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 6月号  2021年


伊藤伊那男作品     銀漢今月の目次  銀漢の俳句 盤水俳句・今月の一句   
 彗星集作品抄    彗星集選評  銀漢賞銀河集・作品抄  綺羅星集・作品抄
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銀漢季語別俳句集


伊藤伊那男作品


主宰の8句













        
             

             
             

    

今月の目次









銀漢俳句会/2021/6月号



     








  







   



銀漢の俳句 

伊藤伊那男 


◎犬と暮らす

 孫達の希望で今年の一月末から犬を飼うことになった。ティーカッププードルといって一キロちょっとの超小型犬である。家の中を歩き廻るだけで運動量は充分足りるとのことで、たまに庭のウッドデッキに出る位で、まだ土を踏んでいない。家族がいなくなると悲しがって鳴くので放って
おけず二回ほど郵便ポストまで抱いていったくらいしか外の風景を見せていない。まさに深窓のワンちゃんである。
 私が犬と暮らすのはこれが四度目である。信州にいた子供の頃、二回犬を飼ったことがある。いずれも柴犬でチビ助と名付けた。その頃のことであるから犬小屋は外にあり、半分は野放し状態であった。ペットフードなどは勿論なく、餌は残飯と味噌汁であった。初代チビ助は何と、家の近くを通っている国鉄飯田線に轢かれて死んだのであった。当時でも飯田線は一時間に一本、時間帯によっては二時間に一本ほどの単線である。どうしてそんな電車に轢かれたのか今でも不思議でならない。二代目のチビ助は何と、家の前の道路で車に轢かれて死んだのであった。まだ自家用車などほとんど無くリヤカーや荷馬車を見かけた時代である。私達は道路が遊び場で石蹴りなどをしていたのである。そんな道路でどうして車に轢かれたのか今でも不思議でならない。
 さてずっと時代が過ぎて五十代の初め、娘婿が犬の写真集を出版した縁で、その主役の犬の仔犬が我が家に来た。ヨークシャーテリアで名前はバニラ、なかなかの美形であった。妻が随分可愛がっていたのだが、妻が死んで私と二人暮らしになってしまった。私は居酒屋を経営していたので昼過ぎには出て夜中に帰宅する生活であった。朝と夜中に必ず散歩はしたけれど昼間はずっと独りであるから淋しい思いをしていたことだと思う。そんな生活が五年ほど続いた。私が長女一家と同居することになった時、孫の一人が犬アレルギーであったので、その事情を知った俳句仲間の鈴木てる緒さんが引き取ってくれることになった。てる緒さんは実にこまやかに面倒を見てくれた。多分私と暮らしていた時の十倍いやそれ以上に幸せな晩年を過ごしたことに間違いない。十七歳で死んだ。
 以上のように私はどうやら犬を幸せにできる自信が無い。今回同居した第二バニラ君には今のところなるべく頼ってこないように素っ気なく接している。私には犬を詠んだ句が一句だけある。
  
盆用意妻の残せし犬洗ひ

妻が死んだ年の初秋の句で、第二句集『知命なほ』に収録した
















 



  

盤水俳句・今月の一句

伊藤伊那男

   

 木の芽味噌夜の雨が灯をやはらげり       皆川 盤水
先生の酒の肴は軽いものが少量あれば足りた。勿論私が会った時には六十四歳であったからその前のことは知らない。酒は常に身近にあるが決して呑まれることの無い、綺麗で洒脱な飲み手であった。私はと言うと七十歳を越えた今でもしっかりとした肴がないと飲めない。塩で飲むかと言ったら嫌だ。極端に言えば羊羹で飲む方がいい。さて掲句「灯をやはらげり」がまさに味噌。万物を潤す温かな雨である。読後の余情がいい。
(昭和三十九年作『銀山』所収)


 



 


  

彗星集作品抄
  伊藤伊那男・選

 鳥雲に行かずじまひの本籍地           半田けい子
 挨拶は屋根の上より深雪晴            池田 桐人
 また春の来たり終はらぬかくれんぼ        樋本 霧帆
 すぐ出せるやうに仕舞ひて春炬燵         内藤  明
 啓蟄の首を回せば軋みをり            中村 湖童
 涅槃絵図嘆きの声に風通す            萩原 陽里
 稚鮎汲む淡海訛りの飛びかうて          宇志やまと
 洛北の雨芳しき光悦忌              川島  紬
 人の死の一部始終を春炬燵            長谷川明子
 踏み出せるいづくも雀隠れとは          中島 凌雲
 さみしさをしぶきにかへて残る鴨         瀬戸 紀恵
 故郷の風を包みて春ショール           森濱 直之
 少しだけ向ひ合せて内裏雛            松代 展枝
 涅槃絵のこゑを閉ざして雨滂沱          戸矢 一斗
 歩を返し違ふアルプス麦を踏む          三溝 恵子
 結納も出産もこの雛の間             中野 堯司
 いろくづに海も啓蟄ある気配           小池 天牛
 囀や小高きはみな古墳とや            島  織布
 春愁も詰め込んでゐる旅鞄            坂下  昭
 み柱の万のこゑごゑ海市より           坂口 晴子
 
 



















    
     

彗星集 選評 伊藤伊那男

伊藤伊那男・選

鳥雲に行かずじまひの本籍地        半田けい子
大都市集中型の社会に移行した現在、戸籍上に先祖の地を残したまま訪ねたことが無い、という人も増えているようだ。戸籍も移したのでよく解らないが「おじいちゃんは信州の出身だと聞いています」、などという話も聞く。鳥は毎年北国へ帰っていくが人は父祖の地を忘れてしまった……とビルの間から空を眺めている感慨である。そういえば私の孫は七人共、私の育った伊那谷を知らないままである。何とかしなければ……。掲出句の場合、取合せが付き過ぎと見る人もいるかもしれないが、私はこれ位の距離感がいいと思っている。

挨拶は屋根の上より深雪晴         池田 桐人
 雪卸の一景である。ようやく雪晴れとなった一日、シャベルを持って屋根に上ると隣家も屋根に上っている。あるいは道を歩いている知人と目が合って屋根の上から言葉を交わす。「雪下ろし」という言葉を使わずにその様子をうまく描き出しているのは手柄である。

