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 9月号  2016年

伊藤伊那男作品 銀漢今月の目次 銀漢の俳句 盤水俳句・今月の一句  
彗星集作品抄    彗星集選評  銀漢集作品抄
  綺羅星集・作品抄  銀河集・綺羅星今月の秀句 星雲集・作品抄  
星雲集・今月の秀句   新連載  銀漢の絵はがき 掲示板 
 鳥の歳時記  銀漢日録  今月の写真 



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伊藤伊那男作品



かたつむり       伊藤伊那男

詩のやうにしたたる雨や濃あぢさゐ
本能寺下天の雨をかたつむり
酒場まで海霧のきてゐる港町
善光寺までを一里の杏子捥ぐ
江の島が少し近づくまで泳ぐ
風死して影の濃くなる基地の町
内子座の奈落の底の黴匂ふ
黴あれば黴も仏に曼荼羅図





        
             





今月の目次









銀漢俳句会/9月号




  
        
    








          





   


銀漢の俳句 

伊藤伊那男 

◎諏訪の神々

 私は諏訪の隣の伊那谷に育ったが、俳句を始めるまでは、御柱祭(おんばしらまつり)を知らずにいた。7年に1度の祭のせいかもしれないが、家庭でも学校でも御柱祭の話題を耳にしたことがなかった。諏訪と伊那は天竜川で繋がっているものの、人的にも文化的にもあまり交流がなかったということがあるかもしれない。
 5月号の「盤水俳句・今月の一句」で触れたが、先生に〈おんばしら御幣切れて湖へ飛ぶ〉という句がある。作句年をみると、まだ私が俳句を始める前の句である。だが私はたまたまその年の5月の連休に帰省の途次、高速道路で諏訪を通過していた。いつになく風が強く、諏訪全体に砂塵が立っていたから、覚えているのである。この句はまさにその強風の日の里曳(さとび)きの一景であると今は確信している。
 その後俳句を始めてから、諏訪大社にまつわる季語として「蛙狩(かわずがり)の神事」「御射山祭(みさやままつり)(穂屋祭(ほやまつり)」などがあることを知った。「蛙狩の神事」とは、上社本宮で元朝、境内の御手洗川の氷を割り、蛙三匹を捕えて、神前において小弓で射て贄とする神事である。「御射山祭」は8月26日から3日間、八ヶ岳山麓の御射山社に、茅・芒で葺いた小屋を設え、芒の穂を供えたり、鰻の放生を行うもの。
今年は武田禪次さんと語らって、御柱祭の喧噪を避けて、諏訪の神の居ます山「守屋山(もりやさん)」への登拝を思い立った。守屋山は標高6100Mほどで、信州の中では目立つ山ではない。『古事記』などの伝承によれば大国主命の二男、建御名方命(たけみなかなのみこと)が天照大神への国譲りに反対して、使者の建甕雷神(たけみかずちのかみ)との戦いに敗れ、越の国を経由して諏訪に逃げ込み、降参して諏訪の神となったという。ただし諏訪には先住民がいたのであり、出雲族と縄文先住民との間に戦いがあり、先住民族が出雲の神に服従したという。縄文の匂いをふんだんに残した先住民の洩矢(守矢)家は諏訪の神に仕える補佐役、神長官(じんちょうかん)として延々と今日に血統を繋いでいるのである。その守矢家の憑代(よりしろ)の山が守屋山なのである。守屋山では同行者の磁石が狂ったが、ここはフォッサマグナの大陥没と中央構造線の交叉する複雑な地域の縁というか岸辺に当たる山のようである。諏訪の杜は建御名方命を祀っているが、実態は先住民の縄文の猛々しい息吹が濃厚である。明治までは上社前宮の「御頭祭(おんとうさい)」には鹿の生首75頭、串刺しの兎、鯉、雉子、鹿の脳味噌の和物などが並んだという。今、神長官屋敷跡の守矢資料館でその祭の片鱗を知ることができる。諏訪の謎はとてつもなく深いのである。御柱祭の年に、改めて諏訪の神々のことに思いを馳せた登山であった。
 














 



  

盤水俳句・今月の一句


伊藤伊那男
:
墨堤に澄む船の笛厄日過ぐ          皆川 盤水

先生は昭和29年、36歳の時、海運・倉庫会社を起業された。北海道や小名浜間の物資運搬を手掛けておられたと聞いた。嵐で昆布が濡れて商品にならなかったり、仕入れた石鹸が手の皮が剝けるような品物であったなどという苦労話を聞いたことがある。自らも荷役などで汗を流された経験から、厄日が無事過ぎた安堵感は一入であったと思われる。その思いが「澄む」の表現に籠められているようである。
                                         (平成9年作『高幡』所収)










  

彗星集作品抄

伊藤伊那男・選


夏座布団一つを取ればなだれ落つ       小野寺清人
風鎮が床の壁打つ風は秋           沼田 有希
海の日や魚眼レンズの中にをり        大野 里詩
籐椅子や古地図に残る大東亜         小野寺清人
綿飴の魔法輝く夜店の灯           大西 酔馬
鎌倉の雨は紫陽花色に降る          新谷 房子
手びさしのネイル七色梅雨晴るる       伊藤 庄平
あめんぼう雨後の流れを乗りこなす      多田 美記
父の日の龍角散に小匙かな          久坂衣里子
通夜の灯をひたすら叩く火取虫        佐々木節子
目の前の事件の遠さ電波の日         末永理恵子
二人には隙間の多き冷蔵庫          伊東  岬
太郎に兜次郎に太刀の武具飾る        山元 正規
竹皮を脱ぐ境内は古着市           中村 孝哲
鵲や(から)国攻めの城の跡            屋内 松山
さくらんぼ種の置き処を灰皿に        夲庄 康代
扇風機生き物めきて首ふれり         住山 春人















