伊那男の俳句
伊藤伊那男
◎伊那男俳句 その十三(令和八年一月号)
お捻りにまじる木の葉も村芝居
伊那谷は、私の育った上伊那郡と下伊那郡に分かれる。三河に近い下伊那地区が郷土芸能の宝庫である。「新野の雪祭」「和合の念仏」「遠山の霜月祭」「飯田の人形芝居」「大鹿歌舞伎」など。大鹿歌舞伎は五月三日と十月第三日曜日に開催される。会場は夏、秋と別の神社だが、各々廻り舞台を備えている。江戸時代、巡業の歌舞伎を村人が覚えて、自ら演じるようになったもので、約三百年の歴史を持つ。中央の歌舞伎界で忘れられた演目も残っているという。音曲は太夫が太棹一本で語る。家族や友人を案内して何度も訪ねているが、青空の下なのに遅い雪が舞って、蕗の葉を被ったこともある。秋は木の葉が舞う。何とも風情のあるもので僻村に今なお連綿と続いていることを有難く、尊く思う。今リニアモータ―カー計画で赤石山脈から掘り出された大量の土砂が大鹿村に積まれ始めているという。村の環境は大きく変化しつつあるようで少々心配である。平成二十三年作『然々と』所収
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銀河集作品抄
杉阪大和和選
孔廟の磚踏む音も秋の声 東京 飯田眞理子
抱き起す腕にずつしり鶏頭花 静岡 唐沢 静男
そよそよと律の風吹く嬬恋村 群馬 柴山つぐ子
爽やかや狐福といふ師の人生 東京 杉阪 大和
馬小屋の柵の艶めく十三夜 東京 武田 花果
鳶の輪のなだるる峠青蜜柑 東京 武田 禪次
湖北人の守る観音堂虫の闇 埼玉 多田 美記
義経を町から招き村歌舞伎 東京 谷岡 健彦
城址といふ黙ありぬ風知草 神奈川 谷口いづみ
アルプスと畝を対座に大根蒔く 長野 萩原 空木
子規の忌の朝を頻りに鳶の笛 東京 堀切 克洋
摩天楼より九月十一日の空 東京 三代川次郎







杉坂大和選
沢胡桃こつんと日暮来てをりぬ 東京 飛鳥 蘭
明王のほむらの如き鶏頭花 東京 有澤 志峯
紅の包む漆黒一位の実 神奈川 有賀 理
細やかに九月の雲の整列す 東京 飯田 子貢
軽トラに道を譲られ秋高し 山形 生田 武
朝鵙に喝入れらるる怠け癖 東京 市川 蘆舟
出来秋の田に金色の風の道 埼玉 伊藤 庄平
身に入むや今朝日めくりの箴言に 東京 伊藤 政
島畑の朝日転がる芋の露 神奈川 伊東 岬
伊那なれば巣ごと蜂の仔売られけり 埼玉 今村 昌史
陽を揺らし影を揺らして色鳥来 東京 上田 裕
靴音のひとつひとつに秋の暮 東京 宇志やまと
着陸の気球たたんでゐる花野 埼玉 大澤 静子
祈禱無き釣瓶落しの御師の宿 神奈川 大田 勝行
秋水を切り分けて来る背びれかな 東京 大沼まり子
残照の奥へ落穂を拾ひゆく 神奈川 大野 里詩
穭田に足とられつつ下校の子 埼玉 大野田井蛙
開け放つ藩校の戸や秋のこゑ 東京 大溝 妙子
忘れある往診医師のパナマ帽 東京 大山かげもと
鳥渡る美濃路は高き梲上げ 東京 岡城ひとみ
揺り椅子に抱きとめられし秋日差 愛知 荻野ゆ佑子
鶏頭のどこかにまなこありさうな 宮城 小田島 渚
田に煙黄金の秋の旅路かな 宮城 小野寺一砂
秋思濃くこけしの首をまた鳴らす 埼玉 小野寺清人
朝顔の閉ぢかねてゐる雨の午后 和歌山 笠原 祐子
古紙となる古書の重さの秋思かな 東京 梶山かおり
青空の裏へと行かむ秋燕 愛媛 片山 一行
名画座の椅子の硬さやそぞろ寒 東京 桂 説子
秋晴や伊豆七島の揃ひ踏み 静岡 金井 硯児
