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 1月号  2021年


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伊藤伊那男作品





主宰の8句















        
             

 
    

令和2年優秀作品集


   
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第9回「銀漢賞」作品





第14回「銀漢賞」作品


第14回「銀漢賞」作品


「銀漢賞」準賞 作品


銀漢賞佳作












        
             

    

今月の目次





銀漢俳句会/2021/1月号








    




  




   



銀漢の俳句 

伊藤伊那男 


英彦山(ひこさん)登拝

 明治以降の登山はスポーツの一種に分類されることになるが、それ以前の登山は登拝(とはい)という信仰であり、山そのものが神であった。私は四十代に随分登山をしたが、その中で山岳修行で知られている山といえば出羽の月山、熊野の大峰山、富士山、木曾の御嶽山あたりか。昨年、武田禪次さんに誘われて加賀の白山にも登った。
 右に挙げた山々もそうであるが、明治初期の神道国教化政策により、神仏習合の山岳信仰はほぼ根絶やしにされた。密教色の強かったこれらの山は全て神道に統一され、山内の寺院や仏像のほとんどが破壊、棄却されて、僧侶は神官に衣替えをしたのである。中国で毛沢東の文化大革命があったが、我々は隣国の無知と笑うことはできない。同じようなことを明治初期の日本も国を挙げてやってしまったのであるから。
 今年は九州の英彦山を登拝することになった。禪次さんの提案で英彦山の前に、手前の香春(かわら)駅に途中下車した。眼前に香春岳三峰が聳えている。炭坑節の「一山二山三山越え」の山である。一ノ岳は三分の一ほどが削り取られている。宇佐神社が大仏の建立を聖武天皇に進言し、鋳造に用いた銅の六割ほどをこの山から供給したという。日田彦山線は先年の台風で分断され、ひこ山駅手前の添田駅から先は不通となり不便である。英彦山は山岳修行の日本での嚆矢の山だったのであろう。千二百メートルほどの標高なので甘く見ていたのだが、想像を超える峻厳な山で下りのガレ場には難渋し、下山後数日太腿に痛みが残った。杉田久女はこの山で〈谺して山時鳥ほしいまゝ〉の名句を得た。小倉からでも日帰りのできる山ではなく、久女は度々訪ね、逗留したという。当時のことであるから、着物姿でこの山を巡り歩いていたことを思うと、何やら鬼気迫るものがある。俳句という妖怪が取り憑いたのであろう。巷説によると下五の「ほしいまゝ」がどうしても出て来ず、白蛇を見てから感得したという。参道に大きな句碑がある。
 出羽三山や熊野には山岳修行の名残りが僅かに残っており、今も峰入りの行事が行われているが、英彦山は早い時期から廃れてしまったようだ。その為なのか三千坊もあったというこの山の麓はもはや見る影も無く、表参道入口の土産物店や茶店はことごとく廃業している様子で、英彦山がらがらの土産も手に入れることができなかった。
 さて七十五歳の禪次さんは来年は四国の石鎚山を目指して足を鍛えるという。石鎚山も山岳修行の山で岩場の連続する厳しい山だと聞いている。私はどうしたらいいものか……まだ返事はしていない。












 



  

盤水俳句・今月の一句

伊藤伊那男

 篁に風音絶えず初硯           皆川 盤水
(たかむら)とは単なる竹林ではなく、大きく拡がった竹藪。字面も調べも美しく正月に相応しい言葉である。この句を〈竹林に……〉としても決して悪くないが「篁」にしたことで品格が上がる。こういう選択に表現力が問われるものである。篁を抜ける風音の中で書初の墨を磨る。風雅である。先生の書は自己流だと聞いているが、自在な筆遣いの中に勁さがあった。短冊や色紙に書く時の字配りも絶妙で、私など筆を持つ度に赤面するばかりだ。(平成二十年作『凌雲』所収) 









 





  

彗星集作品抄
  伊藤伊那男・選

瞑目は眠りにあらず秋のこゑ        萩原 陽里
小指もて秋思のかたち弥勒仏        中村 孝哲
虫時雨時にひとつを聞き分くる       山下 美佐
北斎の晩年に艶栗を剥く          武井まゆみ
菊膾互ひの命頼りとす           福原  紅
幻覚も幻聴も常みみず鳴く         市川 蘆舟
小鳥来る杜に学童疎開の碑         瀬戸 紀恵
密やかに続く信仰椿の実          末永理恵子
新聞に頷く父や落花生           小山 蓮子
菩提子を女人高野に拾ひつつ        夲庄 康代
考へる葦にもなれぬ夜長かな        伊東  岬
去ぬ燕納屋に錆び付く千歯扱き       住山 春人
地の底の色はなにいろ曼珠沙華       大野 里詩
秋の雲こころにしまふ懺悔録        中村 孝哲
風立つを待つて芒野描き出す        伊藤 庄平
今は無き国の国旗や運動会         内藤  明
うつし世の日を分けあふや返り花      谷口いづみ
クレヨンの足らぬ一色秋の虹        山口 輝久
薬籠に薄荷の匂ひそぞろ寒         長井  哲
それぞれがあかるいはうへ小鳥来る     片山 一行



















    
     

彗星集 選評 伊藤伊那男

伊藤伊那男・選

瞑目は眠りにあらず秋のこゑ        萩原 陽里
「瞑目」と「眠り」にはどういう違いがあるのか。「瞑」には「目を閉じて眠る」だけではなく、「死者が目を閉じて永眠する」という意味を持つ。つまり日常繰り返す睡眠とは深さが異なる。この句は①実際に死者の姿を詠んだ句か、②日向ぼこなどでの自分自身の姿であるのか。私は②の方だろうと思っている。「瞑想」という言葉があるが、その最中に感じたのが「秋のこゑ」だったのではなかろうか。「秋のこゑ」という季語は、この句のような重みのある構成があって初めて成功する季語である。 


小指もて秋思のかたち弥勒仏        中村 孝哲
この弥勒仏は京都広隆寺や奈良中宮寺の半跏思惟像であろう。右脚を屈げて左の膝頭に乗せて腰掛け、右手を頬のあたりに挙げ、思考にふける姿をしている。頬に当てた手の小指が目立つ。これこそまさに「秋思」の形である。