彗星集 選評 伊藤伊那男


夏座布団一つを取ればなだれ落つ       小野寺清人
 夏座布団は藺草や葦などでできているので軽いしつるつるしていて滑り易い。そうした特徴をよく捉えている句である。お寺や集会場などの隅に積み上げてあるのだが、壁にもたせかけてあったりして不安定である。上の一つ、二つを取ると均衡が保てなくなって崩れ落ちる。うん、そうだよな!と誰もが頷く句である。極めて真面目に詠んでいるのだが期せずして読後にユーモアが漂う。

  
風鎮が床の壁打つ風は秋           沼田 有希
秋風と言えば何といっても一番に思い出すのが<秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる 藤原敏行>である。ふと秋の到来を知るーーこの句はまさにこの歌を「物」に託して具体化したものといえよう。具体的な「物」とは掛け軸の揺れを抑える風鎮である。風鎮が一塊の風に音を発したのだが、作者はその音で秋の到来を知る。下五を「秋の風」ではなく「風は秋」と収めたところが見事である。 

  
海の日や魚眼レンズの中にをり        大野 里詩
やや想像力を必要とする句である。多分作者は水族館の中にいるのである。魚を見に行ったのだが、反面、沢山の魚から見られてもいる。それが「魚眼レンズの中にをり」なのである。「炎昼や」とか「夏旺ん」などの季語では理解できなかったかもしれない。「海の日を」と中七を繫げば、より明確に水族館にいる作者の姿が浮かび上がってくるのである。

  
籐椅子や古地図に残る大東亜         小野寺清人
まさに古色蒼然たるものの寄せ集めの面白さである。冷房設備の無い時代は夏に籐椅子を設えたものだが、今はそのような入れ替えはほとんど必要が無い。また、壁には大東亜共栄圏時代の地図。アジアの大陸や島々が日本と同じ色になっているという。どこかに残っている邸宅の一景であるのかもしれない。興亡の歴史の一端、栄華一炊の夢……ということを思う。 

  
綿飴の魔法輝く夜店の灯           大西 酔馬
今もって綿飴の屋台を見ると立ち止まってしまう。食べたいのではなく、でき上がるのを見ていたいのである。ザラメの粒が瞬時に綿に変わる不思議さは見飽きることがない。句は夜店が舞台なので、輝きはなおさらである。 

  
鎌倉の雨は紫陽花色に降る          新谷 房子
鎌倉と紫陽花の組み合わせは山ほど見てきた。類型の山である。が、この句は徳俵で踏ん張っている感じだ。鎌倉の中に七変化の雨が降る面白さである。ただし「紫陽花色」を季語としていいのか?という意見がでることであろう。私は十分な季感を持っていると思うが……。 

  
手びさしのネイル七色梅雨晴るる       伊藤 庄平
虹を連想させる爪の七色。「梅雨あがる」の方がいい。 

  
あめんぼう雨後の流れを乗りこなす      多田 美記
臨場感のある句で、あめんぼの生命力を捉えた。 

  
父の日の龍角散に小匙かな          久坂衣里子
 ほとんど無視されている父の日のおかしさ。

  
通夜の灯をひたすら叩く火取虫        佐々木節子
火取虫も通夜に参じたという作者の哀悼の深さ。 

  
目の前の事件の遠さ電波の日         末永理恵子
様々な事件が電波に乗って過ぎ去ってゆく。異色の句。 

  
二人には隙間の多き冷蔵庫          伊東  岬
子どもたちが巣立ったあとの夫婦。冷蔵庫に象徴させた物語。 
 
  
太郎に兜次郎に太刀の武具飾る        山元 正規
長男の時に兜、次男の時に太刀を買い足したのである。 

  
竹皮を脱ぐ境内は古着市           中村 孝哲
「脱ぐ」の連想から古着市へ到達した連想の凄さである。
 
  
鵲や韓(から)国攻めの城の跡        屋内 松山
秀吉の朝鮮征伐の折、鵲が九州に来たという歴史回顧。

  
さくらんぼ種の置き処を灰皿に        夲庄 康代
解る、解る。酒場の止まり木の一景であるか。 

  
扇風機生き物めきて首ふれり         住山 春人
「生き物めきて」に昔の古武士のような扇風機を思う





 

 











銀河集作品抄

伊藤伊那男・選

補陀落への行く手さえぎる青葉潮    東京   飯田眞理子
茹でられて蛸正体を曝しけり      静岡   唐沢 静男
燕の巣早や選ばるる子の新居      群馬   柴山つぐ子
小津調に設へ蚊遣置きにけり      東京   杉阪 大和
陶枕の夢に北京の鼓楼街        東京   武田 花果
満開といふ色のなき柿の花       東京   武田 禪次
四阿の足の踏み場の蟻地獄       愛知   萩原 空木
キャンプ張る夕べの磧高嶺星      東京   久重 凜子
水平線の弧より卯波や九十九里     東京   松川 洋酔
飛魚や島の訛の子守唄         東京   三代川次郎
袋掛風土記の丘へ脚立たて       埼玉   屋内 松山





 


















