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 6月号  2016年

伊藤伊那男作品 銀漢今月の目次 銀漢の俳句 盤水俳句・今月の一句  
彗星集作品抄    彗星集選評  銀漢集作品抄
  綺羅星集・作品抄  銀河集・綺羅星今月の秀句 星雲集・作品抄  
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伊藤伊那男作品


芽吹山        伊藤伊那男
  
  出雲
国引きの杭となりたる芽吹山
花詞信じて振れり種袋 
箸墓に角髪(みずら)のごとき熊ん蜂
亀鳴くと言はれて闇に耳を置く
蜂飼が唸りの渦を樹下に置く
一弁の散れば次々チューリップ
虫出しの雷の溜り場毛野の国
七島の二つほど見え椿東風









     
             



今月の目次







銀漢俳句会/6月号







          





   


銀漢の俳句 

伊藤伊那男 

◎盤水先生の謎とルーツ
 皆川盤水先生は大正7年10月、午年生まれである。それにもかかわらず本名は正巳、つまり「巳」の字が入っているのは何故か。巳年は前年の大正6年である。実は先生の生前に酒亭ぼるがで直接尋ねたことがある。先生は、父上が鉱山技師で、あちこちの鉱山を廻っていたので、もしかしたら出生届けが遅れたのかな……と答えられた記憶があるが、真相は不明のままである。
 そんなことを盤水先生の甥の文弘さんに話したら、しばらくして先生の兄弟姉妹の系図を届けて下さった。それによると先生は10人兄弟でその内女子が4人で男子は6人である。男子は長男が一郎、二男が二郎、そして三郎、四郎と続く。ちなみに二男の二郎さんが俳号二楼で、盤水先生に俳句の手ほどきをされた方である。文弘さんによると、三郎、四郎さんが早逝されたこともあり、先生の名前は五郎という流れを止めたのではないか、と言う。
 ここからは私の勝手な想像になるのだが、正の字は画数が五であり、五男の意味が隠されているのではないか。もしかすると、前年の巳年生まれの五男ではないのか……。文弘さんの父上は六男の守和(もりたか)さんである。この兄弟の父上の名が守一(もりいち)であり、その一字を受け継いだのであろう。これも偶然であるかもしれないのだが、何と「守」の字は六画なのである。そんな想像に少し興奮したのであった。
 さて皆川家の先祖は半田銀山(福島県伊達郡桑折町)の鉱山関係者であったようだ。文弘さんに戴いた、福島大学教育学部評論集60号「明治20~30年代における半田山地変 安田初雄」によると、半田山はその頃緩慢で大規模な地辷りが発生していたという。皆川家の先祖の地「水抜」については、明治36年の文書に「南半田字水抜ニアル厚成館(五代龍作所有)所属ノ製錬場付近ノ住家約四十戸(従来ヨリノ住民ハ五戸ニシテ余ハ厚成館ノ雇人ナリ)ノ背後ニアル崩壊地モ漸次切迫シ尚近来其ノ高サヲマシタルヲ以テ是レ又危険ノ情態ハ迫レリ」とある。
 地辷り舌の末端がこの地に及び住民はこの地を離れたのである。近くに皆川家の墳墓があったということからみて、後から来た雇われ人ではなく「従来ヨリノ住民」の五戸の内であったと推察する。先生の父上、守一さんは明治17年生まれであるから離郷は18歳から20歳位のことと思われる。先祖の地を去って、同じ福島県の常磐炭坑に移り、鉱山業に従事されたのである。そんなことが少し解ってきた。いずれ半田銀山跡を訪ねなくてはならない。
   
廃銀山馬鈴薯の花ここに尽く     盤水














 



  

盤水俳句・今月の一句

伊藤伊那男

いつせいに咲きだす百合やこけし小屋     皆川盤水

 中野の先生の書斎を訪ねると左側の壁の書棚に沢山のこけしが並んでいた。その蒐集は東北の旅を重ねた中から始まったようだ。こけし師にも幾つかの系統があり、各々に味わいがあるのだという。掲出句は蔵王青根温泉の工房を覗いた折の句だという。小屋を囲んで咲き始めた百合と小屋に林立するこけしとの対比、内と外の明暗の対比も鮮烈である。こけし好きの先生には〈しきたりのこけしを拭ふ年の内〉などの句がある
                                        (平成7年作『曉紅』所収)
                                      












  

彗星集作品抄

伊藤伊那男・選

全員が手あぐる答チューリップ        塚本 一夫
茂吉忌やそろそろ終はる炬燵舟        大溝 妙子
初蝶の風にかたへを取られつつ        朽木  直
ぶらんこを漕げば故郷の見ゆるかも      飯田 康酔
鷹鳩と化して伝書の命を受く         唐沢 静男
京の春織り込んでゐる機の町         武田 禪次
分け進む舳は低し葦の角           森崎 森平
貌鳥や楊貴妃観音抱く山           末永理恵子
日の暮れて家出心や西行忌          中村 孝哲
まほろばや花の吹雪の石舞台         清水佳壽美
湯の町の音とめどなき雪解川         堀切 克洋
袖ひろぐままに倒れぬ紙雛          上田  裕
紙風船あたたかき息より生まる        渡辺 花穂
暮らすため二坪ほどの畑を打つ        森濱 直之
亀鳴くや槫仏出でし池の跡          飯田眞理子
武甲嶺の風を加勢に春の山車         多田 美記
湖の風まだ荒く初諸子            堀内 清瀬
春一番浦賀ドックの錆深し          伊東  岬
冴返る母の遺骨の少なさに          山下 美佐

















