだろうか、あるのならどんな鞄であろうか‥‥などと空想が湧く、取合せの面白い句となった。 


唐辛子真紅の熱を放つごと         池内とほる
 唐辛子の説明に近い点はあるけれど「真紅の熱(●)」と捉えたところは新鮮である。私などは唐辛子の辛さに特に弱く、タイ料理店の扉を開けただけで、その熱気に汗が出てしまう位である。唐辛子の完全無欠な辛さをよく詠んでいる。


ロボットが料理運ぶや文化の日       北原美枝子
近頃のテレビニュースなどによると、飲食店でロボットが料理を給仕するという。そういう時代になったのである。我々の生きている戦後の八十年の科学技術の進歩は急激で濃密であった。これを「文化」というのであろう。文化の日の発祥は明治天皇の誕生日の天長節が戦後名称を替えたもので、私はその名称に違和感を持つのだが‥‥。それを含めて少し皮肉を含めた面白さの出た句であった。


焼栗の匂の残る巴里の地図         山口 一滴
洒落た句である。パリの秋は「焼栗」(マロン)が名物だという。それを食べながらのパリの旅を回想したのであろう。その時の地図が今も手許にあり、様々な思い出が触発されるのであろう。本当に匂が残っているわけではなかろうが、その地図を見ると焼栗の匂を確実に感じているのである。 

 

川霧の千曲のなりに曲がりけり       上野 三歩
 「千曲川」の地名がよく効いた句だ。この川は甲武信ヶ岳に発して上田盆地から長野平に入って犀川と合流し、北上して新潟に入り信濃川と名を変えて日本海へ入る。数多の曲折を経ることから付いた名称であろうか。その川の発する朝霧であろうか、川に沿って纏わる。その曲折が鮮明に捉えられているのである。


久久の背広は喪服冬日影          久保園和美
背広にネクタイの生活を返上して久しい。結婚式や祝賀会でももうネクタイはほとんどしないが、葬式の時はそうはいかない。黒いネクタイを結ぶ。この作者も同じ感じなのであろう。喪服としての背広というのがその雰囲気を伝えている。取り合わせた季語の「冬日影」がいい。「影」には二つの意味がある。一つは日、月、灯火などの光である。「月影のワルツ」という歌があるが、この影とは「月光」。もう一つの影は光によってできる物の姿。つまり光と影は表裏一体であり、この句の生と死の主題に叶った意味の深い取合せになったのである。 


漱石忌尺寸の手も貸さぬ猫         杉島 久江
確かに猫は何もしない。犬は番犬にもなり猟犬にもなり、『フランダースの犬』のような働きもするのだが、猫は何もしない。勝手気儘である。これを「尺寸の手も貸さぬ」と断じたのが句の味わい。漱石忌と合わせたところも『吾輩は猫である』に着地させる機知である。 


山茶花を歌ひし道に焚火なし        田中 真美
童謡「たきび」の二番に「さざんかさざんかさいたみち/たきびだたきびだおちばたき/あたろうかあたろうよ/しもやけおててがもうかゆい」がある。昭和十六年にできたという。私達の子供の頃は到る処で焚火をしていたので実感があったが、今はこの句のように、焚火は無い。作者は見馴れた道を歩き、ふと口遊んで、そう言えば、と過去を回想する。淡い感傷がいい、


新宿のロールキャベツや夜学生       井上 幸三
 我々の学生時代だとロールキャベツは、価格的にはどうにか手の届く西洋料理であった。句の新宿という固有名詞も季語の夜学生も実感を持っているのは、恐らく作者の体験から出てきた句だからであろう。時代の匂を感じさせる句なのである、


押せば出る桐の引出し冬籠         我妻 一男
精巧に作られた桐箪笥は上下の引出しの動きによる微妙な空気の圧力で動く。この句がいいのは「冬籠」の季語の取合せにあるようだ。乾燥した空気が感じられるのである。湿度が絡んで他の季節とは違う軽い動きなのであろう。 


