HOME 句会案内 バックナンバー  
2012年 1月 2月
 3月 4月  5月 6月  7月  8月 9月 10月 11月 12月
2013年  1月  2月 3月  4月  5月  6月  7月 8月  9月 10月  11月 12月
2014年 1月  2月 3月 4月  5月  6月  7月 8月  9月 10月 11月 12月
2015年 1月  2月 3月  4月  5月 6月 7月  8月 9月 10月 11月 12月
2016年 1月 2月  3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月



 10月号  2016年

伊藤伊那男作品 銀漢今月の目次 銀漢の俳句 盤水俳句・今月の一句  
彗星集作品抄    彗星集選評  銀漢集作品抄
  綺羅星集・作品抄  銀河集・綺羅星今月の秀句 星雲集・作品抄  
星雲集・今月の秀句   新連載  銀漢の絵はがき 掲示板 
 鳥の歳時記  銀漢日録  今月の写真 



フラッシュを使用しました。更新ボタンで再度動画になります。

伊藤伊那男作品


半ズボン         伊藤伊那男

半ズボンベルトの端のいつも垂れ
古稀の身の手足ちぐはぐ半ズボン
鎌倉高校前てふ駅の南風
干し鰺の目も黒船を見てゐしか
海の家砂掃き出して一日終ふ
母さんは砂日傘よりつひに出ず
やや怖し木魚の横の蠅叩
落石てふ寝言もありて登山宿






        
             





今月の目次








銀漢俳句会/10月号


             
    




          





   


銀漢の俳句 

伊藤伊那男 


◎バリ島偶感
 同居している長女一家が今夏はインドネシアのバリ島へ行くというので同行することにした。18年前、長女が大学を卒業する直前の春、一家4人で遊んで以来である。まだ妻も元気な頃であった。その旅で作った句に
  
立泳ぎして南十字星仰ぐ      伊那男

がある。俳句雑誌の40代特集であったか、鈴木真砂女さんが取り上げてくれた。今回は島に着いた翌日が満月で、南十字星も鮮明であった。その日はインドネシアの独立記念日だという。「どこから独立したの?」と娘。「日本」。まあそんなものである。娘夫婦の旧知のガイド、カトゥーの話では最近中国資本の進出が顕著で、旅行者も急増しているという。滞在2日目、警察官をしているカトゥーの従兄弟が夜明けの海岸を警邏中にジャワ人にサーフボードで殴られて死んだという。急遽替わりに来たマニーと話すと、彼は20歳の頃日本女性と結婚して1年間五反田で暮らしたという。ただし、その女性はヤクザの女で、とても怖くて逃げ帰ったという。今、40歳なのに2歳の孫がいるという。何だか嘘のような話ばかりである。
 先ほどのカトゥーに娘が「前回の時に会った奥さんは?」と聞くと、癌で死に、20歳年下の人と再婚したという。保険制度などは無いので前妻の入院、治療費で有り金を使い果たしたとのこと。今の奥さんは、バリ島最高峰のアグン山の裏側の出身で、その村は今も電気、水道が無いという。12人兄弟で、夫人の両親は孫が45人いるという……。これもまた嘘のような話である。
 プールサイドで私の孫達に「お前達は世界の中で0・00何パーセントかの幸せな子供なのだぞ、だから感謝の気持ちを……」というのだが、その説教は「もう百回は聞いた」と取り合ってくれない。まあそんなものである。
 毎日プールサイドや砂浜にいるが、足が着かないプールや海は苦手なので読書したり選句したりしている。今日面白かったのは家族に付き合った量販店で食料品を見て回り、小魚を板状に干した畳鰯のようなものを見付けて買ったことである。一枚200円ほどであった。
 まだ滞在半ばだが10日間も同じリゾートにいるというのは、いつも追い掛けられるように生きてきた昭和世代の私には、罪悪感のようなものが縋り付いてきて、もちろん楽しいのだけれど、むず痒さもある。貧乏性ということであろうか。
  
峰雲を島に廻らせ椰子の酒      伊那男
バリの夜を掻き混ぜてゐる扇風機   伊那男



 














 



  

盤水俳句・今月の一句


伊藤伊那男

栗飯を()めば丹波の山浮かぶ      皆川 盤水

先生は細見綾子の〈でゝ虫が桑で吹かるゝ秋の風〉の句碑建立建設委員長として、沢木欣一・綾子夫妻と共に丹波青垣町の綾子生家を訪ね、予定地などを検分した。この折残した六句の内四句に丹波栗が詠まれているのは、余程印象が深かったからであろう。〈豊熟の丹波の栗にいま日の出〉〈栗拾ふ遠きいかづち聞きながら〉〈大土間に丹波の栗の積まれけり〉。高座(たかくら)神社境内に句碑が除幕されたのは約2年後の昭和60年11月であった。

                                    (昭和58年作『寒靄』所収)










  

彗星集作品抄

伊藤伊那男・選

花言葉なき一生を水中花           杉阪 大和
初日から天下分け目の夏期講座        谷岡 健彦
焦げ飯の匂ふあたりや鮎番屋         柴山つぐ子
田に立てば喜雨長靴の中にまで        小野寺清人
花火買ふもう身うちには爆ぜる音       中島 凌雲
制服の下のスクール水着かな         森 羽久衣
悪友の今も親友ラムネ玉           五十嵐京子
陶枕の唐子百人夢に跳ぬ           多田 美記
二百歩の富士塚なるも山開き         渡辺 志水
稲雀乱れてかはす風の嵩           橋野 幸洋
お隣の双子の姉妹サクランボ         牧野 睦子
天の川よだかの星もいまに燃え        瀬戸 紀恵
顔一面アイスクリームの笑顔かな       住山 春人
ラムネ飲む谷中の空を傾けて         屋内 松山
御岳に雲湧く夜明け藤村忌          堀内 清瀬
蝸牛徒歩より詣づ石清水           山室 樹一
根の国へ蝶を運べる蟻の列          堀江 美州
丼で啜る漢の心太              五十嵐京子
かの夏に迷ひし道や休み石          久重 凛子
