彗星集 選評 伊藤伊那男


全員が手あぐる答チューリップ        塚本 一夫
 入園か入学か、始まったばかりの教室で先生が誰でも答えられそうな質問をする。「わかった人?」と聞くと全員が「はーい」と手を挙げる。チューリップは窓際のプランターか窓の外の庭に同じ高さで花を並べている。そのような読み方と、もう一つは先生が「この花の名前は?」と聞くと全員が「チューリップ!」と答える。このような二通りの解釈が可能である。どちらがいいかと問われたら前者の方が好みだが、後者であってもそれはそれでいい。つまるところはチューリップが効いているのだ。


茂吉忌やそろそろ終はる炬燵舟        大溝 妙子
齋藤茂吉の忌日は二月二五日。享年七十歳。この句は最上川の舟下りを詠んだ句である。私は乗ったことがないが、防寒の為に舟に炬燵が備えられているのであろう。二月も終りの頃であり、そろそろ炬燵の設置を終わらせるころなのであろう。「炬燵舟」などを題材にした句は珍しい。茂吉忌とどちらを季語として優先させるかというと「茂吉忌」 


初蝶の風にかたへを取られつつ        朽木  直
 「初蝶」の初々しさが出ている句である。飛び初めて間も無い蝶なので、わずかな風にも敏感で、片方の翅が揺らいだというのである。下五を「とられつつ」と不安定に止めているのがこの句の場合その不安定さも初蝶の様子に繋がり味わいとなっているようだ。


ぶらんこを漕げば故郷の見ゆるかも      飯田 康酔
もしかすると似たような句があったかもしれないが……。私などの田舎から東京に出てきた者の胸を打つ句である。下宿の物干し台から信州はあっちかな、と西の空を眺めたことなどを思い出す。ぶらんこをどんなに高く漕いでも故郷が見える筈はないが、その望郷の念がいじらしい。


鷹鳩と化して伝書の命を受く         唐沢 静男
「鷹化して鳩と為る」は二十四節気の啓蟄の第三候。春の穏やかさで鷹が鳩のようにおとなしくなるの意だが、この句は「伝書鳩」の使命を受けた、と更に想像を膨らませたのである。その柔軟さを褒めたい。 


京の春織り込んでゐる機の町         武田 禪次
 西陣の嘱目であろう。西陣であれば帯が主商品であり絢爛たる模様を金銀糸で織り込んでゆく。それを「春を織り込む」と機知を効かせて詠んだのである。うまい。


分け進む舳は低し葦の角           森崎 森平
 無数の葦の角を分けていく小舟。位置の低さがいい。


貌鳥や楊貴妃観音抱く山           末永理恵子
 楊貴妃観音と言えば泉涌寺か。郭公との呼応がいい。


日の暮れて家出心や西行忌          中村 孝哲
「家出心」が西行忌らしい。誰もが憧れる漂泊の旅。 


まほろばや花の吹雪の石舞台         清水佳壽美
美しく石舞台を詠んだ。できれば「花吹雪」で作りたい。 


湯の町の音とめどなき雪解川         堀切 克洋
湯の音と雪解水の重奏。「とめどなき」の実感。 


袖ひろぐままに倒れぬ紙雛          上田  裕
いいところを詠み止めている。が「ひろぐるまま」が正しい。 


紙風船あたたかき息より生まる        渡辺 花穂
〈あたたかき息の生みたる紙風船〉と破調を避ける手も。 


暮らすため二坪ほどの畑を打つ        森濱 直之
「暮らすため」は厳しい打ち出しだが……。実感。 


亀鳴くや槫仏出でし池の跡          飯田眞理子
「くれぶつ」と読むか。丸木の仏。「亀鳴く」がいい。 


武甲嶺の風を加勢に春の山車         多田 美記
 秩父の春祭の様子が如実である。風の荒さが出ている。


湖の風まだ荒く初諸子            堀内 清瀬
ますます貴重となった諸子。まだまだ吹く風が冷たい。 


春一番浦賀ドックの錆深し          伊東  岬
ペリー入港以来の浦賀港。錆深しに歴史が偲ばれる。 


冴返る母の遺骨の少なさに          山下 美佐
思い切り軽い遺骨。しかし長寿を全うされたのであろう。 

 

    













銀河集作品抄

伊藤伊那男・選

落花岩けふは春雪まとひけり      東京   飯田眞理子
啓蟄の地べたへ広げ蚤の市       静岡   唐沢 静男
一茶の地春雪来さうやはり来し     群馬   柴山つぐ子
蛇も声あるかに泣けり涅槃絵図     東京   杉阪 大和
剪定の枝飛ぶ水軍砦跡         東京   武田 花果
春雷や諏訪衆はやも落ちつかず     東京   武田 禪次
蠟梅や御簾を上げおく源氏の間     愛知   萩原 空木
神鶏の大き羽搏き四温晴        東京   久重 凜子
ものの種蒔いて明るき妻の昼      東京   松川 洋酔
菜園の正画整ひ春来たる        東京   三代川次郎
たんぽぽの絮を虚空へ吹く故郷     埼玉   屋内 松山



  
   


















綺羅星集作品抄

伊藤伊那男・選 

子等の知る最初の花名チューリップ    東京   伊藤 政三
産土を最後の頼み大試験         和歌山  笠原 祐子
雪形の瓢とも見ゆ井月忌         東京   我部 敬子
囀のやがて弔歌に井月忌         東京   柊原 洋征
衣の褪するひひなにもある齢かな     東京   小林 雅子
ひと飛びを思ひ止まる磯遊        東京   島谷 高水
さざなみはささやきに似て実朝忌     東京   武井まゆみ
舟運のいにしへを聞く雛の宿       埼玉   多田 美記
写真では大輪に咲く種袋         東京   谷岡 健彦
地球儀に古き国境余寒なほ        神奈川  谷口いづみ
涅槃絵の象より大き釈迦の顔       埼玉   戸矢 一斗
水垣の郷の海石榴市跡ぬくし       兵庫   播广 義春
時鳥谺で測る森の闇           千葉   森崎 森平
二死満塁三球三振三月尽         愛知   山口 輝久

