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4月号 2021年
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伊藤伊那男作品主宰の8句 今月の目次銀漢俳句会/2021/4月号 銀漢の俳句伊藤伊那男
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◎富士山の季語 多摩川を俯瞰する世田谷区のはずれから冬の富士山がよく見える。散歩をしていて富士山が見える日は、幸せを戴いた気分になり思わず合掌する。新幹線で西国へ向かうときも、できるだけ右の窓際の席を取って富士山を確かめる。運が良いと品川駅を過ぎるあたりのビルの隙間から遠望できるときがある。奈良時代初期の山部(辺)赤人は自然詠の歌人として知られているが、代表歌に次がある。 (1)田子浦ゆうち出でてみれば真白にそ富士の高嶺に雪は降りける (2)田子浦にうち出て見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ 田子浦は静岡県富士市南部の砂浜で、北に富士山を仰ぎ、西に三保の松原を望む東海道の景勝地。都から東国へ向かったときの嘱目である。(1)は『万葉集』所収、(2)は『新古今和歌集』所収で百人一首にも収録されている。(1)の「ゆ」は動作の起点となる所を表す助詞で「……から」の意味。浜に出てみたら突然雪を頂いた霊峰が眼前に出現した驚きと感動が率直に表現されていて、私はこちらの方が好きである。 さて富士山にまつわる季語はどれほどあるのであろうか? 講談社『カラー図説 日本大歳時記』から富士の名の付く季語を拾い集めてみた。 初富士(新年)※「初」の付く山は富士山・筑波山・比叡山。 富士垢離(仲夏)──富士行・富士小屋。 ※開山前の陰暦五月末の浄めの行。 富士の雪解(仲夏)──雪解富士・富士雪解。 五月富士(仲夏)──皐月富士。 夏富士(仲夏)──夏の富士・青富士。 富士詣(晩夏)──富士山開(陰暦六月一日)・富士道者・富士行者・富士禅定・山上詣・山上・富士講・ |
西東三鬼の忌日は四月一日、万愚節と同日というのがいかにも三鬼らしいところだ。昭和三十六年秋、現代俳句協会が分裂して俳人協会が設立され、「風」も直撃を受けて混乱した。その直後三鬼は癌を発症して入院。没後に第二回俳人協会賞を受賞している。そのことからも三鬼が協会設立の仕掛け人の一人であったことが想像できる。先生も三鬼も「ボルガ」のなじみ客。折り畳み傘で解るようにこの句はそれから二十数年後の作。 (昭和五十九年作『寒靄』所収) |
彗星集 選評 伊藤伊那男伊藤伊那男・選ひとつづつ春呼ぶ色を金平糖 小泉 良子
故郷の山河ありあり初電話 半田けい子
とげぬき地蔵へ婆容赦なき寒の水 多田 美記
寒ゆるむ手櫛のとほり良きことも 岡城ひとみ
仕事始まだ温まらぬビルの芯 多田 悦子
雪を卸し雪に埋るる住処かな 中山 桐里
寒椿花弁の十二単衣めく 金井 硯児
雪催言葉少なに日暮れけり 多田 美記
納屋の闇肥料袋と葱の束 田中 道
些事にまた追はるる日々や松も過ぎ 杉阪 大和
寒弾や津軽に生れ耳聡く 永井 むつ
観音の胎内拝す大旦 秋津 結
柝の音はまだ幕の奥初芝居 中野 智子
巻き癖の月日を正し初暦 上田 裕
銭湯の富士を見上ぐる初湯かな 川島秋葉男
聖夜劇開演までを風の音 荻野 佑子
水神の紙垂震はせて雪解川 今井 麦
銀河集作品抄伊藤伊那男・選 粉河寺
