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7月号 2015年
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伊藤伊那男作品主宰の八句古茶 伊藤伊那男
一枚に始まる田打ち千枚田 並び漕ぐふらここいつも行き違ひ 泥仕合とも有明のむつの恋 蜃気楼記憶の町のみな歪み 箱根いま落花すなはち千仞へ 反骨の心も少し古茶淹れて 草餅化して鶯餅となる不思議 暮春なほ古稀近き身の里ごころ ![]() ![]() ![]() ![]() 今月の目次![]() ![]() 銀漢俳句会/7月号 ![]() ![]() ![]() 銀漢の俳句伊藤伊那男
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出羽三山② 羽黒山と手向 私が最初に出羽三山を訪ねたのは、手元の記録では盤水先生の年譜とは合わないが、昭和63年晩秋とある。羽黒詣では私にとっても極めて印象深い旅であった。 まず先生の定宿である三光院とその周辺の手向(とうげ)と呼ぶ講宿の並ぶ街道から異次元の世界である。家の壁には恙虫と呼ぶ藁で綯った巨大な縄が飾られている。集落の奥の随身門からが神域となるが、くぐるとすぐに石段を急降下する設定にも驚く。祓川を渡ると思いの外広い平地となり、杉の巨木の中に重厚な白木造りの五重塔が聳える。平将門建立という国宝である。凡庸な私にも感じられる霊気があり、今までこの神域を知らなかった自分を愧じるほどの大きな精神的衝撃であった。 衝撃はまだまだ続く。その奥から羽黒山まで二千四百段ほどの参道が始まるのである。その距離は1.7㎞で鬱蒼たる杉の巨木に囲まれ、清浄な空気が満ち溢れている。八合分ほど登ったあたりで南谷への道が右に分かれる。そのすぐの所に盤水先生の句碑がある。南谷は今は廃寺で礎石と池が残るばかりだが、芭蕉が手厚い接待を受けた坊の跡である。更に登ると出羽三山合祭殿に到達する。車で行く迂回路もあるが、この参道を歩くかどうかで神の加護が異なると思うほどの凄味のあるアプローチである。 出羽三山神社はその名の通り、羽黒山・月山・湯殿山の三山を集合して祀る拝所であり、開祖の能除大師の墓所や、大量の銅鏡が出たことから名付けられた鏡池などがある。 さて我々が泊まるのは先述の三光院である。粕谷家が代々守る講宿であり、夫人容子さんは春耕同人で句集もある。私が最初に訪ねてからかれこれ30十年近く経つ。ご主人は亡くなられご子息の代に替わったが、容子さんは御健在で、今秋お訪ねするのが楽しみである。季節によって異なるが、夏なら月山筍と厚揚げを味噌で煮た椀物や山菜、栃餅などの郷土料理を用意してくれる。 その時の旅での私の句は〈月山の胎内に入る茸採り〉であった。次の自註が残っている。「山麓の道筋から山襞の奥に入り込んでゆく茸採りの姿を此処彼処に散見した。たいがい1人ずつであった。その夜羽黒の講宿に投宿、窓外に月光が皓々と照り、神々しい雰囲気を漂わせていた。深更、眠れぬままに月光を浴びながら手向の村落を歩き廻り、この句を得た。月山は山そのものが御神体である。昼間見た茸採りの姿と、胎内めぐりをする修験者の姿とが想像の中で重なりあった」。この旅のあと盤水先生が何新聞であったか失念したが、出羽三山についての随筆を書かれ、その中でこの句を取り上げてくれた。まだ伊那男の俳号のつく前の本名で、新聞への私の句の初出であった |