桜散るまではさわさわひもすがら     東京   相田 惠子
海隠す護岸工事や山笑ふ         宮城   有賀 稲香
江の島の入日を盛りて白子丼       東京   有澤 志峯
踏めば水を吐き出してゐる春の雪     東京   飯田 子貢
牛小屋の柱にラジオ日の永し       静岡   五十嵐京子
おほかたは子が守る一樹植ゑにけり    埼玉   伊藤 庄平
また喰らふ解剖追試茂吉の忌       東京   上田  裕
春暁をちらと見遣りてまた寝入る     東京   大西 酔馬
風ひかる紙飛行機のつばさにも      神奈川  大野 里詩
鶯餅番で買うて隅田川          埼玉   大野田井蛙
たたまれて紙片にもどる雛かな      東京   大溝 妙子
老妻似なる温顔の雛仕舞ふ        東京   大山かげもと
笹五位や清正の井の水鏡         東京   小川 夏葉
春一番千住の河岸の魚の眼に       埼玉   小野寺清人
母の字の三十一文字や茂吉の忌      神奈川  鏡山千恵子
陽炎や帰る岸なき釣小舟         東京   影山 風子
居間に咲く明けて一輪桃の花       長野   加藤 恵介
花の門井伊大老の朧駕籠         東京   桂  信子
老いたるは似たやうな顔のどけしや    高知   神村むつ代
春火鉢灰の匂ひも母の郷         東京   川島秋葉男
一族の残りひとりになる彼岸       長野   北澤 一伯
等伯の生国春田まだ打たず        神奈川  久坂依里子
ぬかるみに轍のあまた種物屋       東京   朽木  直
日の差して半間奥へ春炬燵        東京   畔柳 海村
転んでも風船の手はそのままに      神奈川  こしだまほ
建国の日や垂直に爆心碑         長崎   坂口 晴子
立つたびに鳩春泥をひからせり      千葉   佐々木節子
村口は嶽一合目鳥雲に          長野   三溝 恵子
山の辺の道のほとりの畦火かな      静岡   澤入 夏帆
梅東風や見え隠れする富士額       東京   島  織布
朧夜の皆艶やかに道後の湯        兵庫   清水佳壽美
笹五位や三文徳てふ朝ならむ       東京   白濱 武子
大川端籠目にもるる桜餅         東京   新谷 房子
落ちてその大きさを知る白椿       大阪   末永理恵子
寒明けの柱を磨くぬか袋         静岡   杉本アツ子
水温む影踏みの影に加はりて       東京   角 佐穂子
春田打降臨の山仰ぎつつ         東京   瀬戸 紀恵
日脚伸ぶ昔話の続き聞き         東京   曽谷 晴子
寒あやめその紫は淡くとも        愛媛   高橋アケミ
春光の粒積もりゆく砂時計        東京   高橋 透水
本尊へ膝詰むるたび春うごく       東京   多田 悦子
慟哭がやがて声明涅槃絵図        東京   田中 敬子
藤の枝垂るる先より(うみ)昏るる       東京   谷川佐和子
雛納溜りし業も納めけり         東京   塚本 一夫
江州の仏の里や木の芽どき        愛知   津田  卓
親鳥に負けぬ爪持ち巣立鳥        東京   坪井 研治
蕨摘む光をすこし折り曲げて       千葉   土井 弘道
落ちてなほ残る華やぎ落椿        神奈川  中川冬紫子
一湾を大摑みして春の鳶         大阪   中島 凌雲
三月来甲斐の龍太の空無窮        東京   中西 恒雄
春雷の亦のとよめき納棺す        東京   中野 智子
春の雷空の癇癪一つ二つ         東京   中村 孝哲
剪定の思案の長き鋏かな         茨城   中村 湖童
み仏の黙に堪へかね亀鳴けり       東京   中村 貞代
星増ゆる程冴返る二月堂         愛知   中村 紘子
さよならの声張り合へる卒園児      東京   西原  舞
業平橋海月の流離嘆じをり        東京   沼田 有希
雪解川笛吹川となり滾る         神奈川  原田さがみ
東風吹けば道真思ふ大宰府も       福岡   藤井 綋一
春の夢蹴鞠の庭にわれのゐて       東京   保谷 政孝
父の忌に発つも縁の遍路かな       東京   堀内 清瀬
満願の寺の菩薩や山笑ふ         岐阜   堀江 美州
さんずいのものことごとく凍返る     東京   堀切 克洋
雛にある雛納めといふ別離        埼玉   夲庄 康代
歓声や蚊帳吊草の相撲にも        東京   松浦 宗克
ひとつづつ草に名のあるあたたかさ    東京   松代 展枝
踏青や子等のこころにある翼       東京   宮内 孝子
晩学に若返りをり桜の芽         千葉   無聞  齋
義仲忌雨の葉音の藪厚き         東京   村上 文惠
子も母となりて継ぎゆく雛飾る      東京   村田 郁子
青き踏む海の輝き見ゆるまで       東京   村田 重子
胃薬のよく効きさうな春の水       東京   森 羽久衣
農道に車輪の幅の春の泥         埼玉   森濱 直之
雛の家の金襴緞子の棺掛         東京   山下 美佐
沈滞の吾が身に活を二日灸        群馬   山田  礁
羽搏けば空の手応へ巣立鳥        東京   山元 正規
如月や丹田ゑぐる護摩太鼓        千葉   吉沢美佐枝
雪解かな宿下駄の緒のぬれしまま     神奈川  吉田千絵子
境内の片隅を借り苗木市         愛媛   脇  行雲
大なまづ棲みたる社水ぬるむ       東京   渡辺 花穂











     