その他印象深かった句を次に



食べ頃を鴉に聞きて柿を捥ぐ        鈴木 春水
積む薪の三角四角雪催           園部あづき
碧空のがさと剝がれし朴落葉        たなかまさこ
勲章は母の笑顔に文化の日         中込 精二
江の島も十一月の波しぶき         桂  説子
月赤しだれか狐火呼びに行け        髙坂小太郎
句敵が勿来越え来る紅葉狩         髙橋 双葉




















伊那男俳句


伊那男俳句 自句自解(85)         
  
心中の芝居はねたる夕桜

 平安時代前期までは、花と言えば梅が最も愛でられたのだが、遣唐使を廃して国風文化が隆盛する頃から桜が愛でられるように変わっていった。神話の美女、木花之開耶姫(こはなのさくやひめ)は桜の象徴となったし、『古今集』の〈世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 在原業平〉は今日まで一貫している日本人の桜に対する心情を代弁しているようだ。日本人は少なからず桜の花に対しては、他の花とは異なる霊力を感じているのではなかろうか。また桜の根は骸骨を抱いているという伝説も信じたくなるのである。さてこの句もそうした日本人の心情を頼りにした句ということになろう。西行法師の〈願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ〉も花と死がテーマである。心中物と桜という日本文化のテーマに則った句ということになろう。経営に参加していた会社が実質的に倒産状態となり、水天宮の近くに移転、明治座の近くの雑居ビルで飲んでいた時の句である。

奥は雲中千本は葉桜に

 吉野には五、六回は行っているのだが、桜の時期に行ったのは一度だけである。それも微妙に桜の時期がずれていて、中千本と呼ばれる蔵王堂の辺りは既に散ってしまっていて葉桜であった。奥千本まで行くと西行庵の辺りに僅かに花が残っていた。そのような記憶を残していたので、それから何年か経たあとこの句が浮かんだのである。句の地理的構成でいうと、作者(私だが)は中千本、蔵王堂にいる。吉野は下千本、中千本、上千本、奥千本の四つに分かれており、その標高差で微妙に開花時期がずれるのである。つまり下千本は葉桜も終わってしまった状態。中千本は葉桜、上千本は桜吹雪の頃、奥千本は真盛りということになる。ただし句として成立させるためには「奥は咲き」と言ってしまっては芸が無い。「奥は雲」と表現したことで「花の雲」を連想させて、見えないけれど満開であることを匂わせたのである。写生派の私だが、芸を加えてみたのである。






     


 



俳人協会四賞・受賞式





更新で5秒後、再度スライドします。全14枚。







リンクします。

aishi etc
        











銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

ごあいさつにご利用下さい。




 

        








掲示板











               
 
     

「銀漢」季語別俳句集


26

拡大します。
銀漢季語別俳句集
待望の『季語別俳句集』が3月に刊行されました。















主宰日録  

  

11月

11月12日(土)
調布の講話。阿波野青畝について調べる。鶏と芹の鍋。昼前、日暮里本行寺「一茶・山頭火俳句大会」。当日句募集で300句ほどあり。16時終了し、鈴木忍、井上弘美、鳥居真里子さんと品川プリンスホテルへ移動。「玉藻」創刊千百号、星野椿プラチナ卒寿合同祝賀会。250人位の盛大な会。あと高士さん、中原道夫、小澤實、木暮陶句郎さん等と二次会。

11月13日(日)
酒残る。13時、発行所。「銀漢賞」選考会。禪次、大和、静男、眞理子の面々。決定後、近くの「本庄水産」にて打合わせを兼ねて親睦会。今後の運営について種々の提案あり。