また春の来たり終はらぬかくれんぼ     樋本 霧帆
 コロナ禍の騒動が勃発して二回目の春となった。東京は今三回目の緊急事態宣言の最中にある。この句はその世相を詠んだ句なのであろう。句の「かくれんぼ」は子供の遊びに仮託して、外出を避けてじっと家に潜んでいる状況の比喩として使っているのである。人との往き来を断ったまま二回目の春が来てしまった、という感慨。長いかくれんぼが続いているのである。コロナ禍という言葉を直接には使わずに、この世相と自分を詠むという俳句の骨法を使った見事な句である。世相はこのように詠むものだという見本句である。
 
すぐ出せるやうに仕舞ひて春炬燵      内藤  明
 もう仕舞ってもいいと思いつつ、でも寒さが戻ってきたときのために、完全には畳まずに陰に仮置きしているのであろう。一昔前の炭を使った炬燵ではできない句で、電気炬燵だからこその俳句。現代の日常生活の一齣。

啓蟄の首を回せば軋みをり         中村 湖童
  みな動き、戸を啓き始めて出づ」という。蟄虫とは地中にひそみかくれて冬籠りをしているもろもろの虫をいう。そのように地虫だけではなく蟇や蛇や蜥蜴などが活動を始める時期、さて人間はというとやはり農作業の準備に入ったり、野遊びや梅見など動き始める。まづは炬燵を出て、すくめていた首を回すのである。

涅槃絵図嘆きの声に風通す         萩原 陽里
釈尊の入滅は陰暦二月十五日。その死を聞いて鳥獣虫魚一木一草までが悲嘆に暮れる。当日寺々ではその絵を掲げて供養をする。開け放った本堂に春の風が通る。あたかも絵図の中の嘆きの声を宥め鎮めるようである。一読爽やかな仕上りの句となった。
 
稚鮎汲む淡海訛りの飛びかうて       宇志やまと
 全国の河川に出荷される小鮎の漁の活気。

洛北の雨芳しき光悦忌           川島  紬
 鷹ヶ峯が光悦の文化村。「芳しき」の斡旋が効いている。

人の死の一部始終を春炬燵         長谷川明子
病院ではなく、家で人が死んだ時代はこうであった。 

踏み出せるいづくも雀隠れとは       中島 凌雲
雀を隠すほどに伸びた草の丈。「踏み出せる」がいい。 

さみしさをしぶきにかへて残る鴨      瀬戸 紀恵
 さびしさがしぶきにまで及ぶ、と心象的に捉えた。

故郷の風を包みて春ショール        森濱 直之
 故郷の風は格別であろう。「包みて」に独自性がある。

少しだけ向ひ合せて内裏雛         松代 展枝
並んでも顔を合わせない雛。「少しだけ」に思い遣りが。 

涅槃絵のこゑを閉ざして雨滂沱       戸矢 一斗
涅槃絵の嘆きの衆生の、声なき声を閉ざす雨音。

歩を返し違ふアルプス麦を踏む       三溝 恵子
伊那谷の風景であろうか、両側に高山が聳える。 

結納も出産もこの雛の間          中野 堯司
実家に戻っての出産。実感が籠っている。

いろくづに海も啓蟄ある気配        小池 天牛
 小魚の動きに海の啓蟄を思う。珍しい視点の句だ。

囀や小高きはみな古墳とや         島  織布
 奈良盆地を歩くと森も小山も皆古墳に見えるおかしさ。

春愁も詰め込んでゐる旅鞄         坂下  昭
かなり捻りを効かせた句。春愁もの「も」が効いている。

み柱の万のこゑごゑ海市より        坂口 晴子
この句の「み柱」は海に沈んだ霊魂か。海市の幻想。













  
 











銀河集作品抄


伊藤伊那男・選

啓蟄の土はがすやう遺跡掘る     東京  飯田眞理子
納税期几帳面さは祖父ゆづり     静岡  唐沢 静男
山笑ふ山又山に囲まれて       群馬  柴山つぐ子
膝つめてもらひ涅槃図の余白へと   東京  杉阪 大和
川魚煮る北国街道遅日かな      東京  武田 花果
夕占(ゆうけ)問ふ海石榴市の辻百千鳥     東京  武田 禪次
冴返る鎌倉にきく竹の声       埼玉  多田 美記
井月忌に
引鶴の一羽は越後長岡へ       東京  谷岡 健彦
島路地のどこも真直ぐに鰆東風    神奈川 谷口いづみ
末黒野の碗に塵浮く石ぼとけ     長野  萩原 空木
猫の子のほどける紐のやうに逃ぐ   パリ  堀切 克洋
樏が田を横切りて学校へ       東京  松川 洋酔
春寒し鯛の目玉をすすり喰ひ     東京  三代川次郎













         





綺羅星集作品抄

伊藤伊那男・選

木の根開く伊那七谷や井月忌       長野  坂下  昭
ゆまりの弧右往左往に井月忌       愛知  山口 輝久
白梅は蛇笏紅梅は龍太          東京  武井まゆみ
寡婦の欄その他にレ点納税期       静岡  杉本アツ子
配偶者有り母有り無職納税期       千葉  長井  哲
啓蟄や脱皮しさうなクロワッサン     埼玉  萩原 陽里
春昼や亀のかたちにメロンパン      東京  森 羽久衣
故郷に近づきたくて野に遊ぶ       東京  瀬戸 紀恵
林檎樹の剪定里の幕開きぞ        青森  榊 せい子
信濃路に負けず嫌ひの瘦せ蛙       神奈川 有賀  理
梅蕾む寺へ法事の伺ひに         東京  鈴木てる緒
チンドン屋のあと一回り日永かな     埼玉  渡辺 志水
おぼろ月長湯にのぼせたるやうな     東京  宮内 孝子
人の世に禍と過の月日鳥雲に       東京  辻  隆夫
田遊の中休みより酒匂ふ         東京  白濱 武子
からくりの宙返りして春祭        愛知  津田  卓
生き延びし裔の証の絵踏かな       神奈川 宮本起代子
拗ねる子のやうに捩れてまんさくは    茨城  中村 湖童
尾瀬の歩荷肩に腰にと二日灸       東京  大溝 妙子