銀河集・綺羅星今月の秀句

伊藤伊那男

雪形の瓢とも見ゆ井月忌          我部 敬子
囀のやがて弔歌に井月忌          柊原 洋征
井上井月の忌日、三月十日前後の土日を選んで「井月忌の集い」を東京で開いて三回目となった。旧暦に直すと二月十六日だが、明治五年に太陽暦が採用されているので、井月は新暦の時代に死んでいるのである。掲出句などを見るとこの「井月忌の集い」を開いてよかったな、と思う。伊那谷では毎年九月に井月俳句大会を開いて二十数年となるが、時期が異なるので井月忌の句はほとんど目にすることはなかったのだ。こうした地道な会の継続が井月顕彰に大きな意味を持つのだとしみじみ実感したのである。
我部句は中央アルプスの木曾駒ケ岳の雪形からの連想である。馬、島田娘、種播爺などの形が出るのだが、この句の瓢は聞いたことが無い。だが作者には瓢の形に見える雪形もあったという。酒好きの井月を偲んだ発見の句である。柊原句は囀も井月忌ともなれば弔歌のようにも聞こえてくるようだ、という。我部句は視覚を通して、柊原句は聴覚を通して井月忌に哀悼の意を献じているのである。 


子等の知る最初の花名チューリップ     伊藤 政三 
確かに、確かに、自分の子供のことなどを思い出しても当たっているような気がする。大きくて強い原色で、たいがいの保育園の花壇で育てられる。入園時に開く花でもある。最初に知る花の名ーーー実にユニークな観点である。同時出句の〈記憶まで滲み出したる朧かな〉も「朧」を思いきり自分にも引き付けた抒情句でこれも独自性がある。 


地球儀に古き国境余寒なほ         谷口いづみ
第二次世界大戦から七十余年を経て、様々な歪みが浮き彫りになり、分裂したり、統合されたりして国境も変化している。少し前の地球儀を回すと今とは違う国境線が残っていたりして感慨を新たにすることがある。平和とは戦争を準備する期間という怖い話なども思い出す。「余寒なほ」にそうした感じが滲み出ているようだ。 

  

産土神を最後の頼み大試験         笠原 祐子
天神社へ行くと合格祈願の絵馬がこぼれんばかりに掛けられている。科学的に証明できないも
のは信じないという時代なのだが、こんな時にはやはり神に頼るのが日本人である。最後の最後は産土神へのねんごろな祈願である。「最後の頼み」のほのかな滑稽感がいい。 

   

さざなみはささやきに似て実朝忌      武井まゆみ
相模の海を詠んだ実朝である。「ささやきに似て」の措辞に実朝の繊細さを思う。上五中七下五の初音が「さ(SA)」で始まっているリズムも計算されたものだ。同時出句の〈料峭や沖まで利休鼠色〉は城ケ島で北原白秋を偲んでいるのであろう。「沖まで」に実感がある。〈蕗味噌や手紙の中の国なまり〉も言葉ではなく、文字の中の訛というところが味わいである。 
衣の褪するひひなにもある齢かな      小林 雅子
人形の顔なので年は取らないのだが、衣の色が褪せたことにより年を経たことが解るという。一年に何日かしか箱を出ない雛であるが、微妙に衣の変化があるのだ。そこを見逃さず「齢」と見たのがこの句の肝所。 

 

舟運のいにしへを聞く雛の席        多田 美記
例えば酒田のような港町とか、渡し場のある大川のほとりとかの宿である。一昔前の船運の賑わいなどを聞いたのである。その雛も京都から船で運んできた年代物だ、というような話も出る。そんな様子が如実である。同時出句の〈白鳥の水に総身うつし引く〉も圧倒的な重量感である。

  

写真では大輪に咲く種袋          谷岡 健彦  
春先、種売場に行くと色とりどりの種袋が並んでいる。どれも美しく、大きな花の写真で購入を誘う。句には「本当にこんな大輪に咲くのだろうか?」と疑いの目を向けている作者の姿がある。最大の手間を掛けた一番綺麗な花の写真なのである。そうした心理描写が交叉している句である。 
二死満塁三球三振二月尽          山口 輝久 
数字を沢山嵌め込んだ面白い句である。俳句にはこうした遊びがあってもいい。二・三・三だけではなく「死」は四に通じるし、「満」もあるから賑やかである。結局三者残塁の敗戦という結果。 

その他印象深かった句を次に
  

涅槃絵の象より大き釈迦の顔        戸矢 一斗
水垣の郷の海石榴市跡ぬくし        播广 義春
時鳥谺で測る森の闇            森崎 森平
ひと飛びを思ひ止まる磯遊         島谷 高水   
風ひかる紙飛行機のつばさにも       大野 里詩
ぬかるみに轍のあまた種物屋        朽木  直
日の差して半間奥へ春炬燵         畔柳 海村









                 
    
   

 
 



 



星雲集作品抄


             伊藤伊那男・選

発つ船の霞となるも手を振りぬ     宮城    小田島 渚
三姉妹一人残りし雛の家        東京    今井  麦
現世のニュースも見たる雛納む     埼玉    大木 邦絵
笹五位の一歩一歩に沼暮るる      東京    小山 蓮子
春一番西郷像は受けて立つ       埼玉    志村  昌
鷹鳩と化し聖鐘の中空へ        東京    半田けい子
レンズ越しそんな見方も梅見かな    東京    鈴木 淳子
盆梅の百年分の重さかな        愛知    住山 春人
鶯の声ゆきわたり木の校舎       長野    髙橋 初風
幸不幸両手に余す年の豆        埼玉    萩原 陽里
つばくろや昭和の駅に伝言板      東京    橋野 幸洋
声明もその息継ぎもあたたかし     東京    星野 淑子
水餅の吐息なるらむ泡二つ       埼玉    渡辺 志水
春雨や翼の濡るる三輪車        埼玉    池田 桐人
強東風や潮目の先に波浮港       静岡    金井 硯児
五年後を選ぶ歩みや植木市       東京    生田  武
本当の誕生日きて二月尽        広島    竹本 治美
時折は火種を足して春火鉢       東京    辻本 芙紗
春眠や童話のやうな夢ばかり      東京    豊田 知子
故もなく子等への小言春炬燵      東京    福永 新祇
春障子草木のいろの透くるやう     東京    宮﨑晋之介
布団干す校歌の峰の正面に       長野    守屋  明
蜘蛛の囲に囚はれしもの虹の精     東京    家治 祥夫