11月14日(月)
「銀漢賞」についての選後評。各人1句その他の作業。数句会の選句。

11月15日(火)
5回目コロナワクチン接種。乾さんの曾良本、年内刊行計画とて2回目の校正原稿到来。優先して全部読み、付箋つけて草思社へ戻す。ヘトヘト。

11月16日(水)
10時、京王プラザホテル。「俳人協会創立六十周年記念式典」及び、「令和3年度俳人協会4賞授与式」。嵐山光三郎氏の講演あり。昼休みに久々、新宿センタービルに行ってみる。この33階に30歳の頃、5人で住宅事業部という融資部門を開いた、それが今のオリックス銀行。飲食街を見るとその頃の店は一軒残るのみ。ホテルで昼食戴き、式典は16時終了。17時、日暮里「夕焼け酒場」で「三水会」。2階で清人さんの集まりがあり、つぶ貝、牡蠣、鮪などの裾分けあり。牡蠣のバターソテー、鮪の胡麻和えなど手助けする。牡蠣10数個、根室の鹿肉貰う。

11月17日(木) 13時、田町専売ビル「慶大俳句 丘の会」句会。30数人。あと禅次、坪井、絹田さんと慶應仲通りの居酒屋。

11月18日(金)
14時、調布。俳句講話で阿波野青畝について2時間。あと上のレストランで歓談。酒は飲まずに帰る。

11月19日(土)
13時、大宮駅。「彩の国句会」「大倉句会」合同吟行会。氷川神社へ19人。快晴。七五三の家族多い。欅落葉がいい。15時、氷川の杜文化館会議室にて5句出し句会。あと「りくぜん」にて懇親会。料理佳。あと伊藤庄平さんと駅前の「いづみや本店」で小酌。

11月20 日(日)
数句会の選句。「三丁目の夕日」に「昭和歳時記」のエッセイ一本。1月号の選句続く。先日「夕焼け酒場」で猟師さんから貰った根室の蝦夷鹿肉を焼く。

11月22日(火)
快晴。湘南新宿ライン、東武線などを乗り継ぎ佐野へ。伊那北会城巡りの会。駅裏の佐野城(江戸初期廃城)、タクシーで真田父子犬伏の別れの地。あと唐沢山城跡へ。露垂根神社から登山。鶴翼状の巨大な山城を一周歩く。眺望佳。駅まで戻ると2万2,000歩程。16時、駅前の魚店「小暮商店」の食堂で打上げ。刺身佳。地元の酒「開華」佳。大宮へ出て「ほっかいや」太刀魚、芹のおひたし、牡蠣フライ他佳。

11月23日(水)、24日(木)
終日選句。莉子20歳誕生日とて河豚取り寄せ。最後の雑炊は私の役割。マロンケーキ佳。このところ頂いた庄内柿、富有柿、ラ・フランス、信州の林檎と果物豊か。

11月25日(金)
「銀漢」1月号の選句選評他全部終了。へとへと。

11月26日(土)

作句。明日の講演の準備。豚肉の味噌漬焼。

11月27日(日)
昼過、練馬区産業プラザ。練馬区の「秋の区民文化祭俳句大会」の選者、講演。17時まで。あと来てくださった武田夫妻、秋葉男さんと近くの居酒屋で小酌。

11月28日(月)
一通りの作業終わったので、ゆっくり。兄の畑の里芋がきたので芋煮鍋の用意など。

11月29日(火)
9時過の新幹線で京都へ向かう。曇天で富士山見えず。シウマイ弁当の朝食。車中来期の調布市の俳句講座の講話予定表を作成し宝田氏に送る。京都は小雨。西本願寺に上る。銀杏黄葉佳。飛雲閣をあちこちの角度から覗く。龍谷大学(重文)も。15時半、「たつみ」海老天、鉄皮、酒粕、酢牡蠣、どぼ漬。「京つけもの処錦 高倉屋」で酢茎でまつもと2杯。娘の手配してくれた「ORI六角ホテル」に。これから4泊。