彗星集 選評 伊藤伊那男


花言葉なき一生を水中花           杉阪 大和
西洋からの請売りだが、名のある花には「花言葉」がある。当然のことながら「水中花」には花言葉は無い。生きていない花なのだから当然である。「一生を」までは言い過ぎの感じだが、ひと夏水の中に開いて、枯れることもなく捨てられる徒花を詠み切って秀逸である。 

  
初日から天下分け目の夏期講座        谷岡 健彦
たとえば江戸時代についての夏期講習とすれば、関ケ原の合戦の勝利がスタートとなる。いきなりこの劇的な合戦の様子を初回の講義とする意外性である。読み手を「ええっ?」と驚かす仕掛けの句である。 

  
焦げ飯の匂ふあたりや鮎番屋         柴山つぐ子
盤水先生と何度か鮎簗に行ったが、その内の一つ佐久山簗は、もし鮎飯を所望するなら米を持参しなければならない仕組みであった。鮎を焼く匂いももちろんあるのだが鮎飯の焦げる匂いが食欲をそそるのである。見方を変えて、観光簗ではなく漁師たちの小屋と見れば、その炊煙の匂いに番屋の存在を知るということになろう。どちらにしても鮎簗を訪ねてみたくなるような臨場感を持った句である。 

  
田に立てば喜雨長靴の中にまで        小野寺 清人
 今の世でも雨不足が心配な年もある位で、一昔前までは水喧嘩なども毎年のことであり、降雨は死活問題であった。「喜雨」という季語も切実な言葉である。雨乞いの末の慈雨である。畦に立って濡れるに任せて喜び合う。長靴の中まで浸み通るが、それが嬉しいのであろう。

  
花火買ふもう身うちには爆ぜる音       中島 凌雲
子供の頃、手花火を揚げるのがどんなに嬉しかったことか。硝煙の匂いまで懐かしく思い出されるのである。これでもかというくらい極彩色を使った花火の袋を買ってもらった時の喜びはいかばかりであったか。暗くなるのが待ち切れずに封を切って各々の花火の光を想像し合ったものである。この句は家に着くまでの間にも胸の内に花火の爆ぜる音を聞いたという。昂る気持ちを的確に詩に昇華させた。 

  
制服の下のスクール水着かな         森 羽久衣
 授業が終わったらすぐにプールに飛び込みたいという逸る心で、あらかじめ水着をつけている。活発な女の子の様子であろう。子供時代の楽しみがよく出ているようだ。多分作者は女性であろう。男の句だと何だか覗き見をしているような感じで嫌ですね。

  
悪友の今も親友ラムネ玉           五十嵐京子
悪ガキ同士であろう。ラムネにはそうした郷愁がある。 

  
陶枕の唐子百人夢に跳ぬ           多田 美記
 陶枕を試してみたが私は駄目。唐子百人は怖そうだ。

  
二百歩の富士塚なるも山開き         渡辺 志水
都内にもいくつか残る富士塚。大袈裟な「山開き」である。 

  
稲雀乱れてかはす風の嵩           橋野 幸洋
強風を受けた群雀の生態を捉えて技倆の高い表現である。

  
お隣の双子の姉妹サクランボ         牧野 睦子
片仮名書きの桜桃もこういう句なら生きて来る。

  
天の川よだかの星もいまに燃え        瀬戸 紀恵
天の川を見上げると宮澤賢治の世界は今も健在だ。

  
顔一面アイスクリームの笑顔かな       住山 春人
真夏の楽しみ。天真爛漫に読み通した句だ。 

  
ラムネ飲む谷中の空を傾けて         屋内 松山
ラムネは谷中銀座が合いそうだ。「空を傾けて」がいい。 

  
御岳に雲湧く夜明け藤村忌          堀内 清瀬
木曾の山を配したことと『夜明け前』を絡めたのが手柄。 

  
蝸牛徒歩より詣づ石清水           山室 樹一
京都の岩清水八幡か。『徒然草』の一話を回想させる。 
 
  
根の国へ蝶を運べる蟻の列          堀江 美州
昆虫同士の葬送。「根の国」の斡旋で句柄を高めた。 

 
丼で啜る漢の心太              五十嵐京子
豪快である。酢醤油だろうな。黒蜜だと危ない! 

  
かの夏に迷ひし道や休み石          久重 凛子
今年もまた迷って、以前と同じ休み石だと気付く。 









 

 











銀河集作品抄

伊藤伊那男・選

去来墓を一脱ぎで越す竹の皮      東京   飯田眞理子
蛍火の一筆書きの混み合ひぬ      静岡   唐沢 静男
化粧塩いさぎよきかな鮎の串      群馬   柴山つぐ子
嘶きに海霧の乱るる尻屋崎       東京   杉阪 大和
凌霄の花の憂鬱太宰の忌        東京   武田 花果
大祓くぐり濁世の風の中        東京   武田 禪次
鍔広の山湖の幅の夏帽子        愛知   萩原 空木
梅雨深む己が五臓を湿らせて      東京   久重 凜子
とりあへず開けてみる癖冷蔵庫     東京   松川 洋酔
夏霧の隠す淡海の神の島        東京   三代川次郎
尺蠖に尺とらせゐる仏の手       埼玉   屋内 松山







 


