百人力の母のおにぎり大試験       埼玉  秋津  結
春一番本山守る大欅           神奈川 秋元 孝之
耳掻きに膝貸す夫もなくて春       東京  飛鳥  蘭
春潮や小島通ひの連絡舟         宮城  有賀 稲香
便箋にペンのつまづく余寒かな      東京  有澤 志峯
鉦速きをどり念仏遅日かな        東京  飯田 子貢
斉唱の校歌の山の笑ひをり        埼玉  池田 桐人
春泥の深きを示す杖を拭く        東京  市川 蘆舟
鳥雲に入るを追ひゆく五能線       埼玉  伊藤 庄平
水取りの接待の湯の沸き通し       東京  伊藤 政三
申告に至らぬ稼ぎ納税期         神奈川 伊東  岬
手引書の堂堂巡り納税期         東京  今井  麦
亀鳴きぬ紙面の隅にテロの記事      埼玉  今村 昌史
雛納咎無き面包ませて          東京  上田  裕
遠雪崩獣らの夜をかきまぜて       東京  宇志やまと
大声のはうが弱虫猫の恋         埼玉  梅沢 フミ
春夕焼のこぎり屋根の残る町       埼玉  大澤 静子
沈みゆくエレベーターにある余寒     東京  大住 光汪
春三番転居届をともなひて        東京  大沼まり子
雛段の序列を問ふも位牌妻        神奈川 大野 里詩
この先は女人禁制山笑ふ         埼玉  大野田井蛙
春雷や危ふくこぼす飲み薬        東京  大山かげもと
潮の香のどこか甘くて春めける      東京  岡城ひとみ
春立つや目のぱつちりと目玉焼      東京  小川 夏葉
献血のわが血しみじみ見て朧       宮城  小田島 渚
力石置き金時の山笑ふ          埼玉  小野寺清人
薄氷の動きて鯉の影確か         神奈川 鏡山千恵子
畝毎に冬菜たがへて足る暮し       和歌山 笠原 祐子
春ショール袖振るやうに振つてみる    東京  梶山かおり
手の指の関節多し雛用意         愛媛  片山 一行
よなぐもり声明の譜のふしぎな符     東京  桂  信子
湯煙の右往左往や春疾風         静岡  金井 硯児
井月の酒瓢にひそむ春の闇        東京  我部 敬子
大椿突然暗渠から流れ          高知  神村むつ代
余寒なほ虚子の墓前に額衝けば      東京  川島秋葉男
落椿焦げゆくやうに朽ち果てぬ      長野  北澤 一伯
巻癖を証書につけて卒業す        東京  絹田  綾
雛目覚む蔵の格子戸半開き        東京  柊原 洋征
老楽は片恋にこそ鳥雲に         神奈川 久坂衣里子
旧正やひと山越えて母許へ        東京  朽木  直
片栗の花日を摑むまで反り返る      東京  畔柳 海村
白梅を離れたる歩の紅梅へ        東京  小泉 良子
まんさくを曲れば佐助稲荷かな      神奈川 こしだまほ
上掛けは母の手織よ春炬燵        東京  小林 雅子
てふてふの風の緩びを縫ふやうに     東京  小林 美樹
啓蟄の蛇をさらひし山鴉         神奈川 小林 好子
大粒のままに雨止み涅槃寺        東京  小山 蓮子
利休忌や藁のかたちに藁の灰       長崎  坂口 晴子
寒もどり金平糖のころがりぬ       千葉  佐々木節子
魚銜ふ木彫りの熊の春埃         群馬  佐藤 栄子
花種の花の色記す古封筒         長野  三溝 恵子
囀や鎌倉山を下りてなほ         東京  島  織布
昼霞行くことのなき隣町         東京  島谷 高水
椿餅皿に一輪添へられて         兵庫  清水佳壽美
水温む医者は一言加齢です        埼玉  志村  昌
島ひとつ活火山なり紅椿         千葉  白井 飛露
春眠やテレビ体操間に合はず       東京  新谷 房子
故郷を離れし月日春深む         大阪  末永理恵子
春の海暮るる時にも穏やかに       東京  鈴木 淳子
盆栽の桜は散りて友逝きぬ        群馬  鈴木踏青子
雨にまた野は色もどし土筆生ふ      東京  角 佐穂子
遅き日の折鶴つばさ傾けり        神奈川 曽谷 晴子
鳥雲に口笛で吹く北帰行         長野  髙橋 初風
春うらら犬が人曳く散歩道        東京  高橋 透水
囀やカルテの裏に滲む文字        東京  竹内 洋平
柊挿す閉づると決めし町工場       東京  多田 悦子
涅槃会や遅れて亀の駆けつける      東京  立崎ひかり
大仏の遅日の面陰るまで         東京  田中 敬子
卒業や球児の髪の伸ぶる頃        東京  田中  道
くくられしままに花つけ植木市      東京  田家 正好
将門の駆けし野を焼く火の猛し      東京  塚本 一夫
見るたびに変はる面持ち紙雛       東京  辻本 芙紗
観梅やくぐりくぐりて紅白を       東京  辻本 理恵
魚は氷に上り少年反抗期         東京  坪井 研治
ありさうでなきぶらんこの前うしろ    埼玉  戸矢 一斗
炒飯の卵多めに春の昼          東京  豊田 知子
突くほどは口のまはらぬ手鞠唄      大阪  中島 凌雲
三輪山を神代に戻す霞かな        神奈川 中野 堯司
散骨を選びし友や鳥雲に         東京  中野 智子
火種もつ発語のごとき牡丹の芽      東京  中村 孝哲
目薬は光の雫寒明くる          埼玉  中村 宗男
桜島の灰をまとひて夏柑来        千葉  中山 桐里
弟も膝を揃へて雛の客          大阪  西田 鏡子
一斉に風追ひかくる石鹼玉        東京  西原  舞
富士を背に黒潮を背に茶摘かな      東京  沼田 有希
幽閉を解かれ御所雛眉さやか       東京  橋野 幸彦
立春やにはかにつきし遠見癖       広島  長谷川明子
椿落つ気配に歩みもどしたる       東京  長谷川千何子
大梁に海の風受け涅槃絵図        神奈川 原田さがみ
蘆の芽の内湖繫がる鳰の海        兵庫  播广 義春
父母なくば故郷も他郷鳥雲に       東京  半田けい子
春泥の脇道修験道めける         東京  福永 新祇
金婚の我に褒美の雛買ふ         東京  福原  紅
潦春三日月を舫ひをり          東京  星野 淑子
良き話ちよつと嬉しく蓬摘む       東京  保谷 政孝
春雷や記憶かすかに父の膝        東京  堀内 清瀬
末黒野や島津敵中突破の碑        岐阜  堀江 美州
一歩二歩三寒四温五臓六腑        埼玉  夲庄 康代
早乙女の景絵巻めく神事かな       東京  松浦 宗克
おむすびがまつしろ春の山にゐて     東京  松代 展枝
たんぽぽや初めてできた逆上がり     京都  三井 康有
舟を出す櫂の一と押し花菖蒲       東京  村上 文惠
貝雛の王朝絵巻賑はしや         東京  村田 郁子
神社への階が雛段漁師村         東京  村田 重子
自転車の荷台に仔犬納税期        千葉  森崎 森平
落椿落暉の色を引き継ぎて        埼玉  森濱 直之
孫と指す将棋辛勝二月尽         長野  守屋  明
老木へ灸据うるかに濃紅梅        東京  保田 貴子
野の色の初めとなりし犬ふぐり      群馬  山﨑ちづ子
朝な朝な伊勢の海より和布寄す      東京  山下 美佐
頰杖をつけばことさら春愁        東京  山田  茜
恋猫の恋が終はれば惚け猫        群馬  山田  礁
末黒野の匂濃くして山雨過ぐ       東京  山元 正規
渦潮に水脈を刻みて船帰る        愛媛  脇  行雲
雨音も嘆きも激し涅槃寺         東京  渡辺 花穂

