すがりたき千手の一手冬至寺 東京 飯田眞理子 湯豆腐や浮くもしづむもこの暮し 静岡 唐沢 静男 着ぶくれて津波の後の海を見に 群馬 柴山つぐ子 冬耕の人より影の老いて見ゆ 東京 杉阪 大和 筆始墨の雫を一画目 東京 武田 花果 なみなみと金屋子神へ寒の水 東京 武田 禪次 鉛筆の一本で描く枯木山 埼玉 多田 美記 老将が老兵と吊る社会鍋 東京 谷岡 健彦 おもひでの絲をたぐれば虎落笛 神奈川 谷口いづみ 自家味噌の滓も親しき根深汁 長野 萩原 空木 ラグビーの影も独走してをりぬ パリ 堀切 克洋 花八手訪へばまた雨鎌倉宮 東京 松川 洋酔 寄鍋や妻のひと日の事を聞き 東京 三代川次郎 綺羅星集作品抄伊藤伊那男・選
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「千手の一手」という使い方は珍しいことではないかもしれないが「冬至寺」の季語の斡旋が秀逸である。太陽の高度は一年中で最も低く、昼が最も短く、古代人を不安にさせた日であり、神仏に縋りたくなる一日だからこその措辞である。加えて科学万能の世とはいえ梃摺っているコロナ禍の昨今の世相もさりげなく詠み込まれているのだろうと思うと、味わいは一入である。 |
「義士会」は十二月十四日赤穂浪士討入の日である。句は討たれた吉良上野介の住んでいた本所にも供養に廻ったという。芝居で義士になったため割を喰ったのが吉良氏である。吉良氏からみたら供応指導を逆恨みされていきなり切り付けられたのであるから迷惑はなはだしい話である。しかも討入で首を取られた上、家は断絶、跡取りは諏訪に流されて早世しているので、まさに泣きっ面に蜂である。吉良への供養が入ったことで句を温かにしている。同時出句の〈香煙のもつれを解かず義士まつり〉も秀逸。 |
屛風の絵の句を二つ。今井句は「竹林も虎も」の措辞がうまい。八方睨みの虎が竹林ごと畳まれていく、と見事な詠みぶりだ。保田句は屛風の全幅を貫く大河が畳まれるのだが「音もなく」の措辞が見事。絵の中の河なので当然音はしないのだが、「音もなく」と言ったことで、逆に屛風の絵に音があったような現実感が湧いてくるのである。 |
子供の頃は学校給食に鯨肉が出て食傷気味の人もいたと思うが、捕鯨禁止の今はなかなか手に入らないし高価である。また戦争も七十五年間、日本は経験していない。全く別の事象と物を並列に置いているが、団塊の世代の私から見るとこの間の歴史が必要にして十分に胸に落ちるのである。同時出句の〈行き着いて大根畑の杜国の碑〉は所払いに遭い、伊良湖岬に蟄居した杜国を訪ねた芭蕉と同じ呼吸に居るようだ。〈茅葺きのつひの一軒 |
成田屋といえば歌舞伎界の名門市川家。成田山に祈願して子孫が生まれたことから緊密な縁を持つ。句は浅草の羽子板市で團十郎の絵柄が圧倒的な人気であったというのである。「席巻したる」の表現が斬新であった。 |
風神雷神の描かれた屛風である。ところが屛風には風を遮る効果もあるわけで、当然ながら屛風から風を発することはない。そういう頓智を効かせているのである。同時出句の〈屛風絵の墨一色の雪の鶴〉もなかなかに機知の効いた句である。雪の中の鶴というほぼ白一色の世界を描いた屛風絵なのだが、描いているのは「墨一色」。黒い墨が白い世界を描出するという逆説である。 |
「夢にまで躓く齢」――これだけでも見事な措辞。俳句の年輪を重ねた人でないと出てこない言葉だ。それに取り合わせた「霜夜」がまたいい。まだ霜が成立する前の状態なので躓く程でこぼこがあるわけではない。それにしても「躓く」というところが感性の良さであろう。静謐な老境。 |
恋愛というものの不可思議を描いたのが近松門左衛門。人間の営みであるから純粋なだけではない。愛もあれば同じだけ憎もあり、富と貧の相克もあり、嫉妬や裏切りもある。「悲恋にもある下心」は核心を突いているようだ。 |
長野県の冠着山は別名姨捨山。古来棄老伝説がある。深沢七郎の小説『楢山節考』も姨捨がテーマだが、舞台は甲州の雰囲気があり、過去にはあちこちにこのような話が残っていたのであろう。この句は「雪蛍」に人々の姿が重なり、また魂の浮遊にも連想が及ぶ仕掛けである。 |