根つめし指の痛さや針供養       東京    秋田 正美
陰膳の写真笑みたり春の暮       埼玉    秋津  結
湿原に風立ち蝌蚪をあやしたり     神奈川   秋元 孝之
目礼に返す目礼白マスク        東京    浅見 雅江
目に利くが母の口ぐせ蜆汁       愛知    穴田ひろし
剪定を見上げ東京タワーかな      東京    荒井 郁子
卓袱台に鶯餅の番ひかな        神奈川   有賀  理
陵に朝の温み初桜           東京    飯田 康酔
鰆東風網のほつれを直しをり      東京    井川 敏夫
明烏声それぞれに春を呼ぶ       群馬    伊藤 菅乃
有明の波の紋様大干潟         神奈川   伊東  岬
鋤簾引く蜆漁師や朝日射す       埼玉    今村 昌史
大楠の彼方の瀬戸は春の海       愛媛    岩本 昭三
棟梁の剪定かくもいさぎよし      神奈川   上村健太郎
雛飾る簞笥の匂ひごと飾る       シンガポール 榎本 陽子
離着機のとぎれ雲雀の空となる     埼玉    大澤 静子
耐へること雪割草に出逢ふこと     東京    大沼まり子
如月のおき土産かな一夜荒れ      群馬    岡村妃呂子
夫のなく正月の客下戸ばかり      神奈川   小坂 誠子
嵐山木の芽の楽となりにけり      京都    小沢 銈三
脳を鍛へよと妻の嚇しや西行忌     埼玉    小野 岩雄
跪くもしやがむでもなく蓬摘む     静岡    小野 無道
啓蟄や人湧き出づる穴四角       東京    梶山かおり
百あれば百のかんばせ椿園       東京    桂  説子

東日本大震災から五年
陽炎に差し込む放射線量計       神奈川   上條 雅代
腰痛と格闘の朝霾ぐもり        東京    亀田 正則
明け暮れの空の色さへ冴返る      長野    唐沢 冬朱
五位鷺の羽ばたき緩く飛び立てり    神奈川   河村  啓
生活の燈を地に置きて春の星      長野    神林三喜雄
汀線で祈る被災者春は来ず       東京    菊地日髙見
黄菫やひれふすごとく富士の裾     愛知    北浦 正弘
春光や睨みきかせる不動像       神奈川   北爪 鳥閑
海までは硝子戸一つ焼栄螺       和歌山   熊取美智子
古枝にふくら雀が鎮座する       埼玉    黒岩  章
盆梅や本堂裏に経の声         愛知    黒岩 宏行     
湯煙に溺れゐたれば春の雷       東京    黒田イツ子
踏切の向かう日永の商店街       東京    小泉 良子
雨の日の旅人一人一茶の忌       群馬    小林 尊子
引鴨や中洲さびしき朝の羽       東京    斉藤 君子
春風や旅する心日々に持ち       神奈川   阪井 忠太
のどけしや鳳凰の舞ふ北斎館      東京    佐々木終吉
読経に遅れがちなる遍路鈴       群馬    佐藤 栄子

一茶旧居
土壁の明り取りより春の雪       群馬    佐藤かずえ
観音とつなぐ紅糸春の昼        群馬    佐藤さゆり
粒々のものの芽爪の先程に       東京    島谷  操
山峡の春待たるるや屋根の石      東京    須﨑 武雄
雪覆ふ桜田門も官邸も         群馬    鈴木踏青子
空咳の即入院とや救急車        神奈川   関口 昌代
飛べ高く風船仰ぐ子らの声       埼玉    園部 恵夏
フリージア開幕ベルが鏡面に      東京    田岡美也子
朝の雪かきて上着の脱がれゆく     山形    髙岡  恵
釣果なく摘み取りて来るふきのたう   福島    髙橋 双葉
流氷のぎつぎつと泣く故郷よ      埼玉    武井 康弘
紙風船病ひの息を足しにけり      東京    竹内 洋平
盆梅の節くれのまま仁王立ち      三重    竹本 吉弘
三寒や思ひは地震の地のことに     東京    田中 寿徳
啓蟄の土蔵にほひて闇明ける      東京    田中  道
永き日や向きを変へたる飛行船     神奈川   多丸 朝子
春暁のなかへ離島の一番機       東京    辻  隆夫
湯けむりの里は単線山笑ふ       東京    手嶋 惠子
頼朝の流刑地烟る春の雨        神奈川   長濱 泰子
温むる弥生四日の潮汁         埼玉    中村 宗男
韃靼のリズムだだだだお水取      神奈川   萩野 清司
洞門を抜くる海東風みな安房へ     東京    長谷川千何子
春昼や電話の音を遠く聞く       神奈川   花上 佐都
雨の夜の終はりて眩し花ゑんど     神奈川   福田  泉
八百万の神在す国春陽さす       東京    福原 紀子
春障子寝息に変はる子守唄       愛知    星野かづよ
五重塔影を落とせり苗木市       東京    牧野 睦子
水温む幼馴染の里言葉         愛知    松下美代子
ふと我に初雷を聞く夜更けどき     神奈川   松村 郁子
花色の疑はしきも苗木市        神奈川   水木 浩生
連山を流るる雲や西行忌        京都    三井 康有
五位鷺ののつそり歩く田のくろに    東京    宮田 絹枝
卵の絵子よりも下手でイースター    神奈川   宮本起代子
震災忌重き五年の余寒かな       東京    八木 八龍
三月の空定まらず薄曇         群馬    山﨑ちづ子
両班の書院に春の日差しかな      静岡    山室 樹一
山青く風に誘はれ揚雲雀        千葉    吉田 正克
長閑さや四方山話とめどなく      東京    渡辺 文子