虫時雨時にひとつを聞き分くる       山下 美佐
「虫時雨」は様々な秋の虫が、どの虫とも解らぬほどに鳴き合い、時雨の音のようだ、ということ。しかしながらよくよく耳を傾けると、固有の虫の名が解る事もあるという。日本人は蟬や虫の鳴き声を喜ぶが、欧米人はうるさいと感じる人の方が多いという。私などは虫の声を愛ずる国に生まれてしみじみ幸せであった、と思っている。


北斎の晩年に艶栗を剝く          武井まゆみ
 葛飾北斎は享年九十歳と長命で晩年も創作意欲は旺盛で、信州布施を愛して度々逗留し多くの作品を残している。その精力的な活力を「艶」と見たのであろう。斡旋した季語の「栗を剝く」は小布施を意識した取合せと思われる。そのように見ると、配慮の効いた季語である。


菊膾互ひの命頼りとす           福原  紅
少子化時代、小家族時代となり、夫婦二人の家庭が増えた。配偶者だけが頼りである。「互ひの命頼りとす」とはそのような家族事情を反映しているのであろう。「菊膾」という風雅な季語の斡旋に老後の夫婦の様子が語られている。 


幻覚も幻聴も常みみず鳴く         市川 蘆舟
 面白い句だ。「蚯蚓鳴く」の季語があるが、蚯蚓は発声器官を持っていないので鳴かない。だが、俳人は鳴いてほしいと思っている。この作者はそれを逆手に取って、自分は幻覚も幻聴も常のことなので、蚯蚓の鳴き声が聞こえるのだ、と言う。実態と違う季語での鮮やかな遊びである。


小鳥来る杜に学童疎開の碑         瀬戸 紀恵
学童疎開のあった村の杜。もう児童は来ないが小鳥が。 


密やかに続く信仰椿の実          末永理恵子
隠れキリシタンか。日本原産の椿を配したのがいい。


新聞に頷く父や落花生           小山 蓮子
落花生を齧る父親。家庭の何げない日常生活の一景。


菩提子を女人高野に拾ひつつ        夲庄 康代
 仏教に縁のある菩提子と女人高野の取合せに味わい。
 

考へる葦にもなれぬ夜長かな        伊東  岬
 夜長とは言え、読書や黙考という訳にはいかない……。


去ぬ燕納屋に錆び付く千歯扱き       住山 春人
 古い農具。納屋の隅に埃をかぶっている。


地の底の色はなにいろ曼珠沙華       大野 里詩
曼珠沙華という不思議な植物だからこその疑問。 


秋の雲こころにしまふ懺悔録        中村 孝哲
 秋思に通じる秋の雲の取合せが効果を出した。


風立つを待つて芒野描き出す        伊藤 庄平
高原に据えたキャンバス。芒の生態をよく捉えている。 


今は無き国の国旗や運動会         内藤  明
確かに国際状勢激変の近代、消えてしまった国も。 
 

うつし世の日を分けあふや返り花      谷口いづみ
 季節外れの花だけに「うつし世」の措辞が生きた。


クレヨンの足らぬ一色秋の虹        山口 輝久
秋の虹であればこのような色合いも。「秋」で決った。 


薬籠に薄荷の匂ひそぞろ寒         長井  哲
もう使わない薬箱。薬の匂いはなかなか消えない。 


それぞれがあかるいはうへ小鳥来る     片山 一行
「小鳥来る」頃の気候や鳥の生態を美しく据えた。





















銀河集作品抄


伊藤伊那男・選

墨染を黄に弁慶の菊人形        東京  飯田眞理子
秋鯖の金のあぶらを焦げこぼす     静岡  唐沢 静男
冬仕度やくよけ神社詣づるも      群馬  柴山つぐ子
木屑飛び徐々にこけしに鵙日和     東京  杉阪 大和
黒きまでオリーブ熟るる瀬戸の島    東京  武田 花果
寺町に馴染みの顔の飾売        東京  武田 禪次
割り算の余りのやうな残る虫      埼玉  多田 美記
地芝居の義経主従みな老骨       東京  谷岡 健彦
水分の神の放心秋出水         神奈川 谷口いづみ
鳥渡る我に果なき医者通ひ       長野  萩原 空木
満月を掬ひこぼして露天の湯      東京  久重 凜子
呆気なく釣られし鯊のこんな顔     パリ  堀切 克洋
命日の母に欠かせぬ衣被        東京  松川 洋酔
ひとつづつ千枚の水落しけり      東京  三代川次郎


















         





綺羅星集作品抄

     

伊藤伊那男・選

鶺鴒の叩くは松の廊下跡        東京  山下 美佐
蓑虫の隠れて目立つ住み処かな     東京  絹田  稜
滅びたる国の切手や鳥渡る       東京  小山 蓮子
大和三山争ひもなく秋日和       神奈川 秋元 孝之
紅を過ぎしあとこそ吾亦紅       東京  田中 敬子
遣り水をひだに光らせ鶏頭花      茨城  中村 湖童
燕帰り真の空家となりにけり      埼玉  志村  昌
萩咲くやわが家の庭も歌枕       埼玉  池田 桐人
ちちろ鳴く父系母系となべて貧     神奈川 大野 里詩
川霧に心して往け木曾の谿       埼玉  大野田井蛙
洋梨のいびつさに添ふナイフかな    大阪  末永理恵子
きりぎりす機械油の匂ふ土間      東京  武井まゆみ
転勤もなくて定年鳥渡る        東京  塚本 一夫
夜学終へ洗ふ右手の白チョーク     東京  辻  隆夫