色なき風格子ごしなる絵島の間 東京 我部 敬子
霧襖まで配したる一夜城 東京 川島秋葉男
信州の百の峠に百の秋 千葉 川島 紬
ふたたびの桜紅葉に盛りけり 神奈川 河村 啓
枝向う鳥のかくれし帰り花 愛知 北浦 正弘
日曜の子のポケットに木の実かな 東京 北川 京子
口は笑み半眼にして撃たれ熊 長野 北澤 一伯
秋暑し机に零す粉薬 東京 絹田 稜
揺れやすき花を集めて秋の園 東京 柊原 洋征
霧がまづ出口を塞ぐ峡の村 東京 朽木 直
翻る葉裏は白し葛の花 東京 久保園和美
間の長き添水を飽かず見てをりぬ 東京 畔柳 海村
露を踏みけものはけもの道帰る 東京 小泉 良子
曼珠沙華腹切矢倉までの道 神奈川 こしだまほ
灯の入りべつたら市の佳境かな 東京 小林 美樹
秋の蚊の付かず離れず付き纏ふ 千葉 小森みゆき
虫時雨神苑といふ籠の中 東京 小山 蓮子
可惜世の稲田の風に身をまかせ 宮城 齊藤 克之
胴上げの二度目の高き秋の空 長崎 坂口 晴子
防空壕ありし辺りに穴惑 長野 坂下 昭
長老の先づは一献村祭 群馬 佐藤 栄子
廃校の庭のオルガン律の風 群馬 佐藤かずえ
山墓の風の置き去るくぬぎの実 長野 三溝 恵子
ちはやふる神の庭石露時雨 東京 島 織布
穭田の穭にならぬ山の影 東京 島谷 高水
空の塵掃き落とすやう竹の春 兵庫 清水佳壽美
水に色映らぬ高さ烏瓜 東京 清水 史恵
通り過ぐ曼珠沙華また曼珠沙華 東京 清水美保子
野の花や仕事一途の人なりき 埼玉 志村 昌
我の歩に弾む吊橋水澄めり 千葉 白井 飛露
菊人形視線の絡む無言劇 神奈川 白井八十八
防人の歌の横山月のぼる 東京 白濱 武子
防災訓練蚊にさされつつ放水す 東京 新谷 房子
宿坊の朝の勤行秋澄めり 大阪 末永理恵子
かつて村あり一面の芒原 岐阜 鈴木 春水
そぞろ寒夜中に鳴りし黒電話 東京 鈴木 淳子
錆釘に束ね掛けある唐辛子 東京 鈴木てる緒
不意に膝痛くなりけり神無月 群馬 鈴木踏青子
駐輪を禁ずる角の彼岸花 東京 角 佐穂子
雨ふふむ風の騒めきこぼれ萩 東京 関根 正義
擂粉木の軌跡違はずとろろ汁 千葉 園部あづき
筑波嶺は仲睦まじく豊の秋 埼玉 園部 恵夏
熱燗や水に流せし事あまた 神奈川 曽谷 晴子
鳶の輪の見渡す限り豊の秋 長野 髙橋 初風
秋の野に光の道のありにけり 東京 高橋 透水
全て開く藩校の戸や小鳥来る 東京 武井まゆみ
杖忘れ手もとさびしき秋の暮 東京 竹内 洋平
藍染の藍の息づく秋の水 東京 竹花美代惠
手の平に重さ受け止め葡萄狩 神奈川 田嶋 壺中
剝くときも桃のかたちに掌を 東京 多田 悦子
秩父路へ旅の御供や草じらみ 東京 田家 正好
文字のなき絵本語る子秋ともし 東京 塚本 一夫
一輛の電車ゆく土手草紅葉 東京 辻 隆夫
爽籟や音をかさぬる摩尼車 ムンバイ 辻本 芙紗
長き夜やきのふの栞抜いてより 東京 辻本 理恵
一望の海一筋の花野道 愛知 津田 卓
山上湖底まで澄める月今宵 東京 坪井 研治
おうといふ声が奥から寺の秋 埼玉 戸矢 一斗
ひぐらしに囲まれてゐて母ひとり 千葉 長井 哲
過疎となりし里に父母豊の秋 東京 中込 精二
柚子釜や釉のごとくに味噌垂れて 大阪 中島 凌雲
ラジオから昭和の歌や稲木積む 東京 中野 智子
流星の先は支那海グスク越え 茨城 中村 湖童
おはじきを散らせるさまに小鳥来る 埼玉 中村 宗男
空といふ大きな網や鰯雲 東京 中村 藍人