     







銀河集・綺羅星今月の秀句

伊藤伊那男

引鶴の一羽は越後長岡へ          谷岡 健彦
木の根開く伊那七谷や井月忌        坂下  昭
 井上井月忌は三月十日。旧暦でいうと二月十六日。現在編集中の角川書店の『角川俳句大歳時記』改訂版には晴れて「井月忌」が立項されることに決まり、私が解説を書いた。井月忌俳句大会にかかわりながら歳時記に立項されていないという残念な状態が続いていたが、もうしばらくで解消される。実はそれにさきがけて『銀漢季語別俳句集』には堂々立項されていることは嬉しい限りである。さて谷岡句は井月の辞世句とされる句の一つで〈何処やらに鶴の声きく霞かな〉を本歌取りにして、故郷に帰れないままに死んだ井月への挨拶句。坂下句の「木の根開く」はまだ全面的な認知ではないが、松本市の「岳」主宰宮坂静生氏が提唱している季語。春に木の根元から丸く雪が解けていく状態を言う。このように井月が普通に詠まれ、世に広まっていくことを嬉しく思う。


ゆまりの弧右往左往に井月忌        山口 輝久
井上井月は決して作らなかった句柄である。一茶なら詠んだのかもしれない。井月は文政五年に生まれたとされるが、一茶はその五年後に死んでいる。井月は二十代の後半、一茶の行動範囲とも重なる今の長野市や中野市辺りを行脚しているので、一茶を知らない訳が無いのだが、文章にも口碑にも一茶の名を残していないのは不思議である。さてこの句、いかにも微醺を帯びた井月ならやりそうな気がして笑ってしまう。「右往左往」が人生そのものにも及んでいるようで、品格はさておいて、名吟である。


白梅は蛇笏紅梅は龍太           武井まゆみ
なるほど、蛇笏は上段の構えから一気に振り下ろすようなタテ句の人。龍太の句は蛇笏の句と比べたら軽妙さや華やかさがあるといえよう。龍太の代表句の一つの〈白梅のあと紅梅の深空あり〉から着想を得たのであろうが、蛇笏を白梅、龍太を紅梅と見た作者の眼力はなかなかのものである。新しい解釈が生まれたような気もしてきた。


寡婦の欄その他にレ点納税期        杉本アツ子
配偶者有り母有り無職納税期        長井  哲
納税期の句を二つ。各々人生観や境遇が出ている味わいのある句だ。杉本句は「レ点」が面白い。もしかしたら認定されていない表記かもしれないが、チェック欄の寡婦に印を付けたのである。さてどう読んだらいいのであろうか?やはり今のところは「寡婦の欄その他にチェック」とにでも推敲するしか無いのかもしれない。日々新しく入ってくる新しい言葉や表現への対処は難しいのである。長井句は中七の最後に「無職」とあるところが面白い。長寿社会に入ると納税よりも還付請求の方が多くなるのである。 


啓蟄や脱皮しさうなクロワッサン      萩原 陽里
春昼や亀のかたちにメロンパン       森 羽久衣
二句共パンの形状を比喩で表現している。クロワッサンはフランス語で、幾重にも折り畳んだ生地を焼いた奇妙な形のパンで、芋虫に似ていなくもない。それを「脱皮しさうな」と見たのは卓見!いい発想である。メロンパンは日本発祥の菓子パン。確かに形も表面のざらざらした感じも亀の甲羅のようである。各々の比喩に納得するし、上五に取り合わせた季語も的確である。各々の表現力を称えたい。 

 

故郷に近づきたくて野に遊ぶ        瀬戸 紀恵
野遊びとは春の喜びでもあるが、何故か郷愁も誘うような気もする。土を踏めば幼い頃の故郷の山河が思い出されるものであり、また連れ出してくれた父母のことなども偲ばれるのである。中七の「近づきたくて」が絶妙である。


