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 1月号  2026年





伊藤伊那男作品     銀漢今月の目次  銀漢の俳句  
 彗星集作品抄   銀河集・作品抄  綺羅星集・作品抄
   星雲集・作品抄      伊那男俳句  
銀漢の絵はがき 掲示板   主宰日録  今月の写真   俳人協会四賞受賞式
銀漢季語別俳句集


伊藤伊那男作品








 
令和7年11月14日逝去  享年76才






































       
             


令和7年優秀作品集


   
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彗星集

一月号  置き去りの秋思いくつもカフェの椅子   笠原 裕子
二月号  夢の中まで宿坊の隙間風         坂口 晴子
三月号  来世より帰りしごとく日向ぼこ      大沼まり子
四月号  地球儀のどこが最果て日脚伸ぶ      森 羽久衣 
五月号  胸鰭を胸に公魚果てにけり        小野寺清人
六月号  運針の大波小波真砂女の忌        本庄 康代
七月号  田楽の串太々と伊賀の国         中島 凌雲
八月号  菖蒲湯の溢るるほどに明日思ふ      長谷川千何子
九月号  風通し良き者同士夏料理         久保園和美
十月号  白樺の傷あたらしき晩夏かな       小野寺清人
十一月号 灯をともし盆灯籠の向き正す       こしだまほ
十二月号 助つ人は隣村より村祭          山田  茜


星雲集
一月号  竹取の翁嘆かす月今宵          上野 三歩
二月号  切り口の角度整へ添水とす        住山 春人
三月号  浮き気味の尻は残して鴨潜る       橋本  泰
四月号  除夜の鐘胸の音叉の共鳴す        小原三千代
五月号  年酒注ぐ金箔入るやうに注ぐ       松井はつ子
六月号  今朝の雪昨夜の雪を搔きをれば      小原三千代
七月号  いささかの撓みを枝へ牡丹雪       久保園和美
八月号  深更の妻子の寝息桜桃忌         南出 謙吾
九月号   現世のさざめきのなか軒風鈴      小原三千代
十月号   いつになく大き眼や羽抜鳥       島谷  操
十一月号  大夏野両の腕へ風を受く        島谷  操
十二月号  新涼の風を練り込み陶土搗く      たなかまさこ









  



       
             


第15回「銀漢賞」準賞



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第15回「銀漢賞」佳作作品・奨励賞 作品



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第9回「星雲賞」本賞



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第9回「銀漢賞」準賞・「星雲賞」奨励賞作品



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「狐福」を読んで



 「狐福」を読んで
  屋内修一

「銀漢」俳句会は平成23年1月に旗揚げされましたが、前年の八月に出された設立趣意書に伊那男先生は、
「俳句は『いのちの歌』であると思っています。作者の人生が、その人生観が滲み出るかどうか、その思いを伝達できるかどうかが大切です。そのためには絶えず写生の訓練を必要とします。客観写生と品位のある抒情の融合が私の目指すところです」
と書かれました。この先生の言葉に惹かれて、私は「銀漢」誌の創刊号から参加させて頂きましたが、その「銀漢俳句会」が創立十五周年を迎えられ、本号が記念号となることに、深い感慨を覚えています。

 先生の第四句集となるこの『狐福』の帯に、先生は
 「俳句は自然と神仏と人に対して、感謝と祈りを籠めた言霊であると思っている」
と書かれています。第二句集『知命なほ』のあとがきで
「俳句は『命のうた』だと思っている。『物』を詠むけれど、その底に厳然たる『我』があるかどうかを自らに問わなければならない」
と書かれた、その後の俳句観の深まりが反映された言葉でしょう。ことに「感謝と祈りを籠めた言霊」という言葉には、先生の人生観が集約されているのかと感じています。
『狐福』のあとがきでは、四冊の句集に言及され、
・『銀漢』は写生の訓練の中から生まれた習作
・『知名なほ』は、会社の倒産、居酒屋の開業、妻との別離など激変の生活を背景にした『情』の加わった句集
・『然々と』は喜怒哀楽を越えて淡々とした日常生活の中から得た小さな「哀歓や滑稽、人事」などが顔を出した句集
 ・『狐福』では「自己透視」の目が加わってきのでは
と自ら語っておられます。

今回『銀漢』誌に私の一文を載せていただくことになりましたので、これらの先生の言葉に導かれながら、全句集や『合同句集 塔 第六集』の「男梅雨」と題した八十四句、『銀漢亭こぼれ噺』などを読み返し、波乱に満ちたその人生から、珠玉の詩が紡ぎだされる過程を追体験させていただきました。

先生の俳句人生の基礎には、盤水師の膝下で写生の目を磨かれたことと、「塔の会」で俳壇の有力俳人と切磋琢磨されたことがあります。私も身につまされる思いで読んで来ました〈まだ逃げるつもりの土用鰻かな〉という句も、その「塔の会」での成果です。「春耕」で春耕賞を受賞された後、盤水先生の推挽で「塔の会」に入会されています。『合同句集 塔 第六集』には有馬朗人、今瀬剛一、岡田日郎、斎藤夏風、杉良助、鈴木しげお、棚山波朗、橋本榮治、蟇目良雨、黛執、宮津昭彦、等々錚々たる方々の名前が並んでいます。これらの方々に囲まれての鍛練が先生の基礎を作られたのか、と感じた次第です。
『狐福』のあとがきでは
 「『銀漢亭』を開業して様々な流派の俳人との交流が生まれ、自分の句の幅が広がったこと、俳誌『銀漢』を創刊して、人に教えることによる責任感や、知識の自得を迫られたことなど、一貫して俳句環境にめぐまれ続けたことを感謝している」
と付け加えておられます。

前置きはこのくらいにして『狐福』の鑑賞に移りたいと思います。前述しましたように、先生がご自身で四冊の句集の特徴を語っておられます。その特徴は当然のことながら『狐福』にも出ていますので、「写生の目の働いた句」「人生の哀歓を詠った句」「俳諧的風韻のある句」「歴史や文学への造詣の滲む句」「自己透視の句」などに分類して味わってみたいと思います。もう一つ「食べ物の句」は食通であり料理人でもある先生の句集の特色だと思いますので、「食の句」だけを取り出してみようと思います。

1:「写生の目の働いた句」
伊那男先生は一物仕立ての句の名手だと言われます。盤水先生が第一句集『銀漢』の序文で
 「一物仕立ての作句は、対象物をじっと見つめ抜いた上で、そのものの本質を掴み取ってくることが要諦で、一点を凝視する粘り強い忍耐力と無心の眼が必要とされる。そのようにして産み出された句には、格調高く、目を見張る鮮明さと、愛情の深さをもった作者の個性が歴然と浮かび上がってくるものである」
と書いておられることの実践の成果が『狐福』に集約されています。特に印象に残った句を味わわせていただきます。
   