一位の実種の周りのぬめりかな 長野 中山 中
野を走る水の速さや蕎麦の花 千葉 中山 桐里
秋の声去来の墓のうしろより 大阪 西田 鏡子
調弦の一律の音秋澄めり 神奈川 西本 萌
窓磨く色なき風の見ゆるほど 東京 橋野 幸彦
秋燈やほのぼの灯る山の宿 静岡 橋本 光子
胎の子の名前ひらめく花野みち 東京 橋本 泰
日翳ればなほ寄り合ひて鴨の陣 広島 長谷川明子
新涼や朝の駅舎に人まばら 東京 長谷川千何子
アーケードの下の老舗の走り蕎麦 千葉 針田 達行
産土の水屋に残る暑さかな 兵庫 播广 義春
銀鼠の雲の引き来る野分かな 埼玉 半田けい子
禅寺の回廊四方に露葎 千葉 平山 凛語
草の花老い先といふ壊れもの 埼玉 深津 博
ひと杓の秋水墓碑をあらはにす 東京 福原 紅
端正に風を着こなす実紫 東京 星野 淑子
秋茜入り日の色を脱け出せる 岐阜 堀江 美州
飽くるまで秋の風鈴聞いてをり 埼玉 本庄 康代
膝掛けをもう一枚と重ねをり 東京 松浦 宗克
うそ寒や遺品の中の妣の声 東京 松代 展枝
二人住む表札二つ鰯雲 埼玉 水野 加代
ぢつとしてをれぬ太刀持ち村芝居 神奈川 宮本起代子
大空に余韻残しつ花火散る 東京 村田 郁子
豊年や縄文土器に蛇模様 東京 村田 重子
秋興や伊那男が来ればやはり雨 東京 森 羽久衣
鳥渡る逆さに干して旅鞄 千葉 森崎 森平
あけび取る山の獣起こさぬやう 埼玉 森濱 直之
紅白の旗の暴るる運動会 長野 守屋 明
鬼の子の糸に結び目ひとつなし 東京 矢野 安美
幾度も移す梯子や柿たわわ 群馬 山﨑ちづ子
蕎麦の花井月さんへ供花のごと 東京 山下 美佐
蚯蚓鳴く商家の長き通し土間 東京 山田 茜
糸尻の温み伝はる白露かな 東京 山元 正規
涸れ井戸の底より聞こゆ虫の声 愛媛 脇 行雲
寝返りの枕に虫の遠音かな 東京 渡辺 花穂








武田禪次選
秀逸
今といふ今も過去へと流れ星 東京 島谷 操
東京のビルの間埋める鰯雲 東京 北原美枝子
金風や葉裏に戦ぐ水の影 神奈川 日山 典子
栗拾に変はる裏庭かくれんぼ 埼玉 内藤 明
約束のやうに今年の曼珠沙華 広島 小原三千代
一雨に泣き顔となる案山子かな 静岡 山室 樹一
裂き織りの糸繰からら秋うらら 長野 那須 野紡
乗換への旅の駅舎や秋高し 愛知 黒岩 宏行
友からの新米といふ便りかな 愛知 住山 春人
鬣のごと頂上へ芒這ふ 東京 西 照雄
竹伐つて空の垣根を取り除く 栃木 たなかまさこ
伊那谷の広さ覚ゆる刈田風 長野 池内とほる
地の酒で夜は更けにけり虫の宿 神奈川 横地 三旦
名も知らぬ一輪挿しの草の花 東京 田中 真美
この街をふる里といひ鰯雲 大阪 杉島 久江



星雲集作品抄
選武田禪次選
子を探す子は親探す運動会 東京 飯田 正人
鉛筆は永久の相棒獺祭忌 東京 井川 敏
穴惑まだ決められぬ家仕舞 東京 石床 誠
ホームランボール転がる草の花 東京 一政 輪太
熟れどきの無花果に遭ふ良き日かな 東京 伊藤 真紀
蚯蚓鳴く鉱泉宿の仕舞湯に 広島 井上 幸三
戸隠の奥社に聞こゆ水の秋 長野 上野 三歩
棟上げの梁の真つ白秋高し 東京 上村健太郎
玄関の小さき画廊秋ともし 埼玉 梅沢 幸子
新米の湯気立ち上る山の宿 長野 浦野 洋一
風渡る方丈の庭秋の声 静岡 大槻 望
色和紙の句帖編みゐる秋日和 静岡 小野 無道
聴き香の余韻の残りこぼれ萩 群馬 小野田静江
秋祭四斗樽割る女の手 埼玉 加藤 且之