林檎樹の剪定里の幕開きぞ         榊 せい子
作者は青森県在住の方にて岩木山山麓の林檎園の嘱目であろう。林檎の剪定作業が春の幕開けだという。そこここで鋏の音が聞こえるようである。春を呼ぶ音だ。
 

 

信濃路に負けず嫌ひの瘦せ蛙        有賀  理
一茶の〈痩蛙まけるな一茶是にあり〉の本歌取りである。痩蛙は一茶のことでもあり、作者自身のこととして読む句である。同時に他県と比較すると自我の強い信州人全体を詠んだ句のようにも思われる。 


梅蕾む寺へ法事の伺ひに          鈴木てる緒
法事の相談に行くのだが「伺ひに」としたところが奥床しくて好ましい表現だ。梅の蕾が膨らみ始めた頃なのであろう。淡々と詠んで品位が高い。同時出句の〈濃紅梅色ほど香り高からず〉は一物仕立てで紅梅をじっくり観察している。言われてみると読者は、そう、そうなんだ、と気付く。発見のある句、ということになる。


 その他印象深かった句を次に

チンドン屋のあと一回り日永かな      渡辺 志水
おぼろ月長湯にのぼせたるやうな      宮内 孝子
人の世に禍と過の月日鳥雲に        辻  隆夫
田遊の中休みより酒匂ふ          白濱 武子
からくりの宙返りして春祭         津田  卓
生き延びし裔の証の絵踏みかな       宮本起代子
拗ねる子のやうに捩じれてまんさくは    中村 湖童
尾瀬の歩荷肩に腰にと二日灸        大溝 妙子
魚銜ふ木彫りの熊の春埃          佐藤 栄子


















                






 

星雲集作品抄
伊藤伊那男・選

秀逸
一夜干す鱵の貌のなほ尖る       東京  中村 藍人
石鹼は泡立たぬもの昭和の日      宮城  齊藤 克之
壁埋める安否確認納税期        宮城  小野寺一砂
一杖と共に日暮るる遍路道       千葉  川島  紬
川音を部屋に通して雛納        広島  塩田佐喜子
雛店の雛に見られてゐる疲れ      東京  清水 史恵
目借時指栞する唐詩選         神奈川 白井八十八
北窓を開く伊吹山(いぶき)の近きこと      岐阜  鈴木 春水
三姉妹の従兄弟二人の雛荒し      福島  髙橋 双葉
ものの芽の呟き聴くや天に地に     東京  須﨑 武雄
微笑みを和紙に隠して雛納       神奈川 河村  啓
引鶴や地震(なゐ)にずれたる列島を      神奈川 大田 勝行
陸奥の筋金入りの寒戻る        東京  上村健太郎
春満月潤んでゐるは吾が眼       長野  池内とほる
江戸川に光溢るる草団子        東京  生田  武

土器のやうな父の湯吞や桃の花     東京  岡田 久男
雛の間と今宵呼ばるる子供部屋     東京  荻野ゆ佑子
霜柱とけて断層あきらかに       長野  藤井 法子
老海女の前列に居る磯開        静岡  山室 樹一