子供の頃鶏を飼っていたので、この雰囲気はよく解る。生みたての卵を取り上げて、納豆に入れたりしたものだ。この句のせいであろうか、まだ温かかったような気がしてきた。今よりも何倍も何十倍も卵が貴重な時代であった。 |
その他印象深かった句を次に
菊を詠んだ詩人陶淵明は西暦四百年前後の人。「菊を採る東籬の下悠然として南山を見る」で知られている。万葉集には菊を詠んだ歌の記載は無く、奈良時代にはまだ日本には入っていない。日本に入ったのは平安時代の前期のようであるが、それでも千年以上の栽培の歴史があり、その技術は遥かに勝れている。それだけ日本人好みの花である。秋の「菊」ばかりではなく、「菊挿す」「菊根分」「菊の苗」「夏の菊」「菊枕」「菊膾」「枯菊」と四季に渡って花ばかりではなく生活に係わる季語まであるのは珍しい。さて「寒菊」はどのように詠めばいいかと言えば、まさにこの句の詠み方が相応しい。水原秋櫻子に〈冬菊のまとふはおのがひかりのみ〉があるが、同様の孤高の姿を的確に捉えている。同時出句の〈軒氷柱そろはぬ雫こぼしをり〉も観察の効いた佳句であった。 |
熊を仕留めると真先に取り出すのが |
隙間風まで法話の種にしてしまうというところに頓知の効いた住職の姿や、やや廃れた寺域の様子などが目に浮かんでくる。現代の生活の中ではこうした所にしか隙間風は存在しないかもしれない。 |
子供の頃、町内には絶対王者のように独楽廻しの強い子供がいたものだ。技術だけでなく気迫が違う。「闘ふ目」があったのだ。同時出句の〈記念日をたがひに忘れ薯雑炊〉は薯雑炊の季語の配合でほのぼのとした句になった。 |
枯山水の箒目の砂に波音がある、とは面白い観点だ。禅問答を連想させるような設定だからこその機知である。季語の早梅も一役買っていて、まだ冷たい風音が波音のようにも通ってくるのである。 |
人生百年時代というのは本当に凄い事である。句では「生きすぎた」と言ったとあるが、言えるということは脳味噌もしっかりしている証である。私の祖父は九十歳、父も九十歳まで生きた。もしかしたらそれ位までは生きるDNAを持っているのかな、と漠然と思うのだが‥‥。句は新年の挨拶よりも前に「まづ言ふ」と持ってきたところがいい。 |
「仏間を間借りして」が面白いところで、現代の住宅事情などがよく解る。私など初めて買った集合住宅は四十七㎡だったので、雛壇などはとても無理で、ケース入りの小さなものにした。置場所に困るけれど、三月三日までの少しの間だから‥‥という感じがよく出ているのである。 |
ここ十年位は銭湯に行った記憶が無い。学生時代の二年位は銭湯通いをしたものだが、どうしてあんなに湯を熱くするのだろうか、と毎回あきれた思い出がある。その熱さが、この句の「座布団紅き」に通じるような感じで印象的であった。銭湯の大きな建物から焦点を絞って番台の座布団の紅まで辿り着くという面白い構成の句である。同時出句の〈妻作る出羽の雑煮の持ち重り〉も「出羽」の地名に実感があり、大きな具材が沢山入っている豊かな一椀が想像されるのである。 |
帰り花を詠んで類型の無い句だと思う。「少しだけ色を忘れて」と言われると、季節が違うのできっとそうなのだろうな‥‥と思ってしまう、妙な説得力を持つ句である。 |
「去年今年変はらぬ」まで読むと、次に作者の人生観などが出てくるのかな、と思うのだが、その期待を裏切って「鍵の置きどころ」と瑣末な日常の出来事に落ち着くところに滑稽感が漂う。この転換が俳句という文芸の特徴の一つでもある。 |
伊那男俳句 自句自解(63) 形代の揉み合うてゐる淀かな
いくつかの神社で形代流しを見ているが一番印象深いのは出羽三山の湯殿山である。私はかれこれ七、八回は訪ねているはずだ。裸足になり入り口で 町中が爪先立ちに阿波踊