綺羅星集作品抄

              伊藤伊那男・選 


立志伝崩れては立ち雲の峰       東京   堀内 清瀬
行く先を食べはじめたる蝸牛      東京   堀切 克洋
薫風や鳶職空を歩きたる        東京   保谷 政孝
江ノ電の人零しゆく紫陽花へ      千葉   土井 弘道
葭切の中利根人の婚と葬        埼玉   多田 美記
子雀のひいふう玉川兄弟像       東京   武井まゆみ
一族の新茶見定む至福の眼       東京   大山かげもと
母の日に敢へてなんにもせずにをり   東京   伊藤 政三
松島の海猫を孵して夫婦岩       埼玉   小野寺清人
国取りの境の川に簗を打つ       東京   朽木  直
闘犬のポスター街に土佐暑し      長崎   坂口 晴子
少年の日の時空へと夜店の灯      東京   大西 酔馬
知覧より届きし新茶兄の忌に      神奈川  鏡山千恵子
愁ふこといつしか遠く花茨       東京   島谷 高水
合戦は川中島か遠蛙          東京   白濱 武子
時の日の雨漏刻の音かもと       大阪   末永理恵子
蕗炊くや郷の余震を案じつつ      東京   鈴木てる緒
母の日や父を頼むと子の電話      愛媛   高橋アケミ
昨年と同じ法話を目借時        東京   谷岡 健彦
長老のうたた寝長き旅所かな      神奈川  谷口いづみ
大川の風滑り込む青簾         東京   塚本 一夫
髪洗ふ髪薄けれど髪洗ふ        愛知   山口 輝久

まどろみの子の寝返りに青葉風     東京   相田 惠子
パレットに絞る絵具や麦の秋      宮城   有賀 稲香
母の日や母との距離は縮まらず     東京   有澤 志峯
巻きぐせの揺れぐせとなる青簾     東京   飯田 子貢
葉桜の影の枝垂るる野面垣       静岡   五十嵐京子
草笛の島の子けふも沖見つつ      埼玉   伊藤 庄平
躍り出て影に肘つく黒蜥蜴       東京   上田  裕
ほうたるが蛍袋に会ひし夢       埼玉   梅沢 フミ
ふらふらと来て的確に蠅打てり     神奈川  大野 里詩
降るとまで近きに鳴くや雨蛙      埼玉   大野田井蛙
望郷のよすがともなる鵲来       東京   大溝 妙子
同じ事言ふ幼子の天瓜粉        東京   小川 夏葉
ねむる子に微笑みほどの団扇風     東京   影山 風子
ごきぶりに生まれてしまひ修羅の日々  和歌山  笠原 祐子
あめんぼは雲を跨いで辷りけり     愛媛   片山 一行
法衣畳む手なり毛虫を焼く手なり    東京   桂  信子
銹びてなほ榊の花の匂ひけり      東京   我部 敬子
夢窓国師滞在座敷釣忍         高知   神村むつ代
ぽつぽつと一茶旧居に柿の花      東京   川島秋葉男
その蕚のはばたいてゐる柿の花     長野   北澤 一伯
介山の墓の威風や新樹光        東京   柊原 洋征
海峡の町に嫁ぎぬ青簾         神奈川  久坂依里子
切通し抜くるや沖の卯月波       東京   畔柳 海村
佐殿の発ちし岬の青葉潮        神奈川  こしだまほ
江戸へ行く瀬音涼しき羽村堰      東京   小林 雅子
若葉風享く丸柱鑑真忌         千葉   佐々木節子
虹の端の消えし辺りや隠れ里      長野   三溝 恵子
時の日や恩賜の時計なる形見      東京   島  織布
パレットに十色の緑東山        兵庫   清水佳壽美
青簾しばし道後の湯のほてり      東京   新谷 房子
まひまひず井戸緑蔭を深めをり     東京   角 佐穂子
鵲や肥前の国を母国とし        東京   瀬戸 紀恵
夜濯ぎのすすぎにけふを流しけり    東京   曽谷 晴子
年齢で変はる幸せ柿の花        東京   高橋 透水
青鳩の鴫立沢へ迷ひ込む        東京   多田 悦子
ときどきは日傘を杖に代へし母     東京   田中 敬子
夕立や駈け込み寺に駆け込みぬ     東京   谷川佐和子
鴨川の真砂女の卯浪高きまま      愛知   津田  卓
山の辺のことに三輪山青嵐       東京   坪井 研治
ひとたびは鴨居に掛けて夏衣      埼玉   戸矢 一斗
ほとばしる蛇口の水も立夏かな     神奈川  中川冬紫子
水鉄砲父の名を持つ大怪獣       大阪   中島 凌雲
田の神の使徒かもしれずほととぎす   東京   中西 恒雄
古池の静寂を深め水馬         東京   中野 智子
清潔な風吹いてゐる若楓        東京   中村 孝哲
職退きて風颯颯と古簾         茨城   中村 湖童
簾より漏るる昭和の歌謡曲       愛知   中村 紘子
指の腹使ひ回して枇杷を剝く      東京   西原  舞
投函に出て立ち話夕月夜        東京   沼田 有希
冥界を分けし一間の明易し       神奈川  原田さがみ
高野参り終へて柿の葉鮨の昼      兵庫   播广 義春
啄木になりきり初夏の山仰ぐ      福岡   藤井 綋一
少し風あればひたぶる風車       岐阜   堀江 美州
やげん堀に買ひ足す七味傘雨の忌    埼玉   夲庄 康代
慾張らぬことに肚決む天の川      東京   松浦 宗克
雨の日のこぼるるものに柿の花     東京   松代 展枝
黴生えし昔の浮名クラス会       東京   宮内 孝子
花栗の垂るる竪穴住居跡        千葉   無聞  齋
富士の水めぐる迅さよ半夏生      東京   村上 文惠
梅雨の月思はぬ方に出でてをり     東京   村田 郁子
江の島へ渡る日傘や風を連れ      東京   村田 重子
やませ来る又三郎の森の奥       千葉   森崎 森平
夏シャツの奥の細道先導す       東京   森 羽久衣
鮒鮓や湖面の光眺めたる        埼玉   森濱 直之
堕天使のかくや芍薬散りにけり     東京   山下 美佐
我先に堰切るごとく蜘蛛の子ら     群馬   山田  礁
昔ほど鳴らぬ指笛麦の秋        東京   山元 正規
浮いて来い昭和の記憶褪せぬまに    千葉   吉沢美佐枝
たかし忌や墓より望む大漁旗      神奈川  吉田千絵子
墓守のごと爪立てて蟹よぎる      愛媛   脇  行雲
白シャツに黒ネクタイの御陵守     東京   渡辺 花穂
