疾く流れ花筏にはなりきれず

(確かに流れが速いと筏を作る間もなく流れ去ります。そんな花筏の姿にご自分の人生を重ねておられるのかも知れません。人の何倍もの速度で歩んでこられた先生の人生ですが、俳句という杖を持っておられたので「花筏」を結ばれたように傍目には見えます)

しばらくは夕立といふ檻の中

(出るに出られぬ状況を「檻の中」と言ったものでしょうが、こんな気持ちで人生の夕立の過ぎ去るのを待つこともあるでしょう)

   
霧吹きて菊人形の姫起こす

(萎れかけた菊人形の姫に霧を吹きかけた場面ですが「起こす」が写生であり、眠っている姫を「起こす」ようでもあります)
   
縄抜けの三つ四つありて懸大根

(干からびてきて縄から抜け落ちた大根があるのでしょう。大根にとっては御縄になったような気分の「懸大根」かと思わせる「縄抜け」の措辞です)

   
貫禄の逃げざまをもて蟇

(蟇ならではの貫禄です。修羅場をくぐってこられた先生だからこそ、逃げる姿にも貫禄を見ることができるのでしょう。『銀漢亭こぼれ噺』で書かれた会社倒産時の人々の姿が重なり、お寺の草むしりをされる先生の姿が重なります)

   
黴あれば黴も仏に曼荼羅図

(黴までが「仏」になるという把握が仏心でしょうか。伊那男先生の句には仏教用語がよく登場します。「仏教に興味があり、四十歳の頃から日曜日の朝は近くの天台宗の寺の勤行に顔を出していた。不動経、観音経、般若心経などを唱えていた」と『銀漢亭こぼれ噺』に書いておられます。般若心経は空で唱えるとお聞きした記憶があります)

  
土を出て土の一穢もなき蚯蚓

(蚯蚓に託して、人もまた「泥中の蓮」でありたい、の思いでしょうか)

   
足温器熱くて少し浮足に

(『然々と』に〈湯たんぽの慈母のごときを足蹴にす〉という句がありましたが、掲句は「少し浮足に」する程度です。能動的に世界を変えてゆこうとする姿勢から、あるがままを受容する姿勢に変わってこられたのかと読みました)

   
浅草に散華さながら初雀

(めでたいものとされる初雀の姿を「散華さながら」と詠まれたことに驚きます。これも仏心故の見立てでしょうか)
 
   
花御堂仕上げの霧を慈雨のごと

(御堂を飾る花々には「仕上げの霧」は正に「慈雨」でしょう。慈悲の心から出た「慈雨」の措辞かと読みました)

   
芙蓉散る濁世を見切りたるごとく

(一日花の芙蓉です。潔いとも思われる散りようですので「濁世を見切りたるごとく」に納得します)
  
   
掌を蹴られつつ捕る蝗かな

(「掌を蹴られつつ捕る」に臨場感があります。実体験の裏付けがあるからこそ読者に実感を伝えることができるのでしょう)

   
魚市の一番底に鮃の目

(魚市に積まれた一番底のトロ箱に鮃がいるのでしょう。「鮃の目」と目に焦点を当てたことで、上目遣いに競りの様子を窺っているようにも読めます)

   
聞香のごと柊の花に凭る

(柊は枝の付け根に小さな花を付けます。仄かな香りですので「聞香」の見立てに納得します。花の香を味わい尽くすような姿が「凭る」という言葉でしょう)

   
やや蒼き牧場の乳や夏初め

(牧場で搾りたての牛乳だからこその「やや蒼き」の措辞でしょう。「夏初め」が置かれていますので青々とした牧草の景までが見えてきます)

   
炬燵猫胎内仏のやうにをり

(炬燵自身が人や猫を温めてくれる仏様のような存在かと感じるからこそ、「胎内仏」と見立てることができるのでしょう。長年仏教に馴染んでこられたからこその見立てでしょう)

   
舌頭に千転の末老鶯に

(「句調はずんば舌頭に千転せよ」とは『去来抄』にある有名な芭蕉の言葉です。老鶯も笹鳴の頃から「舌頭に千転」しての調べの良さだという機知の句です)
  
   
息継ぎであらむ秋蝶よく止まり

(盛りの過ぎた名残の哀しさを感じさせる「秋の蝶」です。すぐに息切れしてしまうのだろうと秋蝶に感情移入しての一句です)

   
咬み痕を二つ三つ見せ蝮捕り

(修羅場をくぐってきた「蝮捕り」であることを語る「咬み痕を二つ三つ見せ」の措辞です。蝮捕りの苦労話や自慢話が滔々と語られそうです)

   
金継ぎのごと毛野国の稲光

(稲光の閃光を「金継ぎ」と捉えて独自です。雷でも有名な「毛野国」です。風土に対する造詣の深さや美意識が生み出した一句でしょう)

2:「人生の哀歓・抒情の句」 
幾多の艱難を乗り越えてこられた先生は「情」の人だと感じています。一物仕立ての句と同様に抒情味豊かな句が先生の俳句を特徴づけるものとして語られています。以下そんな句を鑑賞させて頂きます。

   
初夢の妻に長生きなどを詫ぶ

(五十五歳という若さで亡くなられた奥様への語りかけです。それも「初夢」に出てこられる奥様ですから思いは痛切です。奥様に先立たれたものの、娘さんやお孫さんに囲まれた幸せな生活をしておられるからこそ、この思いを奥様と分かち合えなかったことを詫びておられるのでしょう)

   
屑金魚と呼ばれいよいよ尾を振れり

(『知命なほ』では〈屑金魚水ごと汲まれ売られけり〉と詠まれ、『然々と』では〈死ぬ真似といふ一芸の屑金魚〉と詠まれた屑金魚です。その屑金魚が『狐福』では 尾を振るのです。命への思いの深まりを感じます)

  
 母許の重さも嬉し夏布団

(少々重い昔ながらの夏布団です。故郷の懐かしさにつながる夏布団の「重さ」でしょうが、「母許の重さ」は背負ってこられたものの「重さ」にも通じるのでしょう)

   
彼の人の送り火またも燃えしぶる

(「彼の人」と憧れの人のように呼び掛けています。「燃えしぶる」がこの世への名残りが付きないことを語っています。若くして亡くなられた奥様への思いが重ねられているのでしょう)

   
久女忌は妻の忌やはり雪催

(先生は『知命なほ』で〈足袋ついでノラのことなど知らぬ母〉と詠まれました。久女の〈足袋つぐやノラともならず教師妻〉の句からの母追慕です。その久女忌に奥様の忌日が重なるのです。忌日が重なるのみならず、五十五歳という享年までが重なっておられます。奥様が亡くなられたのは雪の日だったようですから「やはり雪催」に思いが籠ります)