私も先生のお伴をして近江の旅をしたことがある。若狭の同人総会の帰路であったと思う。近江八幡に宿泊した。私ならどうしたって「鮒鮨」にしてしまうところだが、それでは近江の地名と付き過ぎになってしまうのであろう。思えば比叡山の裏側に敦賀から朽木、花折峠を経て京都に入る鯖街道があり、そんな時代背景も句から浮かび上がってくるのである。「うつくしき」の直截的な措辞も近江の風土を思い浮かべると、異論はない。 (昭和55年作『板谷峠』所収) |
「都忘れ」とは何とも優雅な名の花である。承久の変で佐渡に流された順徳天皇がある日可憐な紫色の花に目を止め、昔の栄華も都恋しさも忘れさせる花だと称されたのがこの花の名前になったという。こんな故事来歴を知るとさて掲出句の赴任先はやや左遷気味であったのか、などと想像される。「花咲かす」の措辞からみると、自らが種をまいたのであろう。何とも奥床しい句である。 |
安住敦の句に通じる抒情のよさを憶えた。晩学とは何歳の頃を言うのであろうか。今の世だと定年退職後という感じか、「小さき文机」が何とも慎ましくていい。そんなに本格的な勉強という訳ではないであろう。鳥が帰った後も変わらぬ生活が続くのである。 |
物語性のある句である。長いこと病床の末亡くなった父上の忌日の蜆汁そして同じ血を受けた作者もまた酒飲みであるか。父を偲びつつ自戒を籠めてその日は蜆汁を作る習慣であるか・・・・。 |
岐阜県郡上八幡は鮎どころ。鮎の名産地は数々あるが、特に知られている土地である。その郡上へ遡上してくる若鮎。まだ郡上までの道のりは遠い。辿り着かなければ当然郡上産の上物の評価は得られないわけである。そうした面白さをもった句で「半ば」の把握が愉快である。 |
今でこそ桑畑を捜すのは難しくなったが秩父は養蚕で栄えた町である。秩父夜祭の豪華さも、養蚕業なしには成立しなかったことであろう。「桑解く」は春の季語。冬の間束ねておいた枝を解くとすかさず武甲山からの風が枝に押し寄せる。「絡む」の措辞が独自の表現である。 |
種袋を見れば、ついつい振って音を確かめてみたくなるものだ。買うわけでもないのに振ってしまう事もある。この句は加えて透かしてみるところが面白い。そうしたところで、中が見えることもないように思うのだが、日光にかざしてみたりするのだ。心理と行動をよく捉えた。 |
木蓮だからこそ成り立つ句で、実感を深めた。 |
予備校にも校旗!目標の校旗はまだ遠霞の中か。 |
しゃぼん玉の繊細さを強調したか。 |
幼児の無意識の仕種を捉えた。泣き顔になった面白さ。 |
吉報がもたらせた明るさ。照明などなくても・・・・。 |
全く瑕疵のないまま落ちる椿。落ちても凛然と。 |
生まれたての仔猫と比べると母は山のよう。対比の面白さ。 |
石鹸玉の様々な大きさを捉えた。各々に夕日が。 |
筍冥利ともいえる万端の準備。筍だからこその句だ。 |
確かに、日本人にとっての桜は生と死の間に咲く花。 |
幸先のよさそうな花見の始まりである。着眼点がいい。 |
臨場感のある句。でも海に入るのにはまだ危ない感じだ。 |
この虹は季語になるかは異論も・・。だがよく見ている句。 |
天上天下唯我独尊から拝借の一句。「ひねもす」がいい。 |
伊藤伊那男
楽しい構成の句である。普通なら人の怖れる熊蜂だが、この蜂が里を守っているという。つまり、里そのものが、熊蜂の巣のように思われてくるのである。それだけ自然が豊かで、生き物が共生しているということであろう。「羽音の守る」の発想を褒めたい。 |