綺羅星集作品抄

              伊藤伊那男・選 


逸る子に祝詞の長き海開き       和歌山  笠原 祐子
先頭はうしろへ押して御輿渡御     東京   桂  信子
象潟や島隠れなる稲雀         東京   渡辺 花穂
信玄の隠し湯といふ黴の宿       東京   山元 正規
路線図の折り痕のばすパリー祭     東京   村田 重子
夏草やまだ名のつかぬ競走馬      東京   角 佐穂子
背伸びする四万六千日のスカイツリー  東京   高橋 透水
首紐のゴムの伸びきる夏帽子      東京   塚本 一夫
死ぬのなら人いきれより草いきれ    千葉   土井 弘道
新宿の不眠不休の水中花        東京   中野 智子
虫干や遺品ばかりが増えてゆく     東京   相田 惠子
遠き日の蠅帳広げ父待つ夜       東京   白濱 武子
寝筵の煙草の焦げも旧りにけり     東京   武井まゆみ
風入れに戻る故郷古すだれ       神奈川  中川冬紫子
一代で築き上げたる麻暖簾       東京   堀内 清瀬

昔日の風ほろほろと絹扇        宮城   有賀 稲香
故郷へ灯蛾掻き分けて夜行バス     東京   有澤 志峯
宵山や町屋の二階より鉾へ       東京   飯田 子貢
経典の蛇腹拡ぐる土用干        静岡   五十嵐京子
ふるさとのひと日青田のほかを見ず   埼玉   伊藤 庄平
好む色ひとそれぞれに七変化      東京   伊藤 政三
町会の訃報をかじるなめくぢり     東京   上田  裕
風鈴の舌を抑へてつるしけり      埼玉   梅沢 フミ
横櫛のお富急かせる白雨かな      東京   大西 酔馬
はぐれてはすぐに見つかる夏帽子    神奈川  大野 里詩
短くも架かる虹あり木曾の渓      埼玉   大野田井蛙
秋燕大連港の引込線          東京   大溝 妙子
七夕や老いの希ひをひと筆に      東京   大山かげもと
雲間よりもれ来る夕日稲雀       東京   小川 夏葉
中瀬まで手綱を長く馬冷す       埼玉   小野寺清人
梅を干す今宵の星のかがよひに     神奈川  鏡山千恵子
火取り虫点取り虫と夜もすがら     東京   影山 風子
すべからく苗の傾き植田風       愛媛   片山 一行
開け難き箪笥諸共虫干す        長野   加藤 恵介
明易し夢の山場に覚めてゐし      東京   我部 敬子
ざつくりと束ねばうばう茅の輪かな   高知   神村むつ代
鮴汁や百万石を一吞みに        東京   川島秋葉男
落蟬に座禅のやうな脚の組み      長野   北澤 一伯
涼しさや潜りし橋の遠ざかる      東京   柊原 洋征
秋燕を三歳見送る赴任の地       神奈川  久坂依里子
泡盛や雑魚寝の家を明け放し      東京   朽木  直
鮴汁の椀の蒔絵の御所車        東京   畔柳 海村
線香に混じる吸殻桜桃忌        神奈川  こしだまほ
稽古笛闇に匂へる青田風        東京   小林 雅子
雨乞ひの影のくたくた太鼓打つ     長崎   坂口 晴子
朝顔市いつも日高き頃に来る      千葉   佐々木節子
青柿のまた転がつて路地の口      長野   三溝 恵子
白南風の潮騒乗せて来たりけり     東京   島  織布
泉湧くこの地に武蔵国分寺       東京   島谷 高水
縁側に祖の傷数多魂迎         兵庫   清水佳壽美
鬼灯の破れて指の甘苦し        東京   新谷 房子
雨までも万緑となる紀伊国       大阪   末永理恵子
頁繰る指の湿りも走り梅雨       東京   鈴木てる緒
山の雨斜めに栗の花匂ふ        東京   瀬戸 紀恵
夕刊を開けば蟻の慌てたり       東京   曽谷 晴子
山梔子の白をよごして雨上る      愛媛   高橋アケミ
古釘の替へ時かとも青簾        東京   多田 悦子
夏帽のリボンで双つ子を見分く     埼玉   多田 美記
朝どりの胡瓜の火照り俎板に      東京   田中 敬子
ナイターの勝ち歌がまた風呂場より   東京   谷岡 健彦
不二小さく入れて相模の卯波かな    東京   谷川佐和子
錆臭きビニール傘や太宰の忌      神奈川  谷口いづみ
大仏の供物に西瓜鎮座せり       愛知   津田  卓
校庭の映画大会火取虫         東京   坪井 研治
市場籠提ぐる単衣を真砂女かと     埼玉   戸矢 一斗
誰待つとなく宵宮の渦の中       大阪   中島 凌雲
実朝の海に降り立つ跣かな       東京   中西 恒雄
造り滝源流にして遊歩道        東京   中村 孝哲
涼しさよ一茶の蔵の小暗がり      茨城   中村 湖童
人いきれ眼の数に夜店の灯       東京   西原  舞
その涯の空にふれたる花野かな     東京   沼田 有希
禅の庭泰山木は花得たり        神奈川  原田さがみ
風鈴の火箸四本の音澄みぬ       兵庫   播广 義春
帰省子の声高らかやなつかしき     福岡   藤井 綋一
ばあひとりゐてじやがいもの花盛り   東京   保谷 政孝
根の国の入口めきて苔の花       岐阜   堀江 美州
辻は風ぶつかるところ鉾回す      東京   堀切 克洋
夏の夜の炒飯煽る広東語        埼玉   夲庄 康代
厨閉づ夜半の寒さは足元に       東京   松浦 宗克
祇園祭路地奥にゐて笛の音       東京   松代 展枝
お風入れ胸ぬちもまた開け放つ     東京   宮内 孝子
投票の朝よわが町溝浚へ        千葉   無聞  齋
露涼し法然院の閑けさに        東京   村上 文惠
合歓咲ける象潟の寺訪ひしこと     東京   村田 郁子
天井の木目の不思議夏蒲団       千葉   森崎 森平
留守番を頼まれてゐる扇風機      東京   森 羽久衣
鰻食ふ成田詣のその後に        埼玉   森濱 直之
水眼鏡外して広き田子の浦       愛知   山口 輝久
うたかたの夢のまにまに麦酒飲む    東京   山下 美佐
土俵へと夏座布団が廻転す       群馬   山田  礁
乱鶯のかけめぐりたる五山かな     神奈川  吉田千絵子
ほうたるの命を包む闇深し       愛媛   脇  行雲




