美濃紙を花にして貼る障子穴      東京  相田 惠子
秋夕焼板碑の梵字浮き立たす      埼玉  秋津  結
気が付けば師の忌暮れゆく茶立虫    東京  飛鳥  蘭
一輛車止る停車場賢治の忌       宮城  有賀 稲香
読本の付箋の増えし夜長かな      東京  有澤 志峯
三代で囲む昼餉や威銃         神奈川 有賀  理
立ちのぼる湯気に真砂女やきぬかつぎ  東京  飯田 子貢
妻の耳借りて数へむ鉦叩        東京  市川 蘆舟
月山へ湯気高々と芋煮会        埼玉  伊藤 庄平
警策の如くにありぬ威銃        東京  伊藤 政三
藻屑焚く小磯の夕べ雁渡し       神奈川 伊東  岬
踝に秋冷の風受けてをり        東京  今井  麦
甍の黄いや増す秋の紫禁城       埼玉  今村 昌史
旧道の秩父往還柿日和         東京  上田  裕
とんばうの日暮れの音となつてをり   東京  宇志やまと
気丈とは涙もろしや夜の秋       埼玉  梅沢 フミ
百穴に百のほとけや星月夜       埼玉  大澤 静子
ちちろ虫ほつれしものを縫ひ合はせ   東京  大沼まり子
落穂拾ひなれど気高き鷺の影      東京  大溝 妙子
朝冷えや米寿の箸を取り落す      東京  大山かげもと
稲刈つて夕べの風を寂しめり      東京  岡城ひとみ
外出へ新しき靴鰯雲          東京  小川 夏葉
未完なり秋野に白き椅子置くも     宮城  小田島 渚
まだ指に油のにほふ夜食かな      埼玉  小野寺清人
自治会の封書で届く赤い羽根      神奈川 鏡山千恵子
稲雀追はれ入鹿の首塚へ        和歌山 笠原 祐子
頼られてまた疎まれて敬老日      東京  梶山かおり
本殿に赤き錨が浦祭          愛媛  片山 一行
遠葦火左三条右堅田          東京  桂  信子
蟷螂の頭を直角に振り返る       東京  我部 敬子
鳥渡る火口のけぶり標とし       静岡  金井 硯児
みだれ萩なだめる雨と散らす雨     高知  神村むつ代
禅寺に僧都の響く間合あり       東京  川島秋葉男
画家逝くや芒に透けていくやうに    長野  北澤 一伯
鼻筋の白引き直し秋祭         東京  柊原 洋征
手につつみ土笛秋を惜しむ音      神奈川 久坂衣里子
兄逝きて弔砲のごと威銃        東京  朽木 直
栗飯や数をかぞへつ碗に盛る      東京  畔柳 海村
木犀の一と朝ごとに香の強く      東京  小泉 良子
子規庵の秋思の庭をぐるぐると     神奈川 こしだまほ
しら露に萩は大きく弧を描く      東京  小林 雅子
威銃あとはまつたき山の黙       東京  小林 美樹
漁具入るる苫屋の隙間そぞろ寒     神奈川 小林 好子
そぞろ寒蒙古来るてふ子守歌      青森  榊 せい子
鳥渡る祈りの島のとびとびに      長崎  坂口 晴子
主役より黒衣の目立つ村歌舞伎     長野  坂下  昭
息つぎのなき虫の声更けにけり     千葉  佐々木節子
山越せば天狗の里や蕎麦の花      群馬  佐藤 栄子
山路入る井月の杖雁渡し        長野  三溝 恵子
満潮の鯔よく跳ねる赤煉瓦       東京  島  織布
次々と毟るがごとく蝗捕る       東京  島谷 高水
かをらすも散らすも雨の金木犀     千葉  白井 飛露
けふのことけふに済ませて良夜かな   東京  白濱 武子
城跡の小さき櫓や白雄の忌       東京  新谷 房子
釣瓶落し入江の口のみをつくし     静岡  杉本アツ子
ひとりには十六夜ほどが良き夜かな   東京  鈴木 淳子
缶蹴りの子らも老いたり鳥渡る     東京  鈴木てる緒
あれもせずこれもせぬ儘老の秋     群馬  鈴木踏青子
雲流れまにまに覗く居待月       東京  角 佐穂子
演奏はからくり人形秋麗        東京  瀬戸 紀恵
合鍵はいつもの所木の実落つ      神奈川 曽谷 晴子
小鳥来る薪割り台を餌台に       長野  高橋 初風
菊の香や生家に寄らず越の旅      東京  高橋 透水
駆けつづけ足の笑へり地蜂捕      長野  宝 絵馬定
草の花言葉ゆかしく継がれけり     東京  竹内 洋平
豊島園
閉園の木馬も秋の夕焼なか       東京  多田 悦子
見てをらむ故郷の母も今日の月     東京  立崎ひかり
みすずかる四つの平ら秋澄めり     東京  田中  道
禅林の思惟の木の実を拾はばや     東京  田家 正好
竹を伐る切り口に水滲み出し      東京  辻本 芙紗
緩みゆく話の隙のばつたんこ      東京  辻本 理恵
山門を通り色なき風となる       愛知  津田  卓
秋の蚊と乗り合はせたる三ノ輪駅    東京  坪井 研治
律を呼び母呼ぶ子規の夜長かな     埼玉  戸矢 一斗
遠巻きに家主見つむる松手入      東京  豊田 知子
喰ひ切れぬことは承知で大根蒔く    千葉  長井  哲
老松の手と足となり手入れせり     大阪  中島 凌雲
野分去り庭下駄の未だ見つからず    神奈川 中野 堯司
ふるさとや変はらぬものに柿日和    東京  中野 智子
色鳥のみなことごとく正装し      東京  中村 孝哲
夜学生脇門を開け帰りけり       埼玉  中村 宗男
秋霖や為すこともなき妻の留守     千葉  中山 桐里
長き夜の湯吞みにのこる渋のあと    大阪  西田 鏡子
傾きのあと立ちあがる木の実独楽    東京  西原  舞
兎追ひしかの山もいま異国なる     東京  沼田 有希
神奈備の走り根深き木の実かな     埼玉  萩原 陽里
無頼派は昭和に絶えてきりぎりす    東京  橋野 幸彦
妻恋ひの歌に栞を夜半の秋       広島  長谷川明子
こぼれ萩のみが(いろ)なる座禅堂      東京  長谷川千何子
月渡る天の磐座澄みまさり       神奈川 原田さがみ
修行場に巡る巨石や秋高し       兵庫  播广 義春
御手洗の杓にすくへり月明かり     東京  半田けい子
色皿に無頼の構へ衣被         東京  福永 新祇
初潮や暮れても白き波頭        東京  福原  紅
銭洗ふ金木犀の香を濁し        東京  星野 淑子
惜しみなく裏まで焦げし秋簾      東京  保谷 政孝
川涸れて火葬の煙谷を出づ       神奈川 堀  備中
山茶花のくり出す蕾矢つぎ早      東京  堀内 清瀬
離島には離島の暮し鳥渡る       岐阜  堀江 美州
どことなく臓器のかたち胡桃割る    埼玉  夲庄 康代
喚鐘の余韻の透ける寒の寺       東京  松浦 宗克
遠山をあきらかにする刈田かな     東京  松代 展枝
椿の実紅極まりて爆ぜにけり      京都  三井 康有
鰯雲沖は大漁かも知れぬ        東京  宮内 孝子
藁塚や誰か隠れてゐさうなる      神奈川 宮本起代子
水軍を祖に伊予灘の蜜柑熟る      東京  村上 文惠
青北風や吾を省みること多し      東京  村田 郁子
烏瓜この世あの世に火を点し      東京  村田 重子
麗しき体育の日の腓腹筋        東京  森 羽久衣
雁渡し灯台何処も地の果てに      千葉  森崎 森平
籾殻火大地に据ゑる灸のごと      埼玉  森濱 直之
老ゆること父を越えたり芋の露     長野  守屋  明
筑波嶺のさらに寄り添ふ威銃      東京  保田 貴子
落し水鳰の湖へと奔り出す       愛知  山口 輝久
こほろぎや箱階段の影の中       群馬  山崎ちづ子
捨てきれぬことごとありて秋扇     東京  山田  茜
穴まどひ風土記の丘の百の塚      群馬  山田  礁
釣瓶落し峡の十戸を傾けて       東京  山元 正規
秋思ふと身を捨て誓ふ稚児大師     愛媛  脇  行雲
十六夜や格子に挟む回覧板       東京  渡辺 花穂
真帆片帆風を自在に秋の海       埼玉  渡辺 志水

