   
年の火に言葉あたためゐたりけり

(大晦日の夜に、神社の境内で大きな榾木などを焚く「年の火」です。火の力ですべてを浄化する意味合いもあります。言葉の世界、言霊の世界に住む俳人ならではの「言葉あたためゐたりけり」の措辞でしょう)

   
上京此の方首振りづめの扇風機

(「首振りづめの扇風機」に一心に働いてこられたご自分の姿を重ねておられるのでしょう。戦後の復興期から高度成長期、バブルの崩壊を経験して来た世代の感慨を代弁している一句かも知れません)

一茶忌の吾も東都の馬の骨

(「寄る辺ない身の一茶は世間の冷ややかな視線を浴びて日々暮らして」いました。その一茶になぞらえて「馬の骨」と言っています。先生は反対に世間から温かい目で迎えられていたと思いますが、この覚悟があればこその優しさや頑張りだったの ではないかと思います)

   
毛糸編む妻家族史を編むごとく

(子供のセーターや手袋などを編んでおられるのでしょうか。後から振り返りますとその大きさや色合いなどが、子供の成長ぶりを語る思い出の品になります。「家族史を編むごとく」が奥様の心情でもあるのでしょう)

 
古稀の身の遅日の端にゐるごとく

(日没時間の遅くなったことを実感する「遅日」です。古稀と言ってもまだまだこれから、の感慨が込められた「遅日の端」の措辞かと読みました)

 
花冷えの手痛きまでに此の年は

(「銀漢亭を閉じる」と前書きのある句です。「手痛きまでに」が万感籠る措辞です。俳人の集う場所でしたので俳壇的にも大きな損失でした。『神保町に銀漢亭があったころ』が語るように、俳人それぞれが思い出を刻ませて頂いた「銀漢亭」です) 

  
草笛や草の苦みは悔いに似て

(草笛を吹いて草の苦みが唇に残ったのでしょう。その苦みを「悔いに似て」と捉えたところに先生の人生が滲んでいます。悔いの残らない人生など誰にもないでしょ
うから、共感しきりです)

 
向日葵の陽気さがいま厭はしく

(『然々と』では「向日葵の正面といふ怖さ」と詠まれた向日葵です。物事に正面から対峙してこられたからこその「怖さ」だったのでしょうが、今は「向日葵の陽気さが厭はしい」と感じておられるのです。『然々と』以後の歳月を静かに振り返っておられるのでしょう)

 
彼の世との境目あたり夕端居

(静かに人生を俯瞰しての「彼の世との境目」の感慨でしょうか。諦観というのではなく、一日一生、の思いで過ごされているのではないかと読みました)

 
冬蝶に此岸を掴む力かな

(はかなげで頼りなげに見える「冬蝶」に「此岸を掴む力」を見ておられます。冬の蝶の姿に命の尊さを見ておられるのでしょう)

 
新茶まで辿り着きたる病あと

(格別の思いで飲まれた「新茶」でしょう。「辿り着きたる」が万感籠る措辞です)

  
鳥ごゑに亡き誰彼や日向ぼこ

(鳥声にまで「亡き誰彼」を思うのですから、喪失感の大きさが分かります。日向ぼこをしながら、思いは彼岸此岸を行き来しているのでしょう)

3:「俳諧的風韻のある句」 
第一句集の前書きで盤水先生が「年を追って俳諧的風韻が加わってきており、今後どのような発展を見せるのか、その前途を親しみ深く楽しみにしている」と語られたその俳諧的風韻は、先生の俳句の大きな山脈をなしています。

  
すててことなりて俄かに老い兆す

(「すててこ」姿はあまり見栄えのいいものではありません。周囲の目を気にすることのなくなった自分に「老い兆す」を感じられたのでしょう。『然々と』の〈股引をもう見られてもよき齢〉や〈動かせば火鉢に爺がついてくる〉などの俳の世界から転じて「老い兆す」と現実に目を据えておられます)

茎漬にはなしながなが長野県

(『銀漢亭こぼれ噺』に「漬物まみれ」というエッセーを書いておられますが、ご実家の食卓には漬物が所狭しと並んだとのこと。教育県と言われる長野県には一家言ある人が多いようです。「な」の韻を踏んで長野県の特徴を俳味を利かせて詠っています)

声ほどに手足動かず寒稽古

(寒さを吹き飛ばすように声を張り上げますが、寒さに凍てついたのか「声ほどに」は「手足」が動きません。「寒稽古」を俳味を利かせて詠っていますが、実相に迫って います)

  
老人がただ提げてゐる蠅叩

(「ただ提げてゐる」にペーソスを感じます。何もすることもなく手持無沙汰な老人で しょう。蠅でも叩いて家族のお役に立とうとしても、その蠅がいないのです)

腹巻が首巻きとなりうなさるる

(これぞ伊那男節ともいえる抱腹の一句です。読者は楽しい伊那男ワールドに「巻き」込まれてしまいます)

迂闊にも枕が外れ宝船

(「宝船」が枕から「外れ」てしまったのではご利益にも見放されることでしょう。「迂闊」なことで、これは「事」です)
  
めまとひになかなか読めぬ由緒書

(「めまとひ」が邪魔して、婚姻に際し交わす「由緒書」が「なかなか」読めないというのです。娘の結婚に対する父親の戸惑いのようなものをユーモアに包んでいるの
かも知れません)

玉手箱開けるなと亀鳴きたるに

(荒唐無稽の世界を一句に仕立てる芸の冴えです。「鳴きたるに」ですから「玉手箱」を誰かが開けてしまったのです。怖いもの見たさが人間心理でしょう)

鶏頭に触るればつつき返すかと

(鶏冠を想像させる鶏頭です。その鶏冠のような花に触れてみると「つつき返す」かの感触だというのです。臨場感もあり機知の働いた「つつき返す」という措辞です)

4:「歴史や文学への造詣の滲む句」
 
『狐福』のあとがきで、「もともと読書や旅が好きであったが、自由な時間を得て、更に密度濃く俳句と歴史探訪の旅を重ね、知的好奇心を満たす貴重な日々を過ごすことができた」と書かれています。そんな日々の中で詠まれた句群です。
  
   
十哲を煽つてゐたる芭蕉の葉

(芭蕉に十哲と呼ばれる高弟がいます。芭蕉葉の揺れるさまを見て、「十哲」を煽っているかのようだと見立てるのも俳人ならではです。義仲寺にも芭蕉生家にも芭蕉が植えられています)

   
初瀬野に籠もよ籠もち若菜摘む

(万葉集巻頭の雄略天皇の歌を踏まえた一句です。「若菜」の季語から発想したものでしょうが、古典への造詣あればこその一句でしょう)