     







銀河集・綺羅星今月の秀句

伊藤伊那男

尺蠖の尺とらせゐる仏の手          屋内 松山 
何と言っても眼目は「仏の手」である。孫悟空がさんざん走り回ったけれど結局は仏の掌の中であった。仏像の手に歩みを進めた尺蠖を、手の長さ広さを計っているのだ、と断じたところが技倆である。 

逸る子に祝詞の長き海開き          笠原 祐子
子供の頃、祝詞は苦手であった。意味も解らないし、動作も退屈である。早く終わらないかな、とそわそわしていたものである。海開きなどであればなおさらであろう。もう水着になっているし、目の前は海である。待つことは拷問のようなもの。そんな子供の様子をきっちりと捉えた。 


先頭はうしろへ押して御輿渡御        桂  信子
先頭が前へ引くのではなく、うしろへ押すという意外な場面を詠み取ったのが手柄だ。川か海へ担ぎ込んだところなので動きは複雑である。逸る祭衆を先頭が宥め、諌めるのであろう。人が見逃しているところを詠み取ったのである。 

象潟や島隠れなる稲雀            渡辺 花穂
 象潟は江戸後期の地震で隆起して現在の地形になった。現在稲田になっている部分は昔の海である。それゆえ「島隠れ」の措辞が生きるのである。芭蕉が聞いても全く意味の解らない句ということになるが、そこがこの句の面白さである。

信玄の隠し湯といふ黴の宿         山元 正規
甲州には信玄の隠し湯が沢山ある。増富ラジウム鉱泉にも窟のような湯があったし、下部温泉もそうである。信州の蓼科の奥にも信玄の湯の言い伝えがあった・・・・・・。いずれも鉱物資源の有りそうな僻地である。「黴の宿」を配してそうした宿の有様を浮かび上がらせている。 

路線図の折り痕のばすパリー祭       村田 重子
フランスの革命記念日が、映画の邦訳名『パリ祭』として俳句の世界に季語として残っているのは日本人の嗜好の不思議なところだ。さてこの句、洒落た構成である。「路線図」を配したことで、読者は路線バスに乗っているような気持ちになるのである。「折り痕のばす」がいかにも具体的で弥が上にも真実味が増すのだ。 

  

夏草やまだ名のつかぬ競走馬         角 佐穂子
北海道の競走馬の育成所であろうか。金の卵の仔馬が育っている。牧場には日々夏草が繁っていくのだが、それは馬の成長とも競い合っているかのようだ。名も無い雑草とまだ名の無い馬の取合せ。瑞々しい景である。 

  

背伸びする四万六千日のスカイツリー     高橋 透水
独特の発想の句である。浅草寺にこの日参拝すると四万六千日分の功徳を授かるというお得な日。スカイツリーも心持ち伸びたように見えたのであろうか、あるいは浅草を覗き見ようとしているように見えたのであろうか。柔軟自在な発想の句となった。 

 

首紐のゴムの伸びきる夏帽子         塚本 一夫
微細なところへよくも目が届いたものである。ゴム紐も伸びきってもう夏休みも終盤という感じなのであろう。一月ほどをたっぷりと遊びきった子供の日焼けした顔まで浮かび上がるようだ。きちんと観察した強さ。 

  

死ぬのなら人いきれより草いきれ       土井 弘道
「熱・熅」(いきれ)は蒸れること、火照ること。草いきれは夏草の茂みから発する熱気、人いきれは人ごみの発する熱気。そりゃあどっちで死ぬかと聞かれたら、草いきれの中ということになろうが、そもそもそんな発想は普通の人は思わないし、句には詠まない。ユニークな句なのである。 

 

新宿の不眠不休の水中花           中野 智子
「新宿」の地名が動かない。不夜城の街だからこそ成立する句なのである。新宿が遊び場であった私が作らなくてはいけなかった!と口惜しい気持ちにさせられた句である。人も金も水中花も不眠不休。「仇花」という言葉さえ読後に浮かび上がってくるのである。 

その他印象深かった句を次に
 

虫干や遺品ばかりが増えてゆく        相田 惠子
遠き日の蠅帳広げ父待つ夜          白濱 武子
寝筵の煙草の焦げも旧りにけり        武井まゆみ
風入れに戻る故郷古すだれ          中川冬紫子 
一代で築き上げたる麻暖簾          堀内 清瀬
鰻食ふ成田詣のその後に           森濱 直之
天井の木目の不思議夏蒲団          森崎 森平









                 
    
   

 
 



 