     







銀河集・綺羅星今月の秀句

伊藤伊那男

墨染を黄に弁慶の菊人形          飯田眞理子
弁慶の衣も菊人形であれば「黄菊」で飾ることになるという。数多の菊人形の句を見てきたが、この発想は初見である。人が見逃した「物」を発見した眼力を称えたい。


割り算の余りのやうな残る虫        多田 美記
意表を突かれた発想である。割り算で割り切れずにどうしても余ってしまう数字。その僅かな端数位が、残る虫の数だという。「残る虫」の本意をこのように詠めたか!


地芝居の義経主従みな老骨         谷岡 健彦
各地に残る村歌舞伎、地芝居も過疎化が進む中、その運営はどうなっていくことであろうか。地芝居の役者は老人ばかり。ちなみに義経の享年は三十歳であった。 


水分の神の放心秋出水           谷口いづみ
「水分神」は水を配分する神様。多くは分水嶺に祀られている。治水に力を注いだ現代でも「秋出水」は頻発するばかり。これは神の怠慢ではないのかと。機知の効いた句。


鳥渡る我に果なき医者通ひ         萩原 空木
不治の病を抱えている作者の境涯句である。「果なき医者通ひ」には解説などの仕様は無い。「鳥渡る」には病を得てからの歳月と、自由な行動の効かぬ心境が籠められている。 


呆気なく釣られし鯊のこんな顔       堀切 克洋
 鯊釣りの様子を面白く捉えている。釣り上げられた鯊が、何が起こったのか解らず、目をみはっている。「こんな顔」というだけで鯊の生態が全部解るのである。


ひとつづつ千枚の水落しけり        三代川次郎
 棚田から水を落とすのに、全部の田を通過していくという。確かにそのような事があるのだろうが、「千枚」と大きく持ってきたのが面白い。多分に想像力を駆使して真実であるかのように思わせるところが技倆の高さである。


鶺鴒の叩くは松の廊下跡          山下 美佐
皇居の江戸城本丸跡の一角に松の廊下跡の表示がある。忠臣蔵の最初の場面である。今御苑となっている芝の上に鶺鴒が来て、ここだここだと尾を叩く。歴史の地と現在を鶺鴒の尾で繫げた楽しい句となった。


蓑虫の隠れて目立つ住み処かな       絹田  稜
こう言われてみて、なるほど、と思う。蓑を着てからの蓑虫は見たことがあるが、その前がどんな状態であるのか知らない。蓑に隠れたからこそ目立つ、といい所を詠んだ。 


滅びたる国の切手や鳥渡る         小山 蓮子
 「滅びたる国の切手」とは、口惜しい位わくわくするフレーズである。確かに東欧諸国などでは地図から消えてしまった国もある。鳥はそのようなことは関係なく渡る。人間世界の興亡と自然界の対比。

大和三山争ひもなく秋日和         秋元 孝之
一番標高のある畝傍山を男と見立て、耳成山と天香具山が恋争いをした、という説話があり、万葉集にも詠まれている。掲句は、秋の好日、鞘当てもなく、三山は実に穏やかに並んでいる、と言う。古歌を下敷にして雅な句に仕立てた。


紅を過ぎしあとこそ吾亦紅         田中 敬子
吾亦紅とは、あのくすんだ焦茶色になって初めて吾亦紅なのだ、というのは納得である。ドライフラワーのような不思議な花の様子をうまく捉えている。


遣り水をひだに光らせ鶏頭花        中村 湖童
鶏頭という獣のような植物の様子がよく伝わってくる。遣水が獣類の毛皮を伝わる雨のように見えたというのである。対象物をよく観察して本意に迫った句である。


燕帰り真の空家となりにけり        志村  昌
燕は人家に巣を作る。人に近い所が一番安全だというDNAである。人が住まなくなると燕も寄り付かなくなる。今年引越した家なのであろう。秋、燕も去って「真の空家」となる――ここがうまいところだ。 