     





星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男
    

発つ船の霞となるも手を振りぬ      小田 島渚
一見平凡な素材であるが作句構成に技倆がある。霞は霧のようには濃くないので相当な距離まで眺望が保たれている筈である。したがっていつまでも手を振って別れを惜しんでいることが解る。そこにおのずから惜春の情も醸されるのである。「霞となるも」の「も」の持つ力が大きい。同時出句の〈水面から水底へ落つ椿かな〉はスローモーションで捉えた落椿の映像で、椿という花の重量感が鮮烈である。垂直で一途な視線である。〈蕗味噌を芯に大きなむすびかな〉は「大きな」の形容詞が生きている。〈鶯餅起こさぬやうに懐紙へと〉は、ほのかなユーモアを湛える。 

 

三姉妹一人残りし雛の家         今井  麦
短編小説のような句である。同じ家に育った三人の人生が様々に想像される。誰が幸せで誰が薄幸であったかは読者が自分の人生と照らし合わせて想像することになる。雛祭の一日、三姉妹が実家に膝を揃えたのである。同時出句の〈春キャベツ隙間に畑の空気かな〉はなかなかの発想である。春キャベツは巻きの緩い種類である。葉と葉の間に畑の空気が充満している――という捉え方は今まで詠まれていなかったのではないか。この感性は大事にしてほしいものだ。技法としては「畑の空気満つ」位の方がいいか。 

  

現世のニュースも見たる雛納む      大木 邦絵
雛祭を詠んで実にユニークである。作者の頭の柔軟さを称えたい。一年間の闇から出て飾られた雛にテレビや新聞から様々なニュースが伝えられる。そして仕舞われて、一年後にまた‥‥。擬人化した雛をユーモラスに詠んだのである。平安時代人が時空を超えて現代へ迷い出たような面白さであり、怖さでもある。同時出句の〈春の風邪だいこん飴で様子みる〉は春の風邪だからこその取合せで見事。 

  

笹五位の一歩一歩に沼暮るる       小山 蓮子
笹五位の思索を重ねるような足取りが伝わってくる。その一歩毎に刻一刻と沼が暮れていくという。歩みに合わせて暗くなる、となかなか抒情の深い描写である。同時出句の〈ぜんまいの朝餉夕餉や講の宿〉〈初蛙聞く夜のことも農日誌〉などもきっちりと対象を詠んで破綻がない。 

  

春一番西郷像は受けて立つ        志村  昌
上野公園の着流し姿の西郷隆盛像であろう。この句「受けて立つ」が何ともうまいところだ。明治維新を成し遂げ、西南の役で敗北したのだが、その時々の姿勢に「受けて立つ」と思いを馳せているのである。それが今は「春一番」―ーここにユーモアと愛惜が籠る。 

 

 レンズ越しそんな見方も梅見かな    鈴木 淳子
梅見を詠んだのだが、異色なのは望遠鏡のレンズ越しに見ていることである。様々な種類の梅を確認しているのかもしれない。「そんな見方も」は類例のない捉え方である。 

  

盆梅の百年分の重さかな         住山 春人
盆栽が見直されて、大宮の盆栽展示場などには外人の見学者も増えているという。手で持ち上げられるほどの鉢ながら百年経っている、などと聞いて驚く。折しも盆梅の花の盛り。これが百年の重さか‥‥感動が句になった。 

 

本当の誕生日きて二月尽         竹本 治美
今年は閏年、二月二十九日があった。この日に生まれた人は誕生日が四年に一度しか巡ってこないことになる。いつもは二十八日あたりを誕生日としていたのであろうが、今年こそ「本当の誕生日」。「二月尽」の季語で決まった! 

  

時折は火種を足して春火鉢         辻本 芙紗
「春火鉢」だからこその句である。暖を取るというよりも手持無沙汰に手をかざすようなところをうまく捉えているようだ。それでも一応火は絶やさないようにと、消えかければ炭を継ぐ。「時折は」の斡旋がうまい。 

 

 春障子草木のいろの透くるやう      宮﨑晋之介
障子紙を通すと影は解るけれど、色は見えない筈である。この句では草木の色が透けて見えるようだ、という。芽吹きの季節なのである。「春障子」でそのことが解るのだが、障子を通して生命力を摑み取っている。  
その他印象深かった句を次に。



五年後を選ぶ歩みや植木市         生田  武         
春眠や童話のやうな夢ばかり        豊田 知子
故もなく子等への小言春炬燵        福永 新祇
布団干す校歌の峰の正面に         守屋  明
蜘蛛の囲に囚はれしもの虹の精       家治 祥夫
















        

新連載 伊那男俳句  


伊那男俳句 自句自解(6)
          
  通夜の間に飛び込んできし秋の蟬
 「日航機御巣鷹山墜落により社友2名を失う」の前書がある。事件のあったその日、同僚の大阪担当課長が打合せのため新宿の本部に来ていた。四時頃であったか「今日は泊り?歌舞伎町へ案内しますよ」と声を掛けると「いや今日は帰らないと」と別れた。八時頃であろうか、帰宅してテレビをつけると日航機が消えたという大ニュースが飛び込んできた。別れた課長の大阪へ帰る交通手段は聞いていなかったが、嫌な予感がした。搭乗客の名前がテロップで流れ始めたので食い入るように見詰めていた。すると前本部長であった常務の名前が流れた。珍しい名前なので間違いはない。心臓が凍るような思いであった。しばらくあと先刻別れた課長の名前も出た何と同じ部署に関わっていた2人が偶然乗り合わせていたのである。課長の葬儀は恵比寿の寺で行われた。柩を担ぐ役を貰ったが、ドライアイスで冷え切っており、思いの外の軽さに驚いた。秋蟬の頃のことであった。  
  