一読破顔の句である。だが決してふざけた句ではなく、ちゃんと句の芯があるからこその面白さである。鉄棒で回転すると校舎はさかさまに映る。そのさかさまのまま落第!稚気を取り込みながら俳句形式を生かして見事。 |
作者は茶商を営まれている。確かご子息二人が茶師十段の資格を持っておられる。その新茶の荷に親子がかがみこんで、色、香、縒りの状態などを点検し、評価しているのであろう。私達のように消費者ではなく、商売が絡むので、自ずから真剣で、句柄もことなる。「頭を突き合せ」が眼目。 |
珍しい比喩の句である。弥生は陰暦三月のことなので、新暦に直すと今の四月末位の季感である。一斉に物の芽が芽吹くのだが、そうした開放的な様子を「結び目のほどけるやうに」と摑み取ったのである。確かに二月尽では早すぎるし、その他の季節でも違和感があるようだ。 |
近江八景の一つに「唐崎の夜雨」がある。この句は、訪ねてみたものの雨とはならず、瀬田蜆の汁が供されたという。期待を裏切られた若干の失望と滑稽感を醸し出している余裕のある句風である。〈辛崎の一夜の雨やほととぎす 井上井月〉がある。井月はしっかり雨を配して真面目である。 |
作者は女医さんだが、この人の句だと思うとなおさらおかしみが増すようだ。「みたてによれば」とくれば当然病状の判定が出てくるのだが、句では「霾ぐもり」と天気の判断をするのであるから笑わざるを得ない。とぼけた風韻の句である。他にも 〈啓蟄のつぎつぎ来たる患者かな〉という不思議な視点、〈糊の効く白衣新入医局員〉と、この人ならではの作風を楽しませてもらった。 |
「桜漬」「桜湯」の句である。塩漬けにした八重桜に湯を注ぐとふっくらと開き、ほのかな香を漂わせる。いずれの句も結納の場面などを回想した句と思われる。秋葉男句は「またとなき縁」と臆面もない。海村句は「ぬるさ加減」の良さを言う。そうそう初めから熱い関係は危険なのである。高水句はまだあまり交流がなく、話の接ぎ穂もなかった両家が、桜湯が開きましたね、という会話をきっかけに一気に打ち解けていく様子を捉えている。俳句は体験が物を言う文芸であり、各々の経験を生かした句ということになろう。共通点は三家とも多分円満と思われる家庭を維持していることだ。 |
今年は長野の善光寺の御開帳の年で賑わっているようだ。御利益を求めて人々は押しかける。行列の末にやっとのこと前に立っても拝む時間はほんの束の間。それでも「有難く」というところが善男善女である。御開帳の風景を切り取って、温かさを残した。 |
その他印象深かった句を次に
作者自身の境涯の句であろう。嘱託というのは正式な雇用ではなく、ある業務にたずさわることを言う。やや不安定である。そういえば石川啄木も地方新聞社などを渡り歩いた。「‥‥ぢっと手を見る」の歌があるが、この句はその本歌取り。ただし本歌に凭れない実感がある。同時出句の〈臨月の腹の向かうに山笑ふ〉のほのかなユーモアもいい。 |
私など田舎から出て来た者がみたら、ちょっと泣けるような句である。学生時代は下宿の物干台から信州方面の空を眺めたこともある。もちろん東京育ちの人達もこの半世紀の東京という「ふるさと」の変容はただごとではなかったことであろう。ひと時の春夕焼に回顧が深まるのである。同時出句の〈父母眠る上野の辺り花曇〉の抒情、〈振つてみて音で聞き分く種袋〉の確かな描写力も評価したい。 |
近江八幡の西の湖の水郷地帯や菅浦の集落などを思い出す。特に西の湖は葦の一大産地であり、行々子がその茎に斜めに足を掛けて鳴いている。そんな様子を的確に捉えているのである。半分水に浸った捨舟が発見である。 |