 その他印象深かった句を次に。

萩咲くやわが家の庭も歌枕         池田 桐人
ちちろ鳴く父系母系となべて貧       大野 里詩
川霧に心して往け木曾の谿         大野田井蛙
洋梨のいびつさに添ふナイフかな      末永理恵子
きりぎりす機械油の匂ふ土間        武井まゆみ
転勤もなくて定年鳥渡る          塚本 一夫
夜学終へ洗ふ右手の白チョーク       辻  隆夫



















                






 

星雲集作品抄
伊藤伊那男・選
秀逸

駅の名はしらずまぶたに鶏頭花     宮城  小野寺一砂
帰燕高し手に鉄棒の匂ひ嗅ぐ      神奈川 水木 浩生
一鍬で解き放たるる落し水       愛知  松下美代子
蓑虫は後ろ姿の山頭火         神奈川 白井八十八
色の名の多き国なり色葉散る      千葉  川島  紬
出船はや波に隠るる雁渡し       埼玉  渡辺 番茶
秋風や洗ひざらしの割烹着       東京  上村健太郎
端々に桟のささくれ障子干す      神奈川 大田 勝行
鳥渡る離島航路の水脈の果て      東京  釜萢 達夫
風音も葉音もまぜて秋の滝       長野  唐沢 冬朱
老いてこそふる里訛ゐのこづち     神奈川 北爪 鳥閑
夜業の灯おばけ煙突ありし町      東京  倉橋  茂
ほんたうの智恵子の空へ威銃      東京  清水 史恵
掌を豊かに滑り花芒          東京  中村 藍人
天竜の谷ささくれて雁渡し       長野  中山  中

蔓引けば遠くに揺るる烏瓜       東京  黒田イツ子
行く秋に古地図と旅を始めけり     東京  家治 祥夫
銀杏の馬穴の匂ふ典座口        東京  牧野 睦子
運動会地区の老人みな来賓       広島  塩田佐喜子







星雲集作品抄

            伊藤伊那男・選


姿見に帯を解く手や虫時雨      東京  秋田 正美
降る雨に褪せゆく色の彼岸花     京都  秋保 櫻子
韜晦も恋の駆け引き眉の月      東京  朝戸 る津
蟷螂に袖摑まるる風の中       東京  浅見 雅江
口紅の色に味あり今朝の秋      東京  尼崎 沙羅
鬼灯を鳴らした姉も鬼籍簿に     愛媛  安藤 向山
臥す子規と情をかはしし糸瓜かな   東京  井川  敏
焼栗や隣は宝くじ売り場       東京  生田  武
ドガ展の上野の森に栃拾ふ      長野  池内とほる
菊日和待ち人もなく連れもなく    東京  石倉 俊紀
空砲も音高らかに体育の日      東京  伊藤 真紀
蚯蚓鳴く幼なじみの総白髪      広島  井上 幸三
名月を探しに二階へかけ登る     愛媛  岩本 青山
秋澄むや木の香の匂ふ菩薩像     愛媛  内田 釣月
貴船菊越して七年庭に咲く      長野  浦野 洋一
臀呫(となめ)して筑波を目指す赤とんぼ    埼玉  大木 邦絵
山の影ふくべ揺るがす養老線     東京  大島雪花菜
暑に負けて徒長枝に負け庭荒るる   東京  岡田 久男
枯芝に羽あたためて群雀       群馬  岡村妃呂子
この子宇宙へ行くかもしれぬ夜長かな 東京  荻野ゆ佑子
水澄むや久しく父母の墓の前     神奈川 小坂 誠子
渓谷の空青々と鮎解禁        京都  小沢 銈三
蔓あまた引けど動かぬ烏瓜      埼玉  小野 岩雄
木犀の香に溺れゐる露地詰り     静岡  小野 無道
秋鯖や今日が丁度の〆具合      東京  桂  説子
来し方を仕訳してゐる夜長かな    埼玉  加藤 且之
猪のひそかに太る風の森       神奈川 河村  啓
秋の蝶止まると見せて花巡る     愛知  北浦 正弘
秋の蠅知人のやうに近づき来     東京  北原美枝子
穭田や主は山の湯治場へ       東京  久保園和美
榛名なり岩の社に鳥かぶと      群馬  黒岩伊知朗
蔦紅葉影にも色のあるやうな     群馬  黒岩 清子
神の田を大地に返す落し水      三重  黒岩 宏行
そぞろ寒行き交ふ人もまばらにて   神奈川 小池 天牛
みせばやの人見知りするごと紅き   東京  髙坂小太郎
色鳥の来て吉備の野は万華鏡     東京  小寺 一凡
多摩川の鉄橋釣瓶落しかな      千葉  小森みゆき
お隣と涼しき会釈燕去る       宮城  齊藤 克之
野菊の香遠き昔を想ひ出し      神奈川 阪井 忠太
法要の墓石に屋号雁渡し       長野  桜井美津江
大浅間涅槃像めき天高し       東京  佐々木終吉
栃餅や羽黒の宿は明明と       群馬  佐藤かずえ
十五夜の神といただく団子かな    群馬  佐藤さゆり
後脚脚立のごとしきりぎりす     東京  島谷  操
絡み合ふ一かたまりの曼珠沙華    東京  清水美保子
通勤路べつたら市の幟立つ      東京  上巳  浩
手を翳す夕日塗れに雁の棹      東京  須﨑 武雄
一瞬に光失ふ落し水         岐阜  鈴木 春水
つる引いて甘藷連なる重さかな    愛知  住山 春人
たわわなる林檎互ひを照らし合ふ   千葉  園部あづき
通夜帰り坂を下れば望の月      東京  田岡美也子
村芝居なまり飛び交ふ桟敷席     東京  髙城 愉楽
鰯雲誰にも会はぬ一日なり      福島  髙橋 双葉
子供等の三角ベースになる刈田    埼玉  武井 康弘
毒茸おのれをかくす白さかな     東京  竹花美代惠
祇王寺の空を窄めし竹の春      神奈川 田嶋 壺中
ひとつづつ柿供へられ六地蔵     神奈川 多丸 朝子
信濃路を夕焼色に柿簾        愛知  塚田 寛子
一人居を慰む声か残る虫       東京  手嶋 惠子
寺の気を根こそぎ吸うて曼珠沙華   埼玉  内藤  明
抽斗に何か挟まる野分後       岩手  永井 むつ
手に持ちし狗尾の束風捕ふ      神奈川 長濱 泰子
稲架掛の棒で覚えた逆上がり     京都  仁井田麻利子
墳丘の業平しのぶ虫の声       東京  西  照雄
切れ味もよささうな斧いぼむしり   宮城  西岡 博子
名月や爪先立てば触るるほど     静岡  橋本 光子
目を閉ぢて残像となる十六夜     東京  橋本  泰
朗報の受話器を置けば秋夕焼     神奈川 花上 佐都
牛舎より間のびした声秋桜      長野  馬場みち子
秋夕焼翳を濃くする大橋梁      千葉  針田 達行
触れやうとすれば落ちたる零余子かな 長野  樋本 霧帆
夜学の灯ありて小さき街豊か     神奈川 日山 典子
長電話気づけば釣瓶落しかな     千葉  深澤 淡悠
柿くへば自動撞木の鐘の音      埼玉  深津  博
秋簾はづし明るさとりもどす     長野  藤井 法子
雨戸閉む音の響きや秋隣       神奈川 松尾 守人
かくれんぼすぐに見つかる金木犀   神奈川 松崎 雅則
名月や庭湖に浮かぶ写経堂      東京  水野 正章
通り雨春日の山へ虹架ける      奈良  三村  一
磔の干蛸凪の秋夕焼         東京  三好 惠子
酒蔵を彼方此方巡り新酒かな     東京  棟田 楽人
語り部の鬢の白さや冬近し      東京  八木 八龍
地の闇を叩き尽くすや鉦叩      東京  矢野 安美
小説の中は幕末夜の長し       東京  山口 一滴
孫集ひ祝ふ還暦栗強飯        群馬  山﨑 伸次
障子貼り残る歪に風の音       神奈川 山田 丹晴
桔梗や躾きびしき母なりき      静岡  山室 樹一
目薬の沁みて秋色滲ませり      高知  山本 吉兆
夕陽受け映画のやうな花芒      群馬  横沢 宇内
生り年の酢橘絞るや何も彼にも    神奈川 横地 三旦
小流れに数珠玉写すお鷹道      神奈川 横山 渓泉
山陵に日の沈みたる草紅葉      千葉  吉田 正克
十月の山には山の翳りあり      山形  我妻 一男
豊穣の感謝ひとへに秋祭       神奈川 渡邊 憲二
朝顔の種採り記す茶封筒       東京  渡辺 誠子