 
百日紅百夜通ひを咲き継げり

(小野小町の元に通い詰めた深草少将を思わせる「百夜通ひ」です。「百日」からの発想の飛躍に驚きます。古典の教養あっての芸でしょう)

   
山越えの弥陀とも春の夕焼は

(春の夕焼を見て、来迎図を想像するところに仏心を感じますし、文人ならではとも思われます)
   
蝙蝠や荷風老人来る頃か

(浅草の夕間暮れに「蝙蝠」を見かけたのでしょうか。蝙蝠傘を持って浅草を徘徊した「荷風老人」を思い浮かべるのも文学に造詣の深い人ならではでしょう)

   
千年を借景として初比叡

(千年の古都京都です。その古都を統べるかに比叡山が聳えています。抽象的に「千年を借景として」と言うことで、読者は古都千年の歴史を強く意識して鑑賞します)

滴れり国生み神話さながらに

(山や崖から滴り落ちる点滴を見て、天地創造の「国生み神話」に思いを馳せるのですから驚きです。時空を超えて飛翔する豊かな想像力に脱帽です)

淡海は大き日溜り翁の日

(近江や近江衆をこよなく愛し、義仲寺に墓所を定めた芭蕉です。淡海を「大き日溜り」に譬えて芭蕉の大きさや、俳句という器の大きさまでを暗示しているのかも知れません)
 
   
補陀落に近き泊りや鯨鍋

(勝浦に補陀洛山寺という寺があります。補陀落渡海の僧を送り出した寺です。その寺の近くに泊まられたのでしょう。勝浦は鯨漁でも有名な所です)

一山は若葉明りに鑑真忌

(鑑真を祀る唐招提寺が今「若葉明り」に包まれています。「若葉して御眼の雫拭はばや」と芭蕉が詠んだ鑑真像が鎮座しています。「若葉明り」が絶妙です)

   
近江路の徒は軽みに翁の忌

(『狐福』の掉尾を飾る一句です。軽々とした足取りで近江路を歩く願望は「軽み」の世界を目指した芭蕉の世界に通じるのでしょう)

5:「食べ物の俳句」 
食べ物の俳句が多いのも先生の句集の特色でしょう。雑誌社から料理にまつわるエッセーの寄稿を求められるのですから、料理人としての腕も確かなものです。では先生の食の俳句をご馳走になります。

   
近江蕪一番掘りをくわんおんに

(近江蕪は四百年の伝統を持ち、聖護院蕪の先祖のようです。その一番掘りを観音様
に供えるのも「近江」ならではでしょう。近江には里人が守ってきた十一面観音が祀られています)

   
焼栄螺引き出す過去も腸も

(「焼栄螺」で「腸」を引き出すのは当たり前ですが、「過去も」と言われると一転人間世界を思わせます。『銀漢亭こぼれ噺』で赤裸々に「過去」を語られた先生なら
ではの句かと読みました)

  
 
切られたる半ばに海鼠身構へる

(実際に包丁を持っておられるからこそ「半ばに身構える」ことに気付かれるのでしょう。反応の遅い海鼠へ感情移入した哀愁の一句かもしれません)

次の店でも鱧が出て大阪は

(「次の店でも鱧が出て」というのですから、最初の店で鱧料理を堪能して、軽くもう一杯と酒を飲みに廻った次の店でも、酒の肴に「鱧の皮」が出たのでしょ
う。それほどに鱧好きの土地への感嘆符が「大阪は」でしょう)

鴨喰うて湖国の風に顔晒す

(鮒鮨と共に鴨鍋も近江の名物の一つでしょう。鴨鍋を堪能し、地酒を堪能して火照った顔を「湖国の風」に晒している場面です。「晒す」に料理や酒を堪能した気持ちが託されているのかと読みました)

猪鍋に老いの血潮を泡立てむ

丹田を秩父に据ゑて牡丹鍋

(秩父で牡丹鍋を食べに出かけられた時の句でしょう。吟行会を兼ねた薬喰の旅に私も何度かご一緒させていただきました。素晴らしい方達との至福の旅だったものですから今も忘れられず、〈一声で揃ふ面面薬喰〉などという駄句を詠みました。この句を「俳句四季」一月号の「巻頭三句」に投じましたが、その筆頭が先生でした。俳縁の不思議を噛みしめています。活力までも頂く旅でしたので「老いの血潮を泡立てむ」や「丹田を秩父に据ゑて」に共感しきりです)

6:「自己透視の目」
『狐福』のあとがきで、本句集では「自己透視の目が少し加わってきたか」と書いておられます。経験においても知識においても先生の足元にも及ばない私ですので、的確に該当する句を抽出し、鑑賞することができないことを先ずお断りして
おきます。その上で私の心に響いた句を鑑賞させて頂きます。
 
   
考ヘる葦ともならず枯れ急ぐ

(人生の荒波に揉まれ乗り切ってこられた先生にしてこの感慨です。達観しておられないと「枯れ急ぐ」とは詠えないでしょう)

   
興亡の亡を神とし冬ぬくし

(菅原道真を祀る北野天満宮で詠まれた句かも知れません。「亡を神とし」が弱者への共感であり、弱者の救いでもあります。温かい先生の人間性が感じられる「冬ぬくし」です)

   
老人に浮力ありけり麦を踏む

(麦の芽が伸びすぎないように、根張りをよくするために麦踏をするのですから、足裏では麦の抵抗を感じます。その感覚が「浮力」に結びついたのでしょうか。「浮力ありけり」とご自分を鼓舞しておられるのかと読みました)

   
豊年や吾は老残の黄金仏

(黄疸を発症、と前書きのある句です。「黄金仏」と韜晦して「豊年」を置いたことに驚きます。胆管癌の手術を受けられたのですから、この胆力に瞠目です)

   
晩年が進む落葉の降る間にも

(『狐福』の巻末近くに置かれた句です。病を得て『狐福』を編まれるに至った心情を託された句かと読みました)心血を注がれた『狐福』に対して、このような拙い読みしか出来ないことを申し訳なく思います。『銀漢』に始まる四冊の句集を読み直して感じたことは、波乱万丈ともいえる先生の人生の支えになったのが俳句ではないかということです。三十三歳で始められた俳句が杖のように人生の傍らにあったからこそ、幾多の困難を乗り越えてこられたのではないかと思い、改めて俳句の力を感じさせて頂きました。

この鑑賞文を書き終えてしばらくして先生の訃報に接し驚愕しました。と言いますのも、十月十七日に頂いた先生のメールに近況が綴られており、中に「時々エッセーを書きたくなり、ここ二週間位に七本位書きました。根っから好きなんですね」とあったからです。「七本」という筆力に驚き、先生頑張っておられる、と感嘆の声をあげる間もなくの訃報でしたので愕然たる思いでした。拙い鑑賞文ですが、先生に読んで頂けなかったことが残念でなりません。痛恨の思いです。心から先生のご冥福をお祈りしてペンを擱きます。本当にお世話になりました。ありがとうございました。安らかにお休み下さいませ。合掌               