星雲集作品抄

            伊藤伊那男・選

空一枚映す浅瀬や潮干狩        京都  秋保 櫻子
蛇穴を出づ巻尺を巻き戻す       東京  尼崎 沙羅
春雷や一つ目うつつ五で目覚む     愛媛  安藤 向山
回廊に残る寒さや永平寺        東京  井川 敏
良いことは二日続かず黄砂降る     東京  石倉 俊紀
改札の別れにぎやか春休み       東京  伊藤 真紀
吾が余生すべてふるさと花ふゝむ    愛媛  岩本 青山
五度打ちの納め遍路や梅の頃      愛媛  内田 釣月
春雨に煙る山並穂高駅         長野  浦野 洋一
明日納む雛と夜更ししたりけり     埼玉  大木 邦絵
読みさしのチェホフ落葉ふる窓辺    東京  大島雪花菜
荒庭に餌をさがしくる寒雀       群馬  岡村妃呂子
生きるだけ生きて今年の花を見ず    神奈川 小坂 誠子
千年の黄塵重ぬ縁起額         埼玉  小野 岩雄
車窓より手繰るがごとく山笑ふ     東京  桂  説子
涅槃会の奉仕の笑みや割烹着      埼玉  加藤 且之
白魚や金婚式の椀の中         東京  釜萢 達夫
雪の果映して鳥の寡黙なる       長野  唐沢 冬朱
交む蛇小枝に縄の綯ふごとし      愛知  北浦 正弘
囀や惰眠を誹るやうに聞く       神奈川 北爪 鳥閑
寝つかれず呼吸合はせる遠蛙      長野  北出 靖彦
半分は駅舎に隠れ春の月        東京  北原美枝子
九十の母を先導蕨山          東京  久保園和美
湯治場のせせらぎ越しの遠雪崩     東京  倉橋  茂
春雷や八千尺の露天風呂        群馬  黒岩伊知朗
這へば立て立てば歩めよ雛の間     群馬  黒岩 清子
遠足の子ら百鳥と声くらべ       三重  黒岩 宏行
ものの芽の産声かとも風の音      東京  黒田イツ子
蕗の薹今宵も夕餉に足りるほど     神奈川 小池 天牛
単線の雨晴(あまはらし)駅磯遊           東京  髙坂小太郎
麦踏や雲は高きを流れをり       東京  小寺 一凡
その蕊の溢れるほどや紅椿       千葉  小森みゆき
白酒や褒め合うてゐる友白髪      神奈川 阪井 忠太
軒先のくづれし薪や雪の果       長野  桜井美津江
末黒野や鳶の輪躍る茜空        東京  佐々木終吉
黄水仙唐人お吉の墓に咲け       群馬  佐藤かずえ
蕗味噌をおやきの餡に閉ぢ込める    群馬  佐藤さゆり
干し海苔へ畳まれてゐる波の音     東京  島谷  操
高きより息吹を告ぐる花辛夷      東京  清水美保子
眠たげな声の鴉や春きざす       愛知  住山 春人
独り居に紙風船が卓の上        千葉  園部あづき
神木は空抱く大樹百千鳥        埼玉  園部 恵夏
雛納め母の口ぐせこれが最後と     東京  田岡美也子
ももいろは三月のいろ匂ひ立つ     東京  髙城 愉楽
白魚を食べて明るき夕餉かな      埼玉  武井 康弘
春光を乗せて回転木馬かな       東京  竹花美代惠
まんさくや細き花弁の影あえか     神奈川 田嶋 壺中
黒板に落書残し卒業す         東京  田中 真美
男の子ばかりの家の古雛        神奈川 多丸 朝子
友送る上りのホーム忘れ雪       愛知  塚田 寛子
熱燗を小声で注文いつもの人      東京  手嶋 惠子
足裏にはづむ力や青き踏む       広島  藤堂 暢子
逆さまに入れてくれるな雛納      埼玉  内藤  明
山脈のなぞへに沿うて鳥帰る      岩手  永井 むつ
草青む小さき歩幅の母に添ひ      東京  中込 精二
春寒や光眩しき江戸切子        神奈川 長濱 泰子
種物屋土間の見世先華やぎて      長野  中山  中
梅が香の旅は太宰府遠かりき      京都  仁井田麻利子
風光る本丸跡の一夜城         東京  西  照雄
自分史のむつかしきこと春霞      宮城  西岡 博子
思ひ出に寄り添ふ様に初桜       静岡  橋本 光子
古地図手に此処も田螺の在りどころ   東京  橋本  泰
旅先で買ひし揃ひの春ショール     神奈川 花上 佐都
種袋音ほどに種多からず        長野  馬場みち子
砂を嚙む朝のありけり浅蜊汁      千葉  針田 達行
ペダル漕ぐ春一番を切り裂きて     長野  樋本 霧帆
両の手を湯吞みに預け春寒し      神奈川 日山 典子
ひとひらの灰降る朝野焼知る      千葉  平山 凛語
友の顔涙でぼやけ卒業す        千葉  深澤 淡悠
田中正造奔りし村の野火煙       埼玉  深津  博 
霜柱とけて断層あきらかに       長野  藤井 法子
豊穣を祈年する能肥後の春       福岡  藤田 雅規
春雷に赤べこ首を横に振る       東京  牧野 睦子
まだもうと交はす言葉の春となり    神奈川 松尾 守人
移り気の三月の風雲走る        神奈川 松崎 雅則
水田に映る浮雲田螺鳴く        愛知  松下美代子
西行忌付箋だらけの新古今       東京  水野 正章
蛇行する川の形に野焼跡        東京  棟田 楽人
余寒あり殊に凄まじ奥の院       東京  八木 八龍
鎮魂の海に海雲の蘇る         東京  家治 祥夫
地の声の吹き出るかたち蕗の薹     東京  矢野 安美
やはらかに草踏みをれば土筆かな    群馬  山﨑 伸次
薄氷の下に新たな命あり        神奈川 山田 丹晴
老海女の前列に居る磯開        静岡  山室 樹一
北窓を開き牧草眺めけり        群馬  横沢 宇内
ひとり来て海見る丘のあたたかし    神奈川 横地 三旦
大磯西行庵
西行忌我が産土の波高し        神奈川 横山 渓泉
田楽や三串ほど喰ひ国訛        千葉  吉田 正克
しづれ雪折れたる枝の香を放つ     山形  我妻 一男
春雷の一発氷見の天を衝く       神奈川 渡邊 憲二
大試験母にも長き一と日かな      東京  渡辺 誠子

























星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男

一夜干す鱵の貌のなほ尖る          中村 藍人
(さより)は針魚とも言い、細長い体形で下顎が長く尖っているのが特徴。味は淡白で刺身、椀種に適し美味である。干物もいい。この句は一夜干にしたところ、その顔は益々尖ったという。水分が抜けるので当然ではあるが、鱵だけになるほど、と思う。魚の特徴をよく捉えているのである。他の魚と入れ替えてみても、多分鱵には敵わないようだ。 


石鹼は泡立たぬもの昭和の日        齊藤 克之
 子供の頃と比べると今の石鹼は泡立ちも香りもいい。盤水先生は戦後海運業をしていたが、積荷には手の皮が剝けてしまうような粗悪品の石鹼もあった、と言っておられた。掲句は泡立たない石鹼を通じて昭和を回顧しているのである。一つの物に焦点を絞って昭和を象徴させている。


壁埋める安否確認納税期          小野寺一砂
 一読では判り難いが、作者が宮城県の方であることを知れば理解できる筈だ。東日本大震災の行方不明者捜索の貼書が今も貼られているのであろう。税務署にまで。つくづく震災の傷の深さを思う。


川音を部屋に通して雛納          塩田佐喜子
一読気持の良い句である。雛祭を終えて元の箱に納める。開け放った広間には川の音が届く。徐々に水量が増してきた春の川音である。調べもいい仕上がりである。


雛店の雛に見られてゐる疲れ        清水 史恵
娘の時、孫の時は浅草橋へ、別に吟行で岩槻などの雛店に寄った。確かにどの雛も魅力があり、訴えてくるように思う。人形の目なのに雛店を出ると確かに見詰められた疲れが残る。 


目借時指栞する唐詩選           白井八十八
『唐詩選』がいいのであろう。知的興味をそそるし調べもいい。だが漢字の羅列を見ているとどうしても眠くなる。頁に指を挟んだまま、というのが未練である。 


北窓を開く伊吹山(いぶき)の近きこと    鈴木 春水
 日本海の湿った寒風が直撃する伊吹山は標高千四百米に満たない山ながら気象現象が激しい。関ヶ原に雪が多いのはこのためである。この地に住む作者ならではの生活実感の深い句である。「伊吹山の近きこと」の下五がいい。