星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男

駅の名はしらずまぶたに鶏頭花       小野寺一砂
 鶏頭という花のどぎついまでの色と形を鮮明に捉えた句である。駅の名前は忘れてしまったけれど、その駅の鶏頭だけは明確に憶えているという。鶏頭でなかったら上五、中七は生きてこなかったであろう。つまり季語の本意を摑んでいる、ということである。同時出句の〈肘折の湯守千年芒かな〉は月山の麓の古い温泉。調べもよく、地名が効いている。〈雁渡し田の一枚は墓なりし〉も農村地帯の有様がよく出ており「雁渡し」の季語の斡旋がいい。


帰燕高し手に鉄棒の匂ひ嗅ぐ        水木 浩生
少年時代の回想の句であろうか。鉄棒で回転しながら逆さの姿勢で帰燕を見たのであろう。降りると掌に鉄錆の匂いがする。その嗅覚に頼ったことで景が具体的で鮮明になり、臨場感も出たようだ。 


一鍬で解き放たるる落し水         松下美代子
畦の水口を切って水を落す最後の鍬の一撃の場面である。稲は熟しており、収穫も間近である。「解き放たるる」にそうした喜びが混じっており、切れ味がいい。


蓑虫は後ろ姿の山頭火           白井八十八
言われてみればそのように思えてくる。集めてきた木の葉は綻びた衣のようでもある。山頭火の〈うしろすがたのしぐれてゆくか〉から「後ろ姿」を借用したのもうまいところである


色の名の多き国なり色葉散る        川島  紬
 日本人の色の感覚は実に微妙で、たとえば赤という括りの中にも多岐にわたる色彩がある。この句はそうしたことを踏まえた上で「色葉散る」と抑えたところが手柄である。「色葉」は「紅葉」の副季語だが、例句を見ても使われることが少ない。上五の「色(●)の名」に合わせて「色(●)葉」と揃えたところが技倆である。同時出句の〈和の色をいくつ重ねて秋袷〉も佳句。


出船はや波に隠るる雁渡し         渡辺 番茶
雁渡しとは陰暦八月頃に吹く北風。句からは近江辺りの小さな港などが想像される。釣舟か漁船か、小舟は北風の波の中に消えたり現れたりする。雁渡しの季語の斡旋で句に格調の良さと抒情が備わったようである。


秋風や洗ひざらしの割烹着         上村健太郎
 原石鼎に〈秋風や模様のちがふ皿二つ〉の名吟がある。似た情感があるが、決して類句ではなく、微妙な季感を繊細に捉えた秀句である。「洗ひざらしの」に日常生活の中から発見した美がある。秋風に浄化された割烹着である。


端々に桟のささくれ障子干す        大田 勝行
私の子供の頃は一家総出で障子張りをしたものだ。掲句の「桟のささくれ」は臨場感があって出色である。家族の歳月といったものが浮かび上がるようである。思い出の句もこのように具体的な「物」を配することによって生きる。


風音も葉音もまぜて秋の滝         唐沢 冬朱
「滝」といえば夏だが、他の季節の滝をどう詠むのか、この句は確かに秋の滝である。「風音も葉音も」の葉音で秋以外のものではないことを実感するのである。夏の滝は激しい雰囲気があり、秋はやや水量が衰えるので、風音や葉音が目立つのである。同時出句の〈すべて山水澄む木曾の山をいく〉も木曾谷の地形をよく詠み取っている。