【略歴】屋内修一(やうち しゅういち)
昭和19年松山市生れ。平成10年「天宆」入会。平成23年「銀漢」入会。平成29年「銀漢」退会。令和元年「天宆」主宰。

【この記念号の編集に当り、伊那男主宰と『狐福』の特集を組む相談をしましたが、特別
寄稿の段になると、即座に「屋内さんにお願いして欲しい」とのご発言がありました。屋
内さんは心良く受けてくださいました。   編集部】

























       
             

    
            

今月の目次









銀漢俳句会/2026/1月号




   

   
















   

 

伊那男の俳句 

伊藤伊那男 

伊那男俳句 その十三(令和八年一月号)

お捻りにまじる木の葉も村芝居

 伊那谷は、私の育った上伊那郡と下伊那郡に分かれる。三河に近い下伊那地区が郷土芸能の宝庫である。「新野の雪祭」「和合の念仏」「遠山の霜月祭」「飯田の人形芝居」「大鹿歌舞伎」など。大鹿歌舞伎は五月三日と十月第三日曜日に開催される。会場は夏、秋と別の神社だが、各々廻り舞台を備えている。江戸時代、巡業の歌舞伎を村人が覚えて、自ら演じるようになったもので、約三百年の歴史を持つ。中央の歌舞伎界で忘れられた演目も残っているという。音曲は太夫が太棹一本で語る。家族や友人を案内して何度も訪ねているが、青空の下なのに遅い雪が舞って、蕗の葉を被ったこともある。秋は木の葉が舞う。何とも風情のあるもので僻村に今なお連綿と続いていることを有難く、尊く思う。今リニアモータ―カー計画で赤石山脈から掘り出された大量の土砂が大鹿村に積まれ始めているという。村の環境は大きく変化しつつあるようで少々心配である。平成二十三年作『然々と』所収


























 




銀河集作品抄

杉阪大和和選

孔廟の磚踏む音も秋の声        東京  飯田眞理子
抱き起す腕にずつしり鶏頭花      静岡  唐沢 静男
そよそよと律の風吹く嬬恋村      群馬  柴山つぐ子
爽やかや狐福といふ師の人生      東京  杉阪 大和
馬小屋の柵の艶めく十三夜       東京  武田 花果
鳶の輪のなだるる峠青蜜柑       東京  武田 禪次
湖北人の守る観音堂虫の闇       埼玉  多田 美記
義経を町から招き村歌舞伎       東京  谷岡 健彦
城址といふ黙ありぬ風知草       神奈川 谷口いづみ
アルプスと畝を対座に大根蒔く     長野  萩原 空木
子規の忌の朝を頻りに鳶の笛      東京  堀切 克洋
摩天楼より九月十一日の空       東京  三代川次郎






















         