     







銀河集・綺羅星今月の秀句

伊藤伊那男

立志伝崩れては立ち雲の峰         堀内 清瀬
 
徒手空拳で、一回で成功する人などなかなかいない。何度も失敗し、しかしそれにめげないで新たな挑戦をする情熱を持てるかどうかであろう。句は「雲の峰」の季語にそのことを託している。雲の峰の向うは古里であるか・・・・・・。 


 

行く先を食べはじめたる蝸牛        堀切 克洋   
機知の効いた句だ。行く先の「葉」を食べ始めるというだけのことなのだが、読み手に、行く先そのものを食べてしまうという錯覚を起こさせる魔法を持つ。身近だけれど生態のよく解らない蝸牛だからこその表現。 


  

薫風や鳶職空を歩きたる          保谷 政孝
「空を歩きたる」―中々大胆に詠み切ったものである。必ずどこかに足を付けている筈なのだが、それを無視して「空を」と断定したところがいい。誰もが共感できる飛躍表現である。 

 

江ノ電の人零しゆく紫陽花へ        土井 弘道 
 利根川は坂東にある第一の川、ということで「坂東太郎」とも呼ばれる。それだけ生活に密着した川で流域の人々は運送、漁業、農業と、川と共にたずきがあった。「婚と葬」がそのことを象徴しているのである。葭切の鳴く中・・・・・・。

  

葭切の中利根人の婚と葬          多田 美記
利根川は坂東にある第一の川、ということで「坂東太郎」とも呼ばれる。それだけ生活に密着した川で流域の人々は運送、漁業、農業と、川と共にたずきがあった。「婚と葬」がそのことを象徴しているのである。葭切の鳴く中・・・・・・。 

  

子雀のひいふう玉川兄弟像         武井まゆみ
玉川上水は江戸初期、羽村から四谷大木戸へ多摩川の水を供給した用水路。この掘削は困難を極めたというが、玉川庄右衛門、清右衛門兄弟により完成した。「子雀のひいふう」の措辞が何とも上質な抒情である。玉川兄弟像でなければ成立し得ない必然性を持っているのである。

  

一族の新茶見定む至福の眼         大山かげもと
作者は世田谷区下北沢の茶舗店主。御子息が二人共茶師十段の方々という見事な一族である。夏場は抹茶を使ったかき氷が人気で行列ができると新聞で見た。句は新茶の出来具合を親子で検分したのであろう。厳しく冷徹な目を注ぐが、次第に「至福の目」に変わっていく。親子の見解が一致したのであろう。家業が受け継がれていく至福も。 

  

母の日に敢へてなんにもせずにをり     伊藤 政三
 6月に92歳で亡くなられた会員伊藤菅乃さんの子息の句である。88歳で俳句を始められて句を生きがいとして最後まで投句されていた。作句を勧めたのは、この作者。「なんにもせずにをり」は愛情表現の一つである。母に悟られないように見守っていたのである。

 

松島の海猫を孵して夫婦岩         小野寺清人
  
大震災で津波に吞まれた松島も今は元の景観を取り戻していると聞く。その島々で海猫の卵が孵化する。親鳥が孵すのではなく「夫婦岩」が孵すとしたことで一気に松島の景色が読者の目に広がる仕掛けである。 

 

国取りの境の川に簗を打つ         朽木  直
司馬遼太郎の『国盗物語』以来、国取りと言えば岐阜、川は長良川、というのが共通認識となった。その国境に、その昔なら柵を作ったり、見張り小屋などを建てたのであろうが、今は鮎簗を打つばかり。歴史の醸す情感に現代の風景を重ねて見事な構成である。 

  

闘犬のポスター街に土佐暑し        坂口 晴子
闘犬―ああ、土佐には残っているのだ。土佐犬がいるのだ。そのポスターが街角に貼ってあるというのが何とも味わい深いのである。暑い季節がまた熱気を煽るのかもしれない。「土佐暑し」とずばりと地名を生かした。

その他印象深かった句を次に
  

少年の日の時空へと夜店の灯        大西 酔馬
知覧より届きし新茶兄の忌に        鏡山千恵子
愁ふこといつしか遠く花茨         島谷 高水
合戦は川中島か遠蛙            白濱 武子
時の日の雨漏刻の音かもと         末永理恵子
蕗炊くや郷の余震を案じつつ        鈴木てる緒  
母の日や父を頼むと子の電話        高橋アケミ 
昨年と同じ法話を目借時          谷岡 健彦
長老のうたた寝長き旅所かな        谷口いづみ
大川の風滑り込む青簾           塚本 一夫
髪洗ふ髪薄けれど髪洗ふ          山口 輝久










        




                 
    
   

 
 



 