老いてこそふる里訛ゐのこづち       北爪 鳥閑
「老いてこそ」がいい。仕事も離れて社会から遠のくことによって、幼少期の訛が復活する。牛膝など忘れていたものにも目が行くようになる。老には老の楽しみがある。 


夜業の灯おばけ煙突ありし町        倉橋  茂
 「おばけ煙突」は千住にあった火力発電所の四本の煙突。見る角度で本数が違って見えたのでその名がある。工場地帯だっただけに「夜業の灯」が合う。『三丁目の夕日』の一場面を見るようだ。昭和三十八年に廃されたという。


ほんたうの智恵子の空へ威銃        清水 史恵
高村光太郎の『智恵子抄』の本歌取りの句だが、うまい!「威銃」は意表を突く取合せ。同時出句の〈猿田彦降りて来さうな柿日和〉も猿田彦の斡旋が鮮やか。

その他印象深かった句を次に


 

鳥渡る離島航路の水脈の果て        釜萢 達夫
掌を豊かに滑り花芒            中村 藍人
天竜の谷ささくれて雁渡し         中山  中
蔓引けば遠くに揺るる烏瓜         黒田イツ子
行く秋に古地図と旅を始めけり       家治 祥夫
銀杏の馬穴の匂ふ典座口          牧野 睦子
運動会地区の老人みな来賓         塩田佐喜子
























伊那男俳句  



伊那男俳句 自句自解(60)         
  
泡ひとつ吐くは田螺の鳴くならむ

 信州伊那谷は昆虫食文化のある処で、蜂の子や蝗、ざざ虫などはよく食べた。一方田んぼの水口に沢山いた田螺は食べたことがなかった。大学時代の先輩と瑞牆山に登山をすることになり、前日に夫人の実家である山梨県の古い農家に泊った。朝食の味噌汁に田螺がごろごろ入っていて、田螺汁というものを初めて食べたのであった。田螺はどこで手に入れるのかと聞くと、裏の水路にいくらでもいる、と言う。昔から動物性蛋白質をこのように取っていたのであろう。「田螺鳴く」という季語がある。「亀鳴く」「蚯蚓鳴く」と同じように実際には鳴かないが、詩歌の世界では鳴くのである。実際の田螺の泡は見たことが無いが、きっと吐く筈だ。水の中を上るとき、漫画の台詞を入れる吹き出しのようになっているのではないか。その泡の中に田螺の鳴き声が入っているのではないか……という空想の句である。一物仕立の句をずっと作ってきて、少しずつ主観を投入するようになった。

蝌蚪の群あたため合うてゐるらしき
ひきがへる跳びて揃はぬ後ろ足

 先述の解説に続くが、早い時期から一物仕立の句を作るようになった。特に「写生」を標榜する結社にいて、「物」だけを詠めと言われていたので、対象物の特徴を探すことに夢中になった。一物仕立の初期の句としては〈秋の蝶息するたびに翅ひらく〉〈天牛の髭の先まで斑を持てり〉〈兜虫ひと足づつを剝し捕る〉〈量らるるとき寒鯉のしづかなり〉〈裏白の飾ればすぐに乾びけり〉などがあり、私の句の特徴の一つとなっている。右の句もそのような一物仕立で、主観も交えている。一物仕立の句は一気に下五まで詠み切るので、上五の季語のあとを「や」で切ることが少ない。「裏白の(・)」というように中七に繋げるのである。そのせいか私の場合、取合せの句の場合でもついつい「の」を使ってしまうことが多い。句会で「ここは〝や〟で切るところでしょう」と言われることが時々あるが、私は軽い切れとしての「の」であると思っている。          












     


 



俳人協会四賞・受賞式





更新で5秒後、再度スライドします。全14枚。







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haishi etc
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銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

ごあいさつにご利用下さい。









 


   













掲示板






















               
 
     

主宰日録  

  
10月

 10月13日(火)
昨夜の酒残る。農家の野菜買いに散歩。15時、神保町郵便局に麦さんと落合い、振り込み用紙の印字依頼。振込明細の電子化手続きなど。19時、発行所にて「火の会」10人。あと「魚勝」で小酌。北浦正弘氏の『季語を観る』拝受。写真をふんだんに使った労作!

 10月14日(水)
遠出の散歩。狛江方面、一万歩超。農家にも寄る。白菜のつまみ菜をベーコンと煮る。ピーマン炒め。焼き茄子10本ほど仕込み。

 10月17日(土)
新潟、若井さんから自家製の新米到来。皆川文弘さんから今年も富山のチューリップの球根到来。15時、発行所。「纏句会」7人。欠席投句7人の計14人。

10月20日(火)
同人集選句選評。会員集選句選評終了。月末、旅の予定あり、かなり頑張る。角川「俳句」新年号の原稿、手違いあり、半分書き換え。やれやれ……。農家の野菜買いに。あと、祖師ケ谷大蔵のオオゼキに買い物。

 10月22日(木)
10時半、京成佐倉駅。伊那北会。千葉在住の同期、北原泰明君が、車で来てくれたので、千葉氏終焉の地、本佐倉城跡へ乗せてもらう。跡佐倉城址へ。私は先月に続いて2回目。11万石の大城。城下の武家屋敷三軒、旧城主堀田邸などを巡る。船橋に出て酒蔵「きらく」。牡蠣、白子、鮟肝、秋刀魚、鯵。鯵フライ、煮込み……と魚がうまい。店の方から、「よくお飲みになる方々ですね! 」と。で、そのあともう一軒。ホッピー。

 10月23日(金)
昨日、気仙沼の和人さんから秋刀魚到来。そのうまさに家族が感激したと。私は昼に秋刀魚2本。頭も尻尾も食べる。彗星集の選句選評し、12月号の原稿終了。夜、華子16歳の誕生日祝い。京都から来た松茸あり、スキヤキで祝う。