綺羅星集作品抄

杉坂大和選

沢胡桃こつんと日暮来てをりぬ     東京   飛鳥  蘭
明王のほむらの如き鶏頭花       東京   有澤 志峯
紅の包む漆黒一位の実         神奈川  有賀  理
細やかに九月の雲の整列す       東京   飯田 子貢
軽トラに道を譲られ秋高し       山形   生田  武
朝鵙に喝入れらるる怠け癖       東京   市川 蘆舟
出来秋の田に金色の風の道       埼玉   伊藤 庄平
身に入むや今朝日めくりの箴言に    東京   伊藤  政
島畑の朝日転がる芋の露        神奈川  伊東  岬
伊那なれば巣ごと蜂の仔売られけり   埼玉   今村 昌史
陽を揺らし影を揺らして色鳥来     東京   上田  裕
靴音のひとつひとつに秋の暮      東京   宇志やまと
着陸の気球たたんでゐる花野      埼玉   大澤 静子
祈禱無き釣瓶落しの御師の宿      神奈川  大田 勝行
秋水を切り分けて来る背びれかな    東京   大沼まり子
残照の奥へ落穂を拾ひゆく       神奈川  大野 里詩
穭田に足とられつつ下校の子      埼玉   大野田井蛙
開け放つ藩校の戸や秋のこゑ      東京   大溝 妙子
忘れある往診医師のパナマ帽      東京   大山かげもと
鳥渡る美濃路は高き梲上げ       東京   岡城ひとみ
揺り椅子に抱きとめられし秋日差    愛知   荻野ゆ佑子
鶏頭のどこかにまなこありさうな    宮城   小田島 渚
田に煙黄金の秋の旅路かな       宮城   小野寺一砂
秋思濃くこけしの首をまた鳴らす    埼玉   小野寺清人
朝顔の閉ぢかねてゐる雨の午后     和歌山  笠原 祐子
古紙となる古書の重さの秋思かな    東京   梶山かおり
青空の裏へと行かむ秋燕        愛媛   片山 一行
名画座の椅子の硬さやそぞろ寒     東京   桂  説子
秋晴や伊豆七島の揃ひ踏み       静岡   金井 硯児
色なき風格子ごしなる絵島の間     東京   我部 敬子
霧襖まで配したる一夜城        東京   川島秋葉男
信州の百の峠に百の秋         千葉   川島  紬
ふたたびの桜紅葉に盛りけり      神奈川  河村  啓
枝向う鳥のかくれし帰り花       愛知   北浦 正弘
日曜の子のポケットに木の実かな    東京   北川 京子
口は笑み半眼にして撃たれ熊      長野   北澤 一伯
秋暑し机に零す粉薬          東京   絹田  稜  
揺れやすき花を集めて秋の園      東京   柊原 洋征
霧がまづ出口を塞ぐ峡の村       東京   朽木  直
翻る葉裏は白し葛の花         東京   久保園和美
間の長き添水を飽かず見てをりぬ    東京   畔柳 海村
露を踏みけものはけもの道帰る     東京   小泉 良子
曼珠沙華腹切矢倉までの道       神奈川  こしだまほ
灯の入りべつたら市の佳境かな     東京   小林 美樹
秋の蚊の付かず離れず付き纏ふ     千葉   小森みゆき
虫時雨神苑といふ籠の中        東京   小山 蓮子
可惜世の稲田の風に身をまかせ     宮城   齊藤 克之
胴上げの二度目の高き秋の空      長崎   坂口 晴子
防空壕ありし辺りに穴惑        長野   坂下  昭
長老の先づは一献村祭         群馬   佐藤 栄子
廃校の庭のオルガン律の風       群馬   佐藤かずえ
山墓の風の置き去るくぬぎの実     長野   三溝 恵子
ちはやふる神の庭石露時雨       東京   島  織布
穭田の穭にならぬ山の影        東京   島谷 高水
空の塵掃き落とすやう竹の春      兵庫   清水佳壽美
水に色映らぬ高さ烏瓜         東京   清水 史恵
通り過ぐ曼珠沙華また曼珠沙華     東京   清水美保子
野の花や仕事一途の人なりき      埼玉   志村  昌
我の歩に弾む吊橋水澄めり       千葉   白井 飛露
菊人形視線の絡む無言劇        神奈川  白井八十八
防人の歌の横山月のぼる        東京   白濱 武子
防災訓練蚊にさされつつ放水す     東京   新谷 房子
宿坊の朝の勤行秋澄めり        大阪   末永理恵子
かつて村あり一面の芒原        岐阜   鈴木 春水
そぞろ寒夜中に鳴りし黒電話      東京   鈴木 淳子
錆釘に束ね掛けある唐辛子       東京   鈴木てる緒
不意に膝痛くなりけり神無月      群馬   鈴木踏青子
駐輪を禁ずる角の彼岸花        東京   角 佐穂子
雨ふふむ風の騒めきこぼれ萩      東京   関根 正義
擂粉木の軌跡違はずとろろ汁      千葉   園部あづき
筑波嶺は仲睦まじく豊の秋       埼玉   園部 恵夏
熱燗や水に流せし事あまた       神奈川  曽谷 晴子
鳶の輪の見渡す限り豊の秋       長野   髙橋 初風
秋の野に光の道のありにけり      東京   高橋 透水
全て開く藩校の戸や小鳥来る      東京   武井まゆみ
杖忘れ手もとさびしき秋の暮      東京   竹内 洋平
藍染の藍の息づく秋の水        東京   竹花美代惠
手の平に重さ受け止め葡萄狩      神奈川  田嶋 壺中
剝くときも桃のかたちに掌を      東京   多田 悦子
秩父路へ旅の御供や草じらみ      東京   田家 正好
文字のなき絵本語る子秋ともし     東京   塚本 一夫
一輛の電車ゆく土手草紅葉       東京   辻  隆夫
爽籟や音をかさぬる摩尼車       ムンバイ 辻本 芙紗
長き夜やきのふの栞抜いてより     東京   辻本 理恵
一望の海一筋の花野道         愛知   津田  卓
山上湖底まで澄める月今宵       東京   坪井 研治
おうといふ声が奥から寺の秋      埼玉   戸矢 一斗
ひぐらしに囲まれてゐて母ひとり    千葉   長井  哲
過疎となりし里に父母豊の秋      東京   中込 精二
柚子釜や釉のごとくに味噌垂れて    大阪   中島 凌雲
ラジオから昭和の歌や稲木積む     東京   中野 智子
流星の先は支那海グスク越え      茨城   中村 湖童
おはじきを散らせるさまに小鳥来る   埼玉   中村 宗男
空といふ大きな網や鰯雲        東京   中村 藍人
一位の実種の周りのぬめりかな     長野   中山  中
野を走る水の速さや蕎麦の花      千葉   中山 桐里
秋の声去来の墓のうしろより      大阪   西田 鏡子
調弦の一律の音秋澄めり        神奈川  西本  萌
窓磨く色なき風の見ゆるほど      東京   橋野 幸彦
秋燈やほのぼの灯る山の宿       静岡   橋本 光子
胎の子の名前ひらめく花野みち     東京   橋本  泰
日翳ればなほ寄り合ひて鴨の陣     広島   長谷川明子
新涼や朝の駅舎に人まばら       東京   長谷川千何子
アーケードの下の老舗の走り蕎麦    千葉   針田 達行
産土の水屋に残る暑さかな       兵庫   播广 義春
銀鼠の雲の引き来る野分かな      埼玉   半田けい子
禅寺の回廊四方に露葎         千葉   平山 凛語
草の花老い先といふ壊れもの      埼玉   深津  博
ひと杓の秋水墓碑をあらはにす     東京   福原  紅
端正に風を着こなす実紫        東京   星野 淑子
秋茜入り日の色を脱け出せる      岐阜   堀江 美州
飽くるまで秋の風鈴聞いてをり     埼玉   本庄 康代
膝掛けをもう一枚と重ねをり      東京   松浦 宗克
うそ寒や遺品の中の妣の声       東京   松代 展枝
二人住む表札二つ鰯雲         埼玉   水野 加代
ぢつとしてをれぬ太刀持ち村芝居    神奈川  宮本起代子
大空に余韻残しつ花火散る       東京   村田 郁子
豊年や縄文土器に蛇模様        東京   村田 重子
秋興や伊那男が来ればやはり雨     東京   森 羽久衣
鳥渡る逆さに干して旅鞄        千葉   森崎 森平
あけび取る山の獣起こさぬやう     埼玉   森濱 直之
紅白の旗の暴るる運動会        長野   守屋  明
鬼の子の糸に結び目ひとつなし     東京   矢野 安美
幾度も移す梯子や柿たわわ       群馬   山﨑ちづ子
蕎麦の花井月さんへ供花のごと     東京   山下 美佐
蚯蚓鳴く商家の長き通し土間      東京   山田  茜
糸尻の温み伝はる白露かな       東京   山元 正規
涸れ井戸の底より聞こゆ虫の声     愛媛   脇  行雲
寝返りの枕に虫の遠音かな       東京   渡辺 花穂






















     





星雲集作品抄
武田禪次選
秀逸

今といふ今も過去へと流れ星      東京  島谷  操
東京のビルの間埋める鰯雲       東京  北原美枝子
金風や葉裏に戦ぐ水の影        神奈川 日山 典子
栗拾に変はる裏庭かくれんぼ      埼玉  内藤  明
約束のやうに今年の曼珠沙華      広島  小原三千代
一雨に泣き顔となる案山子かな     静岡  山室 樹一
裂き織りの糸繰からら秋うらら     長野  那須 野紡
乗換への旅の駅舎や秋高し       愛知  黒岩 宏行
友からの新米といふ便りかな      愛知  住山 春人
鬣のごと頂上へ芒這ふ         東京  西  照雄
竹伐つて空の垣根を取り除く      栃木  たなかまさこ
伊那谷の広さ覚ゆる刈田風       長野  池内とほる
地の酒で夜は更けにけり虫の宿     神奈川 横地 三旦
名も知らぬ一輪挿しの草の花      東京  田中 真美
この街をふる里といひ鰯雲       大阪  杉島 久江