本場の阿波踊はまだ見ていない。というか徳島県は四十七都道府県でまだ訪ねていない幾つかの一つである。俳句を始めるまでは祭というものにほとんど興味を持っていなかった。いやむしろ雑踏が煩しいと思い、近づかないことにしていたのである。ところが俳句を始めると祭の度に仲間から吟行の誘いを受けるし、次第に日本人の精神支柱の根幹にあることも解ってきて、機会を得れば訪ねることとなった。さて中央線の高円寺で阿波踊が催行されている。それなりの歴史を持ち地元の踊連がいくつもあり、技術も高いようだ。この句は麻里伊さんの「や」の会の吟行に招かれた折のことであったか。かつかつと下駄の音と共に連が現われ、通り過ぎると次の連の下駄の音が近づく。下駄音は爪先で鳴らすようだ。踊手も観客も皆が「爪先立」っていると祭の雰囲気を纏めてみたのが句の眼目である。作句年は違う〈阿波踊腰の印籠地を擦れり〉がある。これは火男風の男踊。 |
1月 1月20日(水) このところ協会賞候補句集を精読。角川「俳句」合評鼎談の準備も。 1月21日(木) 快晴。4日ほど家居にて、久々、散歩。喜多見方面。「信濃屋」で買い物し、農家に。これも久々。 1月22日(金) 今日も快晴にて散歩。2時間ほど。伊那谷の従兄弟より、漬物、餅などが届く。懐かしい味。 1月23日(土) 15時より俳人協会。「第60回俳人協会賞」選考会。小澤實委員長、鈴木貞雄、鈴木しげを。西村和子さんと私。2時間ほどの討議の結果、野中亮介句集『つむぎうた』が群を抜いているという結論となる。人の俳句人生を左右する仕事にて、随分、読み返したし、しみじみ疲れる。2年前にこの試練を経て選ばれたのだな、と感慨を新たにする。雨、夜はいいワインが入ったというので、先日、散歩中に、ハム工房で手に入れたソーセージ燻製など。 1月24日(日) 快晴にて、散歩。協会賞選考経過について、「俳句文学館」への報告記事、忘れないうちにと書き始めるが難行。夜、近所の家で一緒に食事することになり、数品目調理する。私だけ、22時過ぎには帰宅。 1月25日(月) 午後から角川「俳句」合評鼎談にて下調べ。午後、2時間半ほど鼎談。今回はリモート。協会賞記事、なかなか書けず。ヘアメイクの中川さん来宅し、髪短めに切ってもらう。 1月28日(木) 快晴にて散歩。今日はリュックで出て、色々と買う。蝋梅、梅、水仙……春は間近。孫たちの希望で、ティーカッププードルを飼うこととなる。名前はバニラ。以前、私の家にいたヨークシャテリアと同じ名前を付ける。生後半年。1,5キログラムくらいか。家の中を動くだけで散歩はいらない犬種とか。 1月31日(日) 午前中で、「銀漢」3月号の選句、執筆など、全部終了。月内で仕上がりほっとする。コンビニでコピー取った後、喫茶店で寛ぐ。午後、俳人協会賞の選考経過(「俳句文学館」用)の記事がどうしても納得できず、書き直し、3回目。「俳句αあるふぁ」へ去年の秀句の原稿送る。これで手持ちの仕事全部終了。 2月 2月1日(月) 執筆一段落したので、午後からこっそり浅草へ。「神谷バー」「捕鯨船」「浅草サンボア」など巡る。かつて目撃したことのない閑散たる浅草。 2月2日(火) 昨夜、零時前に、節分であることに気付き、大豆を捜すがなく、小豆を少々、庭に蒔き、鬼やらいとす。バニラ来て5日目くらいか。おとなしく、人生(?)が無駄になるのではないかと心配になるほどよく寝ている。買い物に出て、鰯が安かったので、酢〆、生姜煮など。あと、鮭、かじき鮪を酒粕漬(奈良漬の粕を残しておいて漬ける。私の定番)。 2月6日(土) 昨日、今日と天気良好。散歩や買い物。海鼠、鮟肝、ステーキ用肉など。銀漢4月号のエッセイその他書く。各句会の選句など。 2月7日(日) 昨日、午後、今日午前中で、「銀漢」3月号の校正終える。