三姉妹の従兄弟二人の雛荒し        髙橋 双葉
「雛荒し」とは男の子が雛飾りのある家に行き、雛菓子などをねだることを言う面白い季語である。作者の実体験の句であろうが、三姉妹の家に男の子の従兄弟二人が来たという。そういう本人にしか解らない数字なのだが、そこが何やらおかしさを醸し出すようである。同時出句の〈探梅の前に躓く太鼓橋〉も共感できる情け無さ。


ものの芽の呟き聴くや天に地に       須﨑 武雄
自然と共生する暮しなら「ものの芽の呟き」が聴こえることであろう。「天に地に」は大袈裟な気がしないでもないが、高い梢、地に張り付いた草、つまり一木一草の生命の漲る力である。 


引鶴や地震(ない)にずれたる列島を        大田 勝行
 十年前の東日本大震災や、御嶽山を始めとする噴火、昨今の疫病の蔓延‥‥で解るように天変地変の繰返しの上に今日の日本列島がある。それにもかかわらず往来する渡り鳥の普遍性、その取合せが味わいである。


陸奥の筋金入りの寒戻る          上村健太郎
東北地方の寒の戻りは只事ではなさそうだ。季語は京都を中心に作られている。「寒の戻り」は心象も交じった感覚的な季語だが、この句の寒さは季語の通念を越えているようだ。それで慣用句の「筋金入り」が効果的になる。 


春満月潤んでゐるは吾が眼         池内とほる
空中の水分が濃くなる春は月も朧となる。輪郭が滲むのである。だがこの句では潤んで見えるのはそのせいではなく、自分の目が潤んでいるからだ、という。理由は解らないが、こうした控え目な主観の出し方も面白いものだ。 


江戸川に光溢るる草団子          生田  武
読み手の心を明るく豊かにする俳句がいい俳句だと思っている。この無理の無い詠みぶりがいい。葛飾柴又あたりの風景が浮かぶ。振り向くと車寅次郎の満面の笑みが見えるようだ。 

その他印象深かった句を次に

土器のやうな父の湯吞や桃の花       岡田 久男
雛の間と今宵呼ばるる子供部屋       荻野ゆ佑子
霜柱とけて断層あきらかに         藤井 法子
老海女の前列に居る磯開          山室 樹一


















伊那男俳句


伊那男俳句 自句自解(65)

裏畑をいま鎌鼬とほりしと

 子供の頃のおぼろげな記憶であるが、どこそこの爺さんが鎌鼬にやられたらしい……などという話を何度か聞いたことがある。触れても打ち付けてもいないのに突然脛や太腿などが鋭利な刃物で切られたようにぱっくりと割れるのだという。全国に似た伝承があり、野鎌とか鎌風という方言もあるとのこと。以前は冬季に旋風などが起こったとき空気中に真空状態が生じ、皮膚の一部がそれに触れると体内外の気圧の均衡を保とうとして起る裂傷現象だと説明されていた。最近では皮膚の表面が気化熱によって急激に冷やされるために組織が変生して裂ける生理的現象、あるいは切れるという現象に限定すると、風が巻き上げた鋭利な小石や木の葉による裂傷とも考えられるという。つまり寒冷や乾燥、強風がもたらす現象のようだと言う。今もって確定的に原因の断定はできないようだが、俳句にとっては不思議な超常現象のままであった方が面白そうである。鎌を振り廻す鼬のままがいい。

はぐれきて木歩の土手の冬雀

 俳句をやっていなかったら富田木歩を知らずにいたことであろう。知ったのは山本健吉の『現代俳句』である。二歳にして蹇(あしなえ)となり小学校教育を受けることがなかった。俳号からして悲しいのである。四人の姉妹と聾唖の弟がいたが、姉妹は次々に苦界に身を沈め、妹の一人と弟は結核で死ぬ。木歩本人も吐血する。俳句が唯一の救いで、新井声風という句友がいたことが幸せであった。大正十二年九月一日の関東大震災に遭遇し、隅田川の土手まで逃れたところで、捜しに来た声風と会ったが、三方から迫る業火に逃げる術も無く、二十七歳の生涯を終えた。声風は隅田川に飛び込んで難を逃れ、後々木歩を顕彰した。そうでなかったら忘れ去られた俳人になっていたことであろう。三囲神社に〈夢に見れば死もなつかしや冬木風〉の小さな句碑がある。近くの土手に「木歩終焉の地」の標識がある。折しも冬雀のが土を啄んでいて、はぐれてきた木歩の面影と重なった。









     


 



俳人協会四賞・受賞式





更新で5秒後、再度スライドします。全14枚。







リンクします。



haishi etc
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銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

ごあいさつにご利用下さい。





      
        







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「銀漢」季語別俳句集


26

拡大します。
銀漢季語別俳句集
待望の『季語別俳句集』が3月に刊行されました。



2021/3/25   更新












主宰日録  

  
3月

  3月25日(木)
 春陽堂書店より『フルーツポンチ村上健志の俳句修行』の贈呈あり。過日、銀漢亭で取材した「火の会句会」の収録。朝妻力さん経由で茨木和生先生より特上の鮒鮨到来(毎年年末の奈良へ届けていただいていた)。

 3月26日(金)
 『銀漢季語別俳句集』の贈呈先から礼状や祝金など戴いており、礼状など。五月号の選句。「NHK俳句」から「あの銀漢亭が誌上復活! 身近な食材で季語を楽しむ(仮題)」執筆の打診あり。「あ・ん・ど・うクリニック」あと、祖師ケ谷大蔵の「高橋茶舗」から二件発送依頼をし、「オオゼキ祖師谷大蔵店」で生鰊、独活など買って桜満開の中を帰る。

 3月27日(土)
 13時より大井町。劇団四季「ライオンキング」。3回目。今回は2階席から観る。伶ちゃん毎週、一回出演中。安心して観劇。あと二子玉川にて小酌。桜は満開。

3月28日(日)
 独活のキンピラ、からすみと大根用意。14時半、日暮里の「夕焼け酒場」へ持参。清人さんの「大倉句会」志村昌さん他9名と久々の顔合わせ。3句出しの句会。清人さん差し入れの刺身(鮑、めかじき、鮪)、鮑焼など。銘酒も並び、ついつい飲む。帰路、乗り越し。