田遊(たあそび)の田となる太鼓打ちにけり

 板橋区高島平に住む俳人、小林螢二さんが声を掛けてくれて田遊を見に行った。田遊は豊作を祈る予祝行事で、1年の田仕事の様子を歌や身振りで演じて田の神にかける呪術的芸能である。板橋区には2月11日の徳丸の北野神社、2月13日の赤塚の諏訪神社の二ヵ所に残っている。ベッドタウンと化し、田圃など探すことが難しい高島平にこの行事が連綿と続いていることが嬉しい。この句は北野神社での作。行事は大太鼓の一面を田に見立て、おた牛役が田掻牛として太鼓の周りを巡り耕す。太鼓に籾を播き、苗役の幼児を太鼓に据える。そのようにして稔りの秋へ進行していくのである。最後は太郎次と安女(やすめ)が抱き合って子孫繁栄に繋げる。案内してくれた小林螢二さんには〈田遊びのまだ柔らかき餅の鍬〉がある。行事は10時過ぎまで続く。焚火をしてくれているが境内は寒い。折を見て螢二さんがナップザックからワンカップの酒を取り出して配って下さった。











  
  
   


 



銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

ごあいさつにご利用下さい。


    
       


   












掲示板















 




鳥の歳時記


     





青鷺











浮巣













             
 
  







銀漢亭日録

伊藤伊那男

3月

3月8日(火)
結婚記念日。41年前となる。「若狭」主宰、遠藤若狭男さん、ふらんす堂の現代俳句文庫の解説に、2008年に書いた小生の「若狭男論」を転載したいと来店。どうぞどうぞ! 「火の会」欠席者多く、私を入れて6人。店も全体閑散。

3月9日(水)
11時、衆議院第一議員会館。店のお客のT代議士が国会を案内して下さるとのことで、井蛙、いづみ、小石さんと訪ねる。先生の部屋でお茶を戴いたあと、国会内を先生自ら案内してくださる。もしかしたら修学旅行で来たのかも知れぬが、全く記憶無く、重厚な建物に圧倒される。秘書の方が沢山記念写真を撮って下さる。昼は議事堂内の中のレストランで寿司を御馳走になる。ビールをなんと7本ほど空けてしまう。あと、参議院の委員会の傍聴。麻生、石破、高市、菅、丸川氏、間近にす。戻って「梶の葉句会」選句。「きさらぎ句会」あと8人。「月の匣」水内慶太、夏緒さん。

3月10日(木)
風邪気味、喉がおかしい。桃子から薬貰う。16時頃、兄夫婦が店へ。自家製のハム、ベーコンを土産に。5月末で医院を閉めて、陣馬山の近くに畑を借りると。庭に蜜蜂も飼うと。自然酵母のパンも焼くと。清水佳壽美さん、昨日、「梶の葉句会」に出て、今日は靖国神社と国会巡りのはとバスに乗った帰りと寄って下さる。明日は鎌倉、土曜日は「銀漢本部句会」出席と。閑散にて店閉める。

3月11日(金)
 あの3・11の日。寒い。同じ金曜日。全く予約の無い日であったが、購読会員の赤羽良剛氏、明大大学院の佐藤さんと。柚口満さん、水内慶太さんと「月の匣」編集部。竹内宗一郎さんと岡山の黒岩君など。風邪治らず。柚口さんによると、朝妻力さん東京から戻った後、喘息で入院と!

3月12日(土)
10時、発行所「運営委員会」。三省堂地下のレストラン「放心亭」でロールキャベツの昼食。午後、湯島の「全国家電会館」にて「銀漢本部句会」58人。あと、「はなの舞」にて親睦会。風邪にて不調。戻って21時には就寝。

 3月13日(日)
品川発八時前の京浜急行に乗り、三﨑口駅。「芝句会吟行会」に誘われたもの。伊東岬さんの出迎えを受け、ご自宅、伊東ツバキ園へ。200数種類の椿があり、説明を受ける。計12名で、そのまま城ヶ島へ。鮪丼、海岸の散策、白秋碑まで。渡し舟で港に戻り、「みうら・みさき海の駅」の上の部屋を借りて句会。あと、海南神社、本瑞寺の松本たかしの墓、岬さんの予約で「くろば亭」の鮪料理。鮪の髄、かま、卵などなど。最後、しらす丼。ご亭主に請われて色紙に〈鮪喰ふ話に釣られ三崎まで〉。風邪抱えたまま往復の電車こんこんと眠る。22時前就寝。

3月14日(月)
雨。風邪、快方へ。店、「演劇人句会」9人。他、閑散。寒い雨。

 3月15日(火)
発行所、鳥居真里子さんの超結社句会あと四人店。国会議員T先生。金井さん、洋酔さん、酔馬さん、羽久衣さんなどカウンター賑わう。

3月16日(水)
「三水会(高校同期)」6人。今泉礼奈さん、明日までにてアルバイト先NHKの方、「南風」の方、国会議員のT先生、池田、清人、敦子、文子さん……その他。久々、賑やか。あと、郷里の先輩・今井さんから誘われ、礼奈、小石さんと「大金星」。「スウォッチ」の時計ついに壊れる。「ヴィクトリノックス」の赤を入手。

 3月17日(木)
16時、「井上井月顕彰会」メンバー5人。「井月忌の集い」の反省会。今泉礼奈さんアルバイト最終日。惜しむ仲間が集まる。人気者! 「銀漢句会」あと18人。

3月18日(金)
発行所「蔦句会」選句あと4人店。池田のりを、麒麟夫妻、BSテレビで私を見たという方が訪ねて来て句会を見学したいと……さて、テレビに出た記憶無いのだが……。