11月30日(水)
10時、近くの六角獄舎跡。禁門の変の折、30数名処刑。山脇東洋の日本で最初の腑分け(解剖)の地。近くの武信稲荷神社の銀杏黄葉佳。坂本龍馬縁の榎の巨樹もいい。京都三条会商店街の「珈琲工房てらまち」で朝食。歩いて新京極の映画館で「土を喰らう12ヵ月」を見る。昨日、高倉屋の姉さんからジュリーが主役と聞いたので。水上勉の『土を喰う日々』が原作。ジュリーはぼてぼてに太って水上勉の面影は無い。あと、東山、霊山歴史館で幕末の京都の展示を見る。大谷祖廟をお参り。17時、「京極スタンド」。きずし、白菜漬、粕汁で酒。向かいにいた松井さんという62歳の男と仲良しになり、彼の馴染みの店を紹介して貰うことに。連れ立って先斗町の路地の中の女将1人の「SANTA」。子持ち鮎の含め煮佳。あと高校の先輩の店という木屋町の「志満」。1升瓶をぽんと置いて勝手に飲めという。親父さんも一緒に飲み始めて料理は出ない。勘定は? 1,000円。もう一軒行こうと訪ねるが休み。梯子のおじさんである。別れて京都三条会商店街を歩き、もう一軒、と思うが焼肉店しか無く、タンとハラミを食べてしまう。「ロマンポップ」という店。私も梯子爺さんである。

12月

12月1日(木)
10時過ぎ、御陵駅。天智天皇陵を拝す。琵琶湖疎水に出て本圀寺、山科聖天、毘沙門堂。毘沙門堂は見事。紅葉も見事。徳林庵。山科駅で朝昼兼用のきつねうどん。17時、茨木駅。朝妻力さんの行きつけの店「家庭料理とお酒 えふ」。力、播广義春、酒井多加子、力さんのお嬢さん岡田潤さん他、計8人。「雲の峰」12月号発送のあとの打ち上げに参加させて戴く。21時半、ホテルへ戻る。

12月2日(金)
町歩き。後白河天皇即位の高松殿跡。鞍馬口に出て上御霊神社。応仁の乱勃発の地。鳥居前の「水田玉雲堂」の「唐板」を買う。京で一番古い菓子。寺町に出て出町枡形商店街。「満寿形屋」で鯖鮓ときつねうどんセットの昼食。1,300円。御所横に浄土宗大本山清浄華院があり、第83世に幼馴染の飯田実雄氏が就任しており、突然ながら訪ねて挨拶する。御所散策。下御霊神社参拝し、16時過ぎ、「魚棚 ふみ文」。ぐじ、鱧、鮒鮓など。あと一昨日行った「SANTA」。

12月3日(土)
金戒光明寺、真如堂。あと聖護院の「河道屋養老」で養老鍋。夜、「しん」。ぐじ、皮剥薄造り、くもこ、こっぺ蟹など。帰宅23時過ぎ。

12月4日(日)
郵便物沢山。返信。数句会の選句。「俳句てふてふ」の「俳句万華鏡」に久保田万太郎1,500字ほど速達で送る。

12月5日(月)
終日、「銀漢」1月号の校正。紅白なます、蒟蒻煮など作る。

12月6日(火)
「銀漢」2月号のエッセイ、自句自解、盤水の一句。「三丁目の夕日」のエッセイ1本など。終日机。

12月7日(水)
快晴。郵便局。百均他雑用。俳人協会賞選考委員の委嘱を受く。3回連続となるが。長芋輪切りのバターソテー海苔包みなど。












         
    






今月の季節の写真/花の歳時記



2023/2/20撮影   黄梅  HACHIOJI 





花言葉 期待」、「控えめな美」、「恩恵」


△黄梅
「梅」という字が入っていますが、梅の仲間ではありません。1つ前の項目でご紹介したように、モクセイ科ソケイ属。こちらは、ジャスミンの仲間と言えます。しかし、ジャスミンと違い、黄梅には香りがありません。

雪化粧 寒椿 寒菊 葉牡丹 熱海桜
小田原城紅梅 紅梅と雪と ヒイラギナンテン 黄梅







写真は4~5日間隔で掲載しています。 


20223/2/20






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