星雲集作品抄

             伊藤伊那男・選

熟田津の潮待つ舫ひ青簾        東京    橋野 幸洋
やすやすと死なぬつもりの衣更ふ    東京    半田けい子
詰将棋もう解けるはず夕端居      長野    髙橋 初風
青すだれ腹這ひに書く日記かな     東京    小山 蓮子
銭亀に竜宮城を買うてやる       神奈川   上條 雅代
癖字這ふ修司の葉書五月来ぬ      宮城    小田島 渚
優しさのしやもじを返す豆の飯     埼玉    中村 宗男
くちなしの匂ひ沈みぬ夕間暮れ     東京    梶山かおり
小蜘蛛発つ己れの噴きし糸に乗り    東京    大沼まり子
職引きてあやふやとなる更衣      神奈川   伊東  岬
卓袱台のありし昭和や豆の飯      埼玉    池田 桐人
稜線は楽譜の如し田植唄        神奈川   有賀  理
亀の子の育ち過ぎしを嘆かるる     埼玉    秋津  結
けふからは夏服といふ鎧かな      東京    辻  隆夫
鷭の子の浮葉をまたも踏み外す     東京    小泉 良子
捨てられぬ父のネクタイ更衣      神奈川   上村健太郎
学舎は本丸の跡椎の花         埼玉    大澤 静子
今年竹節に残せし鍬の痕        静岡    小野 無道
杏子落つ今や墓標の旧家かな      東京    宮﨑晋之介
落ち付かぬ軽さにもぐる夏布団     長野    守屋  明
竹の皮脱ぎ孫ひとり増えにけり     静岡    山室 樹一
せつかちも父親譲り更衣        埼玉    渡辺 志水

木漏れ日のはざまを惑ふかたつむり   東京    秋田 正美
夏燕膝すれすれに擦違ふ        神奈川   秋元 孝之
夕立の初めの埃臭きこと        東京    浅見 雅江
蛍火やいよいよ映ゆる運命線      愛知    穴田ひろし
烏帽子にも葵さしたる馬上衛士     愛媛    安藤 政隆
時鳥鳴き旧る声もけふ新た       東京    井川 敏夫
置賜の杏子煮てゐる雨の午後      東京    生田  武
豆のところの嚙みごたへ良き豆ご飯   東京    今井  麦
緑陰も色濃きところ歩みけり      埼玉    今村 昌史
乃木大将の唱歌なつかし青棗      埼玉    大木 邦絵
対向車危ふく避ける五月闇       群馬    岡村妃呂子
独居に開かずの間あり黴匂ふ      神奈川   小坂 誠子
ゆく春や妻六年を臥せしまま      京都    小沢 銈三
山の宿すさび相手の灯取虫       埼玉    小野 岩雄
ひなげしの薄き花弁のふくよかさ    静岡    金井 硯児
出迎へか高尾の駅の夏つばめ      東京    亀田 正則
鮎釣りの孤独の至福見てをりぬ     長野    唐沢 冬朱
もてなしの程良き量の水を打つ     神奈川   河村  啓
何処やらに鳴くほととぎす風渡る    長野    神林三喜雄
よしごゐいや弁慶のごと茎握る     愛知    北浦 正弘
ゆつたりと枡に膨らむ冷し酒      神奈川   北爪 鳥閑
孑孑の浮沈の高さそれぞれに      和歌山   熊取美智子
歩き遍路携帯電話鳴らしつつ      愛媛    来嶋 清子
南天の実よりも地味な花なりし     埼玉    黒岩  章
夏めくやステンドグラス輝きて     愛知    黒岩 宏行
星涼し生死は弥陀の掌         東京    黒田イツ子
緑陰に友と語らふ紅茶の香       群馬    小林 尊子
柳若葉実は葉のうらにかくれけり    東京    斉藤 君子
どうしても一度蹴りたき夏布団     神奈川   阪井 忠太
行く川の淀まぬ流れ伝教会       長野    桜井美津江
短夜の栞進まぬ文庫本         東京    佐々木終吉
靖国に日傘もろとも跪く        群馬    佐藤 栄子
緑濃き森のごとくのパセリかな     群馬    佐藤かずえ
新聞の句を口ずさむ梅雨晴間      群馬    佐藤さゆり
滋養てふやはらかき粒一夜酒      東京    島谷  操
奉げなむ李白の墓に冷し酒       埼玉    志村  昌
聖五月清酒振り撒く土祭        東京    須﨑 武雄
簗打ちし音本流に搔き消さる      東京    鈴木 淳子
城の町店それぞれの武者人形      群馬    鈴木踏青子
十二使徒天の色染む夏はじめ      愛知    住山 春人
草の海分かつモーゼの青嵐       埼玉    園部 恵夏
大輪のダリア映画の女優めく      東京    田岡美也子
登校の道の濡れたる蟇         山形    髙岡  恵
子燕を見上ぐる子等も口開けて     福島    髙橋 双葉
茶摘唄今朝の富士山瑞瑞し       埼玉    武井 康弘
羽蟻の夜家郷の歌のさびしくて     東京    竹内 洋平
この人と好みは同じ葛桜        広島    竹本 治美
何枚も代へては挑む草の笛       三重    竹本 吉弘
短夜も更に短く「深夜便」       東京    田中 寿徳
朝焼を浴びる背中や天赦日       東京    田中  道
十薬の匂ふ庭にも住み古りし      神奈川   多丸 朝子
回廊の牡丹に唐の妃見ゆ        東京    辻本 芙紗
ハンカチの畳まれてゆく黙ありて    大阪    辻本 理恵
大きめのトートバックに夏兆す     東京    手嶋 惠子
万緑を裏返したる風の音        東京    豊田 知子
万物が皆輝ける夕立あと        神奈川   長濱 泰子
離陸して麦秋の色眼で紡ぐ       長崎    永山 憂仔
神戸にて白黒写真パナマ帽       神奈川   萩野 清司
万緑に飛んで的鳴る一矢かな      埼玉    萩原 陽里
出渋ればひねもす梅雨の色まとふ    東京    長谷川千何子
グラス持つ手付で愛でるバラの香を   神奈川   花上 佐都
郭公の鳴きやうにある間合かな     長野    馬場みち子
遠き日の空の青さや栃の花       神奈川   福田  泉
消えさうな幼き日追ひ蛍追ひ      東京    福永 新祇
雨意兆す庭に古参の蟾の声       東京    福原 紀子
臨月やいざ出陣と鰻食ふ        愛知    星野 かづよ
蛇苺振り向きざまの胸騒ぎ       東京    星野 淑子
芭蕉布に残りし母の座り皺       東京    牧野 睦子
卯の花や雨の重みで散り初むる     愛知    松下美代子
歯痒き世はがゆきままに梅雨寒く    神奈川   松村 郁子
案じ事ひとまづ置きて豆の飯      京都    三井 康有
麦刈ればせせらぎの音流れくる     東京    宮田 絹枝
くろがねの腕の光る競渡かな      神奈川   宮本起代子
夏祭よくぞ男子に生まれたり      東京    八木 八龍
鳩吹けば野生の鳩も鳴くやらん     東京    家治 祥夫
雨粒に色加へたる四葩かな       群馬    山﨑ちづ子
青葉して鳥語の出番多きかな      東京    山田  茜
あぢさゐの色移ろひて雨上る      東京    渡辺 誠子
平凡な日々の幸せ冷奴         東京    渡辺 文子