3月19日(土)
休養日。寝たり起きたり選句したりテレビを見たり。夕飯は家族で薬膳鍋など。

3月20日(日)
小学校終業式あと家族は信州へスキーに。莉子は合宿で数日前から先行。酒抜く。

 3月21日(月)
「銀漢」5月号選句終了。午後、神保町、店の清掃。若干の仕込み。祖師ヶ谷大蔵駅に降りて二軒ほど。酒がこたえる。

 3月22日(火)
「ひまわり館」にて「萩句会」選句。仕込み中、文化放送の「大竹まことゴールデンラジオ」を聞いているが、その最中、店の電話が鳴り、出ると「大竹まことゴールデンラジオの作家の山田ですが、〈大竹発見伝・ザ・ゴールデンヒスストリー〉のコーナーの取材にお訪ねしたい」と。何とも妙な話。店、客3人というひどい状態。21時に閉める。新宿で少し……。
リンクします。

文化放送 ゴールデン・ラジオ!


3月23日(水)
「雛句会」13人。その他、賑やかに。事業部、「伊豆吟行会」の申込者の返信作業。約四十名と。今週は、日帰りで下見に行ってくれている。

 3月24日(木)
第22回「全国俳誌協会コンクール」の選句、応募102句あり、30句選んで送付。寒さ戻る。中川さん来てくれて整髪。13時、文化放送の構成作家・山田睦美さん来店。2時間ほどインタビューを受ける。4月末位の放送と。19時より、今泉礼奈卒業祝いのパーティー。何と35人。3句出し句会。題は「紙・水・卒業」。「慶大俳句丘の会」句会あと六人。遅くに来店した水内慶太、鈴木忍さん他と礼奈を囲み「大金星」……ああ、また……。
文化放送 ゴールデン・ラジオ!

3月25日(金)
小中学校の同級生と新井先生の7人が東京見物と「銀漢亭」訪問ツアーを組んでくれていたが、幹事の小松原君の夫人が急逝とて中止の連絡を受ける。合掌。国会議員のT先生、この週末は親類の集まりがあり、地元へ帰らないので、ちょっと時間ができた、と寄って下さる。「金星句会」あと4人。

 3月26日(土)
「銀漢」誌の原稿書き継ぐ。駅への道、桜ちらほら。13時、御徒町の吉池にて乾物仕入れ、14時、日本橋「鮨の与志喜」で「纏句会」。15人全員揃う。あと、こうなご焼、桜鯛あんかけ(題が桜鯛)、飯蛸煮、握り、酒は「立山」。店に仕入れ品納めたあと、「大金星」。『そして京都』の最終原稿のチェックをしながら酒。2時間程居たか。

3月27日(日)
龍正君、昨日から信州へスキー。莉子、二週間のスキーツアーから戻る。亮介、ダンス発表会、光っていたと。夕方、杏一家来て食事。

 3月28日(月)
彗星集評、三代川さんに送り、5月分の原稿終了。店、金融会社時代の友人3人。5月の同窓会の打ち合わせ。あとは閑散。21時過、閉めてK店。大将と久々、料理の話などしてゆっくり過ごす。帰宅するとポップコーン「ペント」で大成功した社長夫妻来宅中。

3月29日(火)
華子ダンス発表会。店超閑散。包丁で小指深く切る。21時過ぎ閉めて、「ふくの鳥」。龍正君、スキーから戻る。

3月30日(水)
トヨシマクリニックにて区の健康診断。血圧、家で計るより低く、正常値! あと成城外科で小指見て貰う。先端部、爪を含めて3分の2ほど切れたが縫わずにテープで処置可能と。
不幸中の幸い。小澤征爾さん贔屓の「増田屋蕎麦」にてかき揚げせいろ。真っ白な蕎麦。旨い! 店、「閏会」8人(句会)。「春耕神保町句会」(ひまわり館)あと8人。対馬康子さん現俳協会議あと中村和弘「陸」主宰、現俳協事務局長・水野二三夫さんなどと。いわきの古市枯声様逝去と聞く。

 3月31日(木)
眼科健診OK。店、鈴木忍さんママの日。学芸みらい社の青木さん他、出版関係者の方々。鈴木真砂女の甥の宗男さん、水内慶太さん。


4月

  4月1日(金)
家族、龍正君の誕生日に合わせて軽井沢へ。店、野村證券時代の同期4人。今頃になって1人は離婚、1人は別居。ああ、人生に変遷あり。「大倉句会」あと15人。

 4月2日(土)
店、「OH! 花見句会」。折しも花は満開。超結社で40名集まる。兼題5句の句会あと、2句出し2回。酒や肴、皆さん持ち寄って下さる。幹事の朽木直さんの采配有り難し。あと、朽木、一斗、井蛙、いづみさんと「大金星」。華子、帯状疱疹にて急遽軽井沢から戻っている。

4月3日(日)
さすがに疲れあり。「春耕同人句会」は休むことにして休養の1日。グアム島の秋子さんと長男来て泊まり。夜、薬膳鍋など。

















           
△『漂白の俳人・井上井月』伊藤伊那男著
          
  
    






今月の季節の写真/花の歳時記



2016年6月22日撮影  絞り咲きアポイギキョウ  TOKYO/HACHIOJ



花言葉   『永遠の愛』『誠実』『変わらぬ愛』『気品』『清楚』『従順』
    
△桔梗。絞り咲き品種
アポイ(矮性タイプ)
青紫色をした星形の花びらがかわいらしい桔梗は、秋の七草の1つとしても知られています。古くから日本では秋の風物詩として親しまれており、万葉集で詠まれたアサガオの花は桔梗ともいわれ、詩歌にも多く取り上げられています。
キキョウといえば明智光秀の家紋、本能寺の変でキキョウの家紋を見
て織田信長は、明智の謀反と知ったことでキキョウの家紋もスポットライトを浴びました。

写真は4~5日間隔で掲載しています。 

2016/6/23
更新


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