交通事情の良くなった今は出開帳は少ないが、江戸時代などは資金調達などの為によく行なわれたようである。現代は国立博物館での仏像展などが形を変えた出開帳であろうか。この句古い仏像に対比して「現世のつむり」の把握が出色。今も善男善女の祈りが続いているのである。 |
「雁供養」――何と美しい季語であることか。こういう季語に接すると、俳句に親しんでいてよかったな、と思う。雁供養とは津軽は外ヶ浜の言い伝えで、浜に残る枝の数が、日本で命を落とした雁の数として弔ったという。武骨でありながら、実はやさしいみちのく言葉を配して感銘を深める。 |
羽衣伝説に通じる句であろう。白鳥などの動物が若い女性の姿であらわれ、人間の男性がその衣を奪って強制的に妻とするが、女性は衣を取り返し、動物に復帰して飛び去るという物で、世界的に分布する説話だという。この句は残る鴨からそこまで連想を拡げたもの。「尋ねて啼くか」がうまいところ。鴨の声だからいいのだ。 |
普通俳句では詠み切れない部分をうまく詠み切っている。「和して同ぜぬ」は論語の「君子和而不同、小人同而不和」で、君子は意見が同じならば他人と協調するが、おもねって妥協することはしない、というもの。この句ではもっと皮肉に使っているのであろう。そうだそうだと言いながら何もしない夫‥‥蕨餅の季語が面白い。同時出句〈白粉を叩いて散らす春愁〉〈夕べにはねびまさりをる甘茶仏〉なども独自の季語の消化力を思わせる句群である。 |
この句、上五の「も」が大きな役割を果たしている。「気持にも」の「も」には、着ているワイシャツその他にもクリーニングが効いているということであり、「も」の一文字で省略されているのである。溌剌とした新入社員の様子を捉えて出色である。歳時記の例句より‥‥うまい! |
桜の開花は刻一刻に変化する。この句、一時間ほどの授業の間にも窓外の桜が開いていくと詠み取った。感性の鋭い人の句である。「花の影」と捉えたところが見事で、校庭に写る影によってそのことを知るのである。 |
面白い句だ。「住めば都」は常套句だとしても「強がりの」はなかなか言えない独自の言葉だ。どこかで人は何かを我慢しながらその土地に馴染もうとしているのだ。「山笑ふ」には自然も人間も破顔一笑の共生感がある。 |
本来太陽光を遮るための葦簀を、波音を遮っていると詠んだ視点を称えたい。このことによって海の近くの家であること、当然日当りも強いことも了解するのである。 その他印象深かった句を次に |
回想―句集『知命なほ』の時代(14) 伊藤伊那男 直近のできごとを挟む。5月12日、下腹部に鈍痛があったが、無理矢理朝昼兼食を摂って店に入った。「火の会」という私も出句する超結社句会が銀漢亭であった。いつもなら一緒に飲むのだが、この日は全く酒を欲せず、最後に焼酎のお湯割りを少し舐めただけであった。翌朝、今まで経験したことのない脱力感の中で目が覚めた。腹の痛みも増していた。長女がかかりつけのクリニックの予約をしてくれた。レントゲンの前に立つのも質問に答えるのもやっとという状態であった。院長が不在であったせいか明日、血液検査の結果を聞きに来るように言われ、胃腸薬数種を持たされて終わった。その日私が選句する三つの句会があるので行けない旨連絡を取り、休業の貼紙を頼んだが、その二、三の交信だけで全力を使い切った。翌朝クリニックに行き院長の問診を受けた。余談だが院長は大腸検査で定評がある。中年のイケメンで、長女の話によればそれゆえに成城のママ達は「あの先生には肛門を見せるわけにはいかないわよ」と違う所へ検査に行くという。