星雲集作品抄

            選武田禪次選


子を探す子は親探す運動会       東京  飯田 正人
鉛筆は永久の相棒獺祭忌        東京  井川  敏
穴惑まだ決められぬ家仕舞       東京  石床  誠
ホームランボール転がる草の花     東京  一政 輪太
熟れどきの無花果に遭ふ良き日かな   東京  伊藤 真紀
蚯蚓鳴く鉱泉宿の仕舞湯に       広島  井上 幸三
戸隠の奥社に聞こゆ水の秋       長野  上野 三歩
棟上げの梁の真つ白秋高し       東京  上村健太郎
玄関の小さき画廊秋ともし       埼玉  梅沢 幸子
新米の湯気立ち上る山の宿       長野  浦野 洋一
風渡る方丈の庭秋の声         静岡  大槻  望
色和紙の句帖編みゐる秋日和      静岡  小野 無道
聴き香の余韻の残りこぼれ萩      群馬  小野田静江
秋祭四斗樽割る女の手         埼玉  加藤 且之
胸襟を開けぬままの無月かな      長野  唐沢 冬朱
トンネルを出れば一面葡萄棚      東京  軽石  弾
埋蔵金うはさの絶えぬ花野かな     愛知  河畑 達雄
回廊を歩む靴音秋の声         東京  熊木 光代
赤とんぼ背負ひて畑のひと仕事     群馬  黒岩あやめ
熊の鈴山の奥へと消えゆけり      群馬  黒岩伊知朗
見晴るかす寝仏浅間山天高し      群馬  黒岩 清子
三線の調弦決まる水の秋        東京  髙坂小太郎
秋祭みんなの心向かひあふ       神奈川 阪井 忠太
一位の実入り組む枝や空の青      長野  桜井美津江
木守柿卯建を誇る海野宿        東京  佐々木終吉
秋うらら俳句人生続けゐる       群馬  佐藤さゆり
水澄めり夜ごとの星を映しては     東京  清水 旭峰
大樹へと鳥のはばたきさやかかな    千葉  清水 礼子
猪やショベルの如く畑を掘る      群馬  白石 欽二
風鐸の途切れとぎれや昼の月      東京  須﨑 武雄
廃屋を照らし出しゐる柿たわわ     東京  鈴木 野来
抑揚のなき台風の広報車        埼玉  其田 鯉宏
便箋に書きたき返事夜長かな      東京  田岡美也子
秋澄むや筑波の双耳近くなり      東京  寳田 俳爺
秋桜に囲まれてゐる般若寺       埼玉  武井 康弘
佇めば月の浜辺は過去を呼ぶ      群馬  中島みつる
名月や唐松の道明明と         神奈川 長濱 泰子
磯松の傾ぶくほどに秋暑し       京都  仁井田麻利子
葛城の串柿の里暮れ初むる       東京  西田有希子
主の無き蜘蛛の巣揺らす風は秋     神奈川 花上 佐都
懐かしきスイッチバック草紅葉     長野  馬場みち子
窓の灯の消えしビル街後の月      千葉  平野 梗華
安曇野や刈田の香る一直線       長野  藤井 法子
名月に追ひつ追はれつ九十九(つづら)道     栃木  星乃 呟
爽やかや刷かれし筋雲刷きし風     東京  幕内美智子
晴天やリフトにたわわ稲穂干す     東京  松井はつ子
単線の隧道過ぎて谷紅葉        愛知  箕浦甫佐子
井戸尻の木犀まるく散り敷ける     東京  宮下 研児
遠き日の記憶も握り木通捥ぐ      宮城  村上セイ子
冬茜真一文字に空を掃く        東京  家治 祥夫
この星に居るこそ楽し月見酒      神奈川 山田 丹晴
囲炉裏端差しつ差されつ温め酒     群馬  横沢 宇内
厨にも秋の音あり皿洗ふ        神奈川 横山 渓泉
朝寒やいで湯の街に下駄の音      千葉  吉田 正克
石臼で挽きし胡桃の芳しき       東京  若林 若干
締切りに追はるる余生つくつくし    東京  渡辺 広佐

















伊那男俳句

 伊那男俳句 その一
            
股引をもう見られてもよき齢

 若い頃は粋がって薄着に徹したものだが、年を重ねるともうそんなことは言っていられない。らくだのシャツや股引(今や見掛けない下着だが)を穿くようになった。何かの時に人に見られてしまうことがあるが、次第に構わない気持になってくるものだ。それは老人の証ということになろうか。だが老人にも老人ゆえの楽しみや新しい価値観が生まれてくるものだ。今まで点でしかなかった物事が線で繋がってきたり、思わぬ人脈が開けてきたりするのである。俳句も成功や失敗の繰り返しの中から生じる境涯性や味わいが醸し出されてくる。だから俳句は飽きることが無く、新しい発想も加わってくるのである。年寄りは開き直って老いを正直に詠めばいいと思っている。我が敬愛する大牧広氏に次の句がある。〈股引を穿くきつかけは訃報なり〉〈股引のもはや余生の皮膚となる〉〈つんのめりて股引を穿く齢なり〉〈解雇記事増えて股引厚手にす〉〈冬襯衣(シャツ)の袖のぞかせて出世せず〉
       平成二十二年『然々と』所収













   


 

俳人協会四賞・受賞式





更新で5秒後、再度スライドします。全14枚。







リンクします。

aishi etc
        













銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

ごあいさつにご利用下さい。
















掲示板

















               
 
     

「銀漢」季語別俳句集




拡大します。
銀漢季語別俳句集
待望の『季語別俳句集』が3月に刊行されました。
















主宰日録  

  

9月

9月28日(日)
今日も終日ベッド。寝たり起きたり。少し作句。便通があるのは嬉しいが、頻繁で、トイレの往き来だけで疲れてしまう。

9月29日(月)
今日も寝たり起きたり。15時、加々美さんの整体。戻ってまた眠る。

9月30日(火)
杏子付添で四谷の「修琴堂 大塚医院」。とにかくもう少し食べるように。蛋白質を取るようにと。冬虫夏草、煎じ薬受ける。あと「東京目白クリニック」へ。今日はゲムシタビン一種の点滴。迎えは桃子。戻って「風月堂」のお赤飯、ホットミルク。一眠り。

10月


10月1日(水)
この頃は夜中3時半位に目が覚める。元気な時は各句会の選句や執筆など。全てベッドの中。夜明けの風景(朝焼がいい)に手を合わせる。何とか食べる努力。エッセイ一本思いつく。

10月2日(木)
早朝散歩。久々。今日は家の周辺2周。午前中指圧の壺井さん。あと頭の中が混濁、寝て過す。

10月3日(金)
午後、介護の方が来訪。近々介護ベッドを導入。①週1回介護士さんの来訪②リハビリ指導の方、週2回来訪③既に始まっているが週一回指圧の方来訪。何だか毎日どなたかが見えるスケジュール。介護保険制度の手厚さに驚くばかりである。