星雲集作品抄

             伊藤伊那男・選

形代やいのちの重み紙一重       埼玉   萩原 陽里
軋ませて回す電球火取虫        埼玉   中村 宗男
単衣着て影さへかろき神楽坂      東京   橋野 幸洋
湧く雲のやうな泡立てビヤガーデン   長野   髙橋 初風
虚子の影薄き松山遠花火        東京   竹内 洋平
単衣着て風通し良き人となる      東京   今井  麦
涼しさや堂百畳に富嶽絵図       東京   半田けい子
稲雀天領の田を憚らず         神奈川  伊東  岬
風鈴の鳴りさうな風来て鳴らす     東京   浅見 雅江
大ぶりが良し芙美子忌の飯茶碗     神奈川  宮本起代子
鬱蒼として噴水の穂の白さ       東京   梶山かおり
茅の輪くぐる躓きさうな禰宜の沓    埼玉   大澤 静子
吾の身も虫干せむと風に寝る      長野   守屋  明
弥山暮れ海暮れてゆき管絃祭      広島   村上 静子
三間通す風に午睡の籠枕        東京   長谷川千何子
釈迦の意に添ひ睡蓮の九時に咲く    長野   唐沢 冬朱
清水の舞台狭しと貸浴衣        神奈川  北爪 鳥閑

米大統領
折り鶴と核ボタン持ちヒロシマへ    愛媛   来嶋 清子
何時しかに雨後の竹の子竹になる    群馬   佐藤 栄子
涼風と解け合うてゆく坐禅かな     東京   辻本 芙紗
海紅豆ふと島唄を口ずさむ       東京   八木 八龍
立春大吉餞として郷の酒        山形   髙岡  恵
単線の車窓薙ぎゆく夏木立       埼玉   秋津  結
潮浴の波の音ごと持ち帰る     シンガポール 榎本 陽子
転た寝や遠くに祇園囃子聞き      京都   三井 康有

夕暮れを風鈴売りの遠音かな      東京   秋田 正美
鮎釣の長き竿這ふ川面かな       神奈川  秋元 孝之
横文字の宛名眩しき夏見舞       東京   荒井 郁子
香りごと雨に濡れたる栗の花      神奈川  有賀  理
滴りて地蔵の裳裾濡らしけり      愛媛   安藤 政隆
見つめれば顔をそらせし羽抜鳥     東京   井川 敏夫
水馬の足の間抜くる水馬        東京   生田  武
遠会釈単衣の縞のややくづれ      埼玉   池田 桐人
留学に旅立つ次子や雲の峰       埼玉   今村 昌史
しがらみは流れにまかせ風知草     千葉   植竹 香節
ランプ消え寝息の高き登山小屋     神奈川  上村健太郎
病窓に明る過ぎたるさくらんぼ     埼玉   大木 邦絵
戯れに弾くジャズピアノ夏の雨     東京   大沼まり子
月下美人開くを待てり息止めて     群馬   岡村妃呂子
くぐるうち迷ひ生まるる茅の輪かな   東京   岡本 同世
摩周湖の水の青さを写す霧       神奈川  小坂 誠子
菅公に一礼茅の輪くぐりけり      京都   小沢 銈三
逃ぐるごと細路地に入り鰻食ふ     宮城   小田島 渚
先づ一献鰹目当ての旅なれば      埼玉   小野 岩雄
梅干すや子の縁薄き家の庭       静岡   小野 無道
夏日影通りの角のキネマ館       静岡   金井 硯児
ひらく夢のこる夢あり星涼し      東京   釜萢 達夫
浮輪先づ改札口にはまるかな      神奈川  上條 雅代
鳳凰の幾度も跳ねて夏祭        神奈川  河村  啓
透かし翅ひかりをまとふぎんやんま   愛知   北浦 正弘
道端の地蔵に一礼梅雨の傘       東京   絹田 辰雄
夏料理食器の音のやはらかき      和歌山  熊取美智子
吊り橋の軋みに蛍舞ひ上がる      愛知   黒岩 宏行     
海峡を正面にして端居かな       東京   黒田イツ子
太宰忌の過ぎたる土手の草なびく    東京   小泉 良子
戦ふと覚悟を決めて草刈に       群馬   小林 尊子
流さるるあめんぼ水を摑みけり     東京   小山 蓮子
夏草や島の要塞跡々に         東京   斉藤 君子
耳立てて人待ち顔の水芭蕉       神奈川  阪井 忠太
肌過ぐる風の呼吸や夕涼み       長野   桜井美津江
蒲公英や風に絮毛の天使めく      東京   佐々木終吉
麒麟草雲の湧き立つ白根山       群馬   佐藤かずえ
婚約の知らせが子より半夏生      群馬   佐藤さゆり
短夜や言葉足らずの長き文       東京   島谷  操
蛍飛ぶ登り窯には寝ずの番       埼玉   志村  昌
目纏ひの畷三叉路通せん坊       東京   須﨑 武雄
ちりぢりに逃げても近き稲雀      東京   鈴木 淳子
猫の尾の振りも小さき大暑かな     神奈川  鈴木 照明
滝壺に冷気逆巻き魚信なし       群馬   鈴木踏青子
雨蛙ときをり太き声混じる       愛知   住山 春人
堤防の風よ盗むな夏帽子        埼玉   園部 恵夏
織姫となりて飛び乗る新幹線      東京   田岡美也子
牧の牛しづかに濡れて梅雨に入る    福島   髙橋 双葉
さくらんぼ残る一つの転げをり     埼玉   武井 康弘
冷房や温度差のある上役と       広島   竹本 治美
夏至祭の傘ごしにみる白装束      三重   竹本 吉弘
夏めくや馬車道にジャズ溢れたる    神奈川  田嶋 俊夫
木下闇坐して記憶をたどりけり     東京   田中 寿徳
泳ぎたし信濃の川を海までも      東京   田中  道
炎天や砂場のトンネル貫通す      神奈川  多丸 朝子
明け渡す部屋に残せし黴と悔い     東京   辻  隆夫
テント村草踏む音に明けを知る     大阪   辻本 理恵
ギヤマンの盃にしみじみ冷し酒     東京   手嶋 惠子
雨毎に色を変へたる四葩かな      東京   豊田 知子
最果ての岬にやませ頰を切る      神奈川  長濱 泰子
北浜の株も御祝儀天神祭        神奈川  萩野 清司
頑是なき子鴨植田をたてよこに     神奈川  服部こう子
喪の家の南天の花密やかに       神奈川  花上 佐都
睡蓮に真珠のごとき昨夜の雨      長野   馬場みち子
柵の間を猫の抜け来る茄子の花     神奈川  福田  泉
川風にアイスキャンデー売りの声    東京   福永 新祇
南天の花の無地なる主張かな      東京   福原 紀子
太陽が好き嫌ひ好き夏帽子       愛知   星野かづよ
梅雨の底竜の落し子かに日本      東京   星野 淑子
黴寄せず父の遺せし謡本        東京   牧野 睦子
青空のぐるり広がる夏帽子       愛知   松下美代子
炎暑はや空回りせし歩みかな      神奈川  松村 郁子
歌詠みの柄には合はぬサングラス    東京   宮﨑晋之介
もの思ふ庭にふく風風知草       東京   宮田 絹枝
鉄条網地雷も越えて赤トンボ      東京   家治 祥夫
子に添うて心地よき風昼寝かな     群馬   山﨑ちづ子
うたた寝にそつと近づく団扇風     東京   山田  茜
ほろ酔ひの空は明るき桜桃忌      静岡   山室 樹一
木下闇これより木曾路なほ険し     神奈川  渡邊 憲二
まつ新な少年なりし青林檎       埼玉   渡辺 志水
初茄子の水の中からとび上がる     東京   渡辺 誠子
雨の中浮巣如何にと落ち着かず     東京   渡辺 文子