さて院長は、「腸閉塞の疑いがありますね。ここでもう一回検査するよりも大病院へ行きましょう」「いつですか?」「今でしょ!」ということで30分後には関東中央病院外科の待合室にいた。CT検査の結果は虫垂炎(盲腸)であった。破裂しているという。翌日手術の段取りとなった。手術の手順の説明を次女と受け、質問があれば、というので「私の事例だと、江戸時代だったらどうなっていましたかね?」「アウトですね」。次女が「お父さんしょうもない質問をして――」。15日2時30分、真上に大きなライトのある手術台の上にいた。背中に麻酔薬が打たれていった。20数年前の国立がんセンターと同じ光景であった。手術後、摘出した患部を乗せたバットで説明を受けた長女は「前はお父さんの大腸癌を見て、今日は破裂した盲腸を見ちゃったよ」と。見舞いに来てくれた娘婿が「では回復を祈ります」「いや開腹はさっき終わりました」「――駄洒落が出るようですからまず大丈夫ですね」。 過労、ストレス、いやいや、やはり延々と続いてきた暴飲暴食への鉄槌のような気がしている。何度言っても聞かない輩に痛棒を喰らわせてやるという神の配慮とも思われる。それこそ思い起こせば、江戸時代なら43歳の頃大腸癌で間違いなく死んでいたし、そうでなかったとしても今回で死んでいた筈である。そのような自覚を持って、生かされていることに感謝して、居ずまいを正そうと思う――のだ。 麻酔醒む若葉の窓の眩しさに 伊那男 銀漢誌友にご心配をかけた。以上が顚末である。 平成十七年 桐の実は風の子ひと日鳴りとほす
焼いて煮て御饌の田鮒や秋祭 茸狩大きな鍋を背負はされ 路地の子のはたとかき消え秋の暮 皇子の山より木枯の吹きはじめ 新海苔の端正に裁ち切られをり 年賀状書きかけのまま父逝けり 新日記余命三月の妻に買ふ 平成十八年 信濃はも盆地の底の喪正月
山国は山の高さにどんどの火 大寒の妻に猫背を正さるる 凍蝶といふさながらに妻逝けり 久女忌に妻の忌日の加はれり 鬼やらふ妻なき家をおろおろと 妻呼べばたちまち春の星うるむ 焼畑に助走の長ききぎすかな 西行の山に拾ひし雉子の羽 墓残すのみのふるさと山笑ふ たんぽぽの絮吹き故郷遠くせり 粗組みのあとこまごまと鴉の巣 |
伊藤伊那男主宰の近著『漂白の俳人・井上井月』が平成26年12月25日に(株)KADOKAWAから刊行されました。近年俳人としての井上井月に対する位置づけの見直しが進む中で、伊藤主宰は井月の俳句を通して謎の多い実像に迫る試みをされます。井月の人となりを知る一書として、また井月俳句への入門書として高い評価を得ております。著名な文人、俳人の方々が、いろいろな機会にこの著書を取り上げて紹介されております。是非、読んで頂ければ存じます。 |
読売新聞夕刊版・井上井月の記事(2015/4/4) そのまま忘れられておかしくない男が今、なぜか熱い。北村皆雄さん(72)の映画『ほかいびと伊那の井月』(2011年)の公開後、復本一郎編『井月句集』(岩波文庫)が出版され、作品を味わいやすくなった。伊藤伊邦男『漂泊の俳人井上井月』(角川学芸出版)、北村さんの『俳人井月』(岩波現代全書)など初学者向きの本も相次ぐ。記事から抜粋。 △PDFへリンクします。 |
帯の紹介文から・・・ ひたすら芭蕉を慕い、山頭火に影響を与え芥川龍之介を唸らせた明治初期の俳人・井上井月。だがその正体は長い謎だった。酒好きで、家も財産も持たず、伊那を約30年放浪した男の知られざる素顔を、近年発見された日記、資料、俳句から探る。唯一の入門書。 |