     





星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男
    

熟田津の潮待つ舫ひ青簾          橋野 幸洋
熟(にき)田津(たつ)は伊予国道後温泉付近にあった船着場。万葉集の〈熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな 額田王〉で知られる。句はこの歌の本歌取りで、額田王一行が青簾の中から潮時を見ているというのである。もちろん現在の作者の姿も重ねているのであるから技が高い。同時出句の〈かささぎや徐福の伝へ多き里〉は九州に伝わる徐福伝説に半島渡来の鵲を合わせた。〈火屑舞ふ室町の闇薪能〉は時空を超えて室町時代へ場面を転換させている。各々歴史や伝承を現代から発掘している句群である。


銭亀に竜宮城を買うてやる         上條 雅代
銭亀は夏の季語の「亀の子」の副季語。夜店などで売られていた。この亀を家で飼うのだが、竜宮城の模型を水槽か洗面器かに配したのである。安い模型であるのに「竜宮城を買うてやる」と堂々と言い切ったところがこの句の俳諧味たっぷりの楽しさである。同時出句に〈亀の子に太平洋とエベレスト〉もあり、これもたかだか盥の中のことなのに、配した水と石にとてつもない大きな名前を付けた面白さである。


癖字這ふ修司の葉書五月来ぬ        小田島 渚
寺山修司は俳句、短歌、演劇、映画、それでも納まらず、ボクシング、競馬評論など多彩な活動を行った。俳句では〈目つむりていても吾(あ)を統(す)ぶ五月の鷹〉(『われに五月を』)が知られている。確か青森県に記念館があり、私も寄った記憶がある。掲出句は修司の一面を捉え、五月を配したところが勘所。同時出句〈百獣のわれも一獣青嵐〉も奔放な発想で、感覚のよさを思う。


優しさのしやもじを返す豆の飯       中村 宗男
まさに作者のやさしさも出ている句である。蚕豆や豌豆の皮を剝いて炊き込む。柔らかに炊き上がっているので、潰さないように丁寧に混ぜ合わせるのである。そんな母の姿を思い出させる。同時出句の〈なりぬべき龍の夢なほ鯉のぼり〉は、鯉のぼりが、きっと龍になるのだという夢を持って泳ぎ続けている、という非凡な発想。


稜線は楽譜の如し田植唄          有賀  理
私の叔父、池上樵人に〈山二重一重はやさし七五三〉という数字を巧みに配した句がある。私の郷里伊那谷は前山、後山が重なる。後山は峻嶮で雪をいただき、前山は木々を蓄えて撫で肩である。そんな様子を「楽譜の如く」と捉えたのは独自の発見で鮮烈である。田植唄に配したことでその印象は倍加したようである。


今年竹節に残せし鍬の痕          小野 無道
親竹の高さに迫る今年竹をよく見ると鍬の傷跡が残っている。筍として掘り取られる筈のところを免れて成長したのである。「それがよくもここまで‥‥」という作者の感慨である。対象を丁寧に観察した眼力がいい。


杏子落つ今や墓標の旧家かな        宮崎晋之介
故郷を離れて久しい私には身に入む句である。家そのものか、門柱であるか、誰も住まない家は「墓標」のようにも見える、という。採る人もいない杏子は熟れてぽたぽたと地に落ちるばかりである。「墓標」と見たのは心眼である。「生家かな」「家郷かな」などとする手もある。


落ち付かぬ軽さにもぐる夏布団       守屋  明 
確かに夏布団とはこのようなものである。無くてもいいか、というと夜中に冷えるかもしれないので不安である。もぐってみると、有るかどうかも解らない軽さ。特に羽布団などが普及した今はなおさらである。そんな夏布団というものを「落ち付かぬ軽さ」と詠み取ったのは手柄。


捨てられぬ父のネクタイ更衣        上村健太郎
更衣の時期、ネクタイ掛けに残した父のネクタイに目がいく。捨ててもよいほど傷んだり色褪せたりしているのである。だが、これを見る度に父のことを思い出すのであろう。一度締めてみようかな‥‥という作者の心理。


竹の皮脱ぎ孫ひとり増えにけり       山室 樹一 
何だかおかしみのある句だ。たまたま、孫が一人増えたのであり、それは竹が伸びたからではない。だが土から顔を出した筍が伸びて皮を脱ぎつつ若竹となっていく。人間なら二十年ほどかかる成長過程と、あっという間に成長を完了してしまう若竹の様子と取り合わせたところが面白いのである。
その他印象深かった句を次に。


せつかちも父親譲り更衣          渡辺 志水
学舎は本丸の跡椎の花           大澤 静子

















        