 















     





星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男
    

形代やいのちの重み紙一重          萩原 陽里
形代は名越の祓の副季語である。陰暦六月晦日に行う祓の折、人形に切った紙で身体を撫でて災いを移して川に流す。その紙と人間の命の重さも実は紙一重だ、というのである。心象に深入りした句だが、真理が覗いているように思う。浮くものもあり、沈むものもある。同時出句に甚平の句が二句ある。〈肩書を白紙に戻す甚平かな〉は功成った人も鳴かず飛ばずの人も甚平を着たら同じだという老人達。〈甚平にはみ出す手足反抗期〉は反対に若い世代の甚平で、甚平から出た手足はまだ若く発条がある。「白紙に戻す」「反抗期」と各々の斡旋が巧みである。 


軋ませて回す電球火取虫           中村 宗男
一昔前の電球はよく切れたものである。フィラメントが劣悪であった。食事中などにプツンと切れて、父や兄が取り替えていた記憶がある。そんなことを懐かしく思い出させてくれる句である。「軋ませて」の臨場感がいい。灯ればすぐに火取虫が寄ってくるのである。 


単衣着て影さへかろき神楽坂         橋野 幸洋
「影さへかろき」がうまいところだ。神楽坂であるから、自ずから粋筋の人の面影が浮かんでくるというものである。地名がすっぽりと決まったのである。同時出句の〈止まり木のやや高めなる太宰の忌〉は、残っている酒場での写真の記憶と重なる。「やや高めなる」が決め手で太宰の人柄にも通ずる措辞である。 


湧く雲のやうな泡立てビヤガーデン      髙橋 初風
「雲のやうな泡」――なるほどと思う。ビヤガーデンはデパートの屋上などが多いので、なおさらである。同時出句の〈あめんぼう雲より雲へ乗りうつり〉は水面に映った雲。夏雲の間を行ったり来たりするのである。 


虚子の影薄き松山遠花火           竹内 洋平
私の聞いたところでも、松山では俳句に縁の無い人でも正岡子規の名は良く知っているが、高浜虚子についてはあまり知られていないのだと言う。虚子の方が俳句人生は遥かに長いし、名句も多いと私は思っているのだが。子規の人間臭さや病気や夭逝の人生が判官贔屓を生んだのかもしれない。句は「遠花火」の季語で虚子の存在を暗示しているのである。 


茅の輪くぐる躓きさうな禰宜の沓        大澤 静子
 茅の輪が出来上ると最初に潜るのは神主。その神主の地を摺るような足運びを「躓きさうな」と滑稽感を持って表現したのである。ポックリのような木沓が目に浮かんでその姿が神妙なだけに何やらおかしみがこみ上がる。同時出句の〈形代の袂丸きはをみなかな〉も擬人化の楽しさ。


風鈴の鳴りさうな風来て鳴らす        浅見 雅江
何とも涼感のいい句である。この風なら風鈴のいい音が聞けそうだ、という風が確かにある。吊してみればやはり‥‥。例えば京都金福寺の蕪村縁の芭蕉堂などが当てはまりそうだ。中七で切って、おもむろに「来て鳴らす」とリフレインで抑えたところが眼目である。 


弥山暮れ海暮れてゆき管絃祭         村上 静子
安芸国一の宮、厳島神社で陰暦六月十七日に行われる「厳島管絃祭」の嘱目であり、同時出句に〈管弦の流れ来る海灯の涼し〉〈浮宮となりし宮居の月涼し〉〈満潮の鳥居をくぐる祭舟〉があった。私はその祭を知らないけれど、これらの句からは祭の様子や楽の音が立ち上ってくるようだ。一回の祭でこの連作を成したことを称えたい。 