3月29日(月)
 15時、日本橋の「ここ滋賀」にて句会発足の打ち合わせ。滋賀県庁の方、毎日新聞の今井竜氏。2回ほど延期したが、5月15日(土)、7月17日(土)は決行しようと。あと日本橋を散策すると、野村證券が解体工事に入っている。「たいめいけん」など、一帯全部が再開発にて
唖然とする。20代の頃、このビルに2年ほど通っていたのだ……。

3月30日(火)
 11時、埼玉県本庄駅。以前から山下美佐さんに金鑽神社の案内をお願いしており、美佐、井蛙さんと待ち合わせ。山をご神体とするのは、三輪、諏訪とここの三神社。バスにて神川町。金鑽神社のある御嶽山へ不動寺のある裏側から登る。桜、辛夷、つつじ、その他咲き乱れ、芽吹きも美しい。頂上から少し降りてくると眺望のいい岩山。少し下って鏡岩は圧巻。神社へ降り、大光普照寺(金鑽大師)も参拝。帰路のバス少なく、1時間半ほど歩く。土筆を少々摘む。ようやく「戸隠茶屋」という飲食店を見付け、遅い昼食。当地のうどん、そば、ひっつみなど。ビール少々。ようやくバスに乗り、本庄駅で解散。駅前で井蛙さんと小酌。昨年のこの日で「銀漢亭」は営業を終了した。

4月

 4月1日(木)
 落花を浴びようと散策。砧公園から仙川沿いに東宝スタジオまで。あと喜多見方面。湯葉を作っている豆腐屋を見付け買う。筍も。散歩の途中、木の芽を摘む。帰宅して肉ジャガを作る。筍を茹でる。

 4月2日(金)
 美容師の中川さん来てくれて、短めに切ってもらう。彗星集選評を書いて5月号の執筆終了。龍正君、14歳の誕生日にて自由ヶ丘のイタリアンレストラン「ウーゴバイモスト」(成城仲間の鉄君の店)にてお祝い会。莉子の成城大学への進学も祝う。これで四人の孫が大学・高校・中学・小学校と別れる。

4月3日(土)
 天気上々にて小田急線に乗り秦野へ。バスにて山麓の「源実朝公御首塚」(3回目位か)。実朝を祀る金剛寺。少し歩いて朝日神社。金目川を渡った波多野城址などを散策する。帰宅すると庭で早めの夕食をしようという。

4月4日(日)

 「全国俳誌協会」コンクールの選句。応募800数10句。幾つかの句会の選句。作句。礼状など。蟇目良雨氏より連絡あり、「春耕」は棚山波朗氏から蟇目氏へ主宰交代。引き続き協力を頼むと。

 4月5日(月)
 6月号のエッセイその他の執筆に入る。家族が自転車を買ったので農家の野菜を買いに乗ってみる。明日菜、ホーレン草、レタス、葱など。

4月6日(火)
 新宿の某生保打ち合わせ。発行所にて久々、雑用。18時に、武田編集長他、打ち合わせと聞くがすれ違いで帰宅。

 4月7日(水)
 自転車で散策。散歩より遥かに距離が伸びて、多摩川の堤などを走る。ついつい3時間ほどのサイクリングをしてヘトヘト。安売りのステーキ用肉などを買って帰る。

 4月8(木)
 昨日から「銀漢」5月号の校正。武田編集長に送る。今日も自転車で二時間ほど散策。なかなかの運動。3つ位の句会の選句。

 4月9日(金)
 今日も自転車で散策。仙川の実篤公園。武者小路実篤が晩年の約20年間過ごした家。はけを利用した斜面の広い敷地。調布市が管理。竹林の手入れで筍を掘っている。

 4月10日(土)
 農家の野菜買いに。「俳句界」7月号用に「酒場に集う俳人達」2,800字を送る。

4月11日(日)
 「秋」主宰の佐怒賀正美氏より、伊那谷出身の同人長沼ひろ志氏の句集『草餅』の書評依頼あり。1,800字書く。

4月13日(火)
 19時から、発行所「火の会」。8人。皆元気。

 4月14日(水)
 10時半、横浜線小机駅。伊那北会で小机城跡散策。雨の中。城跡は手入れされた竹林。あちこちに筍が出ている。採ってはいけない! 二の丸、三の丸跡、土塁などよく残っている。ただし、本丸の横ぎりぎりを削って第三京浜が走る。あと田園都市線、世田谷線をつないで豪徳寺を中心とした世田谷城跡。歩いて松陰神社参拝で今日の旅終了。近くの牡蠣が売り物の店で酒盛り。豪徳寺駅前でもう1軒。

4月15日(木)
 「NHK俳句」の原稿取り掛かる。6種類の野菜についての料理と俳句のエッセイ。兄より信州の父の生家の叔母逝去の報あり。家を守る従兄弟に香典と便り送る。「銀漢句会」の出句。1週間先と勘違いしていて一斗さんから督促を受ける。いけません。先月の纏句会も忘れていた。

4月16日(金)
 京都の和田ちゃんから長岡京の筍到来。今年は筍を味わう機会が多い。繊細さは京都!

 4月17日(土)
 「雲の峰」の浅川副主宰逝去の報。信念の人であった。雨模様にて孫との大山登山明日に延期。

















         
    






今月の季節の写真/花の歳時記



2021/6/16 撮影  野萱草  HACHIOJI






花言葉   宣言媚態とりとめない空想< 宣言 媚態


△野萱草
魅力的な花を咲き誇るノカンゾウは、以前はユリ科に含まれていました。今ではニッコウキスゲで知られる、キスゲ亜科に含まれる植物です。ワスレグサ属の種類であり、かなり昔から日本の風土に馴染んできました。1年毎に枯れてしまいますが、複数年に渡って生き続ける多年草です。

山法師 カンパニュラ テイカカズラ 栗の花 枇杷
早苗 青梅 リョウブ ムラサキゴテン  麦秋
凌霄花 野萱草
     
     






写真は4~5日間隔で掲載しています。 
2021/6/23








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