胸襟を開けぬままの無月かな 長野 唐沢 冬朱
トンネルを出れば一面葡萄棚 東京 軽石 弾
埋蔵金うはさの絶えぬ花野かな 愛知 河畑 達雄
回廊を歩む靴音秋の声 東京 熊木 光代
赤とんぼ背負ひて畑のひと仕事 群馬 黒岩あやめ
熊の鈴山の奥へと消えゆけり 群馬 黒岩伊知朗
見晴るかす寝仏浅間山天高し 群馬 黒岩 清子
三線の調弦決まる水の秋 東京 髙坂小太郎
秋祭みんなの心向かひあふ 神奈川 阪井 忠太
一位の実入り組む枝や空の青 長野 桜井美津江
木守柿卯建を誇る海野宿 東京 佐々木終吉
秋うらら俳句人生続けゐる 群馬 佐藤さゆり
水澄めり夜ごとの星を映しては 東京 清水 旭峰
大樹へと鳥のはばたきさやかかな 千葉 清水 礼子
猪やショベルの如く畑を掘る 群馬 白石 欽二
風鐸の途切れとぎれや昼の月 東京 須﨑 武雄
廃屋を照らし出しゐる柿たわわ 東京 鈴木 野来
抑揚のなき台風の広報車 埼玉 其田 鯉宏
便箋に書きたき返事夜長かな 東京 田岡美也子
秋澄むや筑波の双耳近くなり 東京 寳田 俳爺
秋桜に囲まれてゐる般若寺 埼玉 武井 康弘
佇めば月の浜辺は過去を呼ぶ 群馬 中島みつる
名月や唐松の道明明と 神奈川 長濱 泰子
磯松の傾ぶくほどに秋暑し 京都 仁井田麻利子
葛城の串柿の里暮れ初むる 東京 西田有希子
主の無き蜘蛛の巣揺らす風は秋 神奈川 花上 佐都
懐かしきスイッチバック草紅葉 長野 馬場みち子
窓の灯の消えしビル街後の月 千葉 平野 梗華
安曇野や刈田の香る一直線 長野 藤井 法子
名月に追ひつ追はれつ九十九道 栃木 星乃 呟
爽やかや刷かれし筋雲刷きし風 東京 幕内美智子
晴天やリフトにたわわ稲穂干す 東京 松井はつ子
単線の隧道過ぎて谷紅葉 愛知 箕浦甫佐子
井戸尻の木犀まるく散り敷ける 東京 宮下 研児
遠き日の記憶も握り木通捥ぐ 宮城 村上セイ子
冬茜真一文字に空を掃く 東京 家治 祥夫
この星に居るこそ楽し月見酒 神奈川 山田 丹晴
囲炉裏端差しつ差されつ温め酒 群馬 横沢 宇内
厨にも秋の音あり皿洗ふ 神奈川 横山 渓泉
朝寒やいで湯の街に下駄の音 千葉 吉田 正克
石臼で挽きし胡桃の芳しき 東京 若林 若干
締切りに追はるる余生つくつくし 東京 渡辺 広佐






伊那男俳句 その一
股引をもう見られてもよき齢
若い頃は粋がって薄着に徹したものだが、年を重ねるともうそんなことは言っていられない。らくだのシャツや股引(今や見掛けない下着だが)を穿くようになった。何かの時に人に見られてしまうことがあるが、次第に構わない気持になってくるものだ。それは老人の証ということになろうか。だが老人にも老人ゆえの楽しみや新しい価値観が生まれてくるものだ。今まで点でしかなかった物事が線で繋がってきたり、思わぬ人脈が開けてきたりするのである。俳句も成功や失敗の繰り返しの中から生じる境涯性や味わいが醸し出されてくる。だから俳句は飽きることが無く、新しい発想も加わってくるのである。年寄りは開き直って老いを正直に詠めばいいと思っている。我が敬愛する大牧広氏に次の句がある。〈股引を穿くきつかけは訃報なり〉〈股引のもはや余生の皮膚となる〉〈つんのめりて股引を穿く齢なり〉〈解雇記事増えて股引厚手にす〉〈冬襯衣(シャツ)の袖のぞかせて出世せず〉
平成二十二年『然々と』所収 |







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