昼、思いついてバスにて世田谷の松陰神社へ。以前から気になっていたが、初めて尋ねる。途中、商店街がよく、練り梅、新じゃがなどを買う。楽しい散歩。夜、新じゃが、厚切ベーコン、ウインナソーセージのコンソメスープ煮。 2月8日(月) 新宿にて武田編集長と待ち合わせ。校正原稿、郵便局振込票、会計簿など手渡し。あと「ブックオフ」に寄り、歴史物の新書版、5冊ほど購入(息抜き用読み物)。 2月9日(火) 杏の長男、瑛斗君、東京都立武蔵高等学校附属中学校に合格と。昨日から莉子の友人4人泊まり込み。確定申告書類を会計士に送る。夜、発行所にて超結社句会「火の会」8人。 2月10日(水) 朝、清人さん、気仙沼の友人の外洋船、沼津港に戻ったとて、鮪の半身(巨大)届けてくれる。「銀漢」4月号の選句進める。 2月11日(木) 家族の半分は日帰りで八ヶ岳山麓へスキー。天気良し。散歩。狛江まで歩き、駅の喫茶店で読書など。野菜、肉など買って帰り、ビーフシチューを作っておく。角川「俳句」(4月号)合評鼎談の校正。 2月12日(金) 「俳句αあるふぁ」の中島三紀編集長と会う約束あり、16時、「魚勝」。そこへ天為の天野編集長。あと大野田井蛙さんも合流。場所を移して「大金星」へ。ここで、高坂小太郎さん合流し、7月に開く展覧会のパンフレットに載せる俳句についての相談を受ける。 2月13日(土) 今日は、孫の瑛斗君の中学受験合格祝いをすることになり、買い物。メニューは、バーベキュー、生牡蠣1キログラム(気仙沼から取りよせ)、カラスミ、豚しゃぶザーサイ、温野菜(アスパラガス、スナップさや、カリフラワー)、エシャレットほか用意。16時から庭で。夜、地震あり。大きい! 2月14日(日) 伊那北会で金山城跡巡りの計画あり、10時半、群馬県太田駅。が30分、遅参。ただし、大雨でとても山城を歩ける状態ではなく、予定を変更して、世良田の東照宮へ。ここは徳川家発祥の地と言われており、天海上人開基。以前から訪ねたかったので、感激。横なぐりの雨で身体が冷える。時間は余るほどあり、伊勢崎で飲もうかと思ったが、雨がすごいし、駅前には飲食店見当たらず、高崎へ。駅前ビルのレストラン街で2時から飲む。ただし、体調不良であまり元気なく、2軒目は寝てしまう。18時半位の、湘南新宿ラインに乗る。 2月18日(木) 慶應茶道会時代の同期、佐藤さん、誤嚥性肺炎で逝去と。こういう年代になってきたのである。ここ数日、「銀漢」誌の選句に集中。午後、散歩。あちこち梅満開。ステーキ肉など買って戻る。 2月19日(金) 快晴にて散歩。同じ町内に世田谷区管理の「猪股庭園」あり、初めて入る。吉田五十八設計の日本家屋。見事! 庭は雪吊が美しく。紅白梅が満開。目白の群れが来ている。あと、狛江方面を歩き、蕗の薹、小蕪など買う。 2月20日(土) 夕方、散歩で二子玉川まで歩いて3軒ほど小酌。 2月22日(月) 午後、角川「俳句」合評鼎談。リモートで2時間半ほど。他結社の方の句を批評するのは、つくづく疲れるものである。NHK学園生涯学習フェスティバル「夏の誌上俳句大会」の選者依頼あり、受諾。 |
△藤
日本では古来から「藤を女性」に「松を男性」に例え、藤と松を、近くに植える習慣があったそうです。
藤の花姿は、振袖姿の艶やかな女性を連想させます。
藤が男性である松の木に巻き付く姿が、一度捕まえたら二度と離さない、恐ろしいほどの執念を連想し、受け止め方によっては怖さを感じると言われています。
カタクリ | キブシ | ハナズオウ | 日向水木 | 花海棠 | |
コバイモ | エイザンスミレ | 一人静 | カタクリ | 三椏の花 | |
カンザン | 丹頂草 | 熊谷草 | ジューンベリー | 藤 | |
御衣黄 | ウワミズザクラ | ネモフィラ | オオデマリ | 葱坊主 |