ひたすら芭蕉を慕い,山頭火に影響を与え、芥川龍之介を瞠目させた。その謎多き生涯を俳句と資料でたどる。井月の素顔が分かる唯一の入門書。135句の名句鑑賞付き。 KADOKAWA HAIKU 『俳句』4月号から・・。 |
4月![]() 2時、鳥居真里子さん句会の開錠。店「火の会7人。平塚から訪ねてくれた中戸川奈津実さん、「本部句会」に来たいと。吉祥寺から予備校理事長・高澤さん、「俳句」で私を知った、と来店。伊那の小池百人君久々。 4月15日(水) 「三水会」8人。西村秋夫君久々。好記、展枝、いづみ、文子、礼奈と餃子屋。 4月16日(木) 「銀漢句会」あと16人。あと、6人ほどで炒飯屋。 ![]() 「蔦句会」あと4人。21時30分閉める。体調悪く、帰宅。久々酒を抜いた1日。昨夜、炒飯食べ過ぎたか。 4月18日(土) 昼、成城の整体へ。引っ越し以来初めての整体。夜、上松さん一家と焼き肉屋。あと家に来て二次会。筍、カラスミなど。 4月19日(日) 朝から宮澤はラジオの収録2本。羽黒のエッセイ4回分。昼から宮澤、桃子と酒盛りとなる。だらだらと日没まで。京から2度目の筍到来。 ![]() 雨の一日。店、「演劇人句会」。対馬さん。ほか閑散。10時30分閉める。帰宅して宮澤・桃子と1時過ぎまで雑談。 ![]() 午後、食品衛生管理者の免許更新の講習。店、「雛句会」9人。内2人が、今日、「銀漢」へ入会手続き。22時半、閉めて「ふくの鳥」。今日から、宮澤の映画、109シネマズ二子玉川の杮落しの上映スタート。 4月23日(木) 久々、三輪初子さん手伝いの日。対馬康子さん、石井隆司さんと。石井さん近々、仕事に復帰予定と。西村麒麟、村上鞆彦さん。ポール・マッカートニーの東京ドーム公演あとのうさぎさん。 4月24日(金) 発行所は、11時から5月号発送作業。夜、「金星句会」。真砂年、洋酔、大野田さん……など。 ![]() 14時から「纏句会」。13人。あと、鰹の叩き、つぶ貝煮付け、題に出た目張の塩焼き、握り。酒は「底抜け」。6時より、アルカディア市ヶ谷にて「月の匣」(水内慶太主宰)5周年祝賀会。突然の指名で祝辞。終ってすぐ店に戻る。洋酔、いづみ、展枝さんに手伝って貰い、「月の匣」の二次会の受け入れ。どうやら50名程がなだれ込む。23時過ぎまで。何とも忙しい1日。 ![]() 2日酔い、昼寝など。六月号の原稿。夜、家族で焼き肉屋。娘夫婦も『うみやまあひだ』の上映挨拶など多忙な数日。地味なドキュメンタリー映画ながら、連日満員で私の券も取れない。 ![]() 堀切克洋君、パリから帰国、挨拶。10日ばかり滞在と。皆川文弘さん、いわきの図書館に盤水先生とその仲間の図書コーナーを設置する話を持ってきて下さる。朝妻力さんより電話あり。お元気そう。閑散。あと文子、いづみさんと「ふくの鳥」。 4月28日(火) 角川「俳句」鈴木編集長と連絡、30日木曜日、店に入ってもらうが、その日が退職日であると!「萩句会」選句へ。 4月29日(水) 昭和の日。「早蕨句会」吟行に招かれて9時過ぎ、真鶴半島へ。大和、次郎さん同行。30人。突端、三ツ石まで吟行。午後、駅前「福浦屋食堂」にて句会。16時30分から親睦会。鰺フライなど楽しむ。〈鰺喰はむ相模の海の駅に降り〉の色紙残す。 ![]() 銀漢6月号の原稿終了。杏さん、睫毛メイクに来宅。その間、2時間ばかり。生まれたての雅斗君を預かる。店、角川「俳句」鈴木忍編集長1日ママの日。今日で編集長退任。角川退社と。佐藤文香、麒麟ほか若手俳人多数。