10月4日(土)
午前中、ひとみさんの整体。夕方ヘアメイクの中川くみさんが来宅したので、マッサージを頼むと、実に的確で無駄のない運び。是非この後も来て欲しいと頼む。少し元気が出る。真夜中に起きてしまう。催促を受けていた「三丁目の夕日」のエッセイ3本一気に書いてしまう。徒然にラジオを思い出し捜し出す。これで無聊が慰められそう。

10月5日(日)
久々食欲あり。ジャムトースト、黒豆パン、茹玉子、ヨーグルト、トマトジュース、コーヒー、といっても少しずつだが。夜中頑張ったせいか、昼間は頭の中が混濁、寝て過す。

10月6日(月)
夜中3時前起きる。荻野ゆ佑子句集稿を点検する。あと午前中ほぼ眠る。昼すぎ、朝昼兼用の食事。ミニトマトと豆腐少々食べたところで嘔吐。嘔吐は初めてのこと。ひたすら眠る。今日は中秋の名月ながら曇り。雲の切目から一瞬拝す。

10月7日(火)
昼、こわごわ粥を食べてみるが嘔吐なく、ほっとする。エッセイを1本書く。やはり書くことが好きである。夜中に起きてエッセイもう一本書く。今日はほとんど食べられなかったが、子持鮎の塩焼、可! オロナミンC。

10月8日(水)
夜中1時に目が覚める。エッセイのまとめ、「銀漢賞」の選考。この頃夜中はラジオを聞く。日の出に拍手。シャワー大仕事。午後は寝る。

10月9日(木)
全く無気力な1日。食欲もなし。午前中マッサージさん来宅。今日は会話もできない。午後、介護士さん来訪。困っていることなどを相談。食欲の無いこと、足のむくみのことなど。

10月10日(金)
夜中にまたまたエッセイを書きたくなり、1本仕上げる。一時から4時迄、3時間。13時、京王堀之内の兄の家へ、桃子・杏子と。日野の姉も来て姉兄弟の会。野菜は全て兄嫁の作。料理は兄。近況や思い出話を楽しむ。いい姉、いい兄、いい兄嫁! 18時帰宅して、くみちゃんの整体、気持よし。あとは朝までぐっすり眠る。

10月11日(土)
昨日整体のくみちゃんから眼精疲労があると言われたので今日は文字を見ない書かないで過すこととする。ぼうっとベッドの上で過す。

10月12日(日)
今日も寝たり起きたり。作句も。夜中に起きて「銀漢賞」の選考を。雲の切れ目から久々朝日を拝す。風呂、シャワーは一大事業。あとのオロナミンCが旨い。

10月13日(月)
終日ぐずぐす過す。夜中にまたまたエッセイを思い付き朝方まで没頭する。戦後のトイレと糞尿譚にてどうしても力が入り、2回分一気に粗書する。書くことが好きである。

10月14日(火)
午後、「東京目白クリニック」。ヤーボイ他の点滴治療。行きは杏、帰りは桃の運転。戻って眠る。
10月15日(水)
またまた夜中にエッセイを書きたくなり、1時から5時まで二編書き上げる。何故か今のところ副作用を感じない。井蛙さんが伊那谷の松茸を届けてくれる。香が溢れている。沢山。それとハワイ土産のパワーストーン。これも嬉しい。第1回目のリハビリ、有田さん。誠に気持良く、これは有難いこと。週2回来てくれると。数句会の選句。

10月16日(木)
若干の副作用が出たか、午前中ややぼんやり。午後またまたエッセイを思い付き、仕上げる。15時過、介護士さん見える。松茸の雑煮。

10月17日(金)
久々の快晴。午前中、区からの整体さん。指圧の方からリンパを流す系の方に替えていただく。午後はほぼ眠って過す。

10月18日(土)
日の出を拝す。焼葱の雑煮。午前中くみちゃんのマッサージ。これが効いたのか、あとずっと眠る。

10月19日(日)
日の出を拝す。「銀漢賞」「星雲賞」の第一次選考を秋葉男さんに送る。2階の部屋から1階へ移る。介護用ベッド快適。午後、伊那の姪の紀子、夫の暁さん(歯科医)が見舞に来宅。姉も杏も集まり賑やか。隣家の金木犀満開。少し失敬して大きな花器に入れて香りを楽しむ。

10月20日(月)
昼シャワー。一仕事である。本や手紙類の整理少しずつ。私はベッドに座ったままで桃子が動く。16時、リハビリの有田さん来訪。気持良し。

10月21日(火)
午後、日興証券の木村さん来宅。そのあと、伊集院静先生の秘書をしていた鮎さんが来宅。不思議な霊力を持った人で積る話など。

10月22日(水)
さすがに昨日は来客で五時間ほど話したせいか、今日はぐったり。冷たい雨。13時、桃子、杏子と駅前の銀行へ。預金口座の一本化や資金移動、代理人の指名など一時間半ほど。すっかり身体が冷えて帰る。16時からリハビリ指導を受ける。暖房を入れる。体温37,1度。発熱があった模様。

10月23日(木)
昨日の疲れを引きずる。午後下血あり。丁度看護士さんの来宅の日。すぐ巡回医師の井柳先生を手配して下さる。18時過ぎにすぐ来て下さる。鮮血は腸からにて、多分一過性だろうと。何かあればすぐ駆け付けて下さると。

10月24日(金)
夜中、思い出して「一茶・山頭火俳句大会」の選句。午前中マッサージを受けてあとずっと寝て過す。20時過ぎから風呂。風呂は2階にあり、とにかく一大事業。

10月26日(土)
「一茶・山頭火俳句大会」の特選一、入選7句を送る。昼中川くみちゃんの整体。14時半大野田さん来宅。今後の井上井月の俳句大会の運営について。あと京都の思い出話など。

【日録のノートは25日でもって最後となっていました。合掌 】


linkします。


   
 













     



 








         
    






今月の季節の写真/花の歳時記




2025/1/15撮影   紅梅   HACHIOJI








花言葉 「優美」や「あでやかさ」



△紅梅
寒い時期他の花に先駆けて咲くことから「百花の魁(ひゃっかのさきがけ)」の名もあり、人より秀でる、先駆けることの象徴でもあります。また梅の新芽がまっすぐ天に向かって伸びていく姿も発展や成長、隆盛さを象徴されるので、お祝いの席に好まれるようです。
彼女の代表作である「枕草子」では紅梅の美しさを称える言葉が見られ、「木の花はこきもうすきも紅梅(木の花は色濃くも薄くも、紅梅が最も美しい)」との表現で紅梅への深い愛情が伝わってきます。



冬桜 初日の出 ロウバイ ハボタン 琵琶の花
紅梅






















写真は4~5日間隔で掲載しています。 


2026/1/9












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