新連載 伊那男俳句  



伊那男俳句 自句自解(9)
          
  萩刈るや東京の空澄みしとき


 この句がどのようにできたのか、席題であったのか、自由詠であったのか記憶がない。「萩刈る」などという作業は俳句をやって初めて知ったことである。花を賞でたあと刈って、翌年の芽吹きの力を蓄えさせるのである。この句ができたのは昭和も終りの頃、今よりも東京の空が汚れていた時代である。信州の帰省から戻るときなど、高速道路の八王子あたりから見る東京の空はどんよりと濁った雲に覆われていて、やれやれここへまた戻るのか・・・・・・と、信州との落差にうんざりしたものだった。そのような東京でも秋の末ともなると突き抜けるような青空を見せてくれることがあった。萩を刈るのはこんな日が相応しいと思う。当時の職場で、俳句を全く知らない女子社員が私の句集を読んでくれて、この句が一番好きだと言ってくれた。俳句にはいろいろな技法があるけれど捏ねくり回さずにありのままの風景を切り取ることが私には合っている、それを基本に置こうと思った。 
 
ふりむけば父の来てゐる焚火かな
 句会がなぜ大事かというと、年季を積んだ者でも、自分の句の良し悪しはなかなか解らないもので、同じ志を持った仲間「座」にそれを問う検問所のようなものだからである。この句を作ったのはまだ初心者の頃で、自信などもちろんなく、淡々とできて、淡々と出句した句の一つであった。ところが披講では次々と点が入り、幹事から、一句にこれほど点が集中したのは句会始まって以来だ、と言われた。春耕の中心句会で重鎮の並ぶ句会であったから喜びはなおさらである。句会で沢山の点が入るのはいつになっても嬉しいもので、それだけで寿命が伸びるような幸福な気持ちになるものである。さてこの句は実際にあった出来事ではない。寡黙な父との微妙な距離感のイメージである。焚火の暖かさに父の幻影が重なったのであった。前述のように、人は思い込みが強いので自分の句を冷静に評価できないものである。信頼できる連中の目を通して貰ったからこそ残すことができた句だな、と思っている。
 










  
  
   


 



  
  
   


 



銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

ごあいさつにご利用下さい。


    
       


   
            















掲示板

















 




鳥の歳時記


     


秋燕










稲雀










         






             
 
  







銀漢亭日録

伊藤伊那男

6月

6月1日(水)
「きさらぎ句会」あと10人。「宙句会」あと8人。その他。一般のお客さんもそこそこ。現俳協の今野さん、俳句雑誌のグラビアで見たとて訪ねて下さる。

6月2日(木)
宮澤、出雲へ。田辺家訪問と。「雲の峰」六月号到着。私の連載「そして京都」が64回をもって終了。5年以上にわたり、勝手な文章を掲載してくださった朝妻力主宰に感謝! 店「十六夜句会」あと12人。今泉礼奈さん、研修終えて東京勤務に。賑わう。

6月3日(金)
16時半、毎日新聞の取材と撮影。今週が椎名誠で来週10日(金)が私と。「大倉句会」あと14人。

6月4日(土)
浅草寺に参拝して17時、駒形どぜう。三笠書房の押鐘会長、森崎森平、小野寺清人さん。2月に流れた「河豚鍋の会」のやり直し。鍋。ここのどぜう汁が好きでお替わりする。あと国際通りのホテル裏のウイスキーバー。あと寿司屋横町の「あずま」の餃子とラーメン。帰宅して家族でまた少し……。

6月5日(日)
今日からピロリ菌退治のため一週間禁酒! 大きな事件である。13時、「中野サンプラザ」にて「春耕同人句会」。帰宅して家族で夕食。山椒の実が沢山届いたので鯖の山椒煮など。ノンアルコールビールを初めて飲む。22時には寝てしまう。

6月6日(月)
昨日、東京梅雨入りと。店、郷里の友人田中昇さん寄ってくれる。京都独身寮隣室の先輩吉田さん久々。「かさゞぎ俳句勉強会」あと9人。閑散。

6月7日(火)
午前中、「あんどうクリニック」。「トヨシマクリニック」の紹介で循環器系の検査をしようということに。店、正木ゆう子さん近くに来たとて挨拶に寄ってくれる。駒ヶ根市長の杉本幸治君、出張で来たと。村上鞆彦君、礼奈さん。

6月8日(水)
「梶の葉句会」。7月号校正原稿渡す。店、水内慶太氏、句会のあととて3人。大西酔馬さん明日の誕生会の準備に。全体閑散。

6月9日(木)
9時30分、「あんどうクリニック」。心電図、血管伸展性検査。24時間心電図の装置を付ける。血管年齢は70代前半と。ウム……。店、大西酔馬さんの61歳誕生日の会。30人ほど集まる。店のアルバイト大塚凱君。

6月10日(金)
禁酒6日目。酒を飲んでいる時より何やら気怠いのはピロリ菌退治の薬のせいか? 毎日新聞の夕刊、1頁の4分の3位私の写真と記事。ちょっと気恥ずかしくもあり、嬉しくもあり……。北辰社とエッセイ集出版につき打ち合わせ。店、閑散にて22時半閉める。

6月11日(土)
10時、運営委員会。16時、湯島の「全国家電会館」にて「銀漢本部句会」54人。あと「はなの舞」にて親睦会。ノンアルコールビール、ピロリ菌退治の薬、今日まで。

6月13日(月)
中川さん来宅。散髪してもらう。店、毎日新聞を見たという方、2人あり。1人は井月の本購入。1人は句会見学することに。山崎祐子さん。奥、羽久衣さんの能登の水菜をメインにした「闇鍋会」。9人が、材料持ち寄りの会。「水」「菜」の題で句会も。先週は水内慶太さんから、今週は菅原庄山子さんから、各々、月山筍到来。