北大路翼、村上鞆彦(2人とも最近句集上梓)、竹内宗一郎、天野小石、阪西敦子、相沢文子、山田真砂年、今井肖子、松川洋酔、菊田一平、三輪初子、谷岡健彦……激励に。国会議員のT先生、「銀漢」5月号を読みたいと!来店してくださる。環順子さん、こごみ、山独活届けてくださる。終って「大金星」で1人位で忍さんを囲む。 5月 ![]() 「ウエッブ俳句通信86号」に近作七句送る。店「大倉句会」13人。6月、清人さんの郷里、気仙沼大島行きを約す。あすから黄金週間にて5日間休業。 ![]() 家族は奥志賀高原へスキーへ。映画『うみやまあひだ』を見たあと築地へ。海苔、昆布など。波除神社に集まり、大野田好記君誕生祝いを六人で。 ![]() 伊勢神宮の河合真如宮司と宮澤の共著『伊勢神宮の知恵』が小学館文庫に。あとがきに私の句〈伊勢やいま女神の咲かす桜かな〉を取り上げてくださる。感激!午後、「春耕同人句会」あと「炙谷」もう一軒……。 ![]() 終日家。「俳壇」7月号「星座俳人」へ写真と句。「俳句」7月号、団塊俳人特集へ八句とエッセイ。夜、成城で二軒ほど飲む。 5月5日(火) 久々、母訪問。親不孝者である。94歳。14時、成城学園澤柳記念講堂落成記念コンサート。ベートーベン第9ほか。途中少し寝る。夜一家で食事会。 5月6日(水) 連休最終日。買い出し、仕込み。店の清掃。 ![]() 敦子さん入店日。今日から店13年目。よく続いたものだ!松山、うさぎ、真砂年、肖子、文子、池田のりを、凌雲大阪から。「十六夜句会」あと7人。いづみさん誕生日とてシャンパン。 5月8日(金) 堀切君、パリへ戻ると、清人さんと気仙沼行きの話。植樹祭のことなど。清人さん帰って数分後、「大倉句会」の清水医師がその植樹祭の主役、牡蠣養殖で有名な畠山茂篤氏を案内して来店。すぐ清人氏を呼び戻す。宮澤の『うみやまあひだ』の映画にも出演しており、何とも奇遇!明日の叙勲で上京の由。植樹祭でお会いすることを約束。 ![]() 10時、運営委員会・13時、「銀漢本部句会」53人。神田祭の囃子が聞こえる。女性3人初参加。あと「随一望」。帰宅するとサイパンで事業展開中のたかちゃん来宅中。一緒に飲み、サイパンの状況を聞く。桃子と莉子は「氣志團」のコンサート。 5月10日(日) 2日酔い。午後、宮澤事務所の助手、五十川君、独立退社にてその送別会、10数名来宅。自由が丘のレストラン、テツ君にバーベキューの材料一式。刺身類は私。延々22時過ぎまで。ヘアメイクの中川さんも来たのでカットしてもらう。 5月11日(月) 10時過ぎ、宮澤NHKラジオのインタビュー番組。映画と写真と。店、「東大学生俳句会」の句会7人。礼奈さん幹事。句会あと袋回しなどやっている。発行所「かさゝぎ俳句勉強会」あと10人。皆川文弘、大野田さんなど。水内慶太氏より月山筍到来。 ![]() 映画『うみやまあひだ』もう一週間、22日まで上映延長と。店、台風接近ながら「火の会」8人。腹部に鈍痛あり。食欲無し。 |
ふわふわの綿菓子のような木を見たことがありますか?初めて見たときはとてもビックリしたことを思い出します。このふわふわした花木は「スモークツリー」または「ケムリノキ」です。 最近はよく見かけるようになり、知っている方も多いと思います。和名を「ハグマノキ」といい、ヤクという動物の尻尾に似ている事から付いたとされます。 煙のように見えるそれは、柄なんですね。花は黄緑色で小さく、先に咲いてその後柄が伸びて花序全体を覆い、煙のように見えるのだそうです。これが名前の由来となり、「スモークツリー」、または「ケムリノキ」といわれるようになったとか。 |