吾の身も虫干せむと風に寝る         守屋  明
 「虫干」の季語を作者自身に持ち込んでしまった面白さである。では季語性はどうか、と言うと「吾の身も」の「も」があることで、様々な物を虫干しをしていることが解るのである。ついでに自分も、という俳諧味である。同時出句の〈老の血を命をかけて吸ふ蚊かな〉も「命をかけて」と踏み込んだところが俳諧味である。
 その他印象深かった句を次に。
釈迦の意に添ひ睡蓮の九時に咲く       唐沢 冬朱
清水の舞台狭しと貸浴衣           北爪 鳥閑
折り鶴と核ボタン持ちヒロシマへ       来嶋 清子
何時しかに雨後の竹の子竹になる       佐藤 栄子
涼風と解け合うてゆく坐禅かな        辻本 芙紗
海紅豆ふと島唄を口ずさむ          八木 八龍
立春大吉餞として郷の酒           髙岡  恵
単線の車窓薙ぎゆく夏木立          秋津  結
潮浴の波の音ごと持ち帰る          榎本 陽子
転た寝や遠くに祇園囃子聞き         三井 康有
















        

新連載 伊那男俳句  



伊那男俳句 自句自解(10)
          
  達磨市山の影濃き秩父かな

 一時期、正月の三日に盤水先生を囲んで秩父で初吟行をしていたことは前にも記した。それがきっかけで秩父を好きになり、時間ができると一人で秩父を歩き廻ったものである。妻は友人から「あなた、気を付けなさいよ、休みのたびに秩父、秩父っていうけど、どこかに若ちちぶがいるんじゃないの?」などと、ちょっと品の悪い忠告を受けたという。この句は盤水先生と歩いた正月の吟行句である。札所の一つで小さな達磨市が開かれていた。正月とはいえ枯れ枯れとした秩父の風景の中で、達磨の顔の白さと、真赤な衣が一際印象的であった。句会が開かれるまでの短い自由時間に、町中で正月でも昼間から開いている居酒屋に一人で寄るのも恒例であった。正月だけ出るのだが、軽く干した輪切りの大根で柚子皮の細切りを巻いて甘酢に漬けた郷土食が地酒とよく合った。小一時間ほどで店を出ると、まだ午後の日は明るいものの、周囲の山々はその山襞に深い影を刻み始めていた。

  
鰺鮨や乗り継いでゆく伊豆の旅


 「春耕」の同人総会であったか、林間学校であったか、盤水先生や結社の重鎮の揃う一泊吟行会に初めて参加した。伊豆高原の宿であった。四十歳になったかならなかったかの頃で、かなり緊張していた記憶がある。伊豆へ行くにはもっと早い交通手段があったのだろうが、句作の時間を作りたいということもあり、家から井の頭線、小田急線、東海道線、伊豆急行、バスなどを乗り継いで行った。多分熱海駅あたりで買った鰺鮨を車窓に置いていたのであろう。その日の句会で先生が選んでくれて、あとから廊下で擦れ違った時であったか、先生が「僕の句よりもよかったよ」と言ってくれたことを今も憶えている。改めて今、先生の句集『随處』の平成元年の項を開いてみると〈鰺鮨を提げて天城嶺目ざしけり〉があり、その時の句なのだと思う。先生と同じく、伊豆の景と鰺鮨を重ねていたのである。食べ物といい、地名といい、私の句の傾向の一面が出ている句ということになる。

 










  
  
   


 

 



銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

ごあいさつにご利用下さい。


    
       


   
            















掲示板













 




鳥の歳時記


     



色鳥
























         






             
 
  







銀漢亭日録

伊藤伊那男

7月

7月2日(土)
「銀漢亭Oh!納涼句会」、超結社で40人。学生が参加したのも画期的。持ち寄り五句。席題で二句出し2回。終わって10人ほどで「ふくの鳥」。朽木直さん名幹事。

7月3日(日)
暑い日。17時、新橋の中華料理店「新橋亭」にて本行寺住職・加茂一行さんの句集『観自在』出版記念会。金原亭伯楽師匠の隣席。祝辞。二次会はカラオケ。

 7月4日(月)
昨日の酒が残っている。8月号校正。発行所「かさゞぎ俳句勉強会」あと12人。今日から若井新一さんの巾着茄子が入荷。「そして京都」の削除追加原稿を秋葉男さんに渡す。

 7月5日(火)
「信州伊那井上井月俳句大会」募集句選句約1,800句。30句選送る。「雲の峰」の有隣先生と駅でばったりお目にかかる。店、布目さん7人。全体閑散。

  7月6日(水)
ORIX時代の上司中野さんより連絡あり。鎌倉での所属誌終刊の予定にて10月から仲間7名で「銀漢」に入会したいと。店「宙句会」12人。ヴーヴクリコで私の明日の誕生日を祝ってくれる。「きさらぎ句会」10人。「梛」主宰永方裕子さん一党七人など。

  7月7日(木)
67歳誕生日。猛暑の日。井蛙さんセットしてくれて赤坂の迎賓館見学会。店「十六夜句会」12人。誕生祝いに色々な方が来てくださる。賑やか。

 7月8日(金)
店、俳句関係者がほとんどいないという珍しい日。

7月9日(土)
「銀漢本部句会」。選挙がらみで公的会場取れず、中野サンプラザ57人。あと40名近くで「炙谷」にて納涼会。帰宅すると成城仲間(幼稚園組)来ていて参加。あと宮澤と京都の話など。

 7月10日(日)
午前中、身辺雑用。午後、成城仲間(小学校組)のK建設国領別宅にて流しそうめんの会。5、6家族。庭の竹を切って桶を作る。思えば祖父参加はいつも私1人。庭を渡る風が心地良い。