 10日24日(土)
春耕賞応募38編あり、選考し、投函。夜、杏一家、鮎ちゃん来て、宮澤の還暦を祝う会。

10月25日(日)
年会費振り込み用紙(印字済)を発行所に届け、17時、飯田橋の角川書店会議室にて「俳句」誌の合評鼎談。高柳克弘、堀田季何さん。2人共私の娘くらいの年代。終わって帰宅すると、宮澤の還暦誕生日の前夜祭とて近所の仲間3家族ほどが祝いに駆けつけており、20人位の宴会に。ドンペリも到来しており、久々にいただく。

10月26日(月)
5時前起床。朝焼けが見事。7時過ぎの新幹線にて九州に向かう。井蛙さんと同行。小倉駅で前泊の柊原、四国からの武田氏と合流。日田彦山線で香春駅下車。香春神社参拝。銅山の神。奈良の大仏の銅を出したと。添田駅で「ひこさんホテル和」の車の迎え。造り酒屋に寄ってもらい、酒買う。ホテルは標高680米の山中。景色佳し。夕食佳し。温泉佳し。

10月27日(火)
8時出発。英彦山俸幣殿から登拝。下宮、中宮を経て上宮。この高さになると紅葉が鮮やか。南岳は1199メートル。ここからの眺望絶景。日向の山脈も一望。下りは恐ろしい程の急降下でヘトヘト。14時下山。6時間の登山。バスにて添田駅。日田彦山線は災害でここまで廃線。小倉経由で宇佐駅。レンタカーを借りて国東半島。「ホテルベイグランド国東」着、19時。フロントで食事処を聞き、タクシーで「海六呼(うろこ)」。刺身類佳し。太刀魚の塩焼き絶品。その他飽食。亭主が宿まで車で送って下さる。

10月28日(水)
6時温泉、7時出発。富貴寺。建物が国宝。弥陀三尊も美しく、中尊寺の光堂を思わせる。熊野摩崖仏は長い石段。昨日の登山の疲れあり、太腿が痛い。不動尊は温顔。大日如来と二像。杵築城に寄り、宇佐神宮へ。広大な神域。昼食は団子汁。レンタカーを返し、16時前、ソニック号で小倉。こだまに乗り継ぎ、新山口駅。バスにて萩へ。萩着19時半。食事処を探すが、淋しい町。「ぼてこ」という魚料理の店を見つける。「ぼてこ」と呼ぶ底魚系の活造り二種。鮑バター焼きその他で地元の酒。あらで作って貰った味噌汁がうまい! 21時過ぎまで。もう一軒と町を相当歩くが、全く無く、ひっそりと寝静まっている。どこも町にもあるラーメン屋なども皆無。ようやく東萩駅前のフランチャイズの居酒屋を見つけて小酌。

10月29日(木)
8時45分から貸切タクシー。松下村塾、松陰生家跡、毛利家菩提寺の東光寺、武家屋敷街、萩城(指月城)を巡る。昼、「がんこ蕎麦」で打ち上げ。13時すぎのバスにて新山口。新幹線。大阪で乗り換えあり、武田氏と別れ、駅構内の店で串揚げ、タコ焼きなどでビール、チューハイ。井蛙さんが、京都で降りましょう、と言う。新幹線京都で下車。駅構内の「松葉」で私はおろし蕎麦と酒。今度は名古屋で降りましょう、というので新幹線名古屋で下車。私は食べないが、井蛙さんはホームのきしめんを食べている。ともかく22時半くらいに帰宅。

10月30日(金)
「あ・ん・ど・うクリニック」。「春耕」ネット句会選句。明日の「夕焼け酒場」での「銀漢亭の日」の料理の下ごしらえ。砂肝の黒胡椒炒め、白滝と明太子、豚シャブザーサイ、笹身の辛子和え、舞茸のみぞれ和え、ピーマンとジャコ炒め……など。

10月31日(土)
14時、谷中の「夕焼け酒場」に入り、粕汁の仕込みほか。清人さんより、鮪ヅケ、生牡蠣など豪華な食材入る。16時半、開店。25名ほどに成る。数々の差し入れ。久々の顔合わせの方々も。「焼」「酒」「場」の詠み込みの句会も。22時、お開き。満月! 帰宅すると、莉子の友達4人泊まり。近所の二家族も食事会に来ている。

11月

11月1日(日)
かなりの2日酔い……。ああ、久々やってしまった。銀漢賞、星雲賞の応募94編あり、終日選考。

11月2日(月)
3時起床。銀漢賞選考。10時半、幕張駅。伊那北同期で千葉在住の北原泰明車で迎えてくれて、笹森観音、久留里城を巡る。泰明家に寄り、ワインなどご馳走になる。17時過ぎ、船橋の酒蔵「きらく」。牡蠣酢、鮟肝、秋刀魚刺身その他で酒盛り。

11月3日(火)
10時、発行所。銀漢二賞の第一回選考委員会。杉阪、禅次、眞理子、唐沢(欠席選考)、秋葉男さん司会。あと久々、大戸屋の牡蠣の味噌煮の昼食。牛肉が安く出ていたのでビーフシチューを沢山作る。

11月4日(水)
快晴。久々、農家の野菜。春菊がいい。カリフラワーもいい。10周年記念の例句集(歳時記)の校正。なかなかの作業。ここまで纏めた戸矢一斗さん他のご苦労は只事でなし。17時、歯科定期検査。

11月5日(木)
)午前中例句集の点検。午後愛宕下の藤井公認会計士事務所。(有)銀漢廃業の打合せ。5時新宿西口「渡邊」。オリックス時代の高木氏と一献。












         
    






今月の季節の写真/花の歳時記



2021/1/24 撮影  高尾山・薬王院  lkitakaruizawa




△高尾山・薬王院
薬王院の仕事の合間に撮影しました。標高602M 。AM7:30分。ケーブルを降りると一面の銀世界が広がっていました。2021/1/24。


南天 Handmade wreath 浅間山 絵馬 犬ふぐり
三椏 冬薔薇 どんど焼き 白梅 紅梅
高尾山・薬王院


写真は4~5日間隔で掲載しています。 
2021/1/23    更新








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