6月14日(火)
舛添知事問題などおかしくてついワイドショーを見てしまう。店、文化放送で大竹まことさんのナレーション聞いたという方が2名。「火の会」八人。文弘さん……麒麟……、元野村證券社員でかつらぎの本多さん。

6月15日(水)
鈴木忍さんお手伝いの日。「三水会」7人。元NHKの水津さん、パーティーあとの歌人佐佐木幸綱さん他を案内して下さる。水内慶太さん。

6月16日(木)
「あんどうクリニック」。検査結果は血糖値ギリギリ。血圧はアルドステロン型高血圧というタイプ。今日から降圧剤を飲むことに。先生より、「供給と消費のバランスを考えること。酒も飲む、米も食べるは駄目! 」と。店、うさぎさん手伝いの日。鈴木琢磨さんと韓国大使館の方。「銀漢句会」あとの16人など。

6月17日(金)
「蔦句会」選句。あと6人。法政大学教授で伊那谷の調査をしている高柳先生、飯田出身の弁護士古畑さん、「秋」主宰佐怒賀正美さん。高柳先生が一度、「銀漢亭」に来たいとて企画して下さったもの。共通の友人の話や、郷里の行事のことなど話が盛り上がる。但し閑散。

6月18日(土)、19日(日
終日家。8月号の原稿書き、家族で食事。天気良いのでウッドデッキで焼き肉。鮑の酒蒸、海鞘など。モエ、富山の酒「勝駒」など。そうそう父の日である。

6月20日(月)
『そして京都』のエッセイに井上井月のことを追加することとして3回分書く。店、「演劇人句会」11人。あと、井蛙さん他、六人で餃子屋。伊藤政三さんの母上で「銀漢」会員の伊藤菅乃さん逝去と。

6月21日(火)
店、鳥居真里子さん他「門」の方々。あと、水内慶太さん、水香さん。毎日新聞の森さん他8名ほど。

6月22日(水)
ホテルメトロポリタンにて「蛇笏賞」贈呈式。今年は矢島渚男先生、信州の先輩にて出席。店は展枝さんに任す。展枝さん料理を数品持参し、20時過ぎまで店を守ってくれる。戻ると賑わっており、法政大学の高柳先生、南信州泰阜村の辻英之氏と。

6月23日(木)
角川「俳句」8月号、推敲のポイント特集の「素材の吟味」の執筆。1,700字ほど。苦戦。店、本日、超閑散。22時前に閉める。

6月24日(金)
3ヶ月に1度の「白熱句会」。水内慶太、檜山哲彦、佐怒賀正美、藤田直子、井上弘美さんプラス私。「金星句会」あと大和、健彦さん。「くだんの会」あとの櫂未知子さんら4名など。

6月25日(土)
母一周忌。14時、日本橋「鮨の与志喜」にて「纏句会」。月野ぽぽなさんを迎えて15人。題の鮴の唐揚げ、風干鮎、茄子の田楽、万願寺唐辛子焼、あと握り。終わって京王線芦花公園の黒岩家へ。ORIX時代の常務の7回忌。友人2人で奥様を訪ねる。すっかり御馳走になる。あと駅近くの居酒屋に寄る。

6月26日(日)
「銀漢」8月号の原稿書き続ける。杏一家も来て食事会ということに。私は鮎20本、串に刺して塩焼き。砂肝のニンニク風味炒めなど作る。酔って早々に寝る。

6月27日(月)
店、凛子さん友人と。

6月28日(火)
「萩句会」選句へ。欠席投句も多く25人の出句。店、「閏句会」8人。宮澤と地元のパパ仲間5人。私も時々飲む仲間。角川、白井編集長より連絡あり、8月号の推敲についての私の原稿、やはり趣旨違うと。書き替えることとなる。

6月29日(水)
角川「俳句」の原稿、初心者向けに具体的な推敲例を入れて書き直し、4枚送る。ヘトヘト。店、「慶應茶道会」の赤羽先輩、後輩の山添君。「雛句会」11人。21時閉める。新宿でついつい酒場へ。つれづれにエッセイの材料をメモ。小田急の電車の中で書き始め、成城の駅のベンチで1回分書き上げる(判読難しい書きなぐりながら)。

6月30日(木)
「あんどうクリニック」。アルドステロン型と一般的高血圧の両方あるかもしれぬとて、二種類の薬へ。しばらく様子見。店、忍ママの日。水津さん、慶太さん、今井聖さん……カウンター盛り上がる。

7月

7月1日(金
富士山開山に5合目へ行った慶太さんと山口の方。「大倉句会」あと18人。
















           
△『漂白の俳人・井上井月』伊藤伊那男著
          
  
    






今月の季節の写真/花の歳時記




2016年9月26日撮影  ピラカンサ  TOKYO/HACHIOJI



         
花言葉   『陽気』『喜び』『歓喜』『節度ある態度』


△サフラン
サフランはクロッカスの仲間の球根植物で、食用のものをサフラン、観賞用のものをクロッカスと分けています。また、サフランは秋に開花するのに対して、クロッカスは早春に花が咲くという違いもあります。
サフランの名前は、アラビア語で「黄色」を意味する「zafran(ザファラン)」が語源であるといわれます。

9月に紹介した花たち。
 
ハゼラン
 
仙人草
 
猩々草
 
ハニーサックル

蔓花茄子 
 
           
 コバノランタナ  杜鵑草  オトコエシ  金水引  ピラカンサ  
           
 サフラン          
画像上で拡大します。


写真は4~5日間隔で掲載しています。 

2016/9/27
更新


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