 7月11日(月)
伊勢神宮の宮司河合真如氏が武田禪次さんの句集『留守詣』出版の祝いを言いたいとて、宮澤と「銀漢亭」に来店。武田夫妻。河合さんは私には滋賀県高島市の筆を、また、銀漢への基金も置いていって下さる。「演劇人句会」12人。

7月12日(火)
「火の会」10人。

7月14日(木)
「アルパカの会」。うさぎ、小石、敦子、峯尾、四女史幹事の会。「首」「長」「族」読み込みの句会。30名程集まる。佐藤文香、辻村麻乃、しなだしんさん他、珍しいメンバーも。

 7月15日(金)
中川さん来て整髪。夏向けにやや短く。荒梅雨。発行所の「蔦句会」選句。あと4人店。杉阪さん腰痛悪化で休み。閑散ながら宮崎県の延岡市の岸上玲子さん(「河」)が御子息と訪ねて来て下さる。

 7月16日(土)
1日雑用。宮澤は3日ほど京都撮影と。夜、桃子と鮎の塩焼。海鞘などで酒盛り。

7月17日(日)
昼、池袋から清人さんの車でいわきへ。港の千度祓の儀式で古市文子さん、茨木和生先生などと合流。ワシントンホテルに荷を解き、18時半より「平安」にて前夜祭。乾杯の音頭。あと古市文子さんのお誘いを受けもう一杯。いわきの酒場街が賑やかなのに驚く。

   7月18日(月)
海の日。2日酔い。9時半頃、アクアマリンふくしまへ。いい水族館。バックヤードの見学も楽しむ。13時、「復興いわき海の俳句全国大会」。事前投句は2,000句超。当日句百数十人の参加か。茨木和生氏講演の間に、今瀬剛一、四ッ谷龍、アクアマリン・安部館長、地元の俳人と選句。「銀漢」メンバー活躍する。山崎祐子さんや地元の古市文子さん達、実行委員の方々に感謝! 16時、小野寺車でいわきを後に。朝霞で下車し、駅前にて5名で酒盛り。

 7月19日(火)
小野寺清人さんの「気仙沼の魚を喰う会」。出版関係社30数名集合。鰹、鮪、帆立、海鞘、烏賊……。皆さん、酒を飲むこと! 畔柳海村さん句集『マダンの風』上梓。持参して下さる。

7月20日(水)
「三水会」五人。

 7月21日(木)
古市文子さんより鰹一本到来。すぐ捌き、炙る。店、「銀漢句会」あと22人。

 7月22日(金)
発行所、8月号発送。そのあと「門」同人会へ貸し出し。店にて畔柳海村句集の発送。あと、「金星句会」。終わって6人店。

 7月23日(土)
「纏句会」。壷焼、夏野菜のジュレ、題の「鯵」から鯵フライ、握り(新子が出る)。酒は高清水。あと渋谷の本屋に寄り、鳥竹で少々。帰宅すると桃子の中高同期五人ほどが帰るところ。懐かしい面々。そのあと、家の食事というので、鳥鍋などでまた飲む。華子が乗鞍高原合宿から戻り、明日から莉子が槍ヶ岳へ4泊縦走登山へ。

 7月24日(日)
やや疲れあり、選句したり、眠ったり。午後、杏子一家来て遅い私の誕生祝いと。バルコニーでバーベキューパーティー。途中、一眠り。最後、私のガーリックライス好評。

 7月25日(月
選句、急がねば……。3日前から左肩上がらず。1年半振りに整体。店、超閑散……。

7月26日(火)
対馬康子さん久々。「萩句会」あと店で納涼会16人。あとは閑散。22時半、閉め「大金星」。日程の整理。やらねばならぬことの期日一覧。店長・井上君と酒の話など。

 7月27日(水)
9月号選句など続く。店「雛句会」11人。

7月28日(木)
あ・ん・ど・うクリニック。高血圧対策の投薬量試験中。都知事選期日前投票。銀行入金。コンビニ送金。郵便局切手購入。薬局……など巡る。暑くなりそうな日。原稿書き。莉子、槍ヶ岳登山から戻る。4日間霧の中であったと。東京梅雨明け。

7月29日(金)
店、「閏句会」(藤森壮吉さん)。たまたま肖子さん来店……。

  7月30日(土)
9時、東京駅から軽井沢へ。しなの鉄道経由、小諸へ。快晴。蕎麦店「刻」一番客。二足盛。ベルウイン小諸にて第8回小諸日盛俳句祭。2日目からの参加。一時から教室。本井英、筑紫磐井さんと講師。四時シンポジウム。途中参加者の指名で一言喋る。あと親睦会。そのあと昨年行った「花むら」。鯉こく二枚食べて満足。小諸城址から星を眺めてホテルへ。




           










           
△『漂白の俳人・井上井月』伊藤伊那男著
          
  
    






今月の季節の写真/花の歳時記


2016年10月20日撮影   白花杜鵑草   TOKYO/HACHIOJI





         
花言葉     『永遠にあなたのもの』『秘めた意志』『永遠の若さ』



シロバナホトトギス(白花杜鵑草)
日本原産でユリ目ユリ科ホトトギス属の多年草「ホトトギス(杜鵑草」 の白花品種です。 北海道~本州、四国、九州の山野の日陰に自生します。
花は上向きに咲く白い6弁花で、喉元に黄斑点があります。 花の中央にある1本の雌蕊(花柱)は3深裂し、さらに各先端が2深裂します。 雌蕊の周辺には6本の雄蕊があり各先端に葯が付きます。

10月に紹介した花たち。
 
 

 
 紫苑  十月桜  アメジストセージ  ルリマツリモドキ    
           
 茶の花  白花杜鵑草         
画像上で拡大します。


写真は4~5日間隔で掲載しています。 

2016/10/18

更